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【改稿前作品】別人格は異世界ゲーマー 召喚師再教育記  作者: 星々導々
第一章 召喚師の降臨と錬金術師の献身
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11話 補助魔法と下積み

 次の日。


「……合格者、ゼロ」


 ぽん、とセメイト村所属召喚師達が今朝のテストで書いた、ステータス表答案用紙の束を手のひらに叩きつけるマナヤ。


「し、しかしだねマナヤ君……あんな馴染みのないものをたった一日で――」

「約束通りお前ら全員、今日帰ったらステータス表を十枚書き取ってもらう」


 抗議しかけた中年召喚師の言葉を遮り、マナヤは無慈悲に言い放つ。


「ちょ、ちょっと待て! 横暴じゃないか!!」


 がたりと立ち上がって文句を言ってきたのは、今度は若めの男性召喚師だ。


「仕方ねえだろ。頭で覚えられねぇってんなら、書いて手で覚えてもらうまでだ。その方が手っ取り早いからな」


 自身が六枚でギブアップしたのを棚に上げて、冷徹に言い切るマナヤ。


「――だが、それはそれとして、今日の講義を始めるぞ」

「ちょっ!? まだこれ以上詰め込めっていうんですか!?」


 今度は目の下に隈を作った、緑おかっぱの女召喚師が悲鳴に近い抗議を上げてくる。


「まだあと九日間もあるんです! せめて、もうちょっとゆっくり――」

「逆だ! あと九日間()()無ぇんだ! そんなチンタラやってられるか! お前らに言いたいことはまだまだ山ほどあんだぞ!」


 無礼にもその女召喚師に指を付きつけながら宣言するマナヤ。だが、その腕はすぐに降ろし、納得のいっていないように見える召喚師達を見回す。


「……お前らが聞いてるかは知らねえが、この体の……『テオ』の記憶じゃ、この村は先日のスタンピードで滅びてる」

「……っ!!」


 一同が、息を呑む。


「だから、俺がこっちに来たんだ。俺は元の世界で、”遊戯(ゲーム)”を通して、何度も『死ぬ』ような戦いを死なずに繰り返してきてる。俺の知識は、何度も死ぬような体験からくる経験みてーなもんだ。それを、お前らに教えるって言ってんだよ」

「……」

遊戯(ゲーム)は信用ならねぇか? だがな、俺はその知識を使って、この世界にやってきて早々、ぶっつけ本番でスタンピードを収めたんだ。いいか? 遊戯(ゲーム)ごときの知識で、滅んでたはずの村が死者ゼロになったんだぞ?」


 実際には、スタンピードが来ることがわかっていて、始まった瞬間に現場に辿り着けたことも大きい。ただ、別にそこまで暴露してやる必要も無かったので、マナヤは黙っていた。


「九日後。もしかしたら、お前らはいきなりスタンピードの原因となったかもしれねぇ場所に行くことになる。その時までに、やれることは全部やらねぇで、どうする?」


 何を偉そうに、と反論したそうな顔をしている召喚師達だったが、全員言葉に出せずにいた。戦いの場となれば、命の危険がある。マナヤよりもむしろ、彼らの方がよほどよく知っていることだったからだろう。何しろ、この世界ではいつ、誰が突然死んでしまってもおかしくない。村人全員が戦力である以上、ほぼ全員が戦場に出なければいけないからだ。

 ましてや自身らと違い、当のマナヤが実際にスタンピードで自ら大怪我を負いながら、大きな功績をあげている。咄嗟に反論材料が見つからないようで、狼狽えた顔をしていた。


「だ、だが我々は、マナヤ君のように優秀じゃないんだ……」

「なら、優秀になれ」


 リーダー格の中年召喚師が言い訳のように放つ言葉を、マナヤはぴしゃりと一蹴。中年召喚師は二の句が継げない。


「……よし。じゃあ講義を始めるぞ。まずは、補助魔法の重要性についてだ」


 その言葉を聞いて、後方に控えていた騎士隊の召喚師長も含め、マナヤを見ていた召喚師達全員が困惑した表情を浮かべる。この世界では、『補助魔法を使うマナがあるなら、新たなモンスターの召喚に費やすべき』という定説が広まっているからだ。

