104話 召喚師の海上戦
「な、なんでそんなことがわかるんだよ!?」
弓術士の一人が食って掛かるように問いかけてくる。苛立ちを隠しもせず、マナヤは叫ぶように説明した。
「召喚師はモンスターに視点を移せるんだよ! んなことより、救援が先決だ!」
「ど、どうやって!? 新しい舟で助けに行こうにも、クリスタ・ジェルが……!」
今、ゲンブが相手をしているクリスタ・ジェルの電撃を心配しているのだろう。あのクラゲがいる限り、うかつに舟を出せない。
「――テオ! いや、マナヤか!」
「申し訳ありません、遅くなりました!」
と、そこへ丁度駆け寄ってきたのはディロンとテナイアだ。すぐさまその二人の方を向いて叫ぶ。
「ディロンさん、テナイアさん! モンスターに『乗る』覚悟はありますか!?」
「! ……ああ、問題ない!」
マナヤの言葉を聞いて、ディロンはすぐにどういうことか把握したのだろう。テナイアは一度経験がある。二人ともすぐに頷いて応じてきた。
「【トリケラザード】召喚! ……これに乗るんだ!」
すぐさまマナヤは、甲殻を纏ったトリケラトプスのようなモンスターを召喚。
ディロンとテナイアがそのトリケラザードに尾の方から駆け登り、そして背に跨った。
「えっ、ちょっと!?」
「い、一体何を!? 危ないですよ!」
「早く離れてください! 人殺しのモンスターですよ!?」
村の弓術士たちが血相を変えて止めようとしている。だがディロンもテナイアも『心配ない』という様子で手を挙げて制した。
それを確認したマナヤは、後方でおろおろしていたシャラに向かって指示を出す。
「シャラ! 二人に十三、十五、十九! あと俺にも一番!」
「あ、は、はい! 【キャスティング】」
すぐさま肩から提げた鞄から七つの錬金装飾を取り出したシャラが、それを真上に放り投げる。それらは生き物のように飛び、そしてトリケラザードの上に乗ったディロンとテナイアの両手首と首元に一つずつ装着されていった。
――【吸炎の宝珠】!
――【吸嵐の宝珠】!
――【人魚の宝冠】!
炎を無効化する錬金装飾、電撃を無効化する錬金装飾、そして水中を溺れずに活動できるようになる錬金装飾である。念のための処置だ。
そしてマナヤの首元にも一つのブレスレットが飛んできて、右手首に装着された。こちらは、補助魔法の効果時間を延長する錬金装飾。
――【増幅の書物】!
「二人とも、しっかり捕まってろ! 【反重力床】、【時流加速】、【行け】ッ!」
トリケラザードに反重力床をかけると、二人を乗せたままふわりと地面から十数センチ浮き上がった。『時流加速』をもかけてから、マナヤは目を瞑ってトリカケラザードへと視点を移す。そしてその状態でトリケラザードを操り、舟の方向へと誘導した。
海面の上をホバーするように、トリケラザードが凄まじい速度で舟へと近づいていく。鈍重なトリケラザードとは思えぬ移動速度だ。モンスターの行動速度を加速させる、『時流加速』の効果である。
(視点変更!)
