第25話:失われたアドバンテージ
「その後どうなの?」
読書部で姫香さんが聞いた。
いよいよ明日にテストを控えている。別に約束した気はないけど、クラスでは僕と猪原がテストで点数勝負をすることになっている。そして、勝った方が二見さんと付き合うという話になってしまっている。
「ちょっとぉ、大丈夫なの?流くん!」
読書室にはいつものメンバーがそろっていて、天乃さんが聞いた。大丈夫かと聞かれても、やることはやってる。
「まあ、私も約束したわけじゃないですし……」
いかん。二見さんが不安そうだ。
「頑張って良い点取りますから」
「はい、応援しています」
いい彼女だ。実際、僕には勿体無いくらいのいい彼女。
「猪原誠司、前回のテストは800点中645点ね」
長机の上に置かれたノートパソコンをパチパチしながら姫香さんが言った。そのPCどこから持ってきたのか……
「なんでそんなこと姫香さんが知ってるんですか?」
「職員室のサーバーにアクセスしたら成績が見れたのよ」
「ハッキングですか?」
「なにもクラッキングなんてしてないわ。LAN経由だとアクセスできるみたいね」
要するに建物内のLANに入れれば、誰でも重要な情報が見れてしまうという事か。学校のセキュリティはガバガバだな。
「高校教師にネットの知識なんて皆無よ。そんなことになってるなんて誰も思ってすらないかもね」
酷い。それでもLANにアクセスするためにIDやパスワードが必要なのでは……いや、姫香さんは「クラッキングしてない」と言った。クラッキングは情報を盗み取るような場合のこと。この場合は、IDもパスワードもなく、普通にアクセスできているのかもしれない。いよいよダメだなこの学校。
「いっそのこと、明日のテストの問題見れないんですか?」
「不正はだめよ」
天乃さんの提案に、姫香さんが答えた。理想を求める正義の人としては珍しい発言だった。それくらい形振り構っていられないと思ってくれているのだろう。
「今回も同じくらいとしても平均80点は取る必要があるわね」
過去問があるけれど、平均80点はかなりのもんだ。気は許せなさそうだった。
「相手も今回力を入れて勉強してくるでしょうね」
「二見さん……」
「流星くん……」
思わず見つめ合ってしまった。
「いよいよの時は私が殴り込みに行くわ!」
なぜそこで天乃さんが奮起する!?
「泣いても笑っても今日までです。復習を繰り返しましょう。テスト期間中は午前中で帰れるので、午後はひたすら復習に当てます」
■ テスト初日
朝のHRが終わったタイミングで猪原が取り巻きと共にニヤニヤして近づいてきた。先生が来て問題を配ったらテスト開始というタイミングで。
「勉強は進んだか?」
「まあね」
ぶっきらぼうに答えてしまう。まあ、そうなるよね。僕もまだまだだ。
「お前は俺に勝てないんだよ!なんせ俺は過去問を持ってるからな!」
「なっ!」
やられた!猪原も過去問を持っていたんだ。誰が読書部にしか過去問が無いって言った!?1つ上の学年の3年生なら去年の問題を持っていてもおかしくない。姫香さんがそうであるように。その可能性を考えていなかった!
