116話 散華
本作における、マナヤ君最大の『谷』に突入。
……この三章はちゃんとハッピーエンドで終わります。ホントです(強弁)。
「”マナヤ”……? ”教官”だと?」
口の端から血を垂らしたコリィが呟いた言葉を聞いた赤髪のブライトンが、片眉を吊り上げる。
そしてコリィの頭を掴み、石台に押し付けた。呻くコリィだが、ブライトンはまったく容赦がない。
「どういうことだ、アァ? こいつがマナヤで、しかも教官だぁ? 『マナヤ』はお前の親父で、村長じゃなかったのかよ」
ブライトンが、ぐりぐりと石台にめりこまんばかりにコリィの頭を揺らす。
見かねたマナヤが、両腕を押さえつけられながらも振りほどこうと我武者羅に暴れ、逃れようと試みた。
「やめろッ! そいつの親は別にいる! 両親とも、村長でもなんでもない一般の村人だ! そいつは関係ねぇ!」
「うるさい静かにしろ! 【クルーエルスカージ】」
「がぁッ……」
が、青髪の男に頭を押さえられ、至近距離からマナを削る魔法を叩き込まれ呻いてしまう。
それを見ていたブライトンはただ舌打ちし、コリィの頭を乱暴に開放した。
「チッ、騎士に召喚師のガキがいるなんて妙だとは思ったが、やっぱりあの手紙はガセネタかよ。よりにもよって、こんな召喚師の小僧一人しか釣れねぇとはな」
「どうします、頭?」
愚痴るブライトンに、その傍らにいる背の低い茶髪男が下から顔を覗き込むように問いかけた。
(くそっ、そういうことか! こいつらは、誰かにコリィを攫うよう指示されただけだったんだ! コリィが村長の息子だってニセ情報を掴まされて!)
まんまと黒幕の思惑通りに動かされてしまった。これまでの会話の流れでそれを見て取ったマナヤは、自分自身を罵る。
「……まぁ、殺せるヤツが一人増えたってことにしとくか。あの開拓村を襲えそうにねぇのは癪だがな」
と、赤い後ろ髪を振り乱し、おもむろに抜刀。その剣先をコリィに突きつけた。
慌ててマナヤが、グラグラとする意識を必死に保って再び暴れる。
「や、やめろ! そいつは関係ねぇって言ってんだろ! 解放しろよ!」
「知ったこっちゃねえな。恨むなら、このガキが村長と無関係だったって不運を恨みな!」
と、マナヤの腕を押さえている弓術士の男がニヤニヤとしながらマナヤをがなりたてる。
するとブライトンがこちらに振り向き、再び下卑た笑みを作った。
「おっと、それ以上動いたらコイツが死ぬぞ? マナヤとやら」
「ぐっ……野郎……っ」
「召喚師は確かに死ににくいがな、もうコイツは死ぬ直前まで嬲ってやったんだよ。どの程度召喚師を嬲れば死ぬか、俺達はよーく知ってんだ。あと一突きであの世行きだぜ?」
挑発するように、ブライトンが剣先でボロボロのコリィの頬を撫ぜる。コリィの表情が恐怖に歪んだ。
「マナヤ……教官……」
「コリィ……くそっ……!」
弱々しいコリィの声。マナヤは歯噛みしながらも、抵抗をやめて全身から力を抜いた。
「よし、その小僧はお前らにくれてやる。俺はこっちのガキだ」
ブライトンがそう宣言すると、その場にいた男たち全員が立ち上がった。狂気じみた笑みを浮かべながら、剣や弓などを持ってマナヤへと近づいてくる。
――何をする気だ、こいつら。
「トドメは、誰が刺す?」
「全員で順番に一撃ずつ入れてやりゃあいい。トドメを刺すことができたヤツはまあ、ラッキーでいいだろ」
「一撃で殺しちまってもいいんじゃねぇか?」
と、各々の武器を構える。
「お前ら、何のつもりだ。お前らが俺を殺して、何の得がある」
そのあまりに異常な彼らの態度と表情に、思わず問いかけてしまうマナヤ。
「決まってんだろ。オレらは殺しを楽しめりゃそれでいいんだ」
「どうせなら、あの村の奴ら全員殺して楽しみたかったんだがな」
「ま、諦めろや。お前ら二人で村を見逃してやるって言ってんだ、俺達に感謝しながら黙って殺されな」
ぬけぬけとそのように言い放つ男たちを前に、マナヤは戦慄する。
(何なんだこいつら……狂ってやがる)
恨みで復讐するわけでもなければ、口封じや策略のために殺すわけでもない。ただ、人が人を殺すことそのものを楽しむ。
そのような人種に会うのは、当然ながら初めてだ。
「【エーテルアナイアレーション】」
「ぐあッ」
青髪の男がおもむろにエーテルアナイアレーションをマナヤに叩きつけた。時間経過で回復したマナが、再び奪われる。
(クソッ、召喚師でもない人間との戦い方なんて……!)
