109話 八つ当たり
「辞めなさい! 貴方たち、一体何をしているのです!」
慌ててそこにアロマが駆け寄り、コリィの家族達と村人達の間に割って入った。途端に、村人達が狼狽え押し黙る。
「これは一体何の騒ぎです! ……ジェド、タニア! 貴方がたも何故止めなかったのですか!」
「そ、それが……」
と、アロマの傍らに駆け寄ってきた二人の騎士に向かって怒鳴りつける。だがその騎士二人は表情をゆがめ、ちらりと人だかりの中心に目を向けた。
騎士達が目を向けた先に居たのは、群衆を扇動していたらしい村長補佐のカラン。その斜め後ろには、彼女の妹であるレズリーも控えている。
「……カランさん。貴方が?」
「村長代理。申し訳ありませんが、これは私達村人の総意です」
顔を歪めているカランは、身を寄せ合っているコリィの家族達をキッと睨みつけた。
「彼らは、召喚師を養子として引き取ったとか。しかも防壁の詰所に押し込むでもなく、その子を勘当するでもなく、そのまま家族として家に住まわしていると聞きました! 召喚師の住まう家の住人と仲良くしたい者など、この村にはいません!」
そう言い放つカランに、両親と寄り添っていたデレックが猛然と言い返した。
「何言ってんだ! 召喚師だろうとなんだろうと、家族は家族だ! 弟を家族として扱って、何が悪いんだよ!」
「な、なんというおぞましいことを……! この者達には、人の心が無いようです。身近な人をモンスターに殺された気持ちがわからないのでしょうね」
だが、デレックの反論に顔を引き攣らせ、強烈な憎悪を少年に向けたカラン。たまらずアロマが前に進み出た。
「そこまでです、カラン。召喚師が人を殺しているわけではありません。そして私は、召喚師でも家族として接することができる彼らに、人の心が無いとはとても思えません」
「な……村長代理、あなたはこの者達に味方すると言うのですか!」
「無論です。先ほどの戦いを見なかったのですか? 召喚師が居れば漁も楽になる。漁に出る度に死に怯えることはなくなるのです。それがこの村にとってプラスになるのは明らかでしょう」
落ち着かせるように静かに語るアロマ。対するカランは、怒りで顔を赤くして反論する。
「その戦い方のために、我々村人にリスクを冒せというのですか! 避ければ良いだけのモンスターとわざわざ戦い、あまつさえモンスターに乗るだのと! そんなことをしたがる者が、我々の中にいると思うのですか!」
広場に集まっている群衆は、彼女の怒号に頷く者が多い。
だが村人全員というわけではなかった。遠巻きに見ている村人達の中には、何か言いたげな表情をしている者もいる。思わぬ漁の収獲量に、海で『間引き』をするのもアリかもしれない、と考えているのかもしれない。
「……あなた方は、どうにもモンスターを『悪意ある生き物』と思いたいようですがね」
と、そこへ口を挟んだのはマナヤだ。一瞬にして群衆がざわめき、彼から距離を取るように後ずさる。
カランが顔色を悪くして、わなわなと震えながら彼を指さす。
「な、なぜあなたが……!」
「どうしました。召喚師じゃないそこの家族を責め立てといて、召喚師そのものである俺には口出しできないんですか?」
と、当てつけのように返すマナヤ。カランがぐっと言葉に詰まり、群衆の何人かがバツの悪そうな顔になる。
彼らはやはり、召喚師が怖いのだろう。召喚師が怒りに任せてモンスターを差し向けて来たりすることを、恐れているのだ。
そんな彼らを見渡し、冷静さを保つように深呼吸するマナヤ。
「別にあんた達は、この三人に直接恨みを持っているわけではないはずです。恨みをぶつけるべき相手は『モンスター』じゃないんですか?」
「……っ」
「一つ、言っときますよ。召喚師にとって、モンスターは『道具』です。先ほども言いましたが、体よく『利用』してやるべき対象なんですよ」
「で、ですから私も言いました! その召喚モンスターに裏切られたらどうするのですか!」
またその議論を蒸し返すのか。マナヤはあきれ果ててしまい、再び口を開こうとする。
「――じゃあ、こういうのはどうかしら?」
自身の口より早く、アシュリーが進み出た。ぎょっとして振り返るマナヤだが、「任せて」と小声で言いウインクしてくる。
固まったマナヤの前を通り過ぎ、再びざわめく村人達の前でおもむろに両腰に手を当てて胸を張った。
「見ての通り、あたしは剣士です。だから、皆さんがモンスターに苦手意識があるっていうのも、わかるつもりです」
