106話 海上戦のレクチャー
マナヤが海から帰ってきた後。
「……と、いうのが俺がさっきやった戦い方だ。何か質問はあるか?」
集会所を一つ使わせてもらえることになったマナヤは、先ほどの戦いにおける自分の動きを、詳しく解説していた。
掲示板のようなものに紙を貼り付け、そこに図解を描いて動き方を説明したのだ。
「はい」
「おう、何だコリィ」
すぐさま挙手したのは銀髪の少年。最初から勉強熱心だったコリィだ。
「マナヤ教官は、最初のクリスタ・ジェルを引きつけるために、ゲンブに電撃防御をかけて対処したって言ってましたよね」
「ああ」
「どうしてゲンブの代わりに、素で電撃に耐性を持つナイト・クラブを使わなかったんですか? こっちなら、電撃防御は必要なかったのでは?」
中々核心を突く質問に、思わずマナヤが唇に弧を描く。
「なるほど。お前らは、わざわざ防御魔法にマナを割くくらいなら、最初から素で耐性のあるモンスターをぶつけた方が絶対に良いと思ってるな?」
「は、はい」
この世界で一般的に浸透している考え方だ。実際、ゲーム『サモナーズ・コロセウム』でも初心者はそう考えている者達が多い。
「正直で結構。……これはまだ説明して無かったが、モンスターは『自分の攻撃が相手に通じてない』場合、数回攻撃したところで攻撃対象を変更しようとする習性がある」
「攻撃対象を、変更?」
首を傾げるコリィに、他の生徒達も追随した。そんな彼らを見渡し、マナヤは説明を続ける。
「ああ。何度か攻撃して、『自分の攻撃が、こいつにゃ効いてない』と判断した場合、モンスターはそいつを攻撃するのを諦めて、無視しちまうのさ」
自動人形のように、全く同じ攻撃しか繰り返せないモンスター達。そんなモンスター達の、唯一にしてささやかな『知能』ということだ。
「あのとき俺が、敵クリスタ・ジェルにナイト・クラブを差し向けたとしよう。クリスタ・ジェルは何度か攻撃を繰り返した後に、諦めて別の攻撃対象を探しに行っちまうんだ。どこに向かうと思う?」
「……あっ、もしかして、舟の方ですか?」
「そうだ。水中にいる敵にしか攻撃できねぇクリスタ・ジェルが、攻撃対象を変えるとしたらそっちだわな。つまり、あそこで俺がナイト・クラブを差し向けてたら、クリスタ・ジェルをあんまり長時間は引き留められてなかったろうぜ」
この世界の人間が、召喚モンスターを盾として最上級モンスターらに対処しにくかった理由がここにある。何度目かの攻撃で、盾として出した耐性持ちモンスターを無視され、人間の方が狙われてしまうためだ。
だからマナヤは先ほど、あえて電撃に耐性が無い『ゲンブ』を召喚した。
「……あれ? でも、ゲンブにも電撃防御がかかってたんですから、同じじゃないですか? ゲンブへの攻撃を辞めちゃうんじゃ?」
と、コリィが続けさまに質問する。
「鋭いな。ここが面白い所でな、モンスターは防御魔法によって『後付け』で耐性が追加された場合、それを認識できないんだ」
「認識、できない?」
「ああ。攻撃を辞めるのは、あくまで『素』の耐性で攻撃が通じてない場合だけだ。防御魔法で防いだ場合、モンスターは自分の攻撃が防がれてることを認識できない。効かない攻撃を延々繰り返し続けるのさ」
ゲーム『サモナーズ・コロセウム』では、その辺りが駆け引きの中心になることもあった。
火炎攻撃を行うモンスターを敵が出してきた場合、炎に耐性があるモンスターで対抗しようとすると、数回で攻撃対象を変えて自PCを狙ってくるようになる。つまり、火炎耐性持ちのモンスターは、必ずしも火炎攻撃モンスターへの対策にはならない。
しかし、あえて炎には耐性が無いモンスターを出し、それに火炎防御をかけて対処すると話は変わる。敵の火炎攻撃モンスターは攻撃対象を変えようとせず、延々と火炎防御付きのモンスターに攻撃し続ける。その分、自PCの安全が確保されることになる。