マナヤが目を閉じて、そのトリケラザードへと視点を移し様子をうかがう。
「――大丈夫か! しっかりしろ!」
あっという間に舟の元に辿り着いたディロンは、すぐさま乗員たちに声をかけていた。
船の上に乗員は三名、いずれも舟の中で大火傷を負ってぐったりとしている。ボムロータスの攻撃をまともに食らってしまったようだ。意識も朦朧としている者がほどんどで、うめき声だけが漏れている。
さらに、海に投げ出されている一人が必死になって舟体にしがみついていた。白魔導師の男だ。ボムロータスの爆炎で落ちてしまったのだろうか。
トリケラザードの上から舟へと降りたディロンが、海に落ちた白魔導師の男を引き揚げるべく手を伸ばす。さらにテナイアへ鋭く声を飛ばした。
「テナイア!」
「はい! 【レメディミスト】」
すぐさまテナイアが魔法を唱える。すると青い燐光を帯びた霧が、舟周辺を包み込んだ。『レメディミスト』、一定範囲内の全員を治癒する白魔導師の魔法である。
ディロンが白魔導師の男を舟の上へと引き揚げると、彼にも治癒の霧が効果を及ぼした。火傷をどんどん治していき、ようやくその白魔導師の男も一息つく。
「……あ、ありがとうございます。助かりました」
「いや、危ないところだった。とにかく、岸へと戻りたいが」
白魔導師の礼に、ディロンが厳しい顔のまま岸の方へ顔を向ける。と、その時――
〈――ディロンさん! 村人達をコイツに乗せるんだ!〉
「! その声、マナヤか!?」
突然、トリケラザードからマナヤの声がした。ディロンは驚愕したようだが、すぐに冷静になって応じてくる。
召喚師はモンスター視点にしている際、そのモンスターを通して声を出すことができる。そのモンスターが聴いている音を拾うことも可能だ。
〈クリスタ・ジェルがまだこっちに残ってる! 舟で戻ってきたら巻き込まれるぞ!〉
クリスタ・ジェルの攻撃は、範囲内で水に接触している者全員が巻き込まれるタイプだ。舟に乗っている者にも、電撃は伝わってしまう。このクラゲが生き残っている間は、うかつに岸へと戻すのはまずい。
「それで、村人達をトリケラザードに乗せるのか!?」
〈ああ! まだ反重力床と時流加速の効果時間が残ってるうちに、トリケラザードに乗せてこっちに戻す! 急いでくれ!〉
ディロンの問いに、すぐさまマナヤが指示を飛ばした。
反重力床の効果で水上に浮いているトリケラザードならば、水に触れずに移動できる。クリスタ・ジェルの攻撃を回避できるというわけだ。
だが、補助魔法の効果時間は三十秒。『増幅の書物』の効果が乗っているため四十五秒まで延長されているが、急がねば効果が切れる。
すぐにディロンとテナイアが舟の上からトリケラザードの上へと、乗員を乗せ始めた。意識のある白魔導師は躊躇していたものの、目上の者の誘導には逆らえず大人しく乗っていった。
なんとか六人分の体重を支えたトリケラザード。最後にディロンとテナイアもそれに捕まるように飛び移る。
「いいぞ、マナヤ!」
〈【戻れ】!〉
ディロンの掛け声の直後、マナヤがトリケラザードに指示を飛ばした。その途端、全員を乗せたトリケラザードがくるりと回れ右し、水上を浮いたまま、すさまじい速度でマナヤ達のいる岸へと戻っていく。
(さて、こっちもさっさと済ませるか!)
マナヤは視点を自分自身へと戻す。海中のゲンブはおそらくまだクリスタ・ジェルと戦っているだろう。クラゲ特有の柔軟な肉体を持つクリスタ・ジェルには、ゲンブの打撃攻撃は通用しない。
「【電撃防御】! 【ナイト・クラブ】召喚、【行け】!」
そのゲンブに電撃防御をかけ直したマナヤは、二体目のナイト・クラブを召喚して突撃させる。ブクブクとクリスタ・ジェルのいる水深へと沈んでいく巨カニ。
(視点変更……いいぞ)
それに視点を変更すると、ゲンブと並んだナイト・クラブはクリスタ・ジェルにハサミを一閃する光景が映る。柔らかい体のクリスタ・ジェルは、打撃に強い分『斬撃』には弱い。放っておけば、そのうち倒せるだろう。
「――マナヤ!」
「ディロンさん! よし、なんとか間に合ったか!」
マナヤが視点を戻したその時、トリケラザードが無事岸に到着した。
「【待て】。二人とも、無事だったか……でしたか」
戻ってきたトリケラザードから降りてきたディロンとテナイアに声をかけるマナヤ。タメ口を利いていたことに気づき、慌てて敬語に戻した。