村人達が表情を緩めた。彼女の美貌もあるが、特に剣士と思しき者達は仲間意識もあったからだろう。落ち着いて成り行きを見守る気になったようだ。
そんな彼らの顔つきに満足したように、ニカッと爽快な笑顔を見せた。
「なので、一つ試してもらいたいことがあるんです。皆さん、ちょっと森までついてきてもらえますか?」
***
アシュリーに先導され、見物していた村人達は門を出て外の森までやってきた。
モンスターが出るかもしれない森に、ややビクついている者も多少は見受けられる。が、全体的には思いのほか落ち着いていた。普段から森方面には採集を兼ねた『間引き』で出ることも多いからだろう。
三十メートルほど離れた位置に、岩場らしいものを確認したアシュリーが「うん」と頷く。
「この辺でいいかな、あっちにマトにできそうな岩場もあるし。あ、弓術士の皆さんは、一応野良モンスターに警戒しててください」
「は、はぁ」
弓術士であるアロマ村長代理を筆頭に、弓を担いだ者達があいまいにうなずいた。それを見届けたアシュリーが数歩さらに進み、改めてくるりとマナヤに向きなおる。
「じゃあマナヤ、お願いね!」
「……ゲンブでいいのか?」
「というか、一通り出してもらえると助かるわ。やりやすそうなの、片っ端から」
と、いじわるそうな顔をしてみせるアシュリー。その表情にマナヤは苦笑し、肩をすくめながら手を前に差し出した。
「【ゲンブ】、【ナイト・クラブ】、【イス・ビートル】、【牛機VID-60】、【ガルウルフ】、【ヘルハウンド】、【狼機K-9】、【エルダー・ワン】召喚」
本当に思いつくまま適当にモンスターを召喚しだす。リクガメのようなもの、巨大蟹、人の頭ほどの甲虫、牛を象った紫のロボット、灰色の毛皮を持つ狼、茶色く尾に炎を灯した大型番犬、緑色の金属でできた狼型ロボット、全身水色の五本足の化け物。
八体ものモンスターを呼び出したことで、一同が一斉に退いた。悲鳴らしいものを上げかける者もいる。
「あ、あんた、一体何を……!」
剣士らしい村人の一人が、青い顔をして後方からマナヤに非難めいた声をかける。が、そちらへと笑顔を向けたアシュリーが、場違いなほど明るい声で話し始めた。
「皆さん、さっき海であたしがモンスターを『投げた』とこ、見ました? というか、見えました?」
「え? あ、ああ、確かにさっきやってたみたいだけど」
よかった、などと事もなげに答えたアシュリーは、マナヤが呼び出した甲虫型の中級モンスター、『イス・ビートル』の足を無造作に掴み持ち上げた。
虫型という気味の悪いモンスターを、あまりに躊躇なく掴み上げた彼女に、村人達が思わず絶句する。そしてアシュリーは……
「――虫はくたばれえええええええええっ!」
豪快な叫びと共に、それをやや離れた岩場目掛けて思いっきり投げ飛ばした。
着弾と同時に、岩場が土煙を巻き上げる。轟音と共に衝撃も若干伝わってきて、地面がかすかに揺れるのを感じた。パタパタと森の中から鳥が数羽飛び立つのが見える。
「……」
投げた事ではなく、アシュリーが叫んだ台詞の方に絶句するマナヤ。
しかし彼女は止まらず、今度はナイト・クラブの足を掴み上げる。それを横向きにハンマー投げのごとく振り回し……
「斬りにくいのよ、アンタぁぁぁぁぁぁぁっ!」
と、再び鬱憤を晴らすかのような叫び声でブン投げた。一気に吹き飛んでいったナイト・クラブは、爆音を上げて岩場に激突する。
止まらず、愚痴らしいものを大声で言い放ちながら、景気よくマナヤのモンスター達を次々と投げ続けるアシュリー。
「カメが、頭突きしてんじゃないわよぉぉぉぉぉぉっ!」
次いで、ゲンブも投げつけられ嘴が岩場を破壊する。
「その金属のツノ受け止めにくいんだからぁぁぁぁぁっ!」
牛機VID-60が頭から岩場に突っ込み、大地を揺らす。
「ワンコ風情が、いっつも後衛狙ってくんじゃないわよぉぉぉぉっ!」
投げ飛ばされたガルウルフが、ボールでも叩きつけたかのような軽快な、しかし土煙を上げるには十分な轟音で岩に激突する。
「その気色悪い五本足しまいなさぁぁぁぁいっ!」
縦回転しながらエルダー・ワンが吹っ飛び、叩きつけられたタコのような音を立て、岩場にヒビを入れてそこに張り付く。
立て続けに上がる土煙で、前方にあったはずの岩場がもはや全く見えない。
「お、おいアシュリー――」
「勝手に諦めてんじゃないわよマナヤァァァァァァっ!」
――ドカアアアアアッ
(俺かよ!?)
