第16話:二見さんの正体
博多駅の駅ビルの9階、「レストランゾーン」で全ての店が満席でどこも昼食を取ることができない状態だった。
映画だって本当に観たいものを選ばせてあげられたか分からない。ポップコーンだって、たった3つのフレーバーから彼女の好きなものを当てることができない。
挙句の果てには、一歩も動けなくなってしまった。本当なら、一刻も早く逃げ帰りたいくらいだ。
「流星くん……」
彼女の両掌が僕の握り締めた拳を包む。
「流星くん……大切に思ってくれてありがとう……」
「二見さん……」
許してくれるのだろうか。ただ、許してもらっても僕の不甲斐なさは変わらない。
「私が……嘘をついているから、流星くんが苦しんでいます」
「え?」
「一緒に来てください!」
手を引かれ、どこかに連れていかれる。博多駅を出て駅周辺の商業ビルへ。このビルは1階にゲーセン、その上にカラオケ、ネカフェなどどちらかというと、僕が好きな店がたくさん入っているビル。言うならば、僕のテリトリー。
「こっちです!」
案内されたのは、5階のネカフェ。二見さんが受付してくれて、入ってきた部屋はカップルシート(フラット床タイプ)。受付しているの見たけど、「6時間パック」にしてなかったかな!?
1.5畳か2畳ほどのブース。ネカフェながらドアにカギがかかるタイプで多少ならば話しても大丈夫になっているみたいだ。
パソコンも2台、モニターも2台。映画を見たり、カップルがイチャイチャしたりするための部屋らしい。
「二見さん、ここは……」
「流星くん、MMORPGやってますよね?いつも通りログインしてください」
どういう事だろう。僕の好きなことをしていいってことかな?でも、僕は二見さんにゲームの事言ったかな?
とりあえず、言われるがままネカフェのパソコンでログインしてみた。二見さんも横のパソコンで何か始めたから「二人でそれぞれ別のことをしましょう」ってことかな?
ログインすると、パーティメンバーからのメッセージがたくさん着ていた。
ヤバいヤバいヤバい。バタバタしててあんまり連絡できてないや。誰から来たのかだけでもチェックしてみるか。
「@jagamaru44」さん、「@pino1974」さん、「@yoshi113」さん、「@notonokami」さん、「@CAIRN0114」さん、「壬黎ハルキ」さん「@fas10mrhmm」さん、「@rikuto20060105」さん、「@spooootify」さん、「かとこ」さん、「にっき」さん、「@Haru1730」さん、「ヨシ」さん、「@nakamo0611」さん、「@areira」さん、多い!多い!多い!
最近ログインしてなかったから、みんな心配してくれていたみたいだ。二見さんの事も気になるけど、メッセージも気になる。すると、今度はチャットが1件立ち上がった。
『予定よりログイン早くないスか?「世界先輩」振られたんスか?』
「えんじょう」のやつ、相変わらず煽ってくるな。やつの口癖は「炎上覚悟っス」だからなぁ。
「実はまだデート中だ」
『マジっスか!?』
そりゃあ、信じないだろうさ。初デート中にネカフェにきて、彼女をほったらかしにしてオンラインゲーム始めるやつは相当なもんだ。
『横の彼女を見てあげてくださいス』
「そうなんだけど、ログインしてみてって言われててさ」
『髪の編み込みなんて朝から1時間かけた大作っス』
「確かに、朝っぱらから見とれた」
ん!?何か変じゃないか!?
『服は、今日のために昨日買ってきた「おニュー」っス』
横の二見さんを見る。
「リアルで会うのは初めてっスね、『世界先輩』♪」
ニヨニヨしながら二見さんがこっちを向いていた。
「はあー!?二見さんが『えんじょう』!?」
「あ、流星くん、さすがに声が大きいです」
「あ、ご、ごめん」
ちょっと待て!待て待て待て!動揺が隠せない。変な汗が止まらない。
「ちょ、ちょ、ちょ……どういうこと!?」
「ふふふ、まずは落ち着きましょうか」
めちゃくちゃ笑顔。彼女は今日イチ楽しそう。二見さんに言われるがまま、僕たちは一旦部屋を出てドリンクバーに行った。
ちょうどランチタイムサービスでポップコーン食べ放題が準備されていた。どうせなら聞いてみよう。もっとも、ここには塩味しかないけど。
「二見さん、ポップコーンのフレーバーは、塩とキャラメルとチョコどれが好きですか?」
「なんですか、それ?どれも好きですよ?」
答えは「どれも好き」だった……
「流星くん、色々気を使ってくれたみたいですね」
すごい笑顔。同情とかじゃなくて、本当に嬉しそう。
「まぁ、過剰だったし、的外れだったみたいです」
「大事にされてるっぼくて嬉しいですよ?」
「いやー、もう、負けました。僕の負けです」
「それを言うなら、私の方が先に負けてますから」
いたずらっ子の笑顔。いつからだろう。全然状況が掴めない。
***
ブース内のテーブルにはデスクトップのパソコン22インチのモニター、キーボード、マウス、そして、さっき取ってきたジュースとポップコーンがそれぞれ二人分置かれてある。
ブースの床は一面クッションの様でふかふかしている。
