第26話:人生はいつも思い通りにはならない
「塞翁が馬」中国の諺だっただろうか。全ては思い通りにならない、という事。昔の人も思っていたってことだろう。
僕はいつも思う。人生は思い通りにはならない、と。小さい時に家が火事になったことがあった。それまで普通に続くと思っていた日常がガラリと変わった忘れられない体験だった。
希望していた高校に何とか入れたと思ったら、母さんが亡くなった。ずっと続くと思っていた平和な生活は終わった。
人の予想とはいつでも外れるもの。
今回、僕は何度も何度も猪原にテストで勝つ未来を想像した。
緊張して成績上位者の張り出しを見に行く想像。
廊下に貼り出される順位表を見て、僕の方が上位にある想像。
「やったー」と叫んだら横に二見さんがいて一緒に喜んでくれる想像。
一方、猪原は負けてその場に打ち崩れる想像。
土日も含めて何度も何度も想像した。昨日なんて夢にまで見てしまったほどだ。
そして、いま僕は嫌な予感に包まれている。何か予想と違うことが起きる予感。何だろう。人生って悪い予感は当たる気がする。
月曜日、いつも通り二見さんと合流して登校し教室に着いた。結果が分かるのは昼休み。
昼休みになったら一番に成績一覧を見てやろうと思っている。二見さんも僕も表情が硬かった。緊張しているのかもしれない。
僕たちの重たい気持ちと裏腹に、担任がへらへらしながら教室に入ってきた。先生は全然関係ないのに、イラっとするから不思議だ。人の本質の部分なのかもしれない。逆の立場の時は気を付けなければ……
「じゃあ、ホームルーム始めるぞー。みんな席着けー」
関係ないのだけど、能天気なのもムカつくな。
「高幡ー!お前今回頑張ったな!学年一位だってよ!俺も教頭に褒められて鼻が高かったわ!」
は!?
「どうした?テストだよ、テスト。頑張ったな!」
(ガタン)後ろの方で誰かが立ち上がった。
「どうした、二見。あ、お前は二番だ。お前も頑張ったな。今回うちのクラス平均点が上がってんだよ!」
なんてことだ。昼休みまで分からないと思っていた順位がいきなり分かってしまった。しかも、学年一位だと!?
「そんな……そんな……」
後ろの方から聞こえるのは猪原の声。
「あ、猪原、お前はホームルーム終わった後、ちょっと職員室来い。最後の英語の時お前、名前書き忘れたらしいじゃないか。川村先生のとこ行ってこい。このままじゃ英語0点だぞ」
「あ…あ…あ…そんな……」
HRが終わり担任が去った後、猪原は職員室に行かず、僕の席にやってきた。
「きさまー!どんな卑怯な手を使ったんだー!!」
猪原が座っていた僕の胸倉を掴んで引っ張り上げる。クラス中が大注目だ。
「頑張っただけだよ。一生懸命ね」
「ちょっと頑張ったくらいで成績中の下のやつが学年一位なんて取れる訳あるかーーー!」
酷いことを言われている。まぁ、過去問の存在を知らなかったら、僕もそう思っていただろうな。
「ちょっと!やめてください!」
二見さんが慌てて駆け寄る。
「二見さん、こんな卑怯者を庇うんですか!?」
「流星くんとは毎日勉強していました。だから私もいい結果になったんです。卑怯なのは、猪原くんです。勝手に勝負を持ちかけて負けたら逆上して流星くんを恫喝して」
「いや、だって、それは、こいつが……」
後ずさる猪原。後ろには坂中と向田も控えている。
「私は自分で告白して流星くんと付き合うようになりました!勝手に変に誤解して邪魔しないでください!」
そう言うと、二見さんが僕の腕に抱き着いてきた。
「俺もずっと見てたけど、二見さんと流星は本当に仲が良いぜ」
「私も知ってる!二人はラブラブ」
ずいっと、貴行が出てきた。日葵も援護射撃してくれた。
「散々迷惑かけて、挙句の果てにテストで負けて、それで逆上して、最低じゃないか!流星に謝ったらどうだ!?」
「そ、そんなっ!俺が!?この俺が!?お、俺は……俺は!」
それだけ言い残すと猪原は走り去っていった。その後教室には戻ってこなかった。
色々な間違っている噂や憶測が飛び交っていた教室内は、一見静かだけど、グルチャが大荒れに荒れていたらしい。
『誰だ高幡が二見さんの弱みに付け込んでるとか言ったやつ!』
『二見さんめちゃくちゃ高幡に惚れてんじゃんか!あの顔見たかよ!可愛すぎて俺の方が惚れたわ!』
『高幡悪いやつという考えとは何だったのか……』
『学年一位と二位とかハイスペックカップルかよ』
『今回、物理超むずかったのに、高幡100点だったらしいよ!』
昼休みに、成績上位者の張り出しを確認して、一位と二位が僕と二見さんだという事を確認した後、教室に戻って来た時、貴行がスマホの画面を見せてくれた。
「頑張った甲斐があったな、流星」
「ありがと。まさか一番になると思ってなかった」
「流星くん、ゲームのイベントを落としてまで勉強してましたから」
いつもの様に机を4つ並べて昼食を食べる僕たち。
僕はいつも思う。人生は思い通りにはならない、と。
母さんは亡くなったけど、五十嵐家と出会えた。天乃さんという姉もできた。二見さんという可愛い彼女もできた。予想外なことばかりが起きるけれど、それは全てが悪いことばかりじゃない。良いことだって起きていたんだ。良い方に予想が外れることもあるのだと僕は実感した。
その後の話で、猪原はあの後職員室に行かなかったらしい。だから、名前を書き忘れた英語は0点。それが無くてもテストで負けてはいなかっただろうけど、1教科丸々0点なので、上位10位にも入っていなかった。
クラスの二大勢力の一翼だった彼ではあるけれど、モブの僕に負けた上に、もう一つの勢力である貴行にコテンパンに言われて、逃げ出したのだ。しばらくは静かになることは間違いないだろう。
そして、二見さんに言い寄ることも控えてくれるだろう。クラスメイト達の空気がそうさせているからだ。
(ガラッ)「おじゃましまーす」
すっかりこちらの教室に来るのが定着した天乃さん。表情は少し暗い。
「どうしたの?天乃さん」
「ちゃっかり一番取ってやろうと思ってたのに、私三番だった」
どうも、成績の話みたいだ。わざと負けてくれたのかと思ったけど、どうやら全力でやってくれたらしい。
「五十嵐さん、三位でもすげーって」
貴行がフォローした。まあ、僕たちがどれだけ勉強したか、貴行と日葵は知らないからね。天乃さんは教える方として参加したのに負けて悔しかったのかもしれない。
『最近、五十嵐さん昼休みこっちの教室よく来てない!?』
『よく来てるっていうか、来過ぎじゃない!?』
『本村くん狙いと思っていたけど、いつも高幡くんの隣じゃない?』
『なに、あそこ三角関係!?』
『3スターズの2人の二股!?高幡ナニモノ!?』
「なあ、流星、クラスのSNSがまた荒れ始めたぞ?」
スマホの画面を見せてくれた貴行。ちょっとニヤニヤしている。完全に楽しんでいる。
「もう、グルチャはいいよ!」
こうして、僕はなんとか二見さんを守った上に、クラス中に僕たちが付き合っているという事を認めさせることに成功したのだった。




