108話 同士討ちは基本
船の上で、コリィが目を丸くしてマナヤを見つめ返してくる。
「召喚師らしい、戦い方、ですか……?」
「ああ。爆炎の範囲攻撃をしてくる『ボムロータス』がいるだろ?」
それが、ボムロータスを見つけた際にマナヤが”もう少し近づく”ことを選択した理由だ。
「召喚師の原則。範囲攻撃を使ってくる敵が出てきたら、『同士討ちは基本』だ」
「……同士討ち?」
首を傾げるコリィに、マナヤは前方へと手をかざした。
「つまりこういう事だよ! 【ゲンブ】召喚、【火炎防御】」
リクガメ型モンスター『ゲンブ』を召喚し、炎を防御する魔法をかける。
「アシュリー、いけるな?」
「そっか、なるほどね! いいわ、こっちに寄こして!」
声をかけられたアシュリーは、マナヤが何を目論んでいるか察したようだ。
視点変更で操作し、アシュリーの近くへとゲンブを移動させる。そしてマナヤはそのゲンブに追加で魔法をかけた。
「【火炎獣与】……いいぞ!」
「オッケー!」
ゲンブの頭部辺りの水面が、高温で沸き立つ。そんなゲンブの後ろ脚を、アシュリーがむんずと掴み上げた。
「――セイヤアァァァッ!!」
そして思いっきり、敵が居る方向へと投げ飛ばす。反動で足元のナイト・クラブがその体を揺らすが、沈みはせずにアシュリーをしっかり支えている。
「【行け】!」
同時にマナヤが、投げ飛ばされたゲンブに突撃命令を下した。
アシュリーの手によって放り込まれたゲンブは、そのまま計四体の敵陣へと突っ込んでいく。跳躍爆風で前進させるより、この方が距離が稼げる。
海面を二回ほど跳ねたゲンブが、最期に敵陣の真ん中に着水。途端――
――ドォォンッ
「……あっ!」
そのゲンブが爆炎に包まれたことで、コリィもようやく気付いたようだ。
突撃していったゲンブは、ボムロータスの標的となって爆炎を食らった。だが、火炎防御がかかっているためダメージは皆無。
しかしアシュリーに投げつけられたゲンブは、敵陣にいるナイト・クラブや魚機CYP-79などの只中にいる。爆炎はそれらのモンスターをも巻き込み、熱傷を負わせていた。空から降りてきてゲンブに金属製の爪を走らせる鷲機JOV-3も、その爆炎に巻き込まれていく。
「わかったか? ボムロータスの爆炎は、仲間も巻き込むんだよ。あれを巧く使えば、同士討ちさせて一気に敵を壊滅させられるって寸法だ」
マナヤの解説通り、遠慮なしにゲンブに爆炎を叩きつけているボムロータスの攻撃が、逆に敵陣を嘗め尽くしている。
コリィのみならず、アロマもポカンと口を開けたまま固まってしまっていた。
しばらく放置していただけで、爆炎に巻き込まれ敵陣が壊滅していた。残っているのは爆炎を放っているボムロータスだけだ。
そのボムロータスも体表が焼け焦げている。火炎攻撃を行うボムロータスだが、自身は火炎に耐性を持っていない。自分の爆炎に自らの身を焼かれているのだ。再生能力が高いためまだ生き残っているが。
「よし、トドメだな! アロマさん、ようやく出番ッスよ!」
「あ、は、はい!」
そこでようやくアロマへと振るマナヤ。弓に矢をつがえ、キリキリと引き絞る。
「【スペルアンプ】」
「【インスティル・ファイア】」
テナイアがディロンに魔法増幅を、直後にディロンがアロマに火炎の付与魔法をかけた。矢先が青い炎に包まれる。弓術士による強敵狙撃の定番コンボだ。
「【プランジショット】!」
それを受けたアロマが、斜め上に矢を放った。
青い軌跡を描いたその矢は、自らの爆炎に包まれるボムロータスへと落下していき、着弾する。
「……終わったみてぇだな」
その様子を見届けたマナヤが口笛を吹く。ボムロータスの姿が消え、辺りに静寂が戻った。波打ちと爽やかな風音だけが響き渡る。
「まさか、これほどあっけなく終わるとは……」
アロマも茫然としながら、この結果に感嘆を漏らしていた。
長距離から弓術士で狙撃した場合、ボムロータスの奥にもいた数体のモンスターにも気づかれ、近づかれていた可能性が高い。もし仕留めきれなければ、複数の敵に囲まれていただろう。
だが今回、マナヤとアシュリーで放り込んだゲンブのおかげで、敵陣は半壊。弓術士が安全に最後のトドメを刺すことができた。
「よし、じゃあ封印しにいくぜ。アロマさん達、ちゃんとついてきてくれよ。敵影の警戒も忘れずにな」
「あ、は、はい!」
あとは残った瘴気紋を封印するだけだ。マナヤは早速、ナイト・クラブ達に跳躍爆風をかけていった。
***
ドサドサと舟から降ろされた、今日の収獲である魚。漁当番の男が、さっそく網から魚を外し、トロッコのようなものへと詰めていく。彼の表情は、とても明るい。収獲はもちろん、適切な人数で守られながらの漁が思いのほか快適だったのだろう。