 だがマナヤは無視して続ける。


「召喚師ってのは、お前らが思ってるような魔(もの)使いじゃねぇ。魔(ほう)使いなんだ。適切なモンスターを召喚しつつ、それで対応できないような敵が現れたら、モンスターを追加するよりなるべく補助魔法で対応した方が良い」

「ま、待ってください」


 そこへ、また中年召喚師が手を挙げてマナヤを遮ってきた。


「補助魔法といえば、三十秒しか効果が()ちません。それなら、恒久的に戦力になる、新たなモンスターを追加で召喚した方が良いことは明らかではありませんか?」

「確かに三十秒しか()たねえな。だが、その三十秒こそが重要なんだ。その間に、モンスター一体分と同等、もしくはそれ以上の戦果を発揮できたとしたら、どうだ?」


 召喚師たちが、マナヤを怪訝な顔で見つめた。


「一番わかりやすい例が、『獣与(ブースト)』系の魔法だ。モンスターの攻撃に属性を与え、攻撃力を強化する魔法だな。この魔法は、かけた瞬間のモンスターの攻撃力が二倍になる」

「に、二倍!?」

「ああ。ただ実感はしにくいだろうな。なにしろ獣与(ブースト)系の魔法ってのは、かけた瞬間の威力が最大で、時間経過で徐々に効果が薄れる」


 つまり、かけた瞬間の攻撃力は二倍になっているが、効果時間の半分、つまり十五秒が経過すると一.五倍程度まで低下してしまっているということだ。そのため、この世界の人間には獣与(ブースト)系魔法の凶悪さがわかっていなかった。


「だからこそ、獣与(ブースト)系を使いこなしたいなら、攻撃を当てる直前に魔法をかける、ってのが重要になってくるな。俺は特に『電撃獣与(ブリッツ・ブースト)』を多用してる」

電撃獣与(ブリッツ・ブースト)……電撃を追加する魔法ですな」

「ああ。こいつはモンスターの火力が上がるだけじゃねえ。『感電』といって、攻撃を命中させた瞬間、生物モンスターの動きを一瞬止めることができる」


 そこまで言ってから、マナヤは召喚師達全員を見回した。


「わかるか? 攻撃を当てる度に敵の動きが止まる……つまり、敵の手数が少なくなるんだ」


 えっ、と全員が顔を上げた。したり顔で、マナヤが続ける。


「そう。電撃獣与(ブリッツ・ブースト)は、かけるだけで攻撃強化と敵の弱体化を両方できることになるんだ。そうすれば、敵を素早く処理するだけじゃなく、こっちの損耗を抑えることもできる」

「損耗を抑える……『感電』で敵の攻撃が抑えられてるから、召喚モンスターが削られにくい、ということですか?」

「それもある。それにそもそも、獣与(ブースト)系の効果で敵が素早く死ぬからってのもあるさ。敵が早く死ねば、その分こっちが攻撃を食らう数が減る」


 地球にも『攻撃は最大の防御』という言葉がある。極論、攻撃を食らう前に敵を処理することができれば、守りを固めるよりも被害が少なくなる。


「特に中級モンスターや、それ以上のモンスターを使う場合には効果的だ。中級モンスターを召喚するには、並の補助魔法二回分のマナが要る。もし、中級モンスター二体でようやく相打ちにできるような敵を、中級モンスター一体と補助魔法一発だけで巧く相打ちに持ち込めたとしたら、どうだ?」


 実際のMPでいうと、中級モンスター召喚の消費MPは200、並の補助魔法は消費MP100だ。

 中級モンスター二体ならば消費MP400。

 中級モンスター一体+補助魔法一回なら消費MP300となる。


「……補助魔法一つ分のマナが、浮く?」

「そうだ。火力を高める()()の効果がある獣与(ブースト)系魔法なら、それができる。モンスター同士の戦いだけじゃねーぞ。この世界なら、補助魔法のかかったモンスターを使って、前線で戦ってる仲間への援護も可能だろうよ」