「良いことを教えてやろう。毎年過去問から8割くらいは同じ問題が出てるんだよ。つまり、俺は80点以上は固いという事!お前に取れるかな!?平均80点以上が!」
「ぐっ……」
痛いところを突かれた。高笑いしながら席に戻っていく猪原と取り巻き。横にいる貴行も心配そうな顔をしている。ここで僕が不安な顔をしたら二見さんにも心配をかける。何でもないふりに努めた。
1教科目のテストはすぐに始まった。動揺すれば猪原の思う壺。冷静にテストを受けていこう。
テスト用紙が配られ、先生の号令で用紙を表にして問題を見た。
確かに見たことある問題ばかりだ。冷静になって解答を書き込んでいく。解答は姫香さんが作ってくれたものがバッチリ頭に入っている。1問、また1問と記入していった。
姫香さんの特訓のお陰だろうか。60分とってあるテストの時間だけど、15分で全ての記入が終わった。確かに初見だと60分でも足りないかもしれないけど、僕は子の問題を何度も何度も繰り返し解いてきた。
問題を見た瞬間に答えを思い出し、記入することができる。ただ、痛いのは猪原も過去問を持っているという事。何一つ気が抜けない状態だった。
1教科目のテストが終わるころにはどっと疲れが出た。椅子の背もたれに体重を預けて伸びをした。
「ぐーーーーっ」
両手を伸ばして、伸びをしているとまた猪原たちがやってきた。
「見ろよ!過去問と8割は同じ問題だったぞ!」
ご丁寧に過去問を持ってきて僕に見せびらかしていく。確かに紙の色が少し茶色になっていて、古い問題用紙みたいだ。
「高幡、いつも50~60点しか取れないらしいな!どうやら俺の勝ちは決まったんじゃね!?」
「……」
こちらにも過去問はあっても、全然有利な点はない。なにも言い返す材料がなかった。
この日は1日に2教科のテストがあった。2限目は自習で、3限目に2教科目。自習時間中、二見さんが近づいてきて聞いた。
「大丈夫ですか?」
「うん」
猪原も過去問を持っていたことは、二見さんには言わないでいいだろう。無駄に心配させるだけだ。
「2教科目も頑張りましょう!」
「うん」
1週間……5日間で8教科のテストがある。1日に1教科か2教科ずつのテストということ。初日は2教科ある。
過去問から8割出るとして、2割は新しい問題だったり、少しだけ変わっている問題だったりする。猪原も僕も過去問をやりこんでいるとしたら、この2割の方が勝負を分ける可能性が高い。
僕は既に頭に入っている8割をできるだけ早く記入して、残りの時間を使って2割の新しい問題に取り組む作戦にしていた。とにかくベストを尽くすしかないのだ。
***
放課後は、読書部に行って、いつもの様に約2時間勉強し、その後家に帰ってからも勉強した。
徹夜してでも勉強しようと思ったけれど、実行する前に姫香さんに止められてしまった。
「あなたのことだから徹夜してでも頭に詰め込もうとするでしょ?やめておきなさい」
「でも……」
「寝ぼけ眼で取れる問題を落とすよりは、8割に集中しなさい」
姫香さんは僕の性格も良く知っている。彼女のいう事を守ることにした。いつもの様に寝て、いつもの様に食べる。そして、いつもの様に問題を解く。
これ以上が無いというもどかしい状態だったけど、「いつもの生活」を続け、2日目、3日目とテストを受けていった。
■ テスト最終日
テスト最終日は、最後の答案用紙が回収された後、猪原たちが僕の席にやってきた。
「どうだった!?俺は自己採点で平均90点以上行ってたぞ!自己最高点だ!!どうだ参ったか!」
確かに平均90点以上ならば、90点×8教科=720点以上。これなら学年10位に入っている高得点となる。通常の僕は上位100位に入れないので、余裕で勝っていることになる。
いつもテストが終わった翌週の月曜日には職員室横の廊下に成績上位者が貼り出されている。これを見に行くのが一番早い結果を知る方法だった。
緊張のまま週末を迎えることになる。これは精神的にしんどそうだ。テストにこんなに気を使ったのは初めてだった。
***
一応、テスト最終日も読書部に集まった。クラスのみんなはカラオケに行ったり、遊びに行ったらしい。僕たちはとてもそんな気になれず、暗い感じになってしまった。いつもの様に長机にパイプ椅子の読書部。
集まったのは姫香先輩、天乃さん、二見さん、僕の四人。僕以外は学校で人気の女子「3スターズ」だから、考えてみれば僕はもっとウキウキしていていいはずなのだ。ところが、気持ちは重い。
「……実は、猪原たちも過去問を持っていた」
「「えー!」」
天乃さんと二見さんは驚いていた。当然だろう。絶対的に有利だと思っていたこちら側のアドバンテージが無くなったのだから。
「ど、どうしましょう!?とりあえず、今のうちにキスとかしておきますか!?」
二見さんが訳の分からないことを言い始めた。この人もいつも面白い。
「私が一声かけたら地元も若いもんが100人や200人はねぇ……」
天乃さん、あんた何者だ。少し妄想が入っているのかもしれない。
「テストの出来栄えはどうだったの」
姫香さんが抑揚のないいつもの調子で聞いた。
「やるだけのことはやった。少なくとも過去問と同じ部分は書けたと思う」
「そ」
冷静だ。僕が持ってきた「お供え」の苺大福に手を付け始めた。もうテストのことに興味がなくなったのだろうか。
そして、僕たちは月曜日思わぬ形で結果を知ることになる。