「モンスターが何回攻撃すれば、無駄な相手への攻撃を辞めるようになるか。これもモンスターごとによって判断速度が違う」
「そういえば、以前教官に見せてもらった”ステータス表”にも『判断速度』って項目があったような?」
と、別の女子生徒がそう言いだした。彼女の言葉に、皆が納得したような顔になる。
「そういうこった。だから、そういう場合はなるべく判断速度の速い……つまり『攻撃対象を変更する速度が早い』モンスターの方が便利に使えるな」
「じゃあ、判断速度が遅いモンスターは使わない方がいいんですか?」
「そうでもねぇよ。判断速度が遅いモンスターは、そのぶん基礎性能が高いからな。ほら、ステータス表を見てみろ」
と、同じ女生徒の質問に答えつつ改めてステータス表を広げる。おしくらまんじゅうでもするかのように、二十人の生徒が一斉にそれを覗き込んだ。
「要するに、適材適所だよ。判断が早いモンスターで、ダメージが通る敵をピンポイントに攻撃するか。あるいは判断は遅いがスペックの高いモンスターを補助魔法で援護して敵をすり潰すか。そういうのを瞬時に判断するのも、召喚師に必要な要素だぜ」
ほう、と生徒達が感心して息を吐く音が聞こえた。
「わかりました、えっと、もう一ついいですか?」
「おう、熱心だなコリィ。なんだ?」
続けて質問を重ねてきたコリィ。
「最初のゲンブの後、舟をボムロータスから守るために、マナヤ教官はナイト・クラブに強制誘引をかけて向かわせたんですよね?」
「そうだ。敵ボムロータスが、舟を無視してナイト・クラブを狙うようにな」
「でも強制誘引って、敵モンスターに狙われやすくなるんですよね? ゲンブと戦ってた敵のクリスタ・ジェルも、ナイト・クラブの方に行っちゃいそうな気がするんですけど」
――本当に、良い所に気づく奴だな。
正直、マナヤは舌を巻いていた。学び始めてまだそう経っていないのに、細かい所によく気づいている。
「またしても良い質問だ。確かに強制誘引や猫機FEL-9は敵モンスターを引き付けやすい。だが、これは実は『距離関係』が重要なんだ」
「距離関係?」
「ああ。モンスターがどの敵を狙うか……これを俺は『ヘイト』って呼んでるんだがな」
正確には、『サモナーズ・コロセウム』プレイヤー達が使っていた言葉だ。
「モンスターのヘイトは、実にシンプルだ。近くの敵にほど、ヘイトが高くなる。一番近くにいる奴を攻撃しに行くわけだ」
「……それは、僕達もモール教官から習った覚えがあります」
うんうんと生徒一同が頷く。
「だろうな。さて、ここからが肝心だ。強制誘引や猫機FEL-9の能力は、『半分の距離にいる』ものとして敵からのヘイトを誤認させるんだ」
「半分の、距離?」
「ああ。ちょっと、図解にしてみるか」
ハテナマークが頭に浮かんでいる生徒達を見て苦笑したマナヤ。早速紙にさっと図を描き、背後の掲示板のようなものに貼り付けた。
「ここに敵モンスターが居るとしよう。で、お前のモンスターAとモンスターBが、敵からみてそれぞれ距離8、距離5にいる」
A―――敵――B
「さて。この場合、敵はAとB、どっちを狙ってくると思う?」
「それはもちろん、近くにいる方……距離5のモンスターB、です」
「正解だ。んじゃ、こっからが本題だぞ。ここで距離8のモンスターAに強制誘引をかけたとしたら、どうなると思う?」
マナヤは筆を取る。『敵』と書いた丸と『A』と書いた丸の間に引かれた線、その中央に黒丸を描いた。
A―●―敵――B
「そうなると、敵はモンスターAとの距離を8の半分であるココ……距離4と誤認するわけだ」
「あっ!」
「わかったか? こうなると、モンスターAは距離4、モンスターBは距離5、と敵は認識することになる。つまり……」
「遠くにいるはずの、モンスターAを狙う……」
コリィの呟きに、生徒達が驚きの表情で顔を見合わせた。ニヤリとマナヤが笑う。
「そういうこった。だがこの時に、もしモンスターBが距離5じゃなく距離3にいたとしたら?」
