第17話:二見さんの本名と過去
二見さんの正体について知ってしまった。ネットカフェで個室ブースでの話だけど、一応部屋になっていて、話くらいはしてもいいところらしい。扉に鍵もかけられるし。
学校ではとてもできないような話をしていると思う。家でも学校でも話せないような話。それは高校生にとってとても貴重な場所ではないだろうか。
「『炎上』が二見さんの本名って……」
「その……せか、流星くん、スマホの翻訳アプリ入れますか?」
いま『世界先輩』って呼びそうになったな。僕が「えんじょう」と二見さん、どちらと話しているのか、分からなくなりつつあるのと同様に、彼女も僕のことがごちゃごちゃになりつつあるようだ。
翻訳アプリはたまに使うので、インストール済みだった。起動させて二見さんに見せた。
「じゃあ、『エンジェル』って入力してみてください。綴りは『A・N・G・E・L』です」
まあ、その綴り以外の『エンジェル』は知らないので、そのまま入力していく。
「じゃあ、発音させてみてください。英語の方。
僕は言われた通り、スピーカーマークをタップしてネイティブの発音をさせてみる。
『えんじょう、えんじょう、えんじょう』
「……『えんじょう』!」
「……そうなんです。ネイティブの発音をカタカナにするとそんな感じです」
二見さんが少し下を向いて恥ずかしそうに答えた。少し赤くなっている所を見ると、本当に恥ずかしいらしい。これが何だというのか。
名前が「天使」だから「エンジェル」ってこと?別に日本語と英語だし、同じだと考える必要はないだろう。
「実は、私の名前『天使」と書いて、『エンジェル』って読むのが本名なんです」
「え!?」
「キラキラネームが過ぎるので、中学や高校では『てんし』ってことにしてもらってます。漢字はそのままだし、先生方も色々と困ることがあるみたいで正式にOKいただいてます」
「二見天使……」
頭を抱えて真っ赤になっている。相当恥ずかしいらしい。天使が本名とか可愛すぎる……
「『世界先輩』、そのニヨニヨ顔やめてもらってもいいスか」
うまく「えんじょう」を使い分ける二見さん。声は二見さんなのに、喋りが「えんじょう」で益々混乱する僕。
「この名前のせいで小学生の頃、結構いじめられちゃって……男子には揶揄われて、女子には無視されて……」
あぁ、そう取っちゃったのか。多分、男子は気を惹きたくて意地悪しちゃったパターンじゃないかなぁ。そして、それに嫉妬した女子達から無視されて……きっと二見さんは昔から可愛かったんだな。
「それからは、学校では名前を『天使』にしてもらって、できるだけ人と関わらないようにしてきたの」
まあ、「てんし」も十分キラキラネームと思うけどね。可愛いけど。いや、すごく可愛いけど。
「そんな時に知り合ったのが『世界先輩』でした。学校では一言も話さない生活だったのに、『世界先輩』とはすごく話せた。
いじめないし、バカにしないし、自分のことをネガティブとか言うくせに、なんか上手く学校生活を送っていて……私にとっては『神』でした」
また良い方に取っちゃったなぁ……完全に偶然だ。僕はとにかく人と関わらないように生きてきただけ。トラブルを極力避けてきただけ。
「今の学校でも、私はあんまり誰とも話せないのに、流星くんは友達もいる。それなのに私には友達はできないし、なんか私のことを利用しようとしている人ばっかり近づいてきているみたいで……」
僕の場合は、完全に貴行と日葵の人間性の良さだけの話で、全然僕の手柄じゃない。
二見さんは、3スターズの一人だし、その人気に肖ろうとしている人はたくさん寄ってきそう……
でも、待てよ。それなら男のふりをする必要はないはず。
「『えんじょう』が男だった理由は?」
「それは、ネットが女には厳しいからです」
「どういうこと?」
「女だと、個チャで口説かれたり、リアルで会おうって言われたり、セクハラ言われたり……だから、ネカマになったっス」
それはすまん。男代表としてすまん。自分がどの立場で言ってるのか分からないけど、本当にごめん。
「それで……本当に僕でよかったのかな?」
「『世界先輩』が良いんです!流星くんが良いんです!ずっと追いかけてきたので!やっと付き合ってもらえるようになったのに、私だけこの事実を知っていたら、私は突然言い寄ってきた、ちょっとおかしい人になりませんか?」
おかしいまでは思ってないけど、なにかあるくらいには思ってたかも……そういう意味ではスッキリしたかも。
「『世界先輩』、このサラサラの髪触りたいでしょ?」
二見さんが、首の辺りに手を入れて、髪をかき上げる仕草をする。
「触りたい!」
だって、僕の好きな栗色のちょっとウェービーな髪なんだもの。
「今日の服、この辺の肩の辺りの出具合、『世界先輩』好みのエロさでしょ?」
「確かにストライクゾーンど真ん中か!」
ちくしょう。悔しいくらいに僕の琴線に触れまくる。考えてみたら、よく知らない二見さんと緊張しまくった状態で過ごすより、見た目が二見さんで、中身が「えんじょう」とか最高じゃね?
