第28話:学年一位の効果と期待
僕が定期考査で学年一位を取った効果は、僕が思った以上に大きかった。これまで僕が目立たないようにしてきたので、良くも悪くも色がついていなかったのも働いている気がする。
今までの評価が「高幡、あんましゃべんないやつ」だったとしたら、今は「高幡、あんましゃべんないのに、実はすげえヤツ」みたいになっている。
「何か分かんないヤツが二見さんの周りをちょろちょろしている」も「自分は成績学年一位取った上に、二見さんにも学年二位取らせるすげえヤツ」になってしまっている。
ここに関しては、作戦は姫香さんだし、過去問作戦や「カンニング勉強法」の考案も姫香さん。教えてくれたのは、姫香さんと天乃さんで、基本僕は何もやってない。
「あんま笑ったりしないクールビューティー二見さん」も「高幡を見る時は笑ってるし目の奥にハートが見える二見さん」になっている。
「高幡と付き合い始めてから二見さんの成績が上がった」とか「よく笑うようになって更に可愛くなった」とか、もはや怪しい石のペンダントみたいな効果を言いだす人もいる。
そのせいか、男女問わず教室でめちゃくちゃ挨拶されるようになったし、話しかけられるようになった。これに関しては、嫌じゃないけど、あまり目立ちたくないと思っていた。
昼休み、貴行や日葵、天乃さん、二見さんと5人で昼食を取るのが常になって、僕の両脇に3スターズの2人が挟むように座っていることと、なんだかイチャついていることから「二股疑惑」が浮上したけど、コミュニケーションお化けの日葵がクラスの女子を中心に「全然そんなんじゃないよ?」とケロッと言ったことで落ち着いた。
「理由は知ってるけど、五十嵐さんと仲良くなったら教えてくれると思うよ」という本人からしか理由は聞けないと分かり、誰も詮索しなくなった。
物語なら「めでたし、めでたし。お爺さんとお婆さんは幸せに暮らしましたとさ」と締めくくるところだろう。
だが、現実はそんなに甘くない。幸せになったのならば、それなりのめんどくささが起きていた。「高幡すげえヤツ」と思っているやつらが色々な期待をしてくる。
■LHR
その最たるものが、文化祭でやるようになった「ダンス」だ。
ダンスができるヤツらも曲が作れるわけではないし、振り付けができる訳でもない。そのくせ、目標だけは高くて、「ダンス動画をアップロードして100万回再生されるようにしたい」と言っていた。
僕は以前、ゲーム実況をしていたり、動画を作ってアップロードしていたので、100万回再生がどれくらい大変なことか知っている。普通に動画をアップしても、再生数4回とか、12回とか、だいたい普通そんなものだ。
動画の質も然る事乍ら、動画数を増やし、登録者数を増やし、再生回数を積み上げていく必要がある。その上で、バズった動画が出た時に再生数が一気に伸びるのだ。1本の動画をアップして再生数100万回など夢のまた夢。
予め人気のある芸能人が動画の世界に参入してきましたと、テレビやラジオで騒ぎ立ててやっとの数字。このことを理解している人間はこのクラスにはいないようだった。
「じゃあ、今日のHRの議題な。『曲と振付をなににするか』だ。今回で4回目なんでそろそろ決めたいところだな」
学級委員が黒板にチョークで書いていく。いや、さっさと決めてダンスの練習に入らないと、練習の時間がなくなるぞ。
ホームルームの時は、話が進みやすいようにと、みんな好きな席についている。
「まず、曲だけど、J-POPの曲を使いたいけど、動画配信を考えると著作権の問題がクリアできない。この問題をクリアするためには、動画配信を諦めるか、J-POPを諦めて有志で作曲するかになる」
作曲を何だと思っているのか。そんないい曲を1日か2日かで作るのはプロでも無理だ。しかも、それを学校のみんなに事前に知っていてもらわないとノリが悪くなる。その時初めて聞いた曲で人を惹きつけることができるのは、プロが作った曲だからだ。それだけノウハウが積み重なっている。だからプロなのだ。
「流星、なんかアイデアあるか?」
左横に座っていた貴行が聞いてきた。うーん…ないことはないんだけど……
「流星くんどうにかならないんですか?」
右横に座った二見さんにお願いされてしまった。可愛い彼女にお願いされたら、やるしかない!
