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【改稿前作品】別人格は異世界ゲーマー 召喚師再教育記  作者: 星々導々
第一章 召喚師の降臨と錬金術師の献身
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1話 最後の記憶 THEO

 僕の村が、燃えている。

 あちこちにある石造りの家屋の中から、真っ赤な炎が吹き上がって。

 村の畑に群生しているピナの木も、近寄りがたいほど強烈な熱気を放って、燃え盛っている。


 燃える村の中、恐怖に顔を引き攣らせながら逃げ惑う人々。

 その人々を追い回す……異形の化け物(モンスター)

 理不尽に、無慈悲に、人間をただ淡々と殺していくモンスター達。


 ある人は、剣を手にモンスター達に斬りかかり。

 ある人は、矢をつがえて弓を引き、射かけ。

 ある人は、杖を構えてモンスターに炎、氷、雷、闇などの魔法を浴びせ。

 ある人は、岩の壁を作ってモンスターの侵攻を食い止め。

 ある人は、杖から放つ光で結界を張り、また人を癒す。


 それでも、後から後から湧いてくる膨大な異形の大軍を前にどんどん押し込まれていく。


 そんな相手に対して、僕ができることといえば。

 ――同じ化け物(モンスター)を呼んで、化け物同士で醜く戦い合わせること。


「――召喚っ! 【スカルガード】っ!」


 目の前に人間サイズの紋章が出現し、中から現れた人型の影。胸鎧と兜を着て剣と盾を携えた、骸骨の戦士だ。


「【行け】っ!」


 骸骨戦士は、その視線の先にあるモンスタに……黒い瘴気を纏った、紫色の金属の塊でできた牛型のモンスターに向かっていく。


(落ち着け、学園で学んだことを思い出すんだ)


 僕は二年前、十四歳で成人の儀を執り行った後に通った学園で教官から教わったことを思い返していた。


『召喚したモンスターには、必ず直ぐに【行け】の命令を下しなさい。戦闘中は、【待て】や【戻れ】の命令は必要ありません』


 下級モンスターである骸骨剣士『獄門番(スカルガード)』が、黒いモヤに包まれている牛型の中級モンスター『牛機VID-60(ヴィドシックスティ)』に向かっていく。


 その姿を尻目に、その場を離れて走り出す。本当は、戦いを見届けずこの場を離れることは『召喚師』である僕の役目に反することだ。

 だけど、どうしても僕は確認がしたかった。両親と、大事な幼馴染の無事を。


(あっ!)


 進む先の道で小さな子供が倒れ伏している。


「大丈夫!? しっか――」


 けれども、抱き上げた五、六歳ほどの男の子はだらりと力なく四肢をぶらさげていて……その身には、もう鼓動を全く感じなかった。


「……ごめん。ごめんね……」


 その子をそっと、地面に横たえる。

 せめて、こんな血みどろの戦場じゃない場所に運んであげたかった。でも、もうそんな状況ではないことは明らかだ。戦わなければ、死人が増える。スタンピードというのは、そういうものだから。


 ――スタンピード。

 通常、少数でしか現れないはずのモンスターが大量に湧いて、一気に人里を襲ってくる現象。


「っ!」


 意を決して、再び走り出す。僕の家が……僕の両親の家があった場所に。

 あの場所は既に最前線になってしまっていると聞いたからだ。


(あそこだ!)