その上に、二見さんは可愛い余所行きのワンピースで女の子座りで座っていて、ログアウトした表示が映し出されているモニターの方を見ている。
僕はそのすぐ横でやはりモニターの方を見てあぐらをかいて座っている。すぐ近くにいるのに横並びで、同じ方向を見て目も合わせずに話している。
簡易のボイチャのように。ただ、今日はボイチェはないし、リアルに横に相手がいる。
「少し落ち着きましたか?流星くん」
「はい。さすがに」
「私が二見天使として、流星くんに会ったのは1年の時ですよね」
「まぁ、同じクラスですし」
うちの学校は1年と2年は同じクラスだ。3年から理系・文系で分かれていく。
「でも、ボクが『えんじょう』として『世界先輩』に会ったのは、まだ中学の時です」
「確かに」
「えんじょう」の一人称は「ボク」だ。「えんじょう」が男だと思い込んでいた理由の一つかもしれない。
「当時の私はオンラインゲームが初めてでした。広告をクリックして何となく始めて……」
確かに、僕は中学の時にはもう、どっぷりオンラインゲームをしていたし、ゲーム配信もしていた。確かにこの頃には既に動画を作り始めていた。
「ネットで攻略法とか探している時『世界先輩』の動画を見つけました。すぐにお気に入り登録しました……」
「……」
「『世界先輩』の動画を見て、こんなことできるんだって真似したりして……そして、いつしかフレンド登録して、ついに一緒にプレイして……」
そうだったのか。二見さん学校ではそんな素振りも見せなかったけど、意外にゲーマーだったんだ。
「憧れで、恋でした……」
「ええ!?」
「プレイのやり方を教えてくれたのは『世界先輩』。攻略法を教えてくれたのも『世界先輩』。パーティ組むようになったのも『世界先輩』」
あれ?僕、ダメ人間を作り出している!?
「初めてだったボクに色々優しく教えてくれて……ボクの初めては全部『世界先輩』だったっスよ」
「言い方!」
ここで二見さんが少し下を向いた。視野ギリギリで見える彼女の表情は見えない。
「ある日、高校受験で桜坂高校を受けるって聞いて、死ぬ気で勉強しました。同じ学校に行けるように……」
僕は、姫香さんを追いかけて桜坂高校に入学した。結構な難関だったからかなり危なかったけど。まさか、「えんじょう」が僕を追いかけて来ていたなんて……
話からして、引きこもりの中学生くらいに思っていたけど、そういえば僕が成長したってことは「えんじょう」も成長しているのが当たり前か。
「そこからはゲームでした。『世界先輩』に見つけてもらうゲーム。『世界先輩』の好みを聞き出して、自分を変えていったんです」
そういえば、「えんじょう」とは「どんな子が好きか」みたいな話はたくさんした。僕は相手も男だと思ってペラペラ本音を話してきた。それが僕の好みを聞き出すためだったなんて……
「髪を栗色に染めたのも、ちょっとウェービーにしたのも、美白も細身の身体も……」
いや、なろうと思ってなれないから!すごく努力してない!?
「そしたら、いつしか『3スターズ』とか言われ始めて……私は『世界先輩』の理想を目指していただけなんですけど」
素材がよくて、努力もしちゃったら、すごい結果になっちゃったんだろうなぁ。話的に「僕が育てた」的になってるけど、僕なにもしてないから。全部、二見さんの手柄だから。
「そして、ある時気づいてしまったんです。アナグラム、『田端世界竜』の名前を全部ひらがなにして、並べ替えたら……」
『高幡流星』
「一瞬『え?』と思ってからは、すぐに合点がいきました。必要以上に人と関わらない。でも、困っている人は見捨てない。表に出さないけど、能力は高い。『世界先輩見つけた―――っ!!』って思ったんです」
いや、別に能力は高くないけどね……
「でも、私は人見知りだし、話しかける勇気はなかったし、もしも人違いだったら……結局そのまま、ずっと見ているだけでした」
二見さんが見ていてくれたなんで全然気づいてないや。僕は何を見て生きてたんだろう。一年のときの自分に「もっと周りを見て生きろ!」と言いたい。
「痴漢から助けてもらった時は本当にラッキーでした。でも、その後、流星くんは学校は忌引きで、『世界先輩』はネットには急にログインしなくなって……間違いない、と」
なるほど、それだけ重なれば、確実と言えば確実か……
「あと、知らない間に、五十嵐さんと急接近してたし」
「姉だから、姉!異母姉」
「まあ、そうなんですけど……」
急にこっちを見て、直接言い始めた。視線を合わせないルールだったのでは!?いや、そもそもそんなルールはなかったのかもしれない。「二見さんが人見知り」とか聞き逃せないキーワードはいくつかあったけど、僕が気になるのは「名前」だった。
「あの……聞いてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
「『えんじょう』って名前は?」
「その……『えんじょう』は本名です」
そんなはずはない。彼女の名前は「二見天使」だし、自分の子供に「炎上」なんて物騒な名前をつける親はまずいないだろう。
「ちょっと恥ずかしい話なんですけど、聞いてもらえますか?」
「えんじょう」なんて物騒な名前の由来を聞くことになった。




