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【改稿前作品】別人格は異世界ゲーマー 召喚師再教育記  作者: 星々導々
第三章 流血の純潔と女剣士の願い
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100話 張り切る生徒一人

 セレスティ学園で教導を開始してから、早十数日。


 生徒達に指導する時だけ、マナヤは表に出てくることにしていた。当然ながら、テオに指導の経験を積ませることはできない。が、どうせ自分はテオに統合されるのだから、その時にフィードバックされるだろう。そうマナヤは考えていた。


「よし、今日のウォームアップはこれだ。配布したワークシートにモンスターの絵が描かれてるだろ。左右で戦った場合、どっちが勝つか丸をつけていってみろ」


 シャラに手伝ってもらい生徒達にワークシートを配ってから、その内容を説明した。

 マナヤは生徒達の学習意欲を誘うため、毎回の指導開始時にワークシートをやらせることにしていた。ちょっとした遊びを最初に組み込むことで、指導に集中しやすくするためだ。

 セメイト村やスレシス村の時は、とにかく時間が無かった。すぐに実践レベルに鍛え上げる必要があったため、スパルタ教育にならざるを得なかった。


 しかし今回は違う。生徒達が故郷に戻るまで、まだ丸々半年以上残っている。ならばと、時間をかけてじっくりと覚えさせていくつもりだった。

 講堂の後方壁際にいる監視役らも、今では興味深そうにマナヤの指導を観察している。


「――そこまで! んじゃ、隣の奴とワークシートを交換しろ。今から答えを言っていくから、隣の奴に答え合わせしてもらえ」


 ワークシートのネタは、現状ではモンスターの性能に関わるもの。いきなりステータス表を丸暗記させるのではなく、こうやってクイズ形式で少しずつ覚えさせていくつもりだった。

 こうやって遊び感覚でやらせていくことで競争意識を植え付け、生徒達が自主的に予習してくることを促せる。その上、モンスターへの忌避間を少しずつ取っ払っていくことも可能だ。


(ありがとよ、史也(ふみや)兄ちゃん)


 これは、以前に転移した世界で史也(ふみや)から聞いた方法だ。かつて塾講師のバイトをしていたそうで、そこからのノウハウをマナヤも聞かせてもらったことがある。今思えば、そういった知識も必要になるだろうと史也(ふみや)が気を利かせてくれたのではないか。


「おぉ、随分正答率が上がってきたじゃねーか。良い調子だ! んじゃ、今日からは水地での戦闘関連をやっていくぞ。まずは水地に適したモンスターと適さないモンスターの違いだ」



 ***



「――よし、今日はここまで! ステータス表にゃ、今日教えた水地適性についても載ってるからな。各自確認しとけよ!」


 そう締めくくり、今日の指導を終える。生徒達が伸びをしながらノート等をまとめ、解散しはじめた。


 生徒達の反応は、そこそこといったところだ。

 実際の所、彼らもマナヤの指導については半信半疑。完全に信用してきてくれる生徒は少ない。マナヤの実績を見て知っているわけでもないし、実際に戦っているところを見たわけでもない。ただ学園に通う生徒として、教官の教えを淡々と学ぼうとしているに過ぎない。


 そんな中、一人の男子生徒がマナヤに近寄ってきた。


「あ、あの、マナヤ教官!」

「ん? 今日は何だコリィ」


 銀髪をマッシュヘアにしている少年だ。前髪がやや長めで、瞳が隠れて見えない。

 ここ最近、よく話をするようになった少年だ。覚えが良いというわけではないが、珍しくマナヤの指導にとにかく熱心な生徒だ。毎回のように指導内容について質問をしにくる。


「ボムロータスって、水中に沈んじゃうと攻撃できなくなるって言ってましたよね?」

「ああ。だから召喚する時はちゃんと水面に高さを合わせることだ」

「はい。でもそれなら、その、敵ボムロータスの方を、わざと水中に沈める方法とか……ありませんか?」


 ――へぇ。早くもそういう方向に目をつけたか。


 鋭い質問内容に思わず感心してしまう。


 ボムロータスというのは、『精霊系』の中級モンスターだ。巨大なスイレンのような見た目をしている水生植物型のモンスターで、綿毛のように種を飛ばすことができる。その種子は爆発性で、近くの敵を自動的に追尾し爆発するという性質を持つ。

