第38話:姉は姉に相談する
このところちょっと訳が分からない。自分でも自分が分からない。1年生の時に「3スターズの五十嵐天乃」とか呼ばれるようになって、たくさん告白もされてきた。
だけど、ほとんどが名前も顔も知らない人だった。だから、これまでOKしたことはない。告白は日常化していて、もはや形骸化していて意味のないことだと思っていた。
そのせいか、男子を見ていなかった。
家事もあるし、異性に対する興味自体がなくなっていっていたかもしれない。
そんな時に彼に出会った。
高幡流星くん
高級焼肉店に来た彼は、髪はボサボサ。服はヨレヨレ。そんな人はこれまで私の周囲にいなかった。私に告白してくる人たちは、みんないい格好をしていたから。
ボサボサ、ヨレヨレの理由はすぐに分かった。お父さんが教えてくれた。
つい前日、流星くんのお母さんが亡くなったのだとか。普通じゃなかったのだろう。
私は小さい時に、ずっと兄弟が欲しかった。兄でも妹でもなんでもよかった。
母が亡くなった時にそれはもう絶対に起こり得ないことなのだと子供ながらに空気を読み、お父さんには言わなくなった。
それが17歳になって急に叶った。同じ年の弟。私の新しい家族。
しかも、お父さんの存在を17年間知らなかった、と。私があったかぬくぬく暮らしている間、彼はどんな暮らしをしていたのだろう。考えただけで罪悪感を感じる。
私は、彼を守らないといけない。姉として。家族として。
弟には、可愛い彼女ができた。それも3スターズの一人だというから驚きだ。
我が弟ながら鼻が高い。
ただ、最近自分がおかしいことに気が付いた。弟とその彼女が一緒にいると何故か自分がイライラしている。どこか面白くない。
まさか何かの間違いで男の子として好きだと思っているとか!?
家族を好きになるというのは、家族として好きという事。試しにお父さんの枕を臭ってみたら、嫌悪感を抱くニオイ。臭い。それでも、お父さんは好きだと思う。
今度は、弟のニオイをこっそり嗅いでみた。いいニオイ。好きな方のニオイ。こんなことがあっていいのだろうか。ずっと別々に暮らしていたからだろうか。それとも血は半分しかつながっていないので、残りの半分の部分が強く出ているのだろうか。
こんな相談をできる相手が私にはいない。
もう、あの人しかいない……
■ 読書部 部室
(コンコン)「失礼します」
部屋に入ると、いつもの様に壁一面に大きな本棚があり、そこには本がぎっしりと収められていた。机は長机2本だけ。
この部屋の主は、3年生の伊万里姫香さん。
3スターズの一人とされていて、幼い見た目で肩までの比較的短い髪。3年生を中心にマスコットキャラクターの様に可愛がられているけれど、実は見た目に反してしっかりしていて、流くんのお姉さん的存在。
過去に何があったのか、教えてはもらえなかったけれど、二人はそろって「縁も所縁もない」という。私は、そんな訳はないと睨んでいる。
少し予想と違ったのは、読書部の部室内に二見さんもいたこと。
「二見さん……」
「あ、五十嵐さん、私の用事は終わったので、お先に失礼しますね」
ちょうど入れ替わりだったらしい。二見さんは行ってしまった。
残された部室の長机の上には、お菓子が置かれていた。「お供え」だろうか、それとも「お礼」だろうか。
「はー、あなたたちは、入れ替わり立ち代わり……あの子の悪いところばかり見習っていくんだから……」
伊万里先輩は額に手を当てて、頭痛のジェスチャーをした。
「あの……相談ごとがあって……」
「あなたがここに来るってことは、そうでしょうね。そして、相談内容はあの子の事ね」
さすが頭が良い伊万里先輩。何も言っていいないのに、相談内容まで当ててしまった。
尤も、私が彼女にする相談なんてそれしかない。
二見さんが置いて行ったと思われるお菓子の横に私が持って来た苺大福を置く。
先に置かれていたのは、見たことがある箱。先日、二見さんが家に来た時におみやげに持ってきてくれた「ウーピーパイ」。
後で調べてみたら、ドイツの焼き菓子らしかった。フワフワの小さなケーキで生クリームをサンドイッチしたお菓子。チョコレート味ですごくおいしかった。伊万里先輩が好きなのは和菓子だったような……まぁ、いいか。
「まったくもう……」と不満をを言いながら私が持って来た苺大福も受け取ってくれた。今日はそのまま食べたりはしないらしい。
「さて、あなたはどうしたいの?あの子と付き合えるようになりたい?それとも、付き合いたいと思わなくなりたい?」
ああ、いくつかのステップが飛びぬかされてしまった。「私の中の流くんへの想いは何なのか」から話したかったけれど、それは家族としてでも、一人の男の子としてでも好きは好きに違いない。
いくつか飛び抜かしたとしても、「付き合えるようになる」の方はまだ分かる。
伊万里先輩のことだから、何らかの方法で私と流くんが付き合える方法があるのかもしれない。
その場合、二見さんはどうなってしまうのか。
私は彼女をライバル視しているところはある。
それは認めないと、この話は進まない。
流くんと付き合いたい気持ちはあるけれど、二見さんが泣く姿はみたくない。私は、彼女もまた気に入っている。人柄もさることながら、流くんのことを本当に好きそう。そこも嬉しいところ。
問題はもう一つの「付き合いたいと思わなくなる」の方は何だろう。
この気持ち、このモヤモヤを拭い去り、無くしてしまう方法があるというのかな。
そんなことができれば苦労はしない。
そんなことができないからこんなに悩んで、ここに来たというのに。
「私の話を聞いた後に選んでもいいわよ?内容も知らずに選ぶなんて難しいものね」
さすが伊万里先輩。流くんのテストの時もそうだったけど、現実的な解決策を提案してくれる。先輩の話を聞いて、私はどうしたいのか、決めるだけ。
それで、このモヤモヤが解消できる。魔法みたい。
「私の話の前に、ちょっと聞いておきたいことがあるの」
「なんでしょう?」
「あなたはあの子のどこが好きなの?好きな顔のタイプだから?有名だから?人気者だから?性格が好き?才能があるから?お金持ちだから?」
そんなに一偏に聞かれても……
好きな顔のタイプだから?
……そもそも好きなタイプがないわ。これではないと思う。そもそも出会った時は、髪はボサボサで服はヨレヨレ。好きになる要素はないと思う。
有名だから?
……彼は有名なの?有名かどうかも知らないから、これでもないわ。
人気者だから?
彼は人気者なのかしら?文化祭のことでクラスメイトたちの信頼は得たみたいだから、人気者と言ってもいいかもしれないわね。でも、私の気持ちは、それより以前から決まっていたはず。これでもないみたい。
性格が好き?
……性格は……確かに、性格というか、人柄は好きかも。ただこれは、出会った時には分からなかった。これではないような……
才能があるから?
彼にはどんな才能があるの?それを知らないわ。これも違う。
お金持ちだから?
そもそもお金持ちなの?セレクトショップでTシャツ1枚買えない人よ?お金持ちとは思えないし、これも違う。
なんだろう?私は彼のどこが好きなんだろう?
「答えは出ないみたいね。ここで分かったら話は簡単だったのにね」
伊万里先輩は、少しいじわるに笑った。私よりも年下に見える彼女、もしかしたら、中学生か、見方によっては小学生くらいには見えるかもしれない。その彼女が整った顔立ちで意地悪く笑うと軽くサイコホラーだわと思った。
「これから全く違う2つの話をするわ。その二つを関連付けて考えてはダメよ」