お互いのことをよく知っているし、趣味はすごく合う。一緒にゲームもできる。僕にとって、これ以上の彼女は思いつかない……
「ところで、流星くん、良い時間になってきたし何か食べませんか?注文したらブースまで届けてくれるらしいですよ?」
確かに、駅ビルではレストランはどこもいっぱいだった。僕は背伸びをして人気店で食事をすることばかり考えていた。二見さんがそれを望んでいるのかも確認すらせずに……
「『世界先輩』が注文するものは分かってるスよ」
「そんな、バカな」
「じゃあ、せーので言ってみるっス。せーのっ……」
「「カレー」」
なんてこったー!ガチで当てられる恥ずかしさ!
「『世界先輩』はカレー大好きっスから」
ガチで僕のことをよく知っているらしい。僕は「えんじょう」のことをどれだけ知っているだろうか。少なくとも二見さんの事よりはよく知っているけど。
僕は、彼女のことに本当の意味で興味が持てたというか……本当の意味で今日、僕の彼女になったのではないだろうかと思った。
僕は座ったまま、二見さんの方に向き直した。
「すごく高く買ってくれているみたいで、二見さんの理想の僕を追いかけるのは大変そうだけど、改めてよろしく」
僕は手を出した。握手のつもりだ。
「『世界先輩』はそのままでいてくださいっス♪」
彼女も僕の方に向き直ると、僕の手を取り彼女の胸の辺りに引き寄せた。僕の手に彼女の大きな胸の感触が!何とも言えない柔らかさと良いにおいが!
「ちょ、ちょっと!二見さん!」
「ちょっとくらい、いいじゃないですか。誰も見てませんし!流星くんの彼女ですよ?」
あれ?いいのか?合法なのか!?事案にならないのか!?
「キスしたって、抱きしめたって、押し倒したって合法ですっスよ!彼女は抵抗しないっスよ?」
なんかヤバい考えが僕の中にねじ込まれていく!?二見さんがニヨニヨしている。いや「えんじょう」なのか?
「夏には海やプールに連れていって、際どい水着を着させても合法っス!」
「ええ!?そ、そんなことまで!?」
「花火大会に連れていって、暗がりで浴衣の中に手を入れてまさぐっても合法っス!」
「それも!?」
「『世界先輩』の腕にすっぽり収まる小さい身体っスよ?抱きしめても合法っス!」
「なん…だと!?」
「短いスカートの中身を興味本位で『かいぼー』しても合法っス!」
「そこまで行くと、重犯罪では!?」
「合法っス!!」
二見さんが良い笑顔でどや顔だ。僕は、二見さんを誤解していた。思っていた以上に彼女は僕の好みにドンピシャだ。
「とりあえず、カレー食べる前にファーストキスを奪っときますか?食べた後だとカレー味のキスになりそうスよ?」
「うう……」
「今日は、唇がグロスでプルプルっスよ?」
「……」
そこまで言われて僕たちが「6時間パック」いっぱいでやることと言えば……
MMORPGだった……だって恥ずかしいもの。




