第20話:仙人または幼女に会いに行く
教室で四人で弁当を食べ始めようとしていた時、教室の前のドアから頭だけ出して中を覗く人物がいた。天乃さんだ。
「あ、五十嵐さーん!こっちこっち」
でかい声で呼び入れる日葵。もう、彼女は無敵ではないだろうか。その声を免罪符におずおずと教室に入ってくる天乃さん。手には弁当の包みを持っている。まさか……
「あれ?お弁当?一緒食べる?」
「あ、うん。そのつもりで……」
「わーい!五十嵐さんと一緒だ。きてきて♪」
話を勝手に進めていく日葵。コミュ力が高すぎる。僕らは何も一言も言っていない。
天乃さんは近くの椅子を動かして、僕の席の右サイドに弁当箱を置いた。ここ!?ここで食べるの!?3スターズに挟まれてお昼食べてたら僕絶対ヒソヒソされる。
でも、相変わらず教室にそれらしいそぶりはない。ちょっとチラチラ見られている程度?
「……あんまり騒がれないもんだね」
僕が安堵を口にした。
「え?高幡くん、もしかして知らないの?」
「え?なにを?」
「先週からグルチャは大盛り上がりだよ!」
日葵がスマホの画面を見せてくれた。なんか大量のメッセージが飛び交っていることだけは分かった。内容を読むメンタルはなかった。
「え?流星知らなかったの?俺、言わない方がいいのかと思って」
「なになに?」
天乃さんが興味津々で貴行のスマホを見せてもらっていた。
「あちゃー、大炎上してるわね」
「まじ!?」
観念して僕も画面を見せてもらう。確かに……「二見さんと高幡付き合ってんの!?」に始まり、「釣り合わない」とか「孤高とモブとか振り幅がひどい」とか主に僕に対する批判だった。僕はグループに招かれていないので、知らなかった。そのグループの存在すら知らなかったので、知りたくなかったくらいだよ。
「流星くん……ごめんなさい」
「二見さんが悪いわけじゃないですから。それに概ね本当だし」
二見さんに暗い顔を指せてしまっているのは不本意だ。何とかしたいと思うけど、こればっかりは……直接言ってこない分ちょっと質が悪い。ただ、いずれ何とかしないといけないと思っていたことでもある。僕は、放課後あそこに行くことにした。
***
放課後、カバンを持って帰る準備をした後、僕が向かったのは読書部の部室。そう、あの仙人(もしくは、妖精)に相談に行くことにしたのだ。
「世界せーんぱいっ♪どこ行くんスか?浮気ですか?そうですか」
その「えんじょう」の煽り口調をやめていただきたい。可愛い顔と可愛い声の二見さんとのギャップが凄い。逆にギャップ萌えの扉が開きそうだ。
「今日のことでちょっと相談に行こうかと思って……」
「職員室ですか?」
「いえ、読書部に」
「?」
首を15度ほど傾げたその仕草がまた可愛い。
それは良いのだけれど、昼食の時間は二見さんが責任を感じたみたいで食欲がないみたいだった。この可愛い彼女に悲しい顔をさせてはいけないのだ。
ちなみに、今日は天乃さんにも挟まれて弁当を食べていた僕は、二股疑惑で益々炎上していたみたいだから天乃さんも共犯だ。
「一緒に行ってもいいですか?」
恐る恐る二見さんが訊ねた。
「別にいいですよ?」
「行った先には女の子がいますね?血で血を洗う女の戦いに……」
「なりません!」
行先に何がいると思っているのだろうか。「誰」ではなく「何」。
僕と二見さんが並んで読書部に向かっていると、後ろからポンコツな探偵かスパイよろしく柱ごとに駆け寄り、振り向くと柱の陰に隠れている感じの人影に気付いた。あんなことをしている人と言ったら僕の知っている中では一人しかいない。
振りむいたけど、柱の陰で身を潜めているっぽい。まあ、影で分かるけど。
「天乃さん」
「ひゃ、ひゃいっ!」
変な返事が聞こえた。影で見る限り、柱の陰で背中がピーンって伸びたのが見えた。どうやら尾行に罪悪感があったらしい。本当にいい人だよ。
ワンテンポ遅れて、すごすごと美少女が柱の陰から出てきた。やはり天乃さんだった。
「一緒に行きますか?」
「いいの?」
「別にやましいことをしに行くわけではないので……ただ、ちょっとだけ購買に寄り道します」
「?」
天乃さんも首を傾げた。僕の言う事はどうもあまり一般的ではないらしい。どうして首を傾げさせてしまうのか。
***
「ねぇ、これから女の子に会いに行くんだよね?」
「まぁ……そうなりますね」
「お饅頭はないんじゃないかな?もっとクッキーとか華やかな……」
学校の購買でおやつを物色していると、天乃さんが口を出してきた。
「苺大福があったら、それにしたんですけど、ないので酒饅頭で、と」
「チョイスが渋すぎない?おばあちゃんに会いに行くの?」
言うならば、おばあちゃんは通り越して仙人か、いや妖精だろうか……
「私もお饅頭好きですよ?」
「じゃあ、二見さんの分も買おうかな」
「あ!はい、はい、はーい!私もお饅頭好きでーす!」
天乃さんが手を挙げて饅頭好きを主張した。
「嘘でしょ。天乃さんはクッキーで」
「きーっ!お饅頭が良いって言ってるでしょー!」
情緒不安定かな?