A―●―敵-B
「強制誘引のかかってるAでも、距離4。その場合は、どの道より近くにいる距離3のモンスターBを狙ってくるんですね! そうか、だからクリスタ・ジェルも……」
コリィが顔を輝かせて答えに辿り着いた。
あの時マナヤがナイト・クラブに強制誘引をかけた際、敵クリスタ・ジェルはゲンブと隣接していた。クリスタ・ジェルから見れば、ゲンブと比べナイト・クラブは距離が倍以上開いていた。だから、隣接していたゲンブを狙い続けたのだ。
「呑み込みが早いぞ。つまり、だ。モンスターAを囮化してモンスターBを守りたい場合、敵との距離関係が重要だ。囮モンスターを距離8に置いた場合、敵から距離4の円を頭の中に描け。その距離4の円より外側に、モンスターBを配置するようにするんだ」
コリィ含め、全員が一斉に紙にメモを取る。
語り甲斐のある生徒達に満足して、マナヤは笑顔で解説を続けた。
***
しばらく、先の戦いを詳細に解説した後。日も落ちた所で、召喚師候補生達は解散となった。
「マナヤ教官! 教官はまた今日もうちに来ますよね?」
「おう、もちろんそのつもりだぞコリィ。また世話になっていいならな」
「もちろん、大歓迎ですよ!」
コリィの家に世話になっているマナヤは、彼と一緒に帰宅することになる。
二人して集会所を出たところで、大人三人と鉢合わせる。
「マナヤか。ちょうど良かった、君を呼びに来た」
「ディロンさん? それに……」
ディロン、テナイア、そしてアロマ村長代理だ。騎士隊の三人が揃って集会所に足を運んできていたらしい。
「……悪ぃな、コリィ。俺はちょっとディロンさん達と話をしてから帰るよ」
「あ、はい。わかりました! じゃ、また家で!」
と、手を振りながらパタパタと帰宅していくコリィ。その後ろ姿をしばし見送ってから、再びディロンへと向き直る。
「せっかく集会所も空いたことですし、中で話をしましょうか」
マナヤはディロン達三人を集会所の中へと招き入れた。
全員が長テーブルに向かって座ったところで、改めて気を引き締める。
「それで、話というのは?」
「ああ。以前にも話したが、召喚師の力を使って海上で『間引き』をすることは可能か?」
「……やっぱりその件でしたか」
マナヤとしても、海上での『間引き』はこちらから提案をしたいくらいだった。早速自ら話を切り出す。
「構想はもちろんありますよ。漁に出る度にモンスターに襲われる可能性があったんじゃ、たまったもんじゃない。今日もあれだけのモンスターが湧いてきてたんですからね」
「なるほど、考えることは同じというわけか。先ほどまでテナイアとアロマ村長代理で話し合い、可能であれば君の助言を貰いたいと考えていた」
ディロンの言葉に、テナイアとアロマも頷いた。
しかし、ここで一つ問題が浮上する。
「でも、村の連中がまともに取り合いますかね? 召喚師と一緒に海上へ『間引き』に行くなんて」
「……それは、私の方でなんとかしましょう」
と、マナヤの危惧に答えたのはアロマ村長代理である。小さくため息を吐きつつ、肩をすくめていた。
「こうなった以上、村長代理でもある私が率先して規範を示さなければなりません。そうすれば、村人達も多少は納得するはずです」
「なるほど。ではそこはアロマさんに任せるとしまして。あとディロンさんとテナイアさんにも協力を仰ぎたいですね」
すなわち、明日は海上の間引きを『実演』してみせるというわけだ。テナイアが鷹揚に頷く。
「もちろん、私とディロンも協力しましょう。まずは経験者がお手本を見せなければ危険ですからね」
「確かに、未経験者をいきなり実験的な『間引き』に連れていくのは危険ッスね。えーと、となると……」
召喚師のマナヤ、黒魔導師のディロン、白魔導師のテナイア、これで三クラス。マナヤはアロマ村長代理へと顔を向ける。
「アロマ村長代理は、弓術士で良かったんですよね?」
「はい。あとは、アシュリーさんにも参加して頂きたいところなので提案したいのですが」