 電撃獣与(ブリッツ・ブースト)の効果により、召喚モンスターが攻撃を当てるだけで敵の動きを止められるなら、当然敵モンスターは隙を晒すことになる。そうすれば味方を守ることもできるし、隙を作って味方が攻撃するチャンスを増やすことも可能だ。

 召喚師たちが、戸惑ったようにお互いの顔を見合わせる。そんな彼らの様子を無視し、マナヤはそのまま得意げに説明を続けた。


「いいか? 一時的にでもモンスターを強化する魔法ってのは、ただ直観的だけじゃすまねぇ効果があるんだ。そういう所を、徹底的にお前たちに叩き込んでやる。例えば他の獣与(ブースト)系魔法、まずは火炎獣与(ブレイズ・ブースト)だが――」



 ***



「ふう……」


 その日の指導が終わり、マナヤは帰宅の徒についていた。彼らの態度からして、一応覚えようという気はあるようだが、信じているかはわからない。だが、マナヤ自身は一応、語るべきことは語ったつもりだ。


「あれ、マナヤ?」

「アシュリー?」


 そこへ現れたのは、おそらく『間引き』帰りと思われるアシュリーだ。防具を脱いで片手に引っ提げ、もう片手に汗を拭くためであろうタオルを持っている。赤いサイドテールが煌めく姿が、やけに夕日に映えていた。


「召喚師たちの指導を始めたんだっけ? うまくいきそう?」

「おう。昨日はアレだったが、今日はまあとりあえず前進はできたんじゃねーかな」


 マナヤがそう答えると、アシュリーは「んー」と考え込むようにタオルを提げた手を顎に当てる。


「でも、召喚師って訓練なんてできないって聞いたわよ? 何をやってんの?」

「座学だな。モンスターの能力と、あとは補助魔法のことについて解説してきた」

「門外漢のあたしが言うのもなんだけどさ。戦いってのは、下手に勉強するより訓練や実戦あってこそだと思うんだけど」


 根っからの剣士らしいアシュリーの物言いだ。接近戦を主とする剣士なればこそ、訓練での反復練習と実戦で培う体の反応速度が物をいうのだろう。『習うより慣れよ』というやつだ。


「召喚師にとって座学ってのは、剣士の訓練みてーなもんだよ。訓練で、色んな動きに体を慣らすだろ?」

「ええ」

「それと同じさ。召喚師の勉強ってのは、状況に応じた反復練習や、その予行演習みたいなもんなんだよ」

「ふーん……?」


 そんなもんなのかしら、と首を捻りながらつぶやくアシュリー。


(実際、基礎知識が充分ついたら反復練習『っぽい』のをやらせるつもりだしな)


 そう、マナヤにとっては()()こそが召喚師指導の本番だった。

 これをやっておくかおかないかで、召喚師の実戦というのはまるで違う。少なくとも「サモナーズ・コロセウム」では、これをやっておくプレイヤーしか『脱初心者』できない、といっても過言ではなかった。


「そういうアシュリーの方はどうなんだ? 今日は『間引き』か?」

「そうよ。今日は何度かモンスターを見つけて交戦したけど、騎士隊の黒魔導師が優秀だったわね」


 話を聞くところによると、間引きは騎士隊の者と村の者が合同で、メンバーを混合させて行っているらしい。普段村人たちが連携していない、騎士隊との連携を深めるのが目的なのだという。

 そして、さすがに騎士隊は優秀な者や特別な訓練を受けている者が多いとあって、今回組んだチームでは特に黒魔導師が優秀だったようだ。森の中でも適確な属性を選んだ精密な攻撃魔法、そしてここぞという時には付与魔法や弱体化魔法などによるサポートが素晴らしかったらしい。


 黒魔導師の戦い方は、基本的には属性魔法攻撃によるものだ。特に、攻撃魔法は範囲攻撃できるものが多いという事で、多数の敵と戦う場合には黒魔導師の範囲火力が重要視される。単体の敵を素早く仕留めることに長けている剣士とは、その辺りで住み分けされている。