モンスター、あるいは召喚師との戦いならば、マナヤの右に出るものはいない。
だが、相手は召喚師ではなく別の『クラス』の者達だ。そういった人間との召喚師の身で戦う経験など、『サモナーズ・コロセウム』には無い。この世界でも教わっていないし、知るつもりもなかった。
「おらァッ!」
「がフッ」
と、最初の男が腹に剣を突き立ててくる。思わず吐血するマナヤ。
「ぎッ、がッ、ぐぁッ」
その後、一人ずつ順番にマナヤに射かけ、闇撃の槍を撃ち、岩槍で貫かれる。
「マナヤ……教官……っ、逃げ、て……」
剣を突きつけられたまま、ブライトンによって頭を押さえつけられマナヤの方へと強制的に顔を向けられたコリィが、呻くように懇願してくる。
「ぐ、ふっ……バカ、言ってんじゃねぇ……ッ」
マナヤは、側面から脇腹を刺されつつも、ニヤリと不敵な笑みをコリィに向けてみせた。
しかし次の瞬間、エーテルアナイアレーションを叩き込まれ小さく呻く。マナが回復しても、すぐに削られてしまう。
「やめて……お願い、やめてくださいっ……どうして、こんなっ」
コリィは見ていられない、といった様子で目線だけ自分を押さえつけている男の方へと向ける。
だがブライトンは、より一層強くコリィの頭を圧しつけた。
「どうして? さぁな、お前を攫えと生意気にも俺達に要求してきたバカに言いな。俺達は、殺しが楽しめりゃそれでいいんだ」
狂気じみた、実に楽しそうな目をしていたブライトンが、ケタケタと笑いながらマナヤへと目線を戻す。
――と、その時。
「うおっ!?」
「な、にっ!?」
突然、マナヤの全身が青く光り出した。
腕を掴む力が緩んだのを感じたマナヤは、すぐさま前方へと顔を上げて叫ぶ。
「【ショ・ゴス】召喚ッ!」
目の前に召喚紋が発生し、そこから黒くブヨブヨした固まりが出現した。高さ、幅ともに人一人半分ほどの大きさがある、アメーバのような醜悪な肉の固まり。
それを右足で蹴りつけ、反動でマナヤは男たちの腕を振りほどく。その勢いで地面を転げるようにして距離を取った。
――テケリ・リ――
「うああああああッ!」
「ぎゃああッ!?」
「がッ、な、何だ……ッ!」
出現した奉仕種族、その鳴き声を至近距離で聞いてしまった男たちが悶え苦しむ。
上級モンスター『ショ・ゴス』の攻撃は、周囲への精神攻撃。相手のマナを削り取ると共に、『魔叫』という状態異常を与える。一定時間、マナが時間経過で回復せず逆に低下する状態異常だ。
(ショ・ゴスなら、こいつらが死ぬこたあねぇだろ!)