「ああ、俺の方から言っておきますよ。一緒にコリィの家でお世話になってますし」
「そうですか? では、アシュリーさんはお願いします」
ほっとした表情でアロマ村長代理が頷いた。
これで、弓術士のアロマと剣士のアシュリーが確保できた。
「あとは、建築士……うーん、建築士なぁ」
「どうした、マナヤ」
腕を組んで考え込むマナヤに、ディロンが声をかけてくる。
「……海上で建築士の役立ちどころが、ちょっと思いつかないんですよ」
問題はそこだ。
建築士は岩を操る『クラス』。当然ながら近場に『岩』か、せめて地面があることが前提となる。
しかし場所は海上だ。当然ながら、岩を探すならば海底に辿り着かねばならない。仮に海底まで潜ったとして、そこから海面付近の戦いにどう介入するのか。
「確かに、建築士の役目を果たしにくいですね。防壁を創り出すのも一苦労でしょう」
テナイアも眉を下げて考え込んでしまった。
防御面を担当するのが、戦闘における建築士の主な仕事である。その防壁を簡単には作れない海上では、まともな運用ができないだろう。
「建築士の戦い方は、一旦宿題ですかね」
「そうだな。元よりそれは召喚師の君の範疇ではない、むしろ我々が考えるべきことだ。……各自、また何か良い発想が浮かんだら報告をして貰いたい」
一旦保留、というマナヤの提案にディロンも乗った。全員が頷く。
「では、明日は早朝から『間引き』のデモンストレーションを始める。漁の護衛を兼ねて行う予定だ」
「了解ッス」
「ただマナヤ。君の構想、我々には今ここで詳細に聞かせて頂きたいのだが」
と、ディロンがこちらをじっと見つめてきた。
***
時は過ぎて、夕食後のコリィ宅にて。
「……そっか、それでアシュリーさんもマナヤと海上『間引き』に行くことになったんですね」
「ええ。あたしとしても望むところだったからね」
マナヤと交替したテオが、借りた一室にてシャラやアシュリーと共に話を通していた。全員で一つの丸テーブルに向かい座っている。
この家は結構広く、部屋も二つ余っていたらしい。コリィの祖父が大家族だったのだそうだ。その二部屋をわざわざ片付けてもらい、テオら三人が使っている。
「私も参加できれば良かったんですけど……」
丸テーブルの上に広げた素材に手をかざしているシャラが、残念そうに呟いていた。テオが気遣いながら彼女に声をかける。
「しょうがないよ。シャラには『妖精の羽衣』とか『人魚の宝冠』を作れるだけ作ってもらわないといけないからね」
海上でモンスターが出ることが多いこの村では、海でも自由に動くことができる錬金装飾はある程度欲しい。すぐに量産できるものではないので、こうやってシャラは製作にかかりっきりになってしまっているのだった。
と、そこへテオがまじまじとシャラを見つめる。
「……それにしても、シャラ。その服、すごく似合ってるね」
「えっ? あ、えっと、えへへ……ありがとうテオ。テオも、似合ってるよ」
突然話を振られたシャラの顔が赤い。もじもじしながらはにかみ、上目遣いでテオを見上げてくる。
シャラは、この村で着られている青白を基調とした服に着替えていた。もちろんテオも、そしてアシュリーもだ。
胴体の中央を一本の白いストライプで左右に分断している、青い服。一応白い長袖もついているが、肩口は露出している。そして女性用の服であるシャラとアシュリーのものは胸元も開き、胸の谷間が覗いていた。肩紐も非常に細く、鎖骨から上は何も着ていないようにすら見えて、テオには少し目の毒だ。
けれども、爽やかなその色合いがシャラにとても似合っていた。清楚な雰囲気でありながら、どこか艶めかしい。肩の露出はもちろん、生地が薄手で胸の膨らみがよくわかってしまうことが原因だろうか。下に穿いている青いボトムスもぴっちりしているので、全体的に体のラインが強調される服装だ。
何よりも、この開拓村にある白い砂浜と青い海にとても良く合う。