と、緑の狼型ロボットを投げつけた時の彼女の叫びに、思わず引いてしまう。やけに実感の篭っている声だった。まだ例の件で腹の虫が収まっていなかったらしい。
自分が投げ飛ばされたりされやしないかと後ずさるマナヤ。
「ちょ、おいっ、俺をダシに――」
「そんなことより炎包みステーキ食べたぁぁぁぁぁぁいっ!」
――ズドォォォォンッ
(なんかもう全然関係ねぇ!)
ヘルハウンドが景気よく岩場にブチ当たって良い音を立てている。マナヤは脱力し項垂れてしまった。
炎包みステーキとは、故郷のセメイト村でよく食べられていた定番料理だ。
「……ふー。いい汗かいた。ほらね? 別にモンスターを投げ飛ばしたって、反撃なんかされなかったでしょう?」
と、一通りのモンスターを投げ終わったところで、アシュリーが額を腕で拭いながら笑った。妙にすっきりとしたような顔をしている。
マナヤどころか、村人達も虚を突かれもはや毒気は無い。苦笑している者達もちらほら見受けられる。
そしてアシュリーは村人達の方に向き直り、朗らかに言い放った。
「こんな風にね。日頃の鬱憤を込めて、モンスターを思いのままに全力で投げつけるの。思った以上に良いストレス発散になりますよ? 思いっきり体を動かすだけでも気持ちいいですしね」
今度はソワソワしだす村人達。剣士たちなどは期待を隠せずに不自然に唇を結んでいた。気持ちが逸って思わず笑みを浮かべてしまいそうなのを我慢しているかのようだ。
「――あ、あの! オレもやってみて良いですか!」
と、そこへ黒髪の少年が進み出る。コリィの兄、デレックだ。彼も剣士であったらしい。
そんなデレックにサムズアップしたアシュリーが晴やかに言い放つ。
「もちろん! あ、マナヤ、弾を用意しといてね!」
完全にモンスターが弾扱いである。
「つっても、召喚獣は同時に出せるのは八体が限界だからな? 投げ飛ばされたモンスターを一旦送還しねーと追加は出せねぇぞ。【戻れ】」
「あーそっか。じゃあえっと、その間に。どなたか協力してくれる召喚師の方、いらっしゃいます?」
投げ飛ばされたモンスター達を、送還魔法の射程圏へと呼び戻すマナヤ。それを尻目に、アシュリーが召喚師達の方を向いて問いかけた。すると騎士隊所属らしい召喚師達が数名進み出てくる。
(マジで、こんなのでモンスターアレルギーを克服できんのか!?)