あくまでも精神攻撃であるショ・ゴスの攻撃ならば、人間を殺してしまうことはない。
いっそこの男たちを殺してしまいたい気持ちは、もちろんある。が、この連中のように人殺しに堕ちるつもりは、マナヤにはなかった。
マナヤは今のうちに、首から提げた錬金装飾を外し、全く同じものをもう一つ取り出して装着した。
再びマナヤの体が青い閃光に包まれる。
――【最期の魔石】
装着者が瀕死になった瞬間、大量のマナを一気に回復させる錬金装飾。
「な……コイツ、錬金装飾を!?」
「オイ! どうしてそいつの懐を探らなかった!?」
「召喚師風情がンな上等なモン持ってるなんて思わねェじゃねッスか!」
男たちが狼狽える声が聞こえる。
マナヤは、自分が捕らわれてしまう可能性を最初から考慮していた。相手は、人を誘拐するような連中。自分が出向けばどんな目に遭うか、予想はついていた。
だからあらかじめ、いざという時にマナを確保できる『最期の魔石』だけは着けておいた。服の下に隠せる、首元に。
「フン、馬鹿が!」
奥で鼻を鳴らすブライトンが、コリィに向かって剣を振り上げている。
宣言通り、一切容赦なくコリィを殺すつもりのようだ。
「【牛機VID-60】召喚! 【跳躍爆風】ッ!」
即座にマナヤは、紫色の金属でできた牛型の機械モンスター『牛機VID-60』を召喚。それに手をかけて即座に跳躍爆風の魔法を放つ。
破裂音と共に牛ロボットが思い切りショ・ゴスを跳び越え、洞窟の天井に激突。牛機VID-60に手をかけていたマナヤも引っ張られ、天井に叩きつけられた。が。
「【ナイト・ゴーント】召喚ッ」
痛みに顔を歪めつつも、天井近くでブライトンの方へ無理やり目線を向ける。そして全身真っ黒でコウモリのような翼が生えた人型の飛行モンスター『夜鬼』を召喚した。
飛行モンスターは召喚直後、直線状にいる敵を自動的に高速攻撃しにいく特性がある。
「チッ! 【スワローフラップ】!」
それに気づいたブライトンの曲刀が光った。途端に、コリィへ振り下ろそうとしていた刀身が翻り、慣性を無視して強引に軌道を変える。
突撃してきたナイト・ゴーントを一刀の元に斬り伏せ、魔紋へと還した。
しかし、マナヤは止まらない。
「おらァッ!」
「ぐっ!?」
直後、天井を蹴ってブライトンの元へと捨て身で飛び込む。ブライトンは腕が伸び切り、スワローフラップも使った直後で反応ができなかった。
上方からタックルするような形になったマナヤは、ブライトンに激突し地面を転がる。ブライトンも倒れ込み、岩製のテーブルに背中を強打していた。
「このッ……ふざけた真似を! 後悔しやがれェ!」
激昂したブライトンはすぐに起き上がり、剣を振りかざして……襲い掛かる。
「なッ――」
……コリィへと。
――死なせてたまるかッ!!
「【ヴァルキリー】召喚ッ! 【時流加速】、【行け】ッ!!」
咄嗟にマナヤは、上級モンスター『ヴァルキリー』を召喚。直後、即座にモンスターの行動速度を二倍にする時流加速の魔法もかけ、突撃命令を下す。
凄まじいスピードでブライトンへと激突しにいったヴァルキリー。一瞬で間を詰め、コリィに刃を振り下ろされる前にブライトンへと到達する。
「テメッ、【スワローフラップ】!」
ブライトンが目を剥き、慌ててスワローフラップでヴァルキリーの槍を側面に弾いた。
が、軌道を逸らされたはずの長槍は、物理法則を無視するような動きで強引に軌道を修正。
「ガハァッ!?」
その槍が、ブライトンの腹を思いっきり貫通。ヴァルキリーは即座に槍を引き抜き、パッと鮮血が舞い散る。
「しまっ、【戻――」
まずい。マナヤは慌ててヴァルキリーに撤退命令を下す。
しかし。
時流加速で加速したヴァルキリーは、既に次撃を放っており――
――ドシュウッ
