112話 立場逆転を恐れて
「どうしてあんたなんかに、うちの子のことでそこまで言われなきゃならないんだい! あの子はこの村のために頑張ってんじゃないか!」
「それが余計だって言ってんだろ! 今までこの村を引っ張ってきたのは俺達なんだぞ!」
コリィの家から出てすぐの通路。
少し道が広くなった場所に人だかりができている。その中心で、二人の人物が激しく口論していた。
「す、すみません、通してください!」
「うわっ!?」
「きゃあっ!」
「ちょっと!?」
慌ててテオが人ごみをかき分けようとすると、飛び退くように村人達が自分から離れていく。
そのことに胸がズキリとしながらも、口論をしている二人の前へとたどり着いた。
「モニカさん!」
口論をしているうちの一人は、テオも良く知っている恰幅の良い女性。コリィの母親、モニカだ。
テオの姿を確認したコリィの母は、やや困惑しつつも声のトーンを落とす。
「あっマナヤさん……いや、テオさんかい?」
「なっ、マナヤ! あ、あんたまた出しゃばってくるのかよ……!」
対峙していた男が狼狽えた。
彼女が口論していたのは、黒魔導師の男。さらに彼の背後には、剣士と思しき女性と白魔導師の男性。先ほど『間引き』を兼ねた漁に出ていた時に同行していた者達だ。
「お二人とも、落ち着いて下さい! 何があったんですか?」
「それがね、聞いた下さいよテオさん! この男が、性懲りもなくうちのコリィを馬鹿にしようとしたんだ!」
と、コリィの母がまくしたてるように言って黒魔導師の男を指さした。
その黒魔導師は、瞳を揺らしつつ憎々しげに毒づく。
「な、なんだよ、また召喚師を盾に取りやがって……!」
そう言って、無意識だろうが数歩後ずさる。傍らの剣士と白魔導師も、苛立ちを隠すように目を伏せた。
(この人たちは……)
そんな彼らの表情と態度に、テオははっとする。そして、周囲の人だかりをも軽く見渡す。
テオと目が合う度に、村人達が顔をしかめていた。
「……モニカさん、待って下さい。この人の言い分も、聞かせてもらっていいでしょうか」
「えっ……テオさん! でも、この男は!」
こちらの提案にコリィの母親は、裏切られたかのように振り返ってきて目を剥く。
「お願い、します」
だがテオは真摯な目で彼女を見つめ返す。
その眼差しを受けて、コリィの母親は思わず口をつぐんでしまった。テオは彼女に申し訳なく思いながらも、そっと視線を黒魔導師の男に移す。
「失礼しました。……お話を、聞かせてもらえませんか」
「な、なんだよ! お前ら召喚師と話すことなんてない! さっきだって偉そうにして聞く耳持たなかったじゃないか!」
と、ビクビクとしながらもテオに反抗してくる。
その黒魔導師を援護するように、剣士と白魔導師も。
「そ、そうよ! 何よ、モンスターを操れるからって、大きな顔して……!」
「私達の気持ちが、召喚師にわかるとでも仰るのですか」
と、二人して強い感情をテオに叩きつけてきた。
「……僕は、皆さんに頭ごなしに意見をしたいわけではありません。皆さんと話し合いがしたいんです」
「な、何をぬけぬけと! あんたは召喚師だし、俺達が逆らったらモンスターをけしかけるつもりなんだろう!?」
落ち着いて諭そうとするも、黒魔導師の男はヒステリーを起こしたような声でわめくばかりだ。
――やっぱり、そうだ。
テオには目の前のこの三人、ひいては周囲の村人達が抱いている感情がよく伝わってきた。一瞬唇を噛んで、しかし自分を落ち着かせてゆっくり口を開く。
「僕は召喚師ですけど、気に入らないからといって人にモンスターをけしかけるような真似はしません」
「そ、そんなこと、口ではどうとでも言えるじゃないか!」
「……あなたは、黒魔導師のかたですよね?」
決意を固めるようにぐっと拳を握ったテオは、目の前の男に向かって淡々とそう訊ねる。
「だ、だから何だよ」
「信用できないなら……僕に、『エーテルアナイアレーション』を撃って下さい」
「……は!?」
正気を疑うような、素っ頓狂な声を上げてしまう黒魔導師。
