12話 討論と不穏
指導三日目。
「……合格者、三名! 昨日よりはマシだが、まだまだだ! よし、今日の講義は『移動補助魔法』、特に跳躍爆風の有用性についてだ!」
指導四日目。
「合格者七名! だいぶ良くなったが、昨日合格してた奴が今日不合格なのはどういうこった? 気ぃ抜いてんじゃねーぞ!! よし、今日は周囲の地形を利用する戦術、そしてモンスターを巧く誘導する戦術を叩き込んでやる!」
指導五日目。
「合格者十名! 惜しい! 今まで一度も合格してねぇ残り一人は後で正座な! さて、今日は『ドMP』を始めとする、マナを節約しながら戦うための戦法を紹介する! 最重要だから忘れずによーく聞け!」
と、マナヤはこのような具合に、毎日指導の最初にステータス表のテストを行い続けていた。
こういうものは毎日のように確認させ、無理やり頭に叩き込み続けた方が良い。かつて地球で兄である史也にもやらされた経験から、マナヤはそれが一番であると確信していた。最終的には、モンスター名からぱっと一瞬でステータスの全てを思い出せるくらいになってもらわなければ困るからだ。
日を追うごとに勢いを増すマナヤの指導とは正反対に、日を追うごとにセメイト村の召喚師達はげっそりしていった。指は腱鞘炎でかじかみ、目の下の隈は増え、髪の毛はボサボサになっていく。
先日の補助魔法講義でもとんでもない初耳情報が流れ込んできたというのに、それと同レベルの情報を無遠慮に詰め込まれ続けていく。既に頭がパンクしそうになり、徐々に自分で考えることを辞めはじめているであろう彼らの現状。マナヤもなんとなく見て取っていた。
そして、指導六日目。
「……全員合格!」
回収した答案を一通り見たマナヤが、ついに彼らが待ち望んでいた言葉を発した。
わぁっ、と喜びに沸き立ち涙を流して互いに抱き合う召喚師達。
「だがしかし明日以降もこのテストは続けるからな! 気を緩めんなよ!」
と思えば再び地獄へと突き落とされ、再び項垂れる召喚師達。とはいえ、もはやいつのも事だと彼らは割り切ったか、乾いた笑いを浮かべた。
「さて、今日からようやく、俺が待ちに待った『討論』をさせてもらうぞ!」
と、満面の笑顔でマナヤが言い放つ。
討論とは、と召喚師達が顔を見合わせる。とても良い顔をしているマナヤを見て、今までの彼の鬼教官ぶりを知っている皆は嫌な予感しかしなかっただろう。
「まずお前ら全員、三人一組に分かれてくれ。……十一人しか居ないんで、ザック召喚師長、貴方もどこかに加わっていただけますかね?」
今まではひたすらマナヤの知識をひたすら叩き込まれるだけだった。しかしここで突然三人一組になれなどと全く違うことを始めて、困惑する召喚師達。騎士隊所属の召喚師長ザックも加わって、おずおずと組に分かれ始めた。
するとマナヤは、木製の掲示板のようなものを黒板に見立て、おもむろにそこに一枚の紙を画鋲に似たもので貼り付けた。
その紙には、何かの上面図のようなものが描かれている。
「これは、二つの高台がある地形の上面図だと思え。お前たちはこれから、こういう地形の場所で戦うことを想定する」
突然そんなことを言い始めるマナヤに、召喚師達がきょとんという表情をした。そんな彼らを尻目にマナヤは続けて説明する。
「この二つの高台の上。それぞれに二体ずつ、敵モンスターの『コボルド』が立っている。さらにその高台の下から『ガルウルフ』が二体向かってくる」
そう言いながら、上面図の高台に相当する部分に犬の顔のような印を、高台の下に相当する場所に横から見た狼の顔のような簡素な絵を二つ描く。
コボルドは、弓矢を持って遠距離攻撃する下級モンスター。ガルウルフは機動力が高い近接攻撃型の下級モンスターだ。
「そしてお前らは今、一人で高台の下、ココに立っているものとしよう。お前らならここから最小のマナで、どうこいつらを撃退するか……お前らの組のメンバーで、お互いに相談しながら考えてみろ」
マナヤからそう言われ、彼らは顔を見合わせた。
今まで散々、自分達の考えを叩き折られるようなことを言われ続けてきたというのに、今度は突然『自分達だけで考えろ』と言われる。
戸惑う彼らを見て、マナヤはニヤリと笑った。
「自分自身の意見を、今まで俺に一刀両断にされてムカついてたろ? 良かったな、解放されたぞ。今度は俺は極力、何も言わねえ。今まで俺が教えてきた知識を使って、お前らが自分自身で考えてみる番だ」
そう、ここからがマナヤの指導の本番。『サモナーズ・コロセウム』の『脱初心者』最大の一手。
「俺はそのために必要な基礎知識をお前らに叩き込んだだけだ。これまでに俺が教えた知識を使って、自分達ならどう戦うか、応用してみせろ」
だが、そこでザック召喚師長が口を挟んでくる。
「……マナヤくん、確かに君の知識には驚かされました。ですが、この世界には『机上の空論』という言葉があるんです」
「そりゃそうでしょう。俺の世界にもありましたよ」
