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第39話:全く別の2つの話


「これから全く違う2つの話をするわ。その二つを関連付けて考えてはダメよ」



伊万里先輩は図書部の部室にあるパイプ椅子に座り静かに言った。



「分かりました。お願いします」



私はこれから伊万里先輩の口からどんな話が出てくるのか覚悟をした。

3スターズの一人と称えられる美少女である伊万里先輩が、弟の流くんとどんな関係があるかを知ることができるかもしれない。無意識に固唾(かたず)を呑んだ。



「昔、あるとこに人気のないラーメン屋さんがあったの。あまりに人気が無くて近所の人はもう潰れると噂されていたそうよ」



なに?何の話?思った話と全く違う話がスタートした。それでも、私は黙って聞くことにした。



「ある日、そのラーメン屋さんは火事になったわ。全焼だったそうよ。幸い店主のご家族は全員旅行に行っている時だったから無事だったの」



ケガの人などがいなくてよかった。流行っていないラーメン店で火事なんて泣きっ面に蜂だわ。お気の毒に。



「幸いと言えば、たまたま保険に入っていたから、保険金が下りたの。結局ラーメン屋さんは再建できずに店主のご家族は引っ越して行ったわ」



保険に入っていてよかったわ。そんなことってあるのね。



「はい、一つ目のお話は終わり。次に行くわね。こちらは少し重たい話になるから」



あれ?ラーメン屋さんの話は何だったの?雑談?



「10年以上前、市内に孤児院があったわ」


「え?現代の日本にもあるんですか!?」


「そりゃああるでしょう。捨て子もいるし、両親共亡くなる事もあるでしょうし。尤も、現在では『児童養護施設』って名前ね。役割も少し違うけれど、私たちがいたところは、まさに『孤児院』って感じだったわ。ここでは『施設』と呼びましょうか」


「え!?」


いま、なんて!?

驚く私をよそに、伊万里先輩は話を続けた。



「一応、みんな仲は良かったけど、年頃の子もいたから男女は別の部屋になってた。例え血が繋がった兄弟でも男女は別の部屋になるの」


「……」


「男子は5人、女子は8人。施設では年功序列で上の言う事は絶対だった」



伊万里先輩は、いつもの表情が読めない感じ。

でも、冗談を言っているようには思えない。



「施設の男の子の一人を(エックス)としましょうか。生まれた時からの捨て子の場合、戸籍が難しいの。市長になったり、施設の長になったり……まあ、見る人が見たら孤児院出身って分かるわ」



その子が流くんって事?



「その施設には、通いで子どもたちの面倒をみる職員もいたわ。名前は高幡(たかはた)トモ子。みんな先生って呼んでたわ」



あれ?高幡?



「先生はシングルマザーだったから、自分の子供も施設の子と遊ばせていたの。施設の子たちも自分の子供みたいに大事にしてくれていた。みんな高幡先生が大好きだった」



あれ?そっちが流くん?



「先生は仕事の掛け持ちをしていたので、他で働いているときに、施設で他の先生が面倒を見ていたりしてたの」



そういえば、流くんに小さい時の事を聞いたことがない。てっきりお母さんと二人で今の家で暮らしてきたと思っていた。



「ある日、施設が火事になったの。小さい子は昼寝の時間で、大きい子は寝かしつけてる子もいたわ。私はいち早く気づいたから、部屋にいた子を連れ出した。ただ。寝ている子もいて連れ出せたのは一人だけ。それが᙭」



話が全然見えない。



「悪いことに、先生の子供も火事に巻き込まれた」



え!?



「先生が面倒を見ていた施設の男の子5人は全員火事で亡くなったわ」


「……」


「施設長は高齢になってきていたし、後を継ぐ人もいなかったから、施設は再建できず廃止になったの」


「そんな事が……」


「ここで余談だけど、施設では男の子が一人だけ助かった訳だけど、それがたまたま先生の子供だったって偶然をあなたは信じられる?」


「え?」


「私が連れ出した᙭は、私の本当の弟。血が繋がってるかどうかまでは分からないけどね」



ちょっと話が難しくて分からなくなってきた。



「先生が子供を亡くしたとして、施設の子を引き取るとしたら、審査でまず通らないわね。里親には厳しい審査があるもの」


「……」


「あと、自分の息子と施設の子では、どちらが戸籍が将来を考えた上で有利かしら?」



伊万里先輩が話を止めた。終わり?これで終わり?



「ちょっと待ってください!それだと、その先生のお子さんは亡くなって、代わりに᙭が先生の子供として暮らしてるって事になるじゃないですか!」


「あら、そんな風に聞こえた?」



伊万里先輩は、わざとらしく答えた。


しかも、᙭は伊万里先輩の本当の弟。火事で誰かを助けるとき、他人よりもまず身内を助けるだろう。でも、表向きは先生の子だから、先輩とは他人。


伊万里先輩が頑なに流くんと他人と言っていたのはこの事!?