 スイレンのような見た目の通り、水地にしか召喚できず自ら移動することもできない。おまけに水面に出ていないと攻撃せず、何らかの理由で花の部分が水没してしまった場合、攻撃を行わなくなる。

 水中専用のモンスターを水面の遥か上から召喚しようとすると、着水した際にその勢いで水没してしまうことが多い。そのため、召喚時に注意が必要であると先ほど生徒達に説明した。


 マナヤはコリィの髪をわしわしと乱しながら説明を始める。


「良い発想だ。……モンスターの攻撃には、『相手を硬直させる』効果を持つモンスターがいるな?」

「わっぷ……あ、『ナイト・ゴーント』ですね!」

「そうだ、すぐに出てきたな。他にも、同様の効果を与えることができる補助魔法もある。『電撃獣与(ブリッツ・ブースト)』なんかがそうだ」


 既に、モンスターの性能を反射的に思い出せるレベルに至っているようだ。顔をほころばせながら、マナヤは説明を続ける。


「これは次の授業でも説明しようと思ってたんだがな。実はそういう『硬直』効果のある攻撃を当てると、ボムロータスは一気に水中に沈んじまうんだ」

「えっ、じゃあ……」

「ああ。ボムロータスの対処法として定番の手段だぞ」

「なるほど、わかりました! えっと、それじゃあ……」


 さらにコリィはいくつも質問を続ける。いつも熱心に勉強している少年ではあったが、今日はいつにも増して熱心だ。


「どうした、妙に気合入ってるな?」


 軽い気持ちでマナヤが訊ねてみると、コリィがふと顔を曇らせる。


「……ボクの故郷、十一番の開拓村なんですけど」

「あ?」

「故郷は、海岸沿いにあるんです。水生モンスターがよく襲ってくる場所なんですよ」


 その返答でマナヤは察した。この少年の故郷では、ボムロータスを始めとした水中専用モンスターによる被害が多いのだろう。

 コリィは胸に抱いたノートをぎゅっと握りしめ、言葉を続ける。


「海岸に防壁は立ってませんから、特にボムロータスなんかの爆発が急に襲ってくるんです。月に何人も重傷を負ったり……死人が出ることも珍しくないから」

「ん? 待て、なんで海側にゃ防壁を建てないんだ?」

「うちの開拓村は、土地柄あんまり牧草が育たなくって。牧場で動物をあんまり飼えないから、漁をして魚を捕って暮らしてるんです。海岸線に防壁を建てると漁の邪魔になるんですよ」

