第34話:文化祭本番
僕は人がどんなことを考えているのか考えるのが好きだ。それは何故だろうか。その人の喜ぶことをしてあげたいからだろうか。
一方で、学校の勉強はまるで興味が持てない。学校で学んだ知識はどこで役に立つのだろうか。因数分解や基礎解析でお腹は膨れない。生活に役に立たない知識。だから僕は興味が持てないのかもしれない。
今回の文化祭では、学校で習ったこと以外が求められる。
動画編集、作詞、作曲、ダンス、歌、電気、機械……僕が何かをやったとしても、授業で習ったことじゃない。うまくいったとしても、それはそれでいいのだろうか。
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「流星!なに、ぼーっとしてんだよ」
体育館での僕らの出番の10分前だ。ステージ前の暗がりで待機中の僕ら男子約20名。
現在はまだ前のグループが演奏している。ギター兼ボーカルとベースとドラム。足りない音はコンピュータで補っているのかもしれない。彼らは楽しそうに演奏していた。
「俺たちは、出番になったら5分以内にプロジェクタ設置して、パソコンと連動させて映像を映さないといけないんだろ!」
みんなと何度も打ち合わせしたこと。貴行も全ての工程が頭に入ってる。
「うるさいぞ、本村。そんなことは分かっている。高幡くんが遅くなったとしても、俺が何とかするから大丈夫だ!」
猪原は何故か僕を「高幡くん」と呼ぶようになった。殴り合いのけんかまでした相手なので、なんだかこそばゆい感じは否めない。
「僕たちの時間になったら、イチニンショウと二見さんがステージで時間をつないでくれるから」
「はい、高幡くん」
猪原の180度変わった態度にはまだ慣れないなぁ。
「お前、変わりすぎだろ猪原」
「うるさいな。高幡くんに迷惑かけるなよ」
「それはお前だろ」
貴行とはまだあまり仲良くないみたいだ。でも、仲が悪い訳じゃない。これはこれでいいのかもしれない。
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『続きまして、プログラムナンバー6番の2年3組のダンスです』
司会が僕らの番を案内した。ステージにはスポットライトが当てられ、中央にイチニンショウの三人と二見さんが立った。
二見さんは、学校内で「3スターズ」と称されている三人の美少女の一人。それだけで体育館内は湧いていた。
彼女は普段目立ったことをしない。だから、こんなステージに立つことはなかったのだ。それが今日は、ステージの前に立ち、スポットライトを浴びている。
『2年3組はダンスをします。総勢30名のダンスですが、少々仕掛けがありまして、こちらのQRコードにアクセスして動画配信にアクセスしてください。手元のスマホからも音がでますので、ボリュームを上げてください』
「ボリュームを下げて」とか、「音を消して」とかはよく話はあるだろうけど、「ボリュームを上げてください」は中々ない。面白がって一部の生徒がアクセスを始めた。
そう、僕たちが準備したスピーカーとしてのスマホの他に、観客のスマホも拝借しようという考えだ。高々20台かそこらのスマホがボリュームを大きくしようが、バンブースピーカーを使おうが、限度がある。
ところが、体育館にきている約300人の生徒の1割が参加してくれただけで、30台確保だ。僕たちが準備した20台を含めると50台となる。しかも、後から人が増えたりしても、壁にQRコードを貼っている。その数はさらに増えるだろう。
『あ、あ、あー。私の声、あなたのスマホから出ていますか?』
二見さんだ。3スターズの二見さんの声が、自分のスマホから聞こえるとなると、更に配信受信者が増えた。「スピーカー問題」は解決したと言っていいだろう。
「流星!プロジェクタOKだ!」
「サンキュ、貴行」
プロジェクタのセッティングもOK。電工ドラムは体育館の10系統ある電源系を全て引いてきて分散してコンセントをつないでいるので、多くても1000W。5分や10分の稼働ではブレーカーは落ちない。万が一落ちても、全部一気に行くわけじゃないから誤魔化しが利く。
PCとの接続も問題ない。テスト動画の配信もスタートした。目の前に動画、自分たちのスマホから音が出ると分かると、何をやりたいのか理解した生徒たちが、更にスマホの配信にアクセスしてくれていた。
もちろん、体育館のスピーカーも使っている。ハウリング防止のためボリューム抑え目だけど。
ステージ上では、イチニンショウの三人が準備体操がてら簡単なダンスを始めている。
ここで、僕が作った「メイキング動画」のスタートだ。
『文化祭なにやる?』
先日、クラスメイトたちに見せたメイキング動画が流れ始めた。
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僕の思惑通り、メイキング動画を見ている間に生徒たちは動画に魅入られている。そして、ダンススタートまでのカウントダウンも表示させている。
人間単に「待て」と言われるより「30秒待て」と言われた方がストレスなく待て
る。会場から観客を逃がさないための秘策だ。カウントダウンにより期待感を持たせる効果もある。
この間に、SNSを使って、校舎の中にいる生徒たちにも情報が広まってきているようだ。さらに体育館の人数が増えていく。
ここまでくれば、どれだけ人が増えても「スピーカー問題」は解決済みだ。
そして、メイキング動画のBGMは、ダンスでも使われる「ジュエルを待っている」。既に肩でリズムをとって音楽にノっている生徒もいる。最新の知らない曲でトライするより、誰もが既に知っている曲の方が盛り上がるのだ。
ここで、ダンス動画スタート!