施設がなくなり、生き残った᙭の未来を案じて先生は自分の子として育てようとしたってこと!?



「伊万里先輩は!?先輩はその後どうなったんですか!?」


「私は新しい施設に移された後、たまたま里親が見つかって、今に至るわ」


「他は!?他に生き残った子たちは!?」


「さあ?そんなにたくさん受け入れられる施設は無いわ。みんな散り散りになって……今はどうしてるのか……施設長は保険金を手にして引退したって聞いたわ」



相変わらず、伊万里先輩の表情は読み取れない。さっきのラーメン屋さんの話を聞いた後だと、施設長が火事を起こして施設を現金化したみたいにも思える。


᙭が流くんなら、目立つと過去が探られてバレてしまう可能性がある。

だから彼はいつもの目立たないようにしていたってこと!?



「流くんが目立たないようにって言ったのは伊万里先輩ですか?施設の年上の子の言葉は絶対なんですよね?」


「あの子は優秀なのよ。小さい時からケンカもしなれていたからケンカも強い。そして、小さい子を守るためにモメないで解決する方法も知ってる。テレビの英語講座を視て英語が喋れるようになったり、動画配信をして登録者数を100万人にしたり、本を出版したり、何でもできる……でも、日本では出る杭は打たれるわ」


「そんな……」



そんな話が信じられるだろうか。戸籍を調べれば……いや、ちゃんと先生の子供の戸籍だからそれでは分からない。


DNA検査をしようにも、お母様は亡くなってる。なら、うちのお父さんとなら……



「あなたのお父さんと血縁かどうかは、ほぼ100パーセントの正確さで検査ができるそうよ」



何も言わないのに、伊万里先輩が先回りして答えた。

私と流くんが他人と分かれば、恋愛しても結婚しても誰にもなんにも言われない。


でも待って。流くんはこのこと知ってるの!?

もし、知らないとしたら、事実を明らかにする事で、彼からお母さんを奪う事になる!


それだけじゃない。

お父さんとの関係がないという事は、うちにもいられなくなる。うちも片親だから里親としてダメそうだわ。当然、私とも一緒に暮らせなくなる。


私が流くんと他人だと証明してしまったら、彼の今の幸せを奪うことになる。自分にそんな仕打ちをした人間と恋愛関係になるとは思えない。



「じゃあ、もう一度聞くわ」



伊万里先輩が、無表情ながら、こちらを見て続けた。



「あなたはあの子とどうしたい?あの子と付き合えるようになりたい?それとも、付き合いたいと思わなくなりたい?」



流くんと付き合えるようになるという事は、私たちは他人になる必要がある。つまり、私が彼の今の幸せを壊すという事。


「付き合いたいと思わなくなる」とは、今の事ではないだろうか。どちらの道を進んでも私たちは幸せになれない。



伊万里先輩と二見さんは仲が良くなっている。さっきもお菓子を持って来ていた。二人の仲が良いという事は、お互いの家に行ったり、お互いの家族に会ったりしても変じゃない。


しかも、二見さんも伊万里先輩も3スターズで共通点がある。なおのこと不自然さがない。伊万里先輩は、流くんに自然に会えるようになる。二見さんと仲良くすることはメリットしかない。弟の彼女と考えれば二見さんの事は可愛くさえもあるはず。


待って。そもそも流くんは伊万里先輩を追って桜坂高校(ここ)に入学した!?共通点ができて会っても不自然じゃないから!?


二見さんは、私とぶつかることはあっても、私と流くんを引き離したりはしなかった。

一緒にお買い物していても何も言わなかった。

お弁当を持たせても禁止しなかった。

一緒に住んでいても不満を言ったりしなかった。

流くんに会いに家に来た時も、邪魔しに行った私をゲームに誘ってくれた!


私が姉である限りしばらくは流くんと一緒に暮らせる。一緒にご飯を食べて、お買い物に行って、バカな話もできる。


そこで、先日二見さんが家に来た時、変なことを言ったのを思い出した。



『太陽に近づきすぎるとバラバラになる、星に近づきすぎるとどうなるのか』



この場合の「星」は、流くんのことではないだろうか。つまり、二見さんは何かを察知している。


私は流くんの恋人みたいな姉、二見さんは後輩みたいな彼女、伊万里先輩は姉みたいな先輩……それぞれの役割を守ることでみんなが流くんの近くにいられる。


逆に言うと、誰か一人がそれを壊すことで全てが壊れてしまうってこと。


二見さんは先に気付いて、伊万里先輩と仲良くなっていた。私のことも排除しない。あの人、本当に天使だった……あの子には勝てない。



「私たちは、3スターズなんて言われているので、学校内で仲良くしていても誰も変に思われないわ。むしろみんなが応援してくれるかもね。あ、お茶入れましょうか?」



伊万里先輩が珍しくお茶を淹れてくれた。

そして、先輩は私が持ってきた苺大福の包装を開け食べ始めた。

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