 一層火の手が強く、怒号と悲鳴が響く一角。

 そこへの最後の角を曲がると、そこに見えたのは。


「なっ……!」


 人間ほどの大きさがある、オレンジ色の蜘蛛のような化け物。中級モンスター『レンの蜘蛛(レン・スパイダー)』が二体。


 そして、その傍らに横たわる二人の人間。

 片方は僕と同じ金色の短髪の、もう片方は腰まで伸びた長い茶髪の――僕の、よく知っている二人。


「父さんっ! 母さんっ! くそ、やめろぉっ!!」


 僕が駆け出し、二体のレン・スパイダーがこちらを向く。


「【コボルド】三体召喚っ!」


 下級モンスター『コボルド』を三体まとめて召喚する。

 黒い毛を生やした犬のような頭を持ち、弓矢を携えた人型のモンスター。


 それらと対峙した敵のレン・スパイダー達は腹を上にもたげると、その先端から白い塊を発射してくる。

 呼び出されたコボルド達は弓に矢をつがえて放つ。


 白い塊は先頭のコボルドにぶつかった直後軟化し、蜘蛛の巣のようにコボルドの体に広がり動きを封じてくる。


「くっ……!」


 忌まわしく感じながらも、僕はコボルド達の背後へと移動する。

 教官が言っていたことだ。


『遠距離攻撃モンスターを呼んだら、なるべく召喚師はその傍を離れないように。いざという時に後衛である我々召喚師の盾にもなります』


 でも下級モンスターであるコボルド三体程度では、中級モンスターであるレン・スパイダー二体を相手にするのはキツい。レン・スパイダー二体の攻撃を立て続けに受け、弱っていく。