弓術士達が茫然としたように彼らを見渡している。召喚師の活躍で舟の者達を救えたこと、その事実に戸惑っているようにも見えた。後方にはいつの間にか、召喚師候補生達やモール教官も見物に来ている。
トリケラザードから降りたディロンは『構わない』といった様子で手で制した。
「ああ。この村人達もテナイアが治療をしてくれている。全員命に別状はない」
「もうしばらく治療を続ければ治るでしょう。――皆さま、申し訳ありませんが、彼らを降ろすのを手伝っていただけますか」
テナイアの言葉に反応し、集まっていた村人たちが戸惑いながら、こわごわとトリケラザードに近寄ってくる。
その上に乗せられている四人の村人達を、ビクビクしながらも助け降ろしていった。
それを見届けたマナヤが、海中に向かって【封印】の魔法を唱える。先ほどのクリスタ・ジェルの瘴気紋を封印したのだ。先行させた一体目のナイト・クラブも、そろそろボムロータスを倒しているころだろう。
「んじゃ、俺はあのボムロータスを封印してきます」
「舟が要るか? それともまたモンスターに?」
ディロンの問いにニッと不敵な笑みを向けてみせた。
「こっちのナイト・クラブを使ってちゃっちゃと行ってきますよ。早くしないと瘴気紋が拡散しちまう」
そう言うと、浅瀬に浮かんでいる二体目のナイト・クラブへヒラリと飛び乗る。そしておもむろに呪文を唱えた。
「【跳躍爆風】、【跳躍爆風】」
跳躍爆風の呪文に応じて、ナイト・クラブがマナヤを乗せたまま水面を高速で滑っていく。タイミングよく連射することでさらにスピードを増し、あっという間に舟の残った場所へとたどり着いた。
そのスピードに、岸の者達が驚き感嘆しているのがかすかに聞こえてくる。
「あったあった。んじゃ、【封印】」
ボムロータスの瘴気紋を封印。
……が、ふと沖の方から何やら気配がしてそちらへと目をやる。
「なに!?」
沖の方から複数の陰がマナヤの方へと向かってきていた。
マナヤが今乗っているのと同じ『ナイト・クラブ』が一体、『ゲンブ』も五体。いずれも瘴気を纏っている。
さらにその後方、海面に金属製の背びれのようなものがいくつか覗いている。さながらサメ映画だ。『魚機CYP-79』。機械モンスター唯一の水地専用モンスターで、人間とほぼ同じ大きさの魚を象ったロボットモンスターである。
――ズドンッ
「ちっ!」
その背びれが覗いている海面から、突然砲弾が発射された。マナヤが乗っているナイト・クラブに直撃し、バランスを崩しかける。
その後方からも続々やってくる金属製の背びれ。そのそれぞれからマナヤに向けてどんどん砲弾が放たれてきた。魚機CYP-79によるものだ。これらは、海中から砲弾を発射するという攻撃方法を持つ。
「このっ……【ゲンブ】召喚!」
囮とするべく、とりあえず『ゲンブ』を召喚して凌ぐマナヤ。
(この数……面倒だな。『ヴァルキリー』で蹴散らすか?)
伝承系の上級モンスター『ヴァルキリー』を補助魔法で援護すれば、この程度の数は充分に対処できる。
が、その場合問題は、岸で観察しているであろう村人達だ。彼らはただでさえモンスターを異常なほど恐れている。この状況下で、マナヤが上級モンスターを召喚したりなどすれば、どのような扱いを受けるかわからない。
(俺はともかく……他の召喚師やテオの扱いまで悪くなっちまうのは、まずい。さっき封印したクリスタ・ジェルで何とかしたいが、あのナイト・クラブが邪魔だ)
と、敵のナイト・クラブを睨みながらマナヤが逡巡しているその時。
突然、敵モンスター達が群がってきている辺りの海面が盛り上がり始めた。そして――
「――ライジング・ラクシャーサ!!」
海面がいきなり爆発するように弾けた。海中から赤い人影が飛び出し、そのまま空中へと跳び上がる。
同時に、凄まじい衝撃波が敵陣を呑み込んだ。ナイト・クラブやゲンブらが空中へと放り上げられ、魚機CYP-79に至っては全てまとめて消し飛んでいた。
大きな波が後を追うように広がり、マナヤが乗っているナイト・クラブを大きく揺らす。
バランスを崩しかけたマナヤがナイト・クラブの上で屈むようにしがみつきながら、その赤い人影の名を呼ぶ。
「な……アシュリー!?」
「わぷっ……おまたせ、マナヤ!」
派手な水しぶきをあげて着水したアシュリーは、すぐに水面から顔を出すとマナヤに向かって頼もしく笑ってみせた。




