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第35話:抜け殻

文化祭の翌日は平日なので、みんな普通に登校していた。ただ、みんな多かれ少なかれ「燃え尽き症候群」の症状が出ていた。


「やる気なし()」と「やる気なし()」ばかりで、授業にも身が入らず、休み時間は昨日の文化祭のことばかりが話題になっているようだった。


かくいう僕も机に突っ伏して「ぼやーん」としていた。昨日は勢いで二見さんとキスしてしまったのだ。思い出すだけで顔がニヤケてしまう。勢いとはいえ、あんな可愛い彼女とキスしてしまったのだ。



「なあ、流星(りゅうせい)昨日のアレ良かったのか?歌詞変えてしまうやつ」


「あ、それ!私も思った」



隣の席の貴行とその横の日葵が質問してきた。歌詞を変えたというのは、使った楽曲の歌詞で、「ジュエルを待っている」の部分を「エンジェルを待っている」に変えたことだろうか。



「作詞した人とかにOK取ったとか?」


「取った取った」


「ホントかよ!?」



貴行は信じていないようだった。その点は大丈夫なのだ。なにしろ、作詞、作曲、編曲が全て僕なのだから(・・・・・・・・)



「あとさ、あの動画ってなんとかいう有名な動画配信者がアップしたみたいでめちゃくちゃ再生数が伸びてるらしいぜ。昨日の今日でもう20万回とか超えたらしい」


「へー、そうなのぉ」



クラス中でみんなスマホを持って、動画を見ているから、その再生数は益々伸びそうだ。しかも、自主的に友達などに自慢して回っているようなので、その再生数はさらに伸びるだろう。


クオリティ的にも、まあまあのところは行ったと思うし、体育館でやるって言われた時は絶望したけど、結果オーライという事で比較的満足している。なにより、「クラスみんなでやった」という充実感が大きい。



流星(りゅうせい)くん、お顔がだらしない感じになってますよ?」



後ろの方の席から二見さんも僕の前の席に移動して来た。僕は慌ててキリっとした顔に切り替えた。



「その配信者って『世界竜』さんじゃありませんか?」


「そう!それ!何年か前に急にぷっつり動画配信を()めてたのに、今回俺たちの動画を急にアップしてくれたんだよ!曲とか使わせてくれた関係か?」


「意外と私たちの関係者にいるのかもしれませんよ?『世界竜』さんが」


「マジか!?流星は知ってんのか?」



慌てる貴行と、ニマニマしている二見さん。名前(ハンドルネーム)から二見さんは既に作詞作曲をしたのが僕で、数年前に動画配信を止めた「世界竜」が僕だと気づいたらしい。


ゲーム配信の動画とかも見てたって言ってたし、ずいぶん前に気づいていたのだろう。



「流星くんのせいで、私、昨日からチョイチョイ学校内で『あ、エンジェルちゃんだ』って声をかけられるんですけど」



二見さんは僕に苦情を言った。



「あ、違った。流星くんのお陰で(・・・)、です。」



彼女の表情は嬉しそうだ。よかった。



「あーあ、私の彼氏も、そろそろ下の名前で呼んでくれないかなぁ」



こっちをチラチラ見ながら希望を述べた。二見さんの名前は「二見天使(ふたみてんし)」、正確には偽名で、本名は「二見天使(ふたみエンジェル)」だ。キラッキラのキラキラネームだ。