「……?」


 マナヤは何か少し引っ掛かるものを感じたが、とりあえずは納得する。


「なるほどな。それで、水生モンスターの対処法はしっかり学んで帰りたいってことか」

「は、はい」

「わかった。元々水生モンスターとの戦い方は明日軽くは教えるつもりだったが、内容を予定よりもっと濃くしてやるよ」

「本当ですか! お願いします!」


 ぱぁっと嬉しそうな表情が咲き乱れる。

 そんな様子に苦笑しつつ、ふとマナヤは一つ気になって訊ねてみた。


「ん? お前の故郷、漁が盛んだって言ったな。じゃ、海産物は特産品なんじゃねーか?」

「え? あ、はい。モンスターに注意しないといけませんけど、魚介はたくさん捕りますよ。ベヤナとかシャッカとか、あとクコとか――」

「クコ! クコ魚か! 王都の食事処で食ったことあるけど、あれ美味いよな!」


 クコ魚の闇煮といえば、マナヤが王都で初めて食べた魚料理だ。カツオに似たその魚が日本食を思わせ、妙に口に合ったのを覚えている。

 食い気味の彼の返答に、コリィはちょっとびっくりしたように目を見開いた。


「あれ? 王都じゃ魚が苦手な人も結構いるらしいんですけど、マナヤ教官は平気なんですね」

「むしろ食いたくて仕方がなかったんだよ、魚は! そうだ、じゃあ海藻とかも食うのか?」

「えっ!? サールのことを知ってるんですか!?」


 コリィが急にマナヤに向かって身を乗り出してくる。


「サールってボクの故郷じゃ定番でよく食べられてるんですけど、こっちじゃ全然見ないんですよ! 懐かしいなぁ」

「サール? それが海藻の名前なのか?」

「あれ、知ってたんじゃないんですか? 磯から採れる海藻で、スープにすると美味しいんですよ」

「おっ、昆布ダシとかワカメスープみたいなもんか? いいじゃねーか」


 興奮気味にコリィから聞き出そうとするマナヤ。

 こちらでは出汁を取るような料理が少ないので、それに近いものを発見して舞い上がってしまった。もしその海藻からも出汁が出るようであれば、マナヤ好みの料理を増やせるかもしれない。……作れるかどうかは別として。


 などと海産物で話が盛り上がっていた所で、白髪の混じった青髪の女性が近寄ってきた。モール教官だ。


「――テオ君、じゃなかった、マナヤ君でしたか。少々、お話が」

「あ、了解です。じゃあコリィ、また明日な!」

「はい、また明日! 失礼しますマナヤ教官、モール教官!」


 パタパタと走り去っていくコリィ。モール教官はそんな少年の後ろ姿を目で追い、感慨深げにため息をついた。彼女の表情は明るいとは言えないが、少なくとも以前ほどの陰はない。


「あの子のような、候補生達には明るい表情をする子が出てくるとは思いもしませんでした。希望を持たせることが、良いことかどうかはわかりかねますが」

「子ども達が、自分の役割に希望を持てなくなったらおしまいッスよ」

「……なるほど、さすがは異世界からの使者ということですね。二年前まで、私の教え子だったとは思えない発想です」


 かすかにほほ笑みながらそう言う彼女の言葉が、本心かどうかは判断がつかない。


「でも、来年度はモール教官も俺みたいに指導してもらわなきゃ困りますよ?」


 と、不敵な笑みを浮かべるマナヤ。それにモール教官が苦笑で返す。マナヤが教えるモンスターの使い方には、彼女もド肝を抜かれっぱなしだったのだ。

 彼女もまた、生徒達と同じくマナヤの指導を同時に受けていた。マナヤが去った後は、彼女が後を引き継がなければならないのだ。今のうちにモール教官も覚えられることは全て覚えてもらう必要がある。


「承知しています、騎士団からも要請がありましたからね。貴方の後任が務められるよう、励みますよ」

「それで、話ってのは?」

「ああ、はい。実は、今年の実習訓練先が決まりましてね。私達召喚師課が行くのは、トゥーラス地区の十一番開拓村です」


 セレスティ学園で学ぶ候補生達はみな、一度は王都近辺にある村へと実習訓練をしに行くことになっている。その時期が、秋に差し掛かり野外での活動が楽になるちょうど今頃だ。


「ん……? 十一番って、確か」

「はい、コリィ君の故郷ですよ。マナヤ君がそこの海産物に興味があるなら、存分にご堪能できるでしょう」

「いよっしゃぁッ!」


 思わず盛大にガッツポーズを取ってしまうマナヤ。王都でも魚料理はそこそこ高価だったのだ。異世界の食事が恋しくなって約半年、やっと思う存分海産物を味わえるチャンスが巡ってきた。