「あらテオ、あたしにはお褒めの言葉はないのかしら?」
「も、もちろんアシュリーさんも似合ってますよ」
アシュリーは、シャラとは別の方向性で似合っていた。青と白の服に、赤髪のコントラストがよく映える。清楚というより凛々しさを感じる色合いだ。
「ふふ、ありがとうテオ。マナヤもね、この服着てるあたしを見て顔を赤くしちゃってたのよ」
と、両手を頭の後ろで組み、しなを作ってみせるアシュリー。その拍子にぽよん、と胸が揺れる。
「で、でも良かった。アシュリーさんとマナヤが、仲直りできたみたいで」
と、慌てて目を逸らしながら安堵するテオ。マナヤとアシュリーがギクシャクしなくなった様子をシャラからも聞いていたからだ。
しかしアシュリーは腕を降ろし、ふっと不安げに瞳を揺らす。
「……アシュリーさん?」
「ごめん、テオ、シャラ。まだ……あいつが残るって決断してくれたわけじゃないの」
訝しむテオに、アシュリーが申し訳なさそうにそう言ってきた。思わず目を剥くテオに、今度はアシュリーが目を逸らしながら続ける。
「あたしは、統合されるまでの間だけでもいつも通りにして、って頼んだだけだったから」
「ど、どうして、アシュリーさん。あなただって、マナヤさんには残って欲しかったんじゃ……」
訴えかけるような目でアシュリーを見つめるシャラ。そんな彼女の視線を感じてか、アシュリーはそっと目を瞑るのみ。
だが彼女のその表情を見て、テオはすぐにピンときた。
「……マナヤとギクシャクするのが、嫌だったんですか?」
「テオ?」
不思議そうにこちらを見つめてくるシャラ。テオはちらりとアシュリーに視線を送りつつ、なおも押し黙っていた彼女を代弁するように話し始める。
「ほらシャラ、アシュリーさんはいつも、嫌な雰囲気になりかけたら空気を変えようとしてくれてたでしょ? マナヤと顔を合わせる度にぎこちなくなるのが、きっと耐えられなかったんだよ。……違いますか?」
「……良く見てるわね」
「それが僕の得意技ですから」
大きくため息を吐き、観念したようにアシュリーがこちらを見返してくる。その眼差しは、深い憂いをあらわにしている。
「そうよ。……こんな状態がずっと続くことに、あたしの方が耐えられなかったの」
「アシュリーさん……」
シャラも目を伏せてしまい、それにアシュリーが自嘲するように笑った。
「それに、ずっとギスギスしてたら、逆にマナヤが消えるのが早まっちゃいそうな気がしたのよ。……だったらせめて、残った時間くらいは楽しく過ごしたかった」
そう続いたアシュリーの言葉に、シャラがはっと息を呑む。テオも、その可能性には思い至っていた。
「それで、良かったのかもしれませんね」
「……あんたもそう思うの? テオ」
「はい。マナヤを繋ぎとめられるのは、きっとアシュリーさんしかいません」
「……」
「アシュリーさんがマナヤと楽しくやってくれたら。きっとマナヤも、残ることを決めてくれるかもしれない」
と、そこでアシュリーが再び瞳を揺らし、おずおずと訊ねてきた。
「あんたは、それでいいの? テオ」
「え?」
「だって……あたしがマナヤと、その……」
と、少し顔を赤らめて俯く。そんなアシュリーのいじらしさに、思わずテオの顔がほころんでしまった。
「アシュリーさんと、シャラがいいなら。僕は、構いません」
「……うん。私もそれでいいです。アシュリーさんが、それで大丈夫なら」
「……テオ。シャラ」
揃って微笑みながら頷いてくる二人に、アシュリーの表情も少し和らいだ。
「ありがとね、二人とも。……うん、あたし、頑張ってみるわ」
そう言って顔を上げた彼女は、いつものような自信たっぷりの不敵な笑顔を取り戻していた。
調子が戻ってきた彼女の様子に、ほっとしたのも束の間。
(……シャラ?)
ちらりと、作業を再開しているシャラを見やる。
金髪を揺らしながら手元に集中しているシャラの表情が、どこか陰っているのがわかった。




