115話 捜索の末に
「ダメ! どこにも居ないわ!」
すっかり日の落ちた中央広場でテオと落ち合ったアシュリーが、息を切らしながらそう報告してきた。
「コリィ君、どこに行っちゃったの……」
その報告に肩を落としたシャラ。テオも歯ぎしりしながら、必死に考えを巡らせようとする。
先ほど、コリィ宅で夕食を頂こうとした時。帰宅したはずのコリィが居なくなったと、コリィの母から言われた。
慌てて周囲を捜索するが、彼の行方が知れない。「こんなことは初めてだよ」という、不安に満ちたコリィの母の言葉に、騎士隊に連絡することに決めた。
今、アロマ村長代理が中心となって、村中を捜索して貰っている。見張り当番の弓術士にも問い詰めたが、特に異常はなかったと言っていた。モンスターの反応ならばいざしらず、人間の反応は意識的にやらないと弓術士も知覚できないらしい。
コリィの家族はもちろん、テオらも居ても立っても居られず、こうやって捜索に協力していた。
「――テオ、シャラ、アシュリー!」
と、そこへ聞き覚えのある声が届く。振り向くと、ディロンがテオの元へと駆けてきた。
「ディロンさん! 見つかりましたか!?」
「いや、まだだ。だが、コリィが防壁の外へ出た可能性が浮上した」
「えっ!?」
その報告にテオが目を剥く。シャラとアシュリーも息を呑むのが聞こえた。
ディロンは珍しく焦った声でこうも続ける。
「アロマ村長代理からの報告だ。防壁に備わった隠し通路の入り口が暴かれた形跡があったらしい。聞き込みの限りでも、隠し通路を使うか弄った者は居ないとのことだ」
「じゃ、じゃあ、コリィ君は隠し通路を通って防壁の外に!?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまうテオ。
防壁の外は考慮していなかった。外に出たならば、門の前に配備されている衛兵が知っていなければおかしい。それに、防壁が無い海側は常時弓術士の見張り塔で監視が行き届いている。
けれども、防壁の隠し通路を通って出たとなれば話は別だ。
「で、でも、どうして? 隠し通路を使ってまで、どうして外に?」
シャラが慌ててディロンに問いかけている。彼はそれにかぶりを振った。
「不明だ。とにかく、捜索範囲を防壁の外へ広げる。野良モンスターに遭遇する可能性もあるので、召喚師である君にも同行願いたい!」
「わかりました、行きます! シャラ、アシュリーさん、行こう!」
「うん!」
「ええ!」
テオの呼びかけにシャラとアシュリーも即座に応じる。
ディロンに連れられて、テオらは防壁の外へと駆け出した。
***
「コリィー!」
「コリィくーん!」
「コリィ! 聞こえたら返事をしろー!!」
アシュリーと、シャラ。そして、捜索に協力してくれている村人達がコリィを呼ぶ声。それらが、暗い森の中に響く。
皆、明かりの魔道具を使って周囲を見回していた。
「【レイヴン】召喚、【待て】!」
一方テオは、カラスのような姿をした『精霊系』のモンスター、『レイヴン』を召喚。下級モンスターでは唯一、空を飛ぶことができるモンスターである。飛行速度も速い。
(視点変更!)
即座にテオは目を閉じ、レイヴンに視点を変更した。
森の木々の上へと抜け、飛び回るレイヴンの視界から森の一帯が良く見える。レイヴンは夜目も利くし、それへと視点変更すれば召喚師もその恩恵に肖れる。夜間での捜索にもってこいだ。
(まず、あっちに!)
その状態で、テオはレイヴンの『待機先』を順次指定する形で、レイヴンを操作した。テオ自身が居る辺りを中心に、広範囲を回るようにしてレイヴンを飛ばす。
〈コリィ君! 聞こえたら返事をしてー!〉
さらにその状態で大声を出す。レイヴンを通してコリィに呼び掛けられる。これにコリィが返事をしてくれれば、彼の居場所を見つけられるかもしれない。
(どこに行っちゃったんだ、コリィ君!)