 また、付与魔法により剣士や弓術士の攻撃に属性を乗せ、敵の弱点属性に合わせると共に、火力の増強にも使えるらしい。召喚師が使う獣与(ブースト)系魔法に近いが、それとは違って黒魔導師が使う付与魔法は、一撃加えただけで消えてしまう代わりに、威力強化がかなり高いようだ。

 モンスターの中には、剣などの物理攻撃が効きにくいものも居て、そういう敵と戦う場合には付与魔法がかなり効果的だという。また単純に威力増大そのものがかなり強力なので、一気に仕留めきる場合などにも良いらしい。剣士に付与魔法を乗せることで、『剣士の攻撃+黒魔導師の攻撃魔法』よりも高い単体威力を出せる。


「だから、こっちで一気に決めたいってタイミングで付与魔法をくれると、すっごく気持ちいいのよね」


 良い笑顔のアシュリーが本当に気持ちよさそうに、タオルをぴしゃっと自身の背中へと振り回した。


 ちなみに、指導中で拘束されているセメイト村の召喚師に代わり、騎士隊に所属している召喚師達が『間引き』に同行して貰っている。仮にも彼らも騎士隊なのだが、アシュリーから何も言及が無いところを見ると、召喚師には大して質の違いが無いということか。

 そんな事を考えてマナヤが苦笑していると、アシュリーが突然、ふーん、とマナヤの顔を覗き込むように近づいてきた。


「……こっちでの生活も、慣れてきた?」

「ああ、おかげさんでな。実質まだ三日目だが、意外と馴染めてるよ」


 錬金装飾のおかげで、水道関連はほとんど問題ない。寝具も寝心地が良いし、早寝早起きの健康的な生活ができている。料理も、味のバリエーションが少ないことにはやや首を捻るものの概ね美味で、異世界とはいえ思ったほど不自由はしていなかった。

 マナヤがそう答えると、「そっか」と安心したような表情でアシュリーが笑う。


「別世界、っていうのがあたしにはよくわからないからさ。この世界のこと、好きになってくれると嬉しいな」


 そう言って、ひらひらと手を振って立ち去るアシュリー。

 そういえばこの世界でも手を振るのは別れのサインなんだな、などという割とどうでも良いことを考えながら、晴れやかな気分でマナヤは彼女を見送った。

 そこへ。


「あ……」

「……シャラ」


 ちょうど、桶のようなものを抱えたシャラと鉢合わせた。

 なんとなく気まずくなり、二人して硬直してしまう。


「……帰るところ、ですか」

「……まあな」


 彼女とは、テオの家で昨晩も顔を合わせていた。

 昨日の召喚師指導のあと、夕食の場で彼女とも対面したのだが、会話らしい会話はできなかった。シャラの戸惑いが、マナヤにもはっきりと伝わってきてしまうためだ。

 テオと同じ姿、同じ声で、全くの別人のように話しかけてくるわけだから、無理もないのだろうが。


 正直マナヤとしては、もはや面倒くさい、くらいにしか思っていなかった。仲良くしろとは言わない。だがこれからも頻繁に顔を合わせる以上、毎回気まずい空気になることくらいは勘弁してもらいたい、というのが本音だ。それに、夕食の場でテオの両親に気を遣われるのも気が引けた。

 とはいえマナヤはマナヤで、テオの最後の記憶から、彼女がテオに告白していたところを連想してしまう。だからこそ、テオの姿で中身が全くの別人であることに罪悪感を覚えてしまっていた。


「……俺、ちょっとそこら散歩してから帰るわ」

「……はい」


 このままだと一緒に並んで帰ることになりかねない、と危惧したマナヤは、ここで一旦別行動することにした。シャラからも、ほっとしたかのような気配が伝わってくる。


 ――今日も、微妙な気分で眠ることになりそーだな。


 指導が軌道に乗り、アシュリーとの会話で上向いた気分が、沈むのを感じて。

 夕日を眺めながら、マナヤはため息をついた。

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