「【コボルド】召喚っ! 【ガルウルフ】召喚っ! 【行け】っ!」


 僕は追加でコボルドをもう一体召喚し、四体体制にした。その上で、同じく下級モンスターである灰色の狼型モンスター『ガルウルフ』を呼び出す。

 数の暴力、教官に教わった戦術だ。


『戦いは質より量です。大軍なら多少の相性は無視して敵を圧倒できますし、仲間や召喚師自身の「盾」が増えて安全を確保できます』


 ガルウルフが白い塊を受け、傷だらけになり鈍足になる。それでもなお、黒い瘴気を纏っているレン・スパイダーに向かっていく狼。

 安全のため、そのガルウルフに回復魔法『魔獣治癒(ビーストヒール)』を使おうか迷ったけど――


『召喚師は召喚獣を「補助魔法」で援護できますが、手駒が増えるわけではありませんので、あまり意味がありません。マナは魔法よりも召喚に費やしなさい』


 教官にそう教わったことを思い出して思いとどまった。

 魔獣治癒(ビーストヒール)のマナ消費は、下級モンスター一体と同じだ。スカルガードを追加で召喚する方針に切り替える。


 ――けれど。



「ガウッ!」

「あっ!」



 突然、石造りの家の陰から黒い瘴気を纏ったガルウルフが二体躍り出た。それらの爪が僕のガルウルフを捉える。

 既に弱っていた僕のガルウルフは、それがトドメとなり倒れてしまった。遺体は空中に溶けるように消えてしまう。


 敵ガルウルフ達が、残った僕のコボルド達に標的を切り替えてきた。

 敵のレン・スパイダーの攻撃も僕のコボルド達へと襲い掛かる。既に傷ついて弱っていた方のコボルドが狙われ、一体倒されてしまう。


「しょ、召喚、【スカルガード】っ!」


 慌てて新たにスカルガードを召喚する。でも――


 ――バシュウ


 あまり耐久力のないスカルガードは二体の敵ガルウルフ、更に後方にいるレン・スパイダー達の攻撃を受け続ける。そのまま、あっさりと消滅していしまった。

 なんとか敵のガルウルフを一体倒したけど、残った敵ガルウルフがこちらのコボルドをどんどん倒してしまう。


 ――これで、僕の戦力は残りコボルド二体だけ。

 敵にはまだガルウルフが一体残っている上に、中級モンスターレン・スパイダー二体もいる。


 まだ、追加で戦力を出せるようなマナは回復してない。

 なんとかしなければ。でも焦る僕の頭の中は、もはや何をして良いのかわからず真っ白になってしまっている。


 ――バシュウ


 迷っている間にも残っていた僕のコボルド達が倒され……もう、僕本人だけしか残っていない。

 敵のガルウルフはなんとか倒すことができたみたいだけど、未だ健在のレン・スパイダーが二匹、こちらに向き直ってくる。


「かはっ……」


 二体のレン・スパイダーが放ってきた白い塊を胸と右脚に、まともに食らってしまう。衝撃で息が詰まり倒れこんでしまった。容赦なくレン・スパイダー達が追撃してくる。


「がっ、くァ、ぐっ」


 体に糸も絡みつき、身動きすらままならなくなる。

 下級モンスター一体を召喚するマナは、なんとか回復した。でも相手は二体の中級モンスターだ。


 どうする。

 何をすればいい。


 焦る頭と痛む体で、何も思い浮かばない。レン・スパイダー二体が腹をもたげる。


 死を覚悟した、その時。



「はああっ!!」



 突然躍り出た人影が、ザシュ、と音を立ててレン・スパイダーを斬る。さらに赤い髪をサイドテールに纏めたその女性は、剣を振り切った状態で――


「【スワローフラップ】!」


 その声とともに刀身が光ったかと思うと剣を逆袈裟に斬り上げ、もう一体のレン・スパイダーの体を薙ぐ。僕を狙ったレン・スパイダーの攻撃は、明後日の方向へと飛んでいった。