「はい」
発言したいので、とりあえず手を挙げた。「はい、高幡くん」と学級委員が指名した。僕は立ち上がり、教室の前に出て壇上に上がる。誰にも言ってないし、準備も練習もしていない。完全にぶっつけ本番。
僕の謎行動に教室が静かになった。これも「高幡なら何とかするかも」という期待感ができること。そうでなければ、余計にザワザワとして教室は収集が付かなくなっていただろう。
僕は、教室の前の棚に置いてある黒板用のプロジェクタを教卓の上にセットした。先生たちはほとんど使わないので、たぶん誰も知らないのだろうけど、このプロジェクターは意外にいいヤツで、スマホから動画を飛ばすことができる仕様だ。
プロジェクターを準備している間に、完全に教室は静かになった。
僕は、ネット動画で比較的再生回数が多いある動画を再生した。
曲名は『ジュエルを待ってる』スマホゲームでログインボーナスを貯めたいという歌詞で、それ自体は大したことない曲。ただ、曲のノリが良くてやたらバズったことがある曲。
「あ、これ知ってる!ちょっと前にすごく流行った曲!」
「うわ!懷いわ!毎日聞いてた~」
「ノリもいいし、ダンスに向ているかも」
概ね好調だ。数年前ちょっとだけネット上で流行った曲。最新じゃないだけに逆に今やクラスのほとんどが知っている曲だった。
動画配信では、複数曲を発表している人を「P」もしくは「プロデューサー」と呼んでいる。その多くが自分で作詞作曲して、ボーカロイドに歌わせるなどして1曲に仕上げるのだ。マイナーでヒットしてメジャーデビューする人もいる。
ここでピタリと曲を止めた。教室も静かになったが、みんな笑顔になっている。
「この曲ならネットでそのまま使えるだろうし、作曲家からも使用許可が取れた。この曲を使うのはどうだろう?」
「まじ!?もう、決定じゃね!?」
「俺が提案しようと思っていた曲の一曲!」
「確か有名Pだよね?よく許可とれたな!さすが高幡」
「これならイケる」と誰もが思ったようだ。クラスの半数以上がイケると思ったらあとは任せていても大丈夫だ。誰かがこの曲に決定する理由を色々考えて話を進めてくれる。
「じゃあ、決を取ります。『ジュエルを待ってる』でいいと思う人ー」
「1、2、3……」
学級委員が人数を数えていく。
「はーい、賛成が過半数なので決定しまーす」
「「「おしゃー!」」」
決まって喜んでいる人もいた。決まらないからイライラしていた人もいたから、「決まった」という事実が大切だった部分もある。
みんな待っていたのは「賛成できる何か」だった。綿あめで言えば「割りばし」の部分。核になるものが無いと、綿あめは作られてもバラバラで纏まりのないものになってしまう。
「じゃー、次は振り付けだけど……高幡くん何か案ある?」
学級委員も 、もうめんどくさくなっているみたいだ。何か建設的な意見を出せるやつを求めている。
先ほどのプロジェクタを使って黒板にいくつか「踊ってみた」系の動画を流してみた。みんなの目はキラキラしている。概ねいい反応じゃないかな。
「これらは1人の振付師が振付したんだけど、その人に頼める予定。どうかな?」
「どうかな、も何も決定だろ!良いぜこれ!」
「いつ?いつ出来上がる?」
「すぐ頼む!」
もはや、決を取るまでも無かったららしいけど、一応 学級委員長が決を取って、この振付師に決定した。「振り付け」にも著作権があるので、実は勝手に真似して発表することはできない。
ひとまず、ちゃんと話を通すことができそうなので、後でアップしたいと言われても対応できるはずだ。
■ 翌日
こういうのは結果が早く分かった方がいい。「進捗」があると思えば人間安心するものだ。
曲の使用権はOKだけど、振り付けは振付師に頼まないといけないので、時間がかかると思っていた。ところが、曲自体が少し前のものだったので、『ジュエルを待ってる』用に以前作った振付があるという事だった。公開している動画のURLを教えてもらった。
その動画をクラスのダンス自慢の3人の女子に渡したら、3週間だとギリギリ間に合うか、とのことだった。ダンス自慢で3週間がギリギリなら、他はまず間に合わないだろう。
ここで僕は気づいた。現状ではクラス全員ではダンスを披露するレベルまでには到達できない、と。
僕が何とか出来ればいいのだけれど、素人がそこそこ見れるように踊れるようになるまでの期間が分からない。現状、不足しているものとしてダンスを監修するアドバイザー的な人が必要で、全体スケジュールを組む人が必要だった。あと、曲を歌う人。
そして、残された期間は約3週間という絶望してきな時間の短さ。ちょっと調べたら素人が、そこそこ見れるようになるまでの練習時間は約1年かかるとかネットで見たし……
「僕から提案があるんだけど……」
学級委員がちょいと手を挙げて発言した。何か抜本的解決策を持っているらしい。できるヤツだった。一瞬、僕がそう感じ、安心した次の彼の発言だった。
「高幡くんが詳しいみたいだから、総監督としてダンスを仕切ってもらうっていうのはどうだろう?」
「「「さんせー」」」
一瞬 目の前が真っ暗になった。ダメだ、僕は弱点の一つとして誰かと協力して何かをすることができないことがある。いいとこ2~3人なら何とかなっても、ゲームでも大規模パーティでは上でも下でも役に立たない。人と協力ができない人間なんだ。
丸投げされたら全部自分でやってしまう。それだと学園祭にならない。しかも、ぐだぐだクオリティは許せない。動画を作っていた関係なのか、性格なのか、いい加減なものは世に出したくない。
……終わった。僕は余計なことに首を突っ込んで行き止まりばかりの迷路に入ったことを実感したのだった。
 