周回半径を広げるように操作し、声を出していく。けれども、一向にコリィの反応も気配もない。
「【戻れ】……くっ!」
「テオ、コリィ君は?」
「シャラ……ダメだ、だいぶ広範囲に飛ばしてみたけど全然見つからない!」
シャラが駆け寄ってくるが、テオは悔しさに歯噛みするしかない。
アシュリーも歩み寄り、幾分か冷静に話しかけてきた。
「この辺りには居ないかもしれないわ。いったん騎士隊の人に引き継いで、あたし達は別の場所を探してみましょう!」
「わかりました! 【送還】」
彼女の意見に同意し、一旦戻ってきたレイヴンを送還。この位置で捜索を担当していた騎士に一声かけてから移動を開始する。
一番広範囲を捜索できるのは、感知範囲の広い弓術士か、飛行モンスターと視点変更を使って空から捜索できる召喚師だ。
出来る限りの方角を回り、捜索範囲を広げた方がいい。
別のポイントに到着し、そこから捜索を開始する。
テオがレイヴンを召喚しようとした、その時。
――コツン
「えっ?」
突然、テオの近くに生えていた木の幹に、何か軽いものがぶつかる音がした。
あわててそちらを振り返ると、小さな紙切れのようなものが転がってくる。これが木の幹にぶつかったのだろうか。
「コリィ君?」
キョロキョロと周囲を見渡し、呼び掛けてみる。けれど、返事がない。
もしかしたら、自分にだけ伝えたいことでもあったのだろうか。そんな希望を少し胸に抱きながら、紙切れを拾った。
その紙切れは、一枚の紙を幾重にも折りたたんだものだった。逸る気持ちを押さえつつ、それを広げていく。
しかし、二つ折り状態まで広げることができた時。
『マナヤ。お前は監視されている。騒ぎ立てれば、即座にコリィを殺す』
「っ!?」
二つ折り状態になった紙の表に、大きな文字でそう書かれていたのだ。あやうく大声を出してしまいそうになった。
周囲をもう一度見渡す。が、召喚師のテオでは人の気配はわからない。
(まさか、誘拐!?)
今この瞬間にも、自分は監視されているのかもしれない。少なくとも、この紙を投げ込んだ何者かが居る。となると、下手な動きはできない。
震える手で、ゆっくりと二つ折りになったその紙を最後まで開く。
広げたその紙は、案の定手紙になっていた。
上半分には文章。下半分には、地図と思しき図が描いてある。光の魔道具で、手紙を照らした。
『コリィを死なせたくなくば、
黙ってこのポイントまで一人で来い。
他の者に悟られるようなことがあれば、
その瞬間にコリィは亡き者になると思え』
(コリィ君……! マナヤが、出てこないのに)
どうして、こんな時に限って。
そう頭を悩ませるものの、それを悔やんだり悠長に考えている時間はない。
(僕が、マナヤのフリをして行くしかない!)
そっと背後を見やる。
シャラもアシュリーも、コリィの探索に夢中になっているようだ。
(……ごめんね、二人とも)
二人に悟られないように、その場をこっそりと抜け出した。
(一体誰がコリィを? また、召喚師解放同盟……?)
自分達に報復しに来たのか。どうやってコリィと自分達の関係を知ったのだろうか。
それとも、召喚師解放同盟ではない別の何者かの仕業なのか。しかしそれなら、なぜピンポイントでマナヤを呼び出そうとしたのか。
とにかく、今は行くしかない。
(とりあえず、ここまで来れば……)
もう、シャラもアシュリーも視界からは消えた。ここまで来れば、走っても大丈夫だろう。
テオは早速駆けだそうとして突然、体がふらついた。
自分の意識が沈み、代わりに別の何かが浮上してくる、少し懐かしい感覚。
(……マナヤ! まだ、僕の中に居たんだ!)
どこか、不思議な安心感に包まれた。彼なら、コリィをうまく救い出してくれるかもしれない。
薄れゆく意識に、心を委ねる。
――頼んだよ、マナヤ! コリィ君をお願い!