「では、実証されてもいない作戦をいきなり実戦で使うことの危険性も、おわかりのはずです」
「その『実証されてもいない作戦』で、俺はスタンピードを収めましたがね?」
まさしく『実証された』マナヤの功績を引き合いに出され、ぐっと言葉に詰まる召喚師長。マナヤはそのまま続けた。
「確認されてもいない戦術に不安を覚えるのは当然だと思いますよ。けど、だったら既存の作戦以外は全部無駄だと断言できるってことですかね?」
「そ、それは極論でしょう!」
「そう、極論です。でもロクに確認もできないからって、突発事態に備える努力すらしないのは鈍ってるとは言わないんですか?」
皆が押し黙る。
戦いだらけのこの世界に、こういった戦術討論が存在しないとは考えにくい。だが、少なくとも召喚師はこの討論とは全くの無縁だったようだ。
召喚師長は長年騎士隊で適当な肉壁補充要員、および封印要員といった雑用ばかりやらされてきた。ゆえに、『これまで上手くいっていた戦い方』を守ることに凝り固まってしまっていたのだろう。なにしろ召喚師の評判は地の底。下手に新しいことを試みて、失敗すれば思いっきり糾弾されるのが目に見えているからだ。
だがマナヤは努めて淡々と語った。
「この『討論』というのは、まさしく事前に作戦を立てるのと同じことです。『こんなこともあろうかと』という事態を想定しておき、いざそういう事態に陥ったら、迷わず動けるようにしておく。そのための練習ッスよ」
これこそが剣士などの反復練習に相当する、召喚師の訓練だ。
反復練習の目的は、突発事態にも体がスムーズに動くようクセをつけておくこと。同様に召喚師の『討論』とは、想定した事態にもノータイムで動くことができるよう、あらかじめ作戦を準備しておく行為。
想定外の事態が起こった際、行動に迷って頭の中が真っ白になり、無駄に時間を浪費することも多い。事前に想定していて対策も考えてある状態なら、焦らず一瞬で行動に移ることができる。それも、事前にある程度考えを固めた合理的な戦術を。
「俺の教えた知識を妄言と切り捨てたきゃ、それでいいですよ。でも、その知識をスタンピードで実証したのは、俺です。俺の言ってることが間違いだって言うなら、それこそ是非とも『実証』してもらいたいもんですね」
厭味ったらしく言いきったマナヤの言葉に押し黙った召喚師長から視線を外し、召喚師達を見やる。
「いいかお前ら! もう今日含めてあと五日しか残ってねえんだ! 時間がある今のうちに、可能な限りの想定をして、間違いでも良いから作戦を立ててみろ! 間違ってると思ったならお互いに指摘してやれ! 命が懸かってない今のうちが、召喚師にとっては勝負だぞ!!」
マナヤにそう叱咤され、彼らは慌ててお互いに意見を出し合い始めた。
「やはり装甲を持つゲンブのようなモンスターをまず出して……」
「でも、それだと召喚師の身が危険ですよ? だからむしろ……」
「跳躍爆風を使えば、高台に一気に召喚モンスターを送り込んで……」
「『ドMP』のことも考えれば、いっそ召喚師が自分で……」
各所で召喚師達が、ああすれば、いやでもそれでは、だから逆にこうやって、等とチームごとに意見をぶつけ合わせていく。そんな様子をマナヤは満足そうに眺めまわした。
きっと、彼らはまだ自分では気づいていない。何度も反復して覚えたモンスターのステータスが、彼らの判断基準を大きく変えていることに。それまで『なんとなく』でしかわかっていなかったモンスターの能力を、今は具体的な『数字』で理解している。彼らはモンスターの戦いを、マナの管理を、より鮮明にシミュレートできるようになっていた。
***
八日目の指導。
あれからというもの、マナヤは指導の時間をひたすら討論に充てていた。
討論の『お題』として出している状況というのは、『サモナーズ・コロセウム』のストーリーモードで出てきた敵の布陣そのものだった。
ゲームでは、NPCと戦うことになるストーリーモードのバトルだと、明らかに相手側が有利な状況からスタートするものがほとんど。そのためプレイヤーはあの手この手を駆使して不利を覆し、逆転するという戦い方が自然と身に付くようになっていた。
マナヤがやっていることは、セメイト村の召喚師達にそれを『討論』という形で体験させているだけだ。ストーリーモードの戦いには非常にバリエーション豊かな敵布陣があった。これら全てに対処を見出すことができるようになれば、この世界でも大抵の状況に対応できるだろうとマナヤは考えていた。
「おじゃましまーす」
「ん?」
召喚師達が討論している最中、突然入り口が開き場違いな明るい声が飛び込んできた。
「アシュリー? 何しに来たお前?」
「いやー、指導って何やってるのかなって気になって、ちょっと見学にね?」
「……間引きとか訓練は?」
「今はちょうど空いてるのよ。だから、せっかくだし顔出してみたの」
「だからって、よくこんなとこに顔出す気になったな、お前……」
マナヤが苦笑する。