 珍しくクスッと笑いを漏らすモール教官だが、しかしすぐに表情を引き締めた。


「ですが、あの村はコリィ君が言っていたように危険度が高いですからね。引率する側としては、少し憂鬱ですよ」

「防壁が無いから、でしたっけ?」

「ええ。……コリィ君はああ言っていましたが、実のところ海岸沿いに防壁を建てないのは漁のためではありません」


 そのセリフに眉をひそめたマナヤだったが、一瞬後にハッと顔を上げる。


「そうか、おかしいとは思ってたんだ。漁をするにしたって、海岸沿いに建てる防壁が邪魔ってことにゃならねえ。防壁にゃ門がつきものなんだ」

「ええ。防壁の外で漁をして、収獲した魚介を村に運び込む時だけ門を開ければいい。漁のために防壁を建てない、というのは建前です」

「つまり、別の理由があるってことで?」


 マナヤの質問に対し、ややバツが悪そうにモール教官が目を伏せた。人目が無いことを確認して、小声で伝えてくる。


「海側からモンスターが侵攻してくるのは、脅威になるのだそうです。だから海側には防壁を作らずにモンスターを引き入れて、囮になるのがコリィ君の故郷の役目なのだと」


 王都の東側には港があるが、それは深く鋭い入り江になっている。その入り江の出口にあたる岬の片方に、コリィの開拓村があるらしい。つまり、モンスターが沖から入り江に侵入して王都へと侵攻してこないようにするための、門番代わりになっているそうだ。


「……ひでぇ話もあったもんだな」


 あえて防壁を立てないことで、野良モンスターをそちらに引き付ける。それで王都を水生モンスターから守らせようということか。

 村人に、王都のために生贄になれと言っているようなものだ。


「仕方がありません。あの辺りの海域はモンスターの襲撃が激しいのですよ。巨大な水龍のようなモンスターの出現報告があるそうで――」

「巨大な水龍!? まさか『シャドウサーペント』か!?」


 申し訳なさそうに語るモール教官から出た言葉に、マナヤが身を乗り出した。


 シャドウサーペント。

 伝承系に五種存在する、最上級モンスターの一角だ。凶悪な闇撃のブレスを放つ水龍のような姿をしている。フレアドラゴンやフロストドラゴンと同質のモンスターであり、その範囲攻撃の威力と広さが最大の脅威。

 入り江を通って王都にそんなものが侵攻してきたら、確かに被害は甚大なものになるだろう。


「だからって、コリィの故郷にそれを押し付けるってんですか」


 マナヤがしかめっ面で吐き捨てる。

 王都に被害が及ぶのを避けたいからといって、コリィの故郷を見殺しにして良い理由にはならない。


「……かつて、『大海嘯(だいかいしょう)』という惨劇があったと、古い記録に残っています」

「だいかいしょう?」

「あの辺りの海域に、水龍を含む大量のモンスターが発生。入り江を通って今の王都にあたる都市を襲ったそうです」


 モール教官が、目を伏せて語り始めた。

 いわゆる海上のスタンピードのようなものらしい。凄まじい数のモンスターが都のみならず、海沿いの村、町全てを破壊しつくしたのだそうだ。襲われた村や町はほぼ全員が死亡。あの十一番開拓村の場所にあった村も、その例外ではなかった。

 その後、ある程度『モンスターが侵入しやすい村』を作っておくことで、モンスターの群れが大規模になる前に襲ってくることがわかったらしい。要するに、ガス抜きができるのだ。


「あの開拓村もそうやって、過去に何度も壊滅しているのだそうです。海側の防壁を空けておけば、襲撃は頻発するも比較的小規模で済み、少なからず生き残ることもできます。集まったモンスターも、王国直属騎士団が間に合えば殲滅、ないしは撃退することが可能です」


 かつて、モール教官が語っていた話と似ている。と、以前にテオの頭から掘り出した記憶を漁った。


 この世界には、水に入れないモンスターというのが結構多い。なので、昔は村や町の周囲を水堀で囲ったりもしていたそうだ。

 しかしその結果、村に近づくモンスターが減る。発生したモンスターは『間引き』の際にも遭遇しにくくなり、大量に溜まっていったらしい。そうやってスタンピード級の襲撃が発生し、却って壊滅する村が増えたのだという。


 もっとも、そもそも水堀自体が川沿い、海沿いでなければ作りにくいというのもある。水源を錬金装飾(れんきんそうしょく)に頼ることが多いこの世界では、堀に流すほど水が潤沢ではない。それに『ボムロータス』や『ウンディーネ』といった水生モンスターが、至近距離にあるその堀に突然湧いてくる、なんて危険性もある。