ただ、1分前から一旦イチニンショウの三人もステージ上から消えていた。ステージの壁にでかでかと映し出された動画の中では、イチニンショウの三人がダンスをしている。
次の瞬間、画面から飛び出る演出。音と光でステージに飛び出たようにエフェクトをかけた。
ステージ上では暗幕を取り去ったイチニンショウの三人が立っている。そして、彼女たちは自分の両手を見ながらキョロキョロ。あたかも何故自分たちが画面から飛び出したのか分からないような仕草。
そして、音楽と共にステージ上でダンスが始まった。会場では大きな歓声が上がった。
ヒップホップは今や授業でもあるけれど、授業だけでここまでは踊れるようにならない。彼女たちもまた授業以外のスキルでここに立ち、スポットライトを浴びている。
曲は多くが知っている曲だけど、画面下に歌詞がデカデカと出ているので一緒に歌うことができるようになっていた。実際会場は大盛り上がりだ。
そして、約30秒ごとに光と音で新しいダンサーが会場に飛び出た。中央のイチニンショウの三人はダンスを続け、その右、左と新しいダンサーが画面から飛び出ると、その度に会場からは大きな歓声が上がった。今や会場は、この不思議なパフォーマンスをもっと見たい欲求に駆られていた。
僕たちとしては、30秒しかスタミナが持たないダンサーを大量に抱えていたので、30秒ごとに新しいダンサーが出現するタイミングで逆サイドのダンサーが暗幕を被ってステージから消えた。
ここまでは僕たちの狙った通り。いや、狙った以上かもしれない。ダンスの仕上がりは上々だった。30秒に絞った効果はあったと言える。イチニンショウの三人のダンス指導もみんなの頑張りも確実に実を結んでる。
動画は4分30秒を経過して、最後二見さんを含むグループが画面から飛び出した。ここまでに この演出を既に10回見ている観客たちだ。1回目のような効果はなくなってきている。
最後もうひと盛り上がりさせるために、ここからは歌詞が変わっていた。
サビの部分の「ジュエルを待っている」は「エンジェルを待っている」に変えられていた。
画面上には小さい子供の天使が複数舞って生徒たちのダンスを盛り上げていた。
最後の決めのシーン。二見さんがステージ中央に立ち、両手を上げて、それ以外の人が左右に分かれ両手で彼女を称える場面で、僕の「企み」がさく裂した。
画面にも二見さんが映しだされ、あたかもライブで大画面に映し出されているようになり、次の瞬間彼女の背中から真っ白な大きな羽根が生えバサバサと羽ばたき始めたのだ。
歌詞も「エンジェルを待っている、エンジェルを待っている、エンジェルを待っている」に代わっている。
会場の盛り上がりは最高潮で、みんなが二見さんを見ながら「エンジェル」と歌っていた。
画面上のエンジェルが飛び立った時、二見さんは暗幕を被ってステージ上から消えた。これでステージ上の全てのダンサーがいつの間にか画面に戻っていき、動画の終了と共にステージ上には誰もいなくなったことになる。
最後、画面がゆっくりと暗転して終了。
同時に音楽が止まると一拍置いて会場からは物凄い歓声が上がった。
『アンコール!アンコール!アンコール!アンコール!アンコール!』
すまん、僕たちにはアンコールのネタが無いんだよ。そして、早いとこステージを片付けて、次のグループに渡さないといけないのだ。
ステージの脇の控室では、クラスのみんながハイタッチしたり、抱き合って喜んでいた。中には涙ぐむ女子もいた。
「うわー!私いま、ちょー感動してる!」
「やったー!やりきったー!成功!成功!大成功!」
「頑張った甲斐があった。嬉しい!」
「やればできるんだね!こんなに頑張ったの初めてかも!?」
肩を叩きあったり、みんな興奮が冷めない。イチニンショウの三人は5分間ダンスを踊り続けて一番大変だったはずなのに三人で円陣を組むようにして喜び合っていた。
喜びの涙は見ているだけで、こちらの心にも刺さる。
そんな中、僕はこのパフォーマンスの主役を見つけた。
「りゅーせーくーん!」
二見さんが僕を見ると抱き着いてきて泣いていた。僕もしっかりと彼女を受け止めた。みんな興奮していて、どうせ見ていないんだ。
「みんなが、私のこと『エンジェル』って呼んで……」
感極まったみたいだ。
単に嬉しかっただけじゃない。彼女には名前について、長年のトラウマがあった。名前でいじめられた過去があるので、自分の本名を隠して今の生活をし続けているのだ。
300人、いや、途中から人数が増えていたからもっと多くの生徒たちから名前を呼ばれて讃えられていた。
「世界せんぱーい!」
二人の時か、心が許せる仲間内の時しか出ないこの呼び方まで出た。僕と二見さんは抱き合って、そして、初めてのキスを交わした。
僕たちのステージは予想以上の大成功を収め終了した。