「ポテチも買ってあげますから」
「もう!流くんのいじわる!」
あ、拗ねちゃった。楽しい人だなぁ。最初から人数分買って、その他に少しお菓子とジュースを買うつもりだったから、色々買い込んでおくか。
(ぎゅっ)気付けば僕の袖の二の腕の辺りを二見さんが摘まんでこちらを見ている。
「私にはお饅頭、普通に買ってくれるんですね」
ちょっと不機嫌?ちゃんと好きって言ってくれたから素直に買おうと思ったのに。僕は、二見さんから買ってと言われたら、きっとロケットだって買うだろう。
(ぎゅーっ)「痛い痛い痛い」
二見さんが摘まんだ袖は、「中身」も入っている訳で。
「意地悪しない流星くんなんて嫌いです」
ふいっと向こうを向いてしまった。天乃さんは意地悪言って癇癪起こされたし、二見さんには優しくして拗ねられてしまった。乙女心が難しすぎて僕にとっては、ミレニアム懸賞問題よりも難しそうだ。
とりあえず、お菓子とジュースを買い込んだので、僕たち三人は読書部に向かった。
***
「失礼しまーす」
「……失礼します」
「お邪魔しまーす」
僕の後ろから隠れるような形で二人も読書部に入った。中ではいつもの様に長机にパイプ椅子という簡易的な設備だけで、部屋にあるものはほどんどが本という珍しい部屋に入った。
パイプ椅子は1脚だけ広げて座れるようにされていて、その椅子には見た目が幼い少女が一人座って文庫本を読んでいた。髪は肩くらいまで。その目は文庫本に向けられ、上下に目まぐるしく動いている。こうなるとこの少女は外からの情報を受け付けない。
「読書部……そんなのあったんだぁ」
天乃さんが室内をきょろきょろと見渡す。
「私も初めてです」
「あ、部長はしばらく手が離せないので、それぞれ座ってください」
僕が折りたたまれて壁に立てかけられたパイプ椅子を広げて、彼女たちに1脚ずつ渡すと、遠慮してか、机の端の方にちょこんと座っていた。
僕は机の上に買ってきたお菓子を広げて、酒饅頭は姫香さんの目の前にペットボトルのお茶と共に置いた。「お供え」だ。
「流星くん、部長さんはいつ頃お戻りか分かっているんですか?」
「あ、そこに座ってるのが部長です」
「え!?あの幼女が!?」
「幼女って言ってやらないでください」
まあ、見た目幼女なんだけど。ここで、ネット上には一つの問題がある。「幼女」は何歳から何歳までを指すのかという問題だ。「小学校にあがるまで」なんて意見もある。そしたら、姫香さんはイマイチ当てはまらない。さすがに幼稚園児に見間違う高校生が存在する訳が無いのだ。
「幼女」の上ならば「少女」だろう。ところが、少女となると上は18歳までを指す。とてもそうは見えない。実際、天乃さんや二見さんも姫香さんを年上とは認識していなかったと思う。
そういう意味で、「少女」よりも若い「幼女」という感じ。絶対的「幼女」ではなく、言うならば相対的「幼女」だろうか!
「世界先輩、いま、なにか邪悪なことを考えていませんか?」
二見さんが僕の顔を覗き込んできた。
「そのようなことは決して……」
果たして、この返しで誤魔化せているのかどうか……
「まさか、3スターズの伊万里姫香さん!?」
「何、知っているのか、雷電っ!」
「二見さん、『ライデン』ってなに?」
「……」
やっぱり、二見さんは完全に「こちら側」の人だ。古典も行けるらしい。相当古いのもいけるみたいだ。一方、天乃さんは少年マンガは嗜まないようだ。絶妙なタイミングのボケも、受ける人がいなければ大暴投となってしまう。二見さんが真っ赤になって下を向いてしまった。これは事故みたいなもの、しょうがない。
「姫香さんの事は民明書房の本でも分からないから」
僕がギリギリ拾えたのか、二見さんがこちら側に帰ってきてくれた。
(パタン)このタイミングで、姫香さんが栞を本に挟み閉じた。
「いつからここは大喜利会場になったのかな?」
「あ、姫香さん、お邪魔してます」
「お邪魔してます」
「ます」
姫香さんが、僕以外の二人を無言で見る。品定めをしているような、彼女たちから情報を吸い出しているかのような、何とも言えない時間。天乃さんと二見さんはそれぞれ顔を見合わせている。
「はー、それにしても、二人とも連れてくるなんて……」
姫香さんがため息をつきながら言った。
「これは?」
目の前の饅頭とお茶に気づいたみたいだ。
「報酬の前払いです」
「お地蔵さんか何かになった気分なのだけど……」
「酒饅頭はお気に召しませんでしたか」
僕が回収しようと姫香さんの前の酒饅頭に手を伸ばすと、ぎゅと手を握られた。ピタリと止まる僕。ゆっくりと姫香さんの顔を見る。
「要らないとは言っていないわ」
「実は相談がありまして」
「どうして、あなたはいつも私のところに厄介ごとを持ち込むの?」
「僕と姫香さんの仲じゃないですか」
「あなたにとって私って何かしら?」
「……他人です」
「そうね」
僕は饅頭から手を引いた。姫香さんが饅頭を受け取ると、包装を開けて食べ始めた。僕なら片手で持てるほどの酒饅頭だけど、姫香さんが持つと両手ですごく大きなものに思える。
「もっもっもっ」という感じで一生懸命食べている感が、小動物のそれを思わせる。もっと、色々なものを与えて食べさせてみたい。僕の中にそんな感情が芽生え始めていた。
「世界先輩、何か、邪悪なことを考えてるっスか?お顔が悪い人になってるっス」
二見さんが覗き込んできた。
「そのようなことは決して……」
果たして、この返しで誤魔化せているのかどうか……
天乃さんも二見さんも状況が分からず、話に入れないでいるようだ。
「れ?りょうひらの?」
いま気づいたけど、人間関係が最高に複雑になっている瞬間ではないだろうか。
 




