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第1話:アイドルの弁当1個で変わる高校生活


「はい、(りゅう)くん。お弁当」


「ありがとう……ございます」



僕の目の前には机に置かれた布で包んである状態の弁当箱。そして、目の前には五十嵐天乃(いがらしあまの)さんが立っていた。


しかも、輝くような笑顔と共に。


昼休みになったばかりの教室。ざわざわとし始めて、弁当を広げるやつ、食堂に行くヤツ、それぞれが好きに動き始めたタイミングだった。


隣のクラスの五十嵐天乃さんが突然教室に入ってきて、僕