辛うじてまだ息があったブライトンに、無慈悲にもトドメを刺していた。
「あ……」
その場に崩れ落ち、物言わぬ躯となったブライトンを見下ろす。
大量の鮮血を流し、こと切れている。自分の足元で。
自分のモンスターが、殺した男が。
ズクン。
マナヤの心臓が、嫌な鼓動を放った。
『人を殺めた者は、人間ではなくなる』
頭をよぎったのは、いつだか言われた言葉。
召喚師解放同盟のトルーマンとヴァスケスと対峙した際、ディロンが言ってきたセリフだ。
「う……あ……」
呻くような声を漏らすマナヤ。自分の中で、何かのタガが外れるような感覚があった。
ヴァルキリーがそのまま、近くにいる別の男へと凄まじいスピードで飛び込んでいくのが見える。
――男ノ胸をヴァルキリーに貫かセれば、あの男を殺セル――
瞬間。
頭の中に、胸を槍に刺し貫かれて絶命する男のビジョンが浮かぶ。
――『電撃獣与』ヲ併用すレば、ヨリ確実――
「――【電撃獣与】」
自然と浮かぶそのビジョンに導かれ、呪文を唱える。ヴァルキリーの槍が強烈な電撃を帯び、男の胸を刺し貫くと同時に電撃で男の身を焦がしていた。
――奥ニ居るショ・ゴスの攻撃かラ、ヴァルキリーを守レ。そうスレば、連中は皆殺しダ――
「【精神防御】」
頭が勝手に考える、ヒトの殺し方。
それに従い、マナヤはヴァルキリーに精神防御を使用。ショ・ゴスの精神攻撃をブロックし、巻き添えを避ける。
ヴァルキリーが紫色の防御膜に覆われ、ショ・ゴスの攻撃で悶える男たちを次々と貫き殺していく。
「て、てめぇッ!」
と、背後から目を血走らせた男が斬りかかってきた。
――ナイト・クラブを召喚しテ、止めルと同時に斬り殺シてしまエ――
ナイト・クラブのハサミに体を斬り裂かれるその男のビジョンが浮かぶ。まるで未来を予知するかのように、ありありと。
「【ナイト・クラブ】召喚、【電撃獣与】」
男の剣撃にタイミングを合わせて召喚し、召喚紋で斬撃を受け止める。出現したナイト・クラブのハサミが電撃を纏い、驚きに見開かれる男の胸元をパックリと裂いた。マナヤに降りかかる、大量の赤い血。
「……」
胸元を押さえて屈みこむその男を、異常なほど無感動に見下ろすマナヤ。
そんなことをしている間にも、屈みこんだ男に第二撃、第三撃を放つナイト・クラブ。一切の躊躇なく、その男の息の根を止めていた。
自分の両手を掲げれば、先ほどの返り血で赤く、生臭い。自身の服も血まみれになっている。
「あ……ア……」
戸惑い、というよりも、ただ勝手に喉から声が漏れた、という様子で呻くマナヤ。
さらに洞窟の奥から、バタバタと人が走り寄ってくる音が響いてきた。
現れた男たちがこちらを指さし、何事かと叫んでいる。だが、彼らの言葉はマナヤの頭には入ってこない。
――全員、殺してシマえ。コリィを殺ソうとしタんだかラ、当然の報イだろウ――
そして、その男一人一人が死ぬパターンが、マナヤの脳裏に次々と浮かんでくる。
「……アアアアアアァァァァァーーーーッ!!」
気付けば、狂気じみた叫び声を振り絞り。
マナヤは、モンスターを使って洞窟内の男たちを全て惨殺した。
「ハッ……ハ……はっ……」
血だまりの真ん中に突っ立ったマナヤは、人間味の無い、異様な息遣いをしている自身に気づく。
はたと見渡せば、男たちは全員死んでいた。標的を失った召喚モンスター達が、『次は誰だ』と言わんばかりにこちらを向いている。
「あ……」
血みどろになった自分の手と恰好を見下ろしたマナヤ。手が小刻みに震えている。全身が、まるで死体のように冷え切っているのがわかった。
(……そうだ、コリィ!)
はっと目的を思い出し、慌ててコリィが寝かせられている台へと振り返る。
コリィはボロボロの状態のまま、目を閉じて微動だにしない。
「……コリィ。コリィ!」