「と、まあこんな感じですね。……どの程度まで見れたかはわかりませんが、少なくともある程度状況の把握くらいはできたんじゃありませんか?」
デモンストレーションを終えて岸に戻ってきたマナヤが、唖然としている村人達を見渡して言った。
岸からモンスターと戦った沖までは、かなり距離があったろう。だが、見通しの良い海の上なら、どう戦ったかある程度はわかったはずだ。
「召喚師の協力がありゃ、これだけのことができるってことです。ナイト・クラブに乗ることで、敵クリスタ・ジェルから身を守る。召喚モンスターを囮とすることで、敵の攻撃を受け止めつつ剣士や黒魔導師が安全に攻撃する。同じく召喚モンスターを放り込むことで、敵の同士討ちを誘う。かなり安全に戦えますし、漁もやりやすくなりますよ」
小さな舟一艘だけで『間引き』をしようとするから、無理が出る。モンスターを足場として使えば、人数を増やせる。いざという時に召喚師が跳躍爆風で動かすことで、味方を安全圏へ送ることもできるだろう。
だが、村人達の表情は優れない。
「……で、でも、そんなに割り切れないよ」
「召喚モンスターだって、いつ私達を裏切るか……」
「それに、モンスターに触るのだって嫌だ」
「母さんをモンスターに殺されたのに……」
誰か一人が口を開いたのを皮切りに、村人達が不安の言葉を吐き出し始める。
「じゃあ、こう考えてみてくださいよ。モンスターを逆に懲らしめてやるんだ、と」
と、今度はそう言いだしたマナヤに村人達が首を傾げた。それに構わず、彼は話を続ける。
「モンスターに襲われて、被害がしょっちゅう発生していると聞いてます。なら、モンスターに対する恨みつらみだってあるんじゃないですか? だから、召喚モンスターを『利用』してやるんですよ。召喚モンスターを使って、野良モンスター達を倒させる。要するに、同士討ちさせるんです」
同士討ち、という言葉に村人達の何人かが反応しているのがわかった。マナヤは唇の端を吊り上げ、あえて黒い表情を作ってみせる。
「想像してみて下さいよ。いつも自分達が辛酸を舐めさせられているモンスター達、そいつらが『お仲間』に倒される。モンスターどもを足蹴にして海を渡り、モンスターでの同士討ちをさせて滅ぼしてやるんです。俺がボムロータスの攻撃で同士討ちさせてたとこ、弓術士の方々は見えたんじゃないですかね?」
実に性格の悪そうな発言ではあるが、村人達には意外と刺さったようだ。ごく、と何人かが唾を呑みこむ音が聞こえる。
「き、詭弁です! そんなことをして、召喚モンスター達に裏切られたらどうするのですか!」
と、慌てたように叫び出したのは、村長補佐のカランだ。その言葉に我に返ったように不安な表情に戻る村人達も出てくる。
そこへアロマが、彼らをなだめるように進み出た。
「そうならないことを確認するために、私達騎士隊が検証をするのです。数日間、我々でこの『間引き』法を試し、安全性を確認しつつ戦術を洗練させます。皆さんには迷惑をかけませんし、同乗する漁当番の方は必ず守り切ってみせます。……今は、私を信じては頂けませんか?」
と、左胸に右手を当てる。
そんなアロマの姿に、カランも何も言えなくなってしまった。村人達も、これまで開拓村を支えてきたアロマを信頼しているのだろう。彼らの表情が緩んでいるのがわかる。
小さく微笑んで頷いたアロマが、ディロンとテナイアへ目くばせする。ディロンも頷いて応じ、前に進み出た。
「よし、今日の漁は、その収獲量でもう充分だろうか?」
「え、あ、はい! これだけあれば足りないことはないでしょう。明日は新しい網をもっと用意した方が良いかもしれませんね」
と、同乗して漁を担当していた男に話が振られる。彼は嬉々として答え、早くも明日の漁に思いを馳せているようだ。
「では、最初のデモンストレーションはこれで良かろう。我々はこれから、この戦術を煮詰める。明日の漁にも我々が同行するので、そのつもりでいて欲しい。……では、解散」
ディロンの言葉で締めくくられ、村人達はおずおずと獲れた魚を網から外す手伝いをしたり、各々の持ち場に戻っていった。
それを確認したテナイアが、マナヤとアシュリーの元へとやってくる。
「私達は集会所へ向かいましょう。今日の結果を考察する必要があります」
彼女に促され、マナヤ達は同乗したコリィを伴い集会所へと向かった。
***
「さて。まずはやはりマナヤ、君の意見から聞きたい」
集会所に集まった一同。まずはディロンがそう話を切り出した。
ここに揃っているのは、ディロンとマナヤの他にはテナイア、アシュリー、アロマ、コリィ、そしてセレスティ学園のモール教官。以上の七名だ。
「戦術自体はうまくいったと思いますね。まあ、村人達に同じことができるかは別問題ですが」