***
目覚めたマナヤは、傍の木の幹を怒りに任せて殴りつけた。
「クソッ! 誰だが知らねえが、許さねえ!」
と、手にした手紙と地図を見つめ、ぐしゃりと握りつぶす。
シャラの様子がおかしくなってテオと交替した後。
テオはシャラの状態をすぐに食事の問題とカルチャーショックにあったと見抜き、適切に対処してみせた。その上、マナヤが召喚師最優先にしたため暴走した他『クラス』との衝突、それをすぐに絆してしまった。
自分ができなかったことを、テオはすんなりとやってのけている。
唯一の取り柄は、自分しか知らないゲーム知識。それすらも、記憶をテオへと引き継ぐことができてしまえば、もう自分だけの強みではない。もはや自分は必要なくなるだろう。
テオの中でそれを実感したマナヤは、意識が朦朧としてきていた。
まるで自分が、テオの体の中で溶けていくような感覚。それに呑まれ、何も考えられなくなっていた。
ついに、この時が来たのか。自分はこのまま消えるのか。
そう思いもしたが、不思議と恐怖心は全く湧かなかった。それどころか、安堵を感じていたくらいだ。やっと、テオに記憶を渡して眠ることができる。この重荷から解放されるのだと。
アシュリーのことは気がかりだったが、きっと彼女ならば自分がいなくなっても大丈夫だろう。そう楽観視して。
だがその矢先に、行方不明になったコリィ。そして、彼の誘拐。
消えかかっていたマナヤの意識が急に明瞭になり……もう一度、表に出てくることができた。
(コリィ……待ってろ!)
コリィを攫った連中は、テオではなく自分を指名しているのだ。ならば、自分が出てくるのが筋というものだろう。
何より、自分と似たような境遇にあるコリィを助けるのは、自分でありたかった。
マナヤは念のため、自分の首に一つの錬金装飾をかける。その後、地図に描いてあった地点に駆けだした。
(あそこ、か……?)
指定された地点が見える場所に、辿り着く。目印となる、森が拓けた場所にあるやや小高い丘の麓で、木々の間に隠れつつ確認。
開拓村からやや北西に位置する森の中。内陸の方へと入り込んだ場所だ。
マナヤはうかつには視界の通る丘に登らない。麓の森の中から、丘を迂回するように回り込む。この丘の反対側が、指定された位置のはず。
(あれか)
丘の反対側は岩山のようになっており、地図通りその岩山の中腹あたりに大岩があった。文書によれば、その大岩の脇に入り口があるらしい。外からは見えにくくなっているようだ。
――ヒュンッ
「っ! 【鷲機JOV-3】召喚!」
突然頭上から何かが降ってくるような風切り音に、反射的にそちらへ手をかざした。召喚紋が出現し、飛来する何かを盾のように受け止める。
(矢!?)
勢いを失ってぽとりと地面に落ちたそれは、一本の矢だ。ただ、コボルドのものでもケンタウロスのものでもない。モンスターが放つ矢には矢じりに複雑な意匠が彫られているのだが、この矢じりは機能性を重視したシンプルなもの。人間の弓術士が使うものだ。
「【マッシヴアロー】!」
と、矢が飛んできた方向から弓術士の技能を使う声が聞こえた。左方の森の中だ。マナヤが召喚した鳥を象ったロボット、鷲機JOV-3が射抜かれて破壊される。
「何!?」
「――召喚師だぁ? なんで一人だけこんな所にいやがる」
それに目を剥いたマナヤだが、矢が飛んできた森の中から弓を構えた黒髪の男が姿を現した。その後方からもう一人、長い青髪の男も。
「お前ら! 何のつもりだ! コリィはどこにいる!?」
「……あ? コリィ、だと? テメェ、開拓村の奴か?」
思わず逆上してマナヤが怒号を発すると、コリィの名に弓術士の男が眉を顰めた。
背後の青髪男も、弓術士の男に確認を取るように話しかける。
「妙じゃないか? 開拓村の村長に脅迫文を送るのは明日だったはずだぞ」
「……なら、コリィを探してこんなところまで偶然来たってぇのか? 召喚師ごときが?」
「人質も召喚師だったろ。同族意識で探しにきたんじゃないのか」
と、マナヤそっちのけで言葉を交わしている。
(どういうことだ。村長に脅迫文、だと?)