剣士と白魔導師、そして周囲の群衆も息を呑んだ。『エーテルアナイアレーション』というのは、対象のマナにダメージを与える魔法だ。肉体的に傷つくわけではないが、マナを強制的に削り取られる感覚は強烈な苦痛を伴う。
「召喚師も、術師です。マナが無くなってしまえば何もできません。気が済むまでエーテルアナイアレーションを撃ち込んでください。そうすれば、僕は何も召喚できなくなりますから」
テオは一人モニカから離れ、目を閉じ腕を軽く広げた状態で突っ立った。『抵抗する気はない』という意思表示だ。
黒魔導師が困惑するように唸る。
「な、んで……」
「皆さんは、召喚師が……モンスターが、怖いのですよね。その気持ちは、僕もわかるつもりです。僕の故郷も、スタンピードに襲われたことがありますから」
この三人と、他の村人たちがテオに向けてきた感情。
恐怖。そして、嫉妬だ。
「召喚師に逆らったら何をされるかわからない、というのも理解できます。ですから、僕が何もできないようにマナを削り切ってください」
「……っ」
「ただ、召喚師はマナの回復速度が早いんです。その後も五秒ごとに、精神攻撃の魔法を僕に撃ち込んでください。そうすれば僕は、下級モンスターの召喚すらできません」
と、そこまで説明したテオの耳に、女性剣士の声が届いた。
「ちょ、ちょっと! そんなこと言って、後になって私達に復讐するつもりでしょう!?」
「それが心配なら、皆さんを護衛するために騎士隊の方に来て頂いても構いません。今後、僕に騎士隊の監視をつけて欲しいなら、それにも応じましょう」
「な……」
あっさりと言い切るテオに、女性剣士が絶句する。目を閉じたまま、テオはなおも言った。
「早く、僕にエーテルアナイアレーションを。他に黒魔導師の方がいるなら、その方でも構いません」
しばし、沈黙。
その後、「あぁもう!」という黒魔導師の悪態、そして頭を掻きむしるような音が届いた。
「……やめとくよ。俺は別に、人が悶え苦しむところを見たいわけじゃないんだ」
と、嘆息と共にそう答えが返ってくる。
ゆっくりとテオが目を開け、周囲を見渡した。全員、バツが悪そうに目を伏せている。とりあえずは落ち着いたようだ。
「本当に、それでいいんですか」
「くどいな! そこまで言う奴に本気で魔法を撃ちこむほど、俺はひねくれてないんだよ!」
「失礼、しました。……それでは、お話を伺ってもいいですか」
改めて、テオは黒魔導師と剣士、白魔導師の三人と向かい合った。
***
落ち着いた三人から話を聞いたテオは、小さくため息を吐く。
「……そうですか。間引きで全く出番がなくなってしまったんですね」
「ええ、そうよ。他ならぬあんたのせいでね!」
申し訳なさそうに目を伏せるテオに、吐き捨てるように女性剣士が悪態をつく。
「私達はモンスターを投擲する練習だってして、モンスター嫌いもやっと思いで克服したのよ!」
「モンスターの上に乗ることだって、辛抱してやっと慣れてきたのです。なのに、いざ間引きに出てみれば、何ですか」
剣士に続き、白魔導師も無念そうに目を瞑った。
(恐怖と、嫉妬が入り混じった感情。こういうことだったんだ)
テオには彼らの気持ちが痛いほどよくわかった。
モンスターの上に乗るというのは、この世界の人間には相当勇気が要るものだ。
アシュリーが提案した投擲法で、召喚モンスターへの恐怖心をある程度は克服することはできた。
しかし、彼らは幼少の頃からモンスターの脅威に晒され続けてきたのだ。たかだか十日足らずで完全に払拭できるような、生易しいものではない。
なのに、結局間引きでは何一つ活躍できず、ただついて回ることしかできない。恐怖を我慢し、モンスターに乗るという苦労を成し遂げたのは、一体何のためだったのか。
さらに黒魔導師の男がコリィの母親を睨みつける。
「なのにこいつは、コリィが召喚師として活躍してるからって俺達を見下してきたんだ。今一番頑張ってるのは自分の息子だから、もう俺達はでかい顔はできないぞって」
「何言ってんだい! 帰ってきた息子を悲しませた挙句、あたし達一家を責め立ててきたのはあんた達じゃないか! その仕返しをして、何が悪いってのさ! あたし達に謝るのが筋ってもんじゃないのかい!?」