「セイッ! ――何やってんの、そこの召喚師っ!」


 すぐさま追撃して、残ったレン・スパイダーを斬り倒したその女性。彼女は、僕も知っている人だ。


 アシュリーさん。

 五年前に成人の儀を受けた三つ年上の女性で、この村でも有数の剣の使い手。


「す、みま、せ……」

「――くっ、あっちにも! まだ動けそうなら、こいつらさっさと『封印』なさいっ!」


 そう言って、また別の方角を見て飛び出していった。

 『封印』の言葉に慌てて周囲を見ると、黒い瘴気でできた紋様がいくつか地面に残されているのに気づく。


 モンスターが死んだあとに残る、瘴気の塊が紋様になったもの。

 『瘴気紋』と呼ばれているものだ。


「【封印(コンファインメント)】!」


 自分の体に巻き付く糸を引きちぎって、瘴気紋に『封印(コンファインメント)』の魔法を使う。

 瘴気紋はするりと空中に浮かび、金色に変化しキラキラと僕の体に吸い込まれていく。


 これが……召喚師が必要とされる、唯一の理由。


「く……父さんっ! 母さんっ! しっかり!」


 じくじくと痛む傷を押して必死に這いずり、倒れている二人のもとにやっとたどり着いた。

 その体にまとわりついている蜘蛛の糸を引きちぎる。まだ身じろぎをしている二人を助け起こしたけど――


「……その、声……テオ、か……」

「テオ……久しぶり、ね……」


 抱き上げた二人の上半身には、痛々しく深い、獣の爪痕が残っていた。

 大量の血が滴っている。……もう助からないことを、察してしまった。


「そんな、父さん、母さん……!」

「すまん、な……テオ……私、では……母さん、を、守り……きれなかった……」

「テオ……逃げて……あなた、だけでも……生きて……」


 苦しそうに声を絞り出しながら、二人が僕の顔に手を差し伸べてくる。父さんは左手を。母さんは、()()()()()()()右手を。

 僕は二人の手をそっと掴み、自分の頬へと押し当てる。その最後の体温を、忘れないようにするために。


「そんな……二人を置いてなんて……僕は!」

「……逃げろ、テオ……生き……ろ……」

「お願い、テオ……シャラ、ちゃんを……おねが……い……」

「父さん……? 母、さ……」


 もはや、パチパチと鳴り響く炎の音でかき消されそうなくらいの小さな声。二人は最後の言葉を振り絞り、目を閉じて……

 ――その全身から、力が抜けていった。


「うっ……うぅッ……!」


 ――久々に会えたのに、あんまりだ。

 父さんと母さんが、何をしたって言うんだ。


 伝えたいことはたくさんあったのに。

 今まで育ててくれた、親孝行をしたかったのに。


 召喚師なんかになってしまったことを、謝りたかったのに。



「テオ! 危ないっ!!」


 次の瞬間。

 愛しい人の声が聞こえてきたと思ったら。



 ――ザシュッ



 僕の背後で、何かが叩き斬られるような音がした。

 振り返ると、セミロングの金髪を振り乱して、僕の前に躍り出た女性が……

 背後から僕に襲ってきていたモンスター……黒い瘴気を纏った牛頭の化け物『ミノタウロス』の斧の攻撃を――



 ――僕を庇って、その背に受けていた。



「――シャラっ!!」


 しばらく会っていなかった、二つ上の僕の幼馴染。

 ……大好きな、僕の幼馴染が。

 背から鮮血を撒き、倒れこむ。


「【ガルウルフ】召喚っ! 【行け】っ!!」


 すぐさまガルウルフを召喚し、そのミノタウロスと対峙させる。

 牛頭の化け物に飛び掛かるガルウルフを尻目に、僕は倒れこんだシャラの体を抱き上げた。


「誰かっ! 白魔導師を! 白魔導師さんは居ませんかっ!! 早くっ!!」


 白魔導師なら治癒魔法で傷を治療できるはず。

 けれど、どの方角に叫んでも怒号と悲鳴が返ってくるばかり。誰かが駆け付けてくる気配はない。


「シャラ! しっかり! すぐ白魔導師さんが来るから!!」

「テオ……やっと、顔、みせて、くれた……」


 口の端から血を零れさせながら、弱々しくシャラが呟く。


「シャラ! 喋らないで! じっとしてれば、すぐ……!」

「……ね、聞いて……テオ……」


 背中から流れる温かい血を手に感じながら、シャラの言葉に耳を傾ける。

 すると、シャラはゆっくりと震える両手を持ち上げ……


 ()()()()()()()()()()()()()()()

 その『意味』を知っている僕は、息を呑む。


「ね、テオ……私、テオ、の、お嫁さん……に、なりたかったん……だよ……」

「シャ、ラ……」

「ずっと……ずっと……大好き、だった……」

「シャラ……僕は、僕も……!」

「なのに……テオ、会わなく、なっちゃったんだもん……寂しかった、よ……?」


 僕は、シャラの背に回した手を戻し……

 僕の手を包み込んでくるシャラの手を、()()()()()()()


「シャラ……」

「……えへへ……ありが、とう……うれしい……」

「シャラ、お願い、まだ……!」


 僕は必死になって、声が小さくなっていくシャラに呼び掛ける。

 嫌だ。

 まだ、逝かないで。

 せっかく、一緒になれたのに。


「シャラ!」

「テオ……せめ、て……あなただけは……生き……て……」

「シャラッ!!」


 ゆっくりと閉ざされていく瞼。

 沈むように力が抜けていく体。

 徐々に無くなっていく、彼女の体温。


「シャラ……!」



 ――彼女の手が、ダラリと垂れ下がった。



「う……あ……」


 何故。

 守りたかったのに。

 誰よりも、守りたかったのに。


 一緒に村を守っていくと、約束したのに。


「あ……あああ……」


 僕のガルウルフが消滅する音が聞こえる。

 ズン、と斧を持ったミノタウロスが僕の傍まで歩いてくる音が聞こえる。


 でも、そんなことはどうでもいい。



「ッ……うあああああああァァァーーーーーッ!!!!」



 腹の底から絞り出した僕の慟哭と。

 振り下ろされる斧の風切り音が重なったその時。






 僕の記憶は、途絶えた。



 ***



 ――聞こえるか――



 ――其方には、「異世界」へ行ってもらいたい――



 ――……すまぬ。其方には、苦労をかけることになる――



 ――その代わりと言っては、何だが――




 ――時間を、巻き戻そう――

次回から、第三人称風でいきます。というか、サブタイトルが横文字で終わる時は、その人物の第一人称視点になります。

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