この男たちがコリィを攫ったのは間違いないだろう。
だがそれならば、なぜ自分のことを知らないのか。自分をあの手紙で呼び出したのは、この連中ではないのか。そして自分は村長ではないのに、なぜ自分が呼び出されたのか。
油断なく目の前の男二人を見据えながら考えを巡らすマナヤに、弓を構えた男がふいに問いかける。
「おいテメェ、開拓村から来たんだな?」
「……」
「質問に答えろや。『コリィ』がどうなってもいいのかぁ?」
「っ……そう、だ」
妙に思ったマナヤが沈黙を選ぼうとするが、コリィを盾にされると動きが取れない。素直に答えるしかなかった。
すると背後の青髪男が口を開く。
「ちょうどいい、こいつを連れていこう。情報の真偽を確認できるかもしれない」
「……生かしたまま連れてくってのかよ? この小僧を」
「元々、ブライトンの親分も情報には懐疑的だったんだ。ここらで一つ、答え合わせするのも悪くないだろうさ」
名案とばかりにそう青髪が頷く。弓術士の男は、しかめっ面で舌打ちする。
「しゃあねえな。だがまあ……おい小僧、抵抗するなよ? コリィの命が惜しけりゃなァ」
――ドシュッ
「がッ……」
マナヤの腹に矢が突き立つ。
「へっ、そうそう。召喚したりなんて考えんじゃねぇぞ。……やれ」
「【エーテルアナイアレーション】」
弓の男の合図で、青髪が黒い魔力球をマナヤに放つ。
「ぐ……ぁッ」
強制的にマナを絞り出される苦痛に呻き、その場に倒れ込んでしまった。
「どうせ、情報を抜くまでは殺せねェんだ。今のうちに、ちょっとぐらいは遊ばせてもらうぜ」
「おい、脚は撃つんじゃないぞ。男を担いでいくなんてごめんだからな」
「わぁってるよ。お前は早くこいつのマナを削れって」
そのまま、マナヤは二人に散々甚振られ、その後連行されていった。
***
「ほら、歩け! ……ブライトンのお頭!」
「ぐっ……」
二人の男に両腕を押さえられ、岩山の大岩裏に連れ込まれるマナヤ。すでに体中を蜂の巣にされあちこちから流血している。
亀裂のような裂け目が入り口になっており、その先は洞窟のようになっていた。洞窟内に入ると、思った以上に内部は広い。岩で机や椅子などの家具類も作られており、思った以上に人が多い。
男たちに抱えられた入ってきたマナヤに、見える限り全員の視線が集中した。
「……おいコラ。誰が勝手に抜け駆けをしていいと言った?」
明かりの魔道具でぼんやりと照らされた洞窟内部。その中央で、台のようなものの前に立っていた赤髪の男が振り向く。
長髪を後頭部で縛って束ねている。腰には曲刀を提げていた。
ブライトン、と呼ばれたその赤髪の男に睨みつけられた二人。
マナヤを押さえているその二人は、愛想笑いのような顔を浮かべて弁解する。
「いやいや、抜け駆けじゃありやせんよ。見回りしてたらこいつが迷い込んできたんでさ」
「コリィについて知ってるようですよ。尋問してみる価値はあるんじゃないかと思いましてね」
ヘラヘラと語る弓術士に対し、青髪の男が幾分か理知的な口調で説明する。
すると、赤髪のブライトンの目が光った。無精ひげの生えた口元が歪み、歯を見せて卑しそうに笑う。
「ほう? なるほどな。……おい、起きろ」
と、ブライトンが横に歩く。彼の背後に見えていた台の横に回り込み、その台に寝かされていた人物の頭を強引にマナヤの方へと倒す。
「なっ……コリィ!?」
「う……え……マナヤ、教官……?」
そこに寝かされていたのは、岩の手枷で石台に固定された、満身創痍のコリィだった。