と、テオの隣に立ったコリィの母親ががなりたてる。が、黒魔導師も負けじと言い返した。
「そもそもコリィは、あんたの本当の息子じゃないじゃないか! 責め立てられるのが嫌なんだったら、追い出せばいいだけの話だっただろ!」
「ふざけたこと言うんじゃないよ! 息子として育ててきた子を召喚師になったからって追い出すような真似したら、人間おしまいじゃないか!」
「お二人とも、落ち着いて!」
テオが二人の間に割って入るが、モニカはテオにも食って掛かる。
「止めないでおくれテオさん! あんただって召喚師なんだから、あの子の気持ちがわかるだろう!?」
「僕達は召喚師を平等に扱ってほしいと願ってるだけなんです! 召喚師と他の『クラス』の立場が逆転することを望んでるわけじゃありません!」
「そ、そりゃそうだけど……」
口ごもったモニカの方を向いたまま、テオは黒魔導師達三人を横目で見る。
「彼らは彼らなりに、召喚師に寄り添おうとしたんです。モンスターの上に乗る、なんて無茶にも応えようとしてくれてるんです」
「う……」
「それなのに、僕達は召喚師のことばかり優先して、彼らをないがしろにしてた。いくら今までの扱いが厳しかったからといって、次は召喚師が一方的に偉そうにするような形が正しいと、モニカさんは本当にそう思いますか?」
モニカはすっかり勢いを失い、おずおずと目の前の三人を上目で見る。
自分達の感情をテオに言い当てられた黒魔導師らは、少し気まずそうに目を泳がせていた。
「……お三方。召喚師への指導を優先するあまり、皆さんへの配慮が足りなかったのは僕の落ち度です。……本当に、申し訳ありませんでした」
「え、いや、その……」
テオが両膝を地につけて、目を閉じ両手を胸の前で組む。
真正面からそのような姿を見せつけられた黒魔導師たち三人が、戸惑ってお互いの顔を見合わせた。
その後、テオはポーズは崩さず、目だけ見開いて三人を見上げる。
「ただ、モニカさんや他の召喚師さん達の気持ちも……召喚師さん達の家族の気持ちも、わかってあげてください。みんなは今まで、同じ村人達にさえ……ずっと怖れられ、避けられてたんです」
「……」
「同じ村に住んでるのに、味方が同じ召喚師同士しかいない。そんな中でも彼らはずっと、モンスターを封印して村を支え続けてきたんです」
三人が目を伏せ、しょげてしまう。
周りの群衆も、沈痛な面持ちで肩を落としていた。
「その……すまなったね、あんた達。あたしは弓術士だから、モンスターの上に乗ったりするあんた達への配慮が足りなかったよ」
と、モニカの方から先に謝罪をしてきた。
弓術士はモンスターの察知が主な仕事なので、海上の間引きでも常に役目があった。それに舟の上でも十分戦えるので、モンスターの上に乗るという機会もほとんど無い。
「いや……俺達の方こそ、悪かった」
「考えてみたら、モニカさんは養子の子も庇ってたのよね。追い出してしまっても、良かったくらいだったのに」
「配慮が足りなかったのは、我々も同様です。申し訳、ありませんでした」
と、おずおずと三人もモニカへと謝罪する。
お互い妙な雰囲気になってしまった四人の間に、苦笑が漏れた。
「――ちょ、ちょっとマナヤ、どうしたのコレ。何があったの?」
と、そこへ駆けつけてきたのは、赤いサイドテールを揺らして飛び込んできたアシュリーだ。後ろからディロンとテナイアもついてくる。ちょうど森の間引きから帰ってきたところだったらしい。
三人とも、焦ったような表情を隠しきれていない。人だかりを見て、直感的にトラブルがあったと予想していたのだろう。
「アシュリーさん、ディロンさんにテナイアさんも。大丈夫です。話し合って、解決したところですよ」
「あ、あれ、テオ? え、もう解決したの?」
と、テオの表情が違うことに気づいて目を見開いたアシュリー。
ディロンとテナイアも顔を見合わせ戸惑っている。
「テオ。ここで一体何があった?」
「すみませんディロンさん、詳しい事は後ほど。……皆さん、僕の配慮不足で嫌な思いをさせてしまって、大変申し訳ありませんでした」