少し考え込んだマナヤは、険しい顔でそう答える。
「できれば舟もナイト・クラブで押していきたい。俺からはそれくらいですか」
「……私の意見としては、それはまだ勘弁して頂きたいのですが」
と、続くマナヤの言葉に苦々しく異を唱えたのはアロマ村長代理である。
「召喚獣とはいえ、モンスターがすぐ傍にいる感覚というのは、落ち着かないものです。騎士隊である私でそうなのですから、村人達にとっては悪夢でしょうね」
「あー、まあ、そうなんでしょうね。モンスターで舟を押した方が、いざって時に跳躍爆風で避難させることもできて便利なんですが」
その気持ちは理解できなくもないマナヤが、頭を掻く。
ふむ、と手を軽く顎に当てて考えこんだディロンが、今度はそのアロマ村長代理へと話を振った。
「ではアロマ村長代理、君の意見はどうだ。舟をモンスターで押すのは無いとして、それ以外の戦術をこの村人達が実践できそうか?」
「……今すぐには、難しいでしょう。彼らのモンスターに対する忌避感を払拭するのは、簡単なことではありません」
アロマが申し訳なさそうにそう答える。それにマナヤは片眉を吊り上げた。
「いや、でもあの漁当番の人は最後の方、割と平気そうだったじゃないスか」
「彼はまだ、モンスターに家族を殺されたことがありませんでしたから。実際に近しい人を殺された経験を持つ者達には受け入れがたいでしょう。特にモンスターに乗るなど、もってのほかです」
そう答えるアロマの表情は、どこか憂鬱だ。
駐在騎士とはいえ、彼女もこの村で生活をしている一員。村人をモンスターに殺され、そして悲しむ人々をずっと見てきたのだろう。
「ふむ……コリィ、君もこの村の一員だったと聞いている。君から見て、どうだ」
「は、はい!」
今度はディロンがコリィへと問いかける。まだ緊張気味なのか、コリィは堅い声で答えながら背筋を伸ばした。
「えっと……ボクも、モンスターに両親を……殺されました」
説明を始めるコリィの言葉、最後の方は掠れ声になっていた。
「だから……召喚師であるボク自身でさえ、モンスターには乗りたくないし、触りたくもありません。他の村人は、もっとその思いが強いんじゃないでしょうか」
コリィの台詞に、ディロンとテナイアがため息を吐く。彼の意見は、村人達の思いそのものだろう。
「そういえば、この村の召喚師って普段どう過ごしてるんです?」
ふと気になったマナヤは、アロマに向かってそう訊ねた。
これほど召喚師が忌み嫌われているのであれば、彼らもロクに外を出歩けないはずだ。スレシス村がそうであったように。
「普段、召喚師の方々には専用の宿舎に篭ってもらっています。防壁に備え付けられた塔の中ですね」
「ああ、その辺は普通の村と同じなんスね」
アロマの答えに、マナヤはセメイト村を思い出す。
かつて、テオも故郷ではそうやって防壁の塔に作られた召喚師用の宿舎で生活していたのだ。
「彼らの食糧は?」
「村人に任せるわけにもいかないので、我々騎士隊の者達が彼らに食料を持っていっています」
「……じゃ、やっぱり召喚師達は引きこもり生活か」
大きなため息を吐くマナヤ。
村人にここまで忌み嫌われているから、想定はしていた。つくづく、セメイト村はだいぶマシな部類だったのだろう。出来合いの物を受け取るために出歩くことくらいは、セメイト村の召喚師達もできていたのだ。
「……召喚師達へのイメージを変える方法なら、ちょっとアイデアがあるんですけど」
と、そこでここまで黙って聞いていたアシュリーが、唐突に口を開いた。
一斉に視線が彼女に集中する。ディロンが代表するように彼女に訊ねた。
「アイデア、とは?」
「あ、はい。実は、学園で特別講師をしてた頃から暖めてた考えなんですが――」
――ワァッ
「な、何が!?」
突然、外が騒がしくなるのがわかった。アロマが反射的に立ち上がり、出口の方へと急ぐ。
マナヤ含む、他の一行もそれに続いて扉を開けて外へと飛び出した。
騒がしい村の中央広場の光景を見て、マナヤ達は絶句する。
「召喚師を家に入れたりして、何を考えてるんだ!」
「人殺しのモンスターを操る子を、どうして塔に閉じ込めておかないの!」
「あんな奴を自分の子扱いするなんて、正気とは思えないぞ!」
広場の片隅で、数多くの村人が三人を取り囲んで責め立てている。同じ村人であるはずのその三人に、まったく容赦をしていない。
罵倒を浴びせられ続けているその三人は、互いに身を寄せ合って身を守るように固めていた。黒髪の夫婦と、その息子。
「――お父さん! お母さん! デレック兄ちゃん!」
コリィが悲痛な叫び声を上げる。
村人達に責め立てられているのは、コリィの家族だった。