先ほどまでの怖れが嘘のように、剣士たちを中心に村人達がわいわいと騒ぎ始める。そんな彼らを見て、マナヤは感心していいのか呆れていいのかわからなくなっていた。
***
――半刻後。
「海から襲ってくるとかふざけんなぁぁぁぁぁっ!」
「兄さんを返してよぉぉぉぉぉっ!」
「親父を殺したカタキぃぃぃぃぃぃっ!」
剣士達は実に豪快に召喚モンスターをどんどんと投げ飛ばし続けていた。今までモンスターにやられっぱなしだったこと、相当腹に据えかねていたらしい。投げつけるごとに、地響きが発生し轟音を立ててモンスターが岩場に着弾する。
先ほどまでの怖れはどこへやら、もはや完全にモンスターを競技用ハンマー扱い。しかも段々と狙いが良くなってきており、岩場の中央がマトとして認定されたようで、クレーターのような穴が空いていた。
投げ飛ばされたモンスターは、対応する召喚師が『戻れ』で引き戻す。その間、別の召喚師のチームが新たなタマを補充していく。それをローテーションで繰り返していた。
どんどん手際が良くなっていく。バスケットボールの練習のごとく、流れるように連携していく剣士達と召喚師達。彼らの間にも、いつしか爽やかな雰囲気が漂う。
「いいぞー! もっとやれぇ!」
「姉さんの仇も一緒におねがーい!!」
そして剣士以外のギャラリーの一部にも、喝采の声を上げている者達がいた。さながらスポーツ選手を応援する観客である。
にっくきモンスター達が爽快に投げ飛ばされ、岩場に思いっきり叩きつけられる。そんな様は、彼らにとっても胸がすく思いであったようだ。
「……おいアシュリー、どう始末つけるんだよコレ」
そんな光景に呆れるしかないマナヤ。一体いつからあの岩場はアトラクションになったのだろうか。
「別にいいじゃない、ホントに気分が晴れるのよ? ホラ、みんなもモンスターへの警戒心が和らいだみたいだし、生き物じゃなくて『モノ』として見れる目にもなってきたんじゃない?」
「違うそうじゃねえ!」
クスクスと笑いながらそう言ってくるアシュリーに、マナヤは『どうしてこうなった』と頭を抱える。
「というかよ、なんで剣士の奴らあんなにノリノリなんだ。さっきまであんなに毛嫌いしてたのに」
「そりゃ、あたし達剣士は身体能力が売りだからね。思いっきり体を動かす爽快感も、敵を思いっきり殴りつける気持ちよさも熟知してるのよ。きっとみんな楽しんでくれると思ってたわ」
実にイイ顔で解説するアシュリー。見惚れてしまうような笑顔だが、その背後に映る狂気じみた光景がそれを許さない。
何度も地響きが鳴り、森から鳥が姿を消し、岩場の中央はグズグズに砕けている。そして奇声を上げながらモンスターを投げ飛ばしている村人達。傍から見れば、狂人の村にしか見えなさそうだ。
「よーし! じゃあみんな一旦ストップ! 集合ー!」
「はいッ!」
パンパンと手を叩いて掛け声をあげたアシュリーに従い、剣士たちは皆一旦手を止めてアシュリーの元へと集まった。どこの体育教員だろうか。
「みんな、要領はわかったわね? 良いストレス解消になったかしら?」
「はいッ!」
アシュリーももう敬語はかなぐり捨て、指導員のごとく声をかけていた。剣士たちもそれに何の異議も唱えず、声を揃えて景気よく返事をする。騎士隊の剣士達すら、それに混じっているのだから始末に負えない。
「モンスターを投げ飛ばすのって、気持ちいいだけじゃないのよ? 戦いの役にも立つわ。想像してみて、投げつけたモンスターを敵モンスターにぶつけてやるのよ」
「……!」
「今まで散々苦しめられたモンスター達を、こっちもモンスターを文字通り『ぶつけて』叩き潰してやるの。どう、もっといい気分になりそうじゃない?」
段々演説じみてきたアシュリーの発言に、剣士たちが目を輝かせ始める。後方で見守っているそれ以外の『クラス』の者達も、幾人かは身を乗り出していた。
「じゃ、次は応用編よ! マナヤ、頼むわね!」
「あー、はいはい……【トリケラザード】召喚」