テオは群衆の方に向かいそう謝罪する。そしてディロン達を見やりながらこう続けた。
「丁度ディロンさん達も来たので、皆さんとの連携についても今一度考慮し直します。もう、召喚師以外を無碍にするような真似はしません。お約束します」
群衆がお互いの顔を見合わせ、曖昧に頷いた。テオが小さく微笑む。
そんな彼らの様子を見て、アシュリー達も何があったか大まかに察したようだ。三人とも、表情を一瞬曇らせた。
「モニカさん、行きましょう。帰宅するんですよね?」
「え、ええ。ありがとうね、テオさん」
と、テオはモニカを伴い人だかりから抜け出す。アシュリー達がそれに続く。
群衆も、立ち去る彼らを神妙に見守っていた。
***
コリィの家で、居間のテーブルに一同が据わった中、テオが一通りの状況を説明した。
「そうか、合点がいった。……確かに、他『クラス』の役割を後手にしすぎていたのかもしれないな」
椅子に腰かけたディロンが腕を組みながらそう告げる。テナイアもそれに同調した。
「そうですね。アロマ村長代理が間引きから帰還したら、その件も含めて今一度協議しましょう」
「お願いします。あ、あとアシュリーさん」
「ん? 何、テオ」
「マナヤが戻ってきたら、アシュリーさんの方からも言っておいて貰えませんか。他『クラス』との連携のこと」
「そうね。あいつはそういう人の機微に関しては、ちょっと疎いとこあるし。わかったわ、任せて」
と、ウインクしてくるアシュリー。
そこへ、コリィの両親がおずおずと台所から居間へとやってくる。
「皆さん、その、ちょっとよろしいでしょうか?」
「ああ、話は終わったところだ。何か?」
コリィの父の問いかけにディロンが応じる。
「その、家内が皆さんにお詫びしたいと」
「あたしが変に出しゃばったせいで、こんなことになってしまって。本当に、申し訳ありませんでした」
と、コリィの母が両膝をつき、目を閉じて祈るように手を組む。
それを見たディロンが「よい」と彼女を制した。
「召喚師以外への配慮が足りなかったのは、こちらの落ち度だ。モニカ殿が謝罪される必要はない」
「お、恐れ入ります」
と、恐縮しながらゆっくりと立ち上がったコリィの母。
その時、家の表玄関からノックの音が聞こえた。
「あ、はい」
コリィの父が扉へと向かい、相手を迎え入れる。入ってきたのは、騎士隊の召喚師カークだ。
「失礼します。こちらにマナヤさんはいらっしゃいますか?」
「あ……」
マナヤに用があって来たようだ。テオが慌てて自分の両手を見つめる。
しばらく待ってみたが、マナヤが自分と交替するような気配はない。アシュリーも怪訝そうにテオを見つめてきていた。
「あの、僕でよければ」
「え? マナヤさん……じゃ、ないんですか? あなたは」
「僕はテオと言います。ええと、なんと言いますか。マナヤの双子の兄弟、と思って下さい」
「は、はぁ……?」
今一理解していないように、首を傾げるカーク。テオは誤魔化すように彼に笑いかけた。
「それで、マナヤに用事というのは? 僕にできることなら、伺いますけど」
「ああ、ええっと。水上でのヴァルキリーの扱いについて、集会所でマナヤさんにご教授して頂く予定だったのですが……」
「あ、では僕でよろしければ。僕もヴァルキリーの扱いについては知ってますので」
と、テオは振り返って居間の一同を見やる。
「すみません。そういう事なので、いいでしょうか」
「ああ、構わない。行ってくるといい」
皆を代表してディロンが答える。アシュリー含め、他の一同も頷いた。
「テオ」
と、そこへ奥の部屋からシャラが顔を出した。テオの方を少し心配そうに見つめてくる。
慌ててテオは彼女に駆け寄った。
「あ、シャラ! 動いて大丈夫なの!?」
「うん、大丈夫だよテオ。ずいぶんよくなったから」
「え? シャラ、あんた何かあったの? 大丈夫?」
訝しんだアシュリーが口を挟んでくる。安心させるようにシャラが首を横に振った。
「ちょっと。でも、もう大丈夫です」
「そ、そうなの?」
困惑顔で首を傾げるアシュリーを尻目に、シャラはテオを正面からじっと見つめた。
「いってらっしゃい、テオ。頑張ってね」