彼女の場合「天使」とか「天使ちゃん」とか呼ぶとしたら、僕は自分の彼女を「天使」とか呼ぶバカップルだと思われてしまう。本名の「エンジェル」の方で呼ぶと更に痛い。


本名を呼ぶのは二人だけの時にしたい。



「あだ名じゃダメですか?」


「私の場合、あだ名だと『天使ちゃん』かなぁ」



それだと「ハンドソニック」とか出そうでちょっとまずい。「エンジェルズウィング」は既に動画でやってしまったけど。



「『エンちゃん』とかではダメですかねぇ?」



僕の前の席に横座りでこちらを向いた二見さんに聞いてみた。



「事と次第によってはアリなんですが、いくつか条件が付きますね」



二見さんが顔を近づけてきた。



「それはどのような?」


「それは、教室で乙女が口にするには(はばか)られるようなものになります」



何を条件にしようというのか、この彼女様は。



「おい、教室でイチャつかないでくれよ、バカップル」



貴行の言葉ではっとした。



「僕は、バカップルなのか!?」


「そこ!?」



自分だって、日葵と昼休みにイチャイチャしてるのに……僕は二見さんと……イチャイチャしているかも。ああ、バカップルだった。



「クラスの中ではどうなんですか?」


「クラスの子は『天使ちゃん』とか『エンジェルちゃん』とか呼んでくれているので、成り行きに任せています」



一番ヤバイ「エンジェルちゃん」が本名だから、どこに落ち着いても二見さんとしては、納得できるのだろう。



「流星くんの方はよかったんですか?アカウント使ってしまって」



動画配信を再開したことで、ちょっとした話題になってしまっていることを言っているのだろう。僕は何も説明していないのに、本当に頭がいい人だ。



「一応、姫香さんのところにお礼も兼ねて相談には行くつもりです」


「お礼も持って行きますよね?」


「『お供え』ですね」


「そろそろその呼び方変えてあげてください。いい加減 怒るかもしれませんよ伊万里先輩」


「そうですね」



認識を改めないといけないという事だろう。「仙人」とか「妖精」とかから、「面倒見のいい先輩」に。



■ 放課後 読書室


「はー、今日こそ読んでしまいたい本があったのに、何故あなたはこの狭い部屋にたくさんの人を連れてくるの?」



「お供え」改め「おみやげ」と共に、天乃さん、二見さん、貴行、日葵と共に読書室に来ている。



「すいません。色々と相談に乗ってもらったし、みんなお礼が言いたいって言って……」


「別にいいわよ。お礼が欲しくてやった訳じゃないし、特に何かしたわけでもないし」



姫香さんは控えめだ。人間ができてる。僕も見習わないといけないところだろう。



「でも、猪原くんの件、すっきりしたー!」



そう言ったのは、意外にも日葵だった。



「確かにな!ちょっとモヤモヤしてたよな。教室の空気が悪くなってたし」



貴行も不満だったらしい。



「でも、猪原くん謝ってきたんでしょ?よく先生とかの手を借りずに解決できたわね」


「たまたまだよ」



日葵と同じことを二見さんにも言われたっけ。本当に狙った訳じゃない。小さい時はよくケンカを吹っ掛けられていたので、あの程度ならば、まだまだ許容範囲内だっただけだ。


むしろ、僕は空気が悪くなって二見さんが気を遣って別れると言い始める方を恐れていた。だから、できるだけ猪原の作ったルールに則ってケンカ以外の方法で解決したかった。


ここには、姫香さんのアドバイスの「小さい時はケンカで、大きくなってきたら勉強で」というアドバイスが効いていると思う。



「そういえば、二人はどうするの?」


「どう、とは?」



姫香さんの質問の意図が分からなくて僕は聞き返した。



「もう、クラスの子たちも二人の交際をみとめたんでしょう?教室でラブラブしていても誰も文句言わないんじゃない?」


「まあ……」


「そうですね!そういう意味では、週末にまたデートしましょう!」



二見さんが急に元気になった。



「確かに最近色々あったし、ちょっと気分転換にゆっくりしたいですね。どこか行きたい所とかありますか?」


「そんなの一つしかないじゃないですか!」



「デートと言えば……」みたいな定番の場所があっただろうか。なにしろ僕は1回目のデートで上手くエスコートできず、途中立ちつくした男だ。二見さんが行きたい所があれば、そこに連れていってあげたい。



「流星くんの部屋です!」



目をキラキラさせた二見さんが顔をずいっと近づけて言った。



「まぁ…いいんですけど……」


「え?ちゃんといい下着を着けていきますよ?上も下も内も外も勝負服です」


「いやいやいや」



来る前から予告しちゃうんだ、それ。つい想像してしまった。



「私の部屋、(りゅう)くんの部屋の隣だから、あんまりすごい事しないでよ?」



天乃さんが若干引き気味に言った。



「あら?すごい事しかしませんよ?ご家族の方は2時間ほど買い物に出ていただければ幸いです」



二見さんが澄まし顔で返した。

2時間の間にどんなことをするつもりなのか、具体的に知りたい。


二見さんが僕の部屋に来るというのは、中々に魅力的でワクワクするイベントなのだけど、五十嵐家のあの部屋を「僕の部屋」と言っていいのだろうか。


元々空き部屋というか、荷物部屋になっていた。置いていた荷物などは他の部屋に移動させてくれたので、僕の物が中心に置いてあるとはいえ、パソコンと教科書くらいしかない。


ベッドこそ買ってもらったけれど、机などはなく、家で使っていなかったローテーブルを使わせてもらっている状態。


「僕の部屋」と言えば、元々の僕の家。定食屋の2階の狭い家が僕の家であり、そこにあるのが僕の部屋だ。ただ、現在ではガスも電気もネット回線も止めてしまったので、こちらに二見さんを呼ぶことはできない。



「可愛い系とセクシー系だとどっちがいいと思いますか?」と二見さんに聞かれて、僕が「可愛い系」だと答えていた時、姫香さんは天乃さんに質問していた。



「あなたはどうするの?」


「私ですか?2時間買い物……?」


「そうじゃなくて、好きなんでしょ?」


「なっ!」


「そろそろハッキリさせておいた方がいんじゃない?」


「ハッキリも何も姉弟(きょうだい)ですから!姉弟!」


「私は『好きなんでしょう?』って聞いただけで、あの子のことなんて一言も言ってないわよ?」



天乃さんの頭からプシュ―っと蒸気が噴き出していそうなほど顔を真っ赤になって下を向いていた。


僕はその頃、二見さんの質問攻めにたじたじしていた。

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