と、アシュリーの傍らに中級モンスター『トリケラザード』を召喚する。甲羅に覆われたトリケラトプスのようなトカゲだ。
「今までは、ターゲットであるあの岩場まで視界が通ってたでしょ? でも、実戦だとジャマな障害物があったりすることもあるわけね」
中央にクレーターができた岩場を指さすアシュリー。その先へ剣士たちや他の村人が一斉に視線を向けた。
「そんな場合は、こうやって狙ってやったほうがいいのよ。……いい? マナヤ!」
「おう、いつでも」
途中からマナヤの方に向いて不敵に笑うアシュリーに、マナヤも諦めて頷いた。アシュリーが懐から、玉を抱えた兎のようなチャームがついたブレスレットを取り出し、それを腕に付ける。
――【跳躍の宝玉】
「――はっ!」
「【跳躍爆風】!」
掛け声を上げて空中へと跳び上がるアシュリー。タイミングを合わせ、マナヤもトリケラザードを跳躍爆風で空へと跳ばした。
「てりゃあああああっ!」
空中でトリケラザードの尻尾を掴んだアシュリーが、それをそのまま岩場目掛けて投げつける。空中を見上げていた村人達がおおっと感嘆の声を上げた。
――ズゥゥゥゥンッ
岩場のクレーター中心からややズレた位置に着弾するトリケラザード。
「あー、やっぱり外しちゃったかぁ」
投げた反動を受け、空中で押し戻されてしまったアシュリーは、開拓村の防壁、その壁際あたりに着地。残念そうにそう呟くが、すぐに表情を切り替えた。
「ま、見ての通りあたしも練習が足りてないんだけど。こうやれば、木が多少ジャマでも敵に当てやすくなるわ。普通にやるなら、この『跳躍の宝玉』が要るけどね」
と、歩いて元の位置に戻りながら自身の手首を掲げてみせるアシュリー。
「そんなわけで、明日からはみんなもあたしと一緒に練習してみましょうか! 投げつける精度を上げていけば、剣士にも遠距離攻撃の手段が確保できるわけだしね。いい?」
「はいッ!」
興奮した様子で、剣士たちが声を揃えた。もはや、この村所属剣士達の姐御扱いされているアシュリー。
呆れたマナヤがチラリと、後方で様子見していたディロンとテナイアへと視線を送る。ディロンは片手で頭を抱え、テナイアも眉を下げながら苦笑していた。さすがの二人もドン引きしているようだが、なまじ効果があるだけに文句も言えない。
(思うてたんと違う)
思わず、頭の中で日本語でそう考えてしまうマナヤ。溜め息をつきつつ、他クラスの者達を見渡した。彼らも一様に歓声を上げている。
こちらへと振り向いたアシュリーが、得意げな表情を見せる。マナヤもそれを見て、苦笑せざるを得なかった。
認めるしかない。今回は、完全にアシュリーの一人勝ちだ。
「あ、あの! アシュリーさん!」
と、そこへデレックが興奮した様子で駆け寄ってくる。
「あら、デレック。あんた、いい表情になったじゃない」
「は、はい! あのアシュリーさん、ありがとうございました!」
「いいのよ。それにあんたさっき、あのカランって人に堂々と言い返してたじゃない。かっこよかったわよ?」
「……へ?」
きょとん、とデレックが目を丸くしてアシュリーを見つめる。
ふわ、と柔らかく笑ったアシュリーが、憂いを帯びた声で彼に語りかけた。
「あたしは、孤児だったからね。家族の暖かさっていうのを、あたし自身は知らないのよ」
「え……」
「だからね。養子のコリィも、きっちり弟として扱おうとするアンタの姿は、かっこよかったわ。その心、大事にしてね」
と、ウインクしてみせるアシュリー。
デレックは顔に火が付いたかのように真っ赤になり、こくこくと高速で頷いた。
――こいつ、堕ちたな。
マナヤが心の中で頭を抱える。
美少女で堂々としていて頼りがいもあり、そして今こうやって自分の行いを褒められ屈託のない笑顔を向けられる。そんな彼女に堕とされてしまうのも、無理はないだろう。
なんとなく心に棘が刺さったような気持ちになり、マナヤは再び群衆へと視線を逸らす。
(……ん?)
しかしその中にいた、村長補佐のカラン。
ただ一人彼女だけ、表情を険しくしてアシュリーを憎々しげに見つめていた。