「……うん。いってきます」
先ほどと同じようなやり取りだ。
また置き去りにしてしまう罪悪感にやや後ろ髪を引かれながらも、テオはカークを伴って家を出ていった。
***
「シャラさん、もう立っても平気なのかい?」
「あ、ダニルさん。はい、もう大丈夫です」
テオが立ち去った後、コリィの父が心配そうにシャラに声をかけてきた。
いよいよ我慢できなくなったらしいアシュリーが再び問いかける。
「シャラに何かあったんですか? ダニルさん」
「その、昼間に彼女が倒れてしまったのでね」
「倒れた!? ちょっとシャラ、ホントに大丈夫なの!?」
ダニルの答えに目を剥いたアシュリーが、弾けるように振り返る。
一斉に視線を浴びたシャラが、皆を落ち着かせるように両手を振ってみせた。
「だ、大丈夫です! テオに看病してもらって、すっかり元気になりましたから!」
「看病? テオが?」
と、こてんと首を傾げるアシュリー。
「はい。そのためにマナヤさんが替わってくれたんだと思います。テオが、ピナのスープを作ってくれまして」
「あっ! この懐かしい香りって、そういうこと!? ズルイ!」
アシュリーが台所の方へと一気に振り向き、頬を膨れさせる。
あまりに必死そうなその様子に、シャラは苦笑しながら提案した。
「まだスープは残ってますよ。テオがたくさん作ってくれたみたいなので。アシュリーさんも飲みます? ……皆さんも、よろしければどうぞ」
「やたっ、いいの!?」
その返答に目を輝かせたのは、やはりアシュリーだ。一人さっさと台所へと足早に駆け込んでいってしまう。彼女も故郷の味に飢えていたらしい。
コリィの母親が戸惑ったようにシャラに問いかけてくる。
「ええと、あたし達もご相伴に預かっちゃっていいのかい? シャラさん」
「はい。皆さんにはお世話になってますし。ディロンさんとテナイアさんはどうしますか?」
と、この家に泊まっているわけではない二人を誘ってみるシャラ。
二人は掌を向けて制した。
「気持ちはありがたいが、今回は遠慮しておこう。騎士隊の我々が、村人の貴重な食料を消費するわけにはいくまい」
「私達がいては、皆さんも落ち着いて食事を楽しめないでしょうから。ここの家族の皆様に分けてあげてください」
と、ディロンとテナイアが席を立った。コリィの両親が、玄関から立ち去っていくその二人を見送る。
(……テオ)
そんな様子を尻目に、シャラは自分の夫に思いを馳せる。
そっと、祈るように目を閉じた。
『これもお話しすべきか、迷っていました。ですが、やはりシャラさんにはお伝えしておきます』
思い起こすのは王都でのこと。マナヤが統合される、という話を聞いて、シャラがテナイアから最後に聞かされた話だ。
『先ほどのアシュリーさんの危惧。シャラさんにとっても、他人事ではないのです。今はまだ可能性にすぎませんが』
『え?』
『……多重人格が統合される場合、通常は主人格をベースとして統合されます』
『通常は……って、どういう意味ですか、テナイアさん』
その言葉が内包する可能性に、思わず体が震えてしまったこと。今でも、よく覚えている。
『ベースとなる人格は、もっとも安定している人格が選ばれる。ですから、通常は主人格となります』
『……ま、まさか』
『はい。非常に低い確率ではありますが、もしマナヤさんの人格の方が……テオさんよりも、安定した場合――』
ぞくり、と思い出すシャラの体が再び震える。
『――マナヤさんの人格が、逆に主人格の座をテオさんから奪い、マナヤさんをベースとして統合されてしまう可能性も残されているのです』
ぎゅっと自分の体を抱きしめた。
(テオ、マナヤさんの記憶を追体験するみたいに思い出してた)
マナヤの記憶が流れ込んできていた、というだけだろうか。
それとも……
テオが、マナヤの意識に呑み込まれようとしているのだろうか。
(……大丈夫。マナヤさんは、テオを消しちゃったりしない)
テオのことも大事にしているマナヤだから、大丈夫。
そう、シャラは自分に言い聞かせていた。
――その日を、境にして。
ぷっつりと、マナヤが表に出て来なくなってしまった。