召喚師用の集会場というのは、召喚師そのものの評判もあって基本的に誰も近づかない。この名ばかりだった集会場が当初、埃まみれの荒れ放題になっていたことからもそれが見て取れる。誰も掃除などの管理に来なかったということだ。
「……え、なに、コレ。この人たち、ホントに召喚師?」
しかしアシュリーが集会場で討論している召喚師達を見て、呆気にとられる。アシュリーがやってきたことにも気づかず、彼らは夢中で議論を続けていた。
「どうした?」
「いや、だって……あたしの知ってる召喚師の人たちって、もっとこう、雰囲気が暗ーい人たちなんだけど……」
「あー」
マナヤは指導を始めた当初の彼らの顔を思い出した。
まるで部屋の中まで暗くなったように感じるほど、どんよりとした雰囲気を醸し出していた彼らの表情を。
それが、どうだ。
今、討論に夢中になっている彼らは、各々の意見をぶつけ合い生き生きとし始めている。
「まあ、指導の結果だな。あいつらも自分の役割に夢を持てるようになったってこった」
これまで散々「適当な囮を出して肉壁を作りつつ、封印だけしていれば良い」と言われ続けてきていた召喚師達。
だがマナヤに様々な戦術を教えられ、こういった討論の場を設けられた。『召喚師にできること』というものがもっと幅広いものかもしれないと、希望を持ち始めている。だからこそ彼らは今、自分がやりたい戦い方というものを自ら口にできる自信を持ちつつあった。
「――あっ、お前らちょっと待て! そこで無理やり高台を占拠しに行くのは悪手だ! いいか――」
そしてマナヤはこうやって、ゲームでの経験上、実行したら明らかに自殺行為だとわかっている行動については即座にダメ出しをしていた。ゲームのように命をベットして気軽に試せない以上、命取りになるような行動を止めなければならない。それをよく知っているマナヤの役割だ。
こうやって、『実証』できない部分に関しては、彼らより何歩も先んじたマナヤが助言してサポートしていた。だからこそ彼らは、ただの『机上の空論』では終わらない、実地訓練しているのと似たような経験値を積むことができていた。
「――ふう」
「お疲れ様、マナヤ」
そうして一通りのダメ出しを終え、一息ついたマナヤにアシュリーが労いの言葉をかける。
「ま、楽しいもんだよ。こいつらがどんどん成長していってんだしな」
「随分、手慣れてるのね?」
「そりゃな。元の世界でも、兄ちゃんとよくこうやって討論してたことがあったんだ」
そう言って、マナヤは思い出す。
兄である史也とも、外出先や食事の時など、ゲームの筐体に触れない状況などでは、しょっちゅうこうやって討論していたものだ。その他、対人戦の手札や戦術を考える場合などにも、実際に対人戦で実験する前にこうやって兄と討論してその効果を理論で検証したりしていた。
(史也兄ちゃん……兄ちゃんとやったこと、教わったこと……立派に指導で役立ってるぜ)
思い返してみれば、この指導でやったことは大半が兄から教わり、兄と一緒にやっていたことそのものだ。まるでこんな状況を想定でもしていたのかとも思えるほど準備の良い兄のやり口。マナヤは懐かしさから少しセンチメンタルな気持ちになった。
「……マナヤ?」
ふと見ると、アシュリーが不安げな顔でマナヤの顔を覗き込んできている。
「な、なんだ?」
「……元の世界に、帰りたくなった?」
図星を突かれ、ドキリとするマナヤ。
「な、なんだよ急に」
「んーん。ただ、寂しそうな顔してたから」
――こいつ、なんでこんなに良く見てるんだよ。
自身の気持ちを暴かれたようで、マナヤは気まずくなって目を逸らす。
「別に、そういうわけじゃねーよ。……ああでも、食いモンはちょっと物申すところがあるな?」
そうやって、茶化すように笑って言ってやった。
「食べ物? なんか合わなかった?」
「合わねーってわけじゃねぇんだけどな。似たような味とか、一種類しか味が無い料理ばっかで、辟易してきてんだ。もっとこう、味が混ざってるモンとかをだな」
そう。マナヤがこの世界に来たばかりの頃は、珍しい食べ物を味わうのに夢中であまり気づかなかった。不味い料理というわけでは全く無かったし、旅行に来ているようなものだと、なんとなく新鮮な気分を味わっていたからだ。
だが、何日も経ってくると飽きてきた。ここの料理は、基本的に一つの料理に一種類の味しか無い。日本の料理のように、甘味と塩味を混ぜたり、酸味と辛味を混ぜたり、果てには出汁を使って旨みを足したり。そういった複雑な味を作り出す工夫が、この村の料理には感じられない。何度も食べているうちに、そういうことに気づいてきてしまった。
繊細な味というものが無く、大味で大雑把な料理しかない。かといって自分でどうこうできるほど、料理に詳しいわけでもない。マナヤはそれが若干、不満になってきていた。
――きっかけは、たったそれだけのこと。
にも関わらず、気づかぬ内にそれは確実にマナヤの心を蝕み始めていた。