「……結果的に、隙を見せた方が『対処できるだけ、まだマシ』程度になったってことか」

「ええ。まあ、例の水龍が出た場合はその限りではないそうですが」

「なるほど? なら俺がシャドウサーペントを封印すりゃ、当面の安全は確保されるでしょうね? 俺は最上級モンスターを手に入れられるし、好都合ですよ」


 ニヤリと黒い笑みを浮かべるマナヤ。

 深刻そうな顔をしていたモール教官が、そんな彼の表情に目をぱちくりさせる。


「随分と自信がおありなのですね。あのモンスターは、王国に限らず全世界でもまだ封印例が無いのですよ?」

「召喚師にかかりゃ、お手のもんですよ。もちろん正しい対処をすれば、ですがね」


 確かに、馬鹿正直に正面から激突すれば厄介なモンスターではあろう。だが、『サモナーズ・コロセウム』で何度となく入手したマナヤの敵ではない。対処法のパターンならば知り尽くしている。

 自信たっぷりに、右腕を腰に当ててモール教官に啖呵を切る。


「そんなわけで、大船に乗ったつもりでいて下さいよ。あ、そういや実習訓練にはシャラやアシュリーは連れて行けるんスか?」


 シャラもアシュリーも、今はそれぞれ錬金術師課、剣士課で臨時講師のような仕事をしている。召喚師との連携戦術を広める一貫だ。

 モール教官の顔から表情が消え、頷く。会議の内容を思い出したことで、普段の『召喚師らしい』雰囲気に少し戻ってしまったのか。


「はい。今期は召喚師課に特に力を入れると決定されていますからね。召喚師候補生達に、他『クラス』との連携をしっかりと目に焼き付けてもらう。そういう名目で、あのお二方も私達との同行が許可されました」

「なら、気兼ねなく行けるな」


 実習には、マナヤの護衛役を務めているディロンとテナイアも同行すると聞いている。あの二人も生徒達の護衛として機能するだろう。


「くれぐれも実習訓練が楽しみすぎて、明日の指導内容がおろそかにならないようにして下さいね」

「そりゃもう。んじゃモール教官、今日はこれで」

「ええ、お疲れ様です」


 モール教官に別れを告げ、講堂を出る。扉を開けた所にいたのは――


「……アシュリー」

「マナヤ」


 扉の脇に背を預けていたアシュリーと鉢合わせしてしまった。

 複雑そうに顔を歪めていた彼女は、しかしすぐにニッと明るい表情を作る。


「安心したわ。あんたが『先』のことを楽しみにできるものが見つかったみたいで」


 その言葉にマナヤが思わず息を呑む。


 ――そうだ。どうせ俺は消えちまうのに、なんで食い物なんか心待ちにしてんだよ。


 気まずくなってアシュリーの目の前を通り過ぎ、そのまま大股で廊下を進みゆく。


「もう意地を張るのはやめてよ。マナヤ」


 背後からアシュリーが声をかけてきた。思わず足を止めた所に、コツ、と彼女が近寄ってくる音がする。


「いいじゃないの。楽しみにできることがあるなら、思いっきり楽しんじゃいなさい。じゃないと損よ?」

「……お前は」


 ぽつり、と俯いたマナヤが漏らす。


「お前はなんで、そうまでして俺に構うんだよ」

「え?」

「元々存在しなかった俺に……いつ消えるかわからねぇ俺に、どうしてそこまで」


 それを聞いたアシュリーの、ふっという小さな笑い声が聞こえる。


「元々存在しなかった、なんて思ってるのは、あんただけだからよ」

「何を――」

「セメイト村のみんなだって、そんなふうに思ってない。少なくとも師匠は……ヴィダさんはあんたの『存在』を認めてた」


 マナヤの横に並んだアシュリーが、ポンと肩に手を置いてくる。


「だからいい加減、独りよがりの判断で思い込むのは、もうやめて。反論したいなら、せめてヴィダさんを説き伏せてからにすることね」


 そう言いながらマナヤを追い越し、背を向けたまた手をひらひらと振って先へと歩き去っていった。


次回、ようやく三章のメイン舞台へと場所を移します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 100話おめでとうございます。 マナヤ、前々から思ってたけど教師としての才能あるんじゃね? [気になる点] 安全圏を作ると間引きが出来ずに結果大災害になるのは、ハードモードですね。 幸…
2022/12/18 22:28 退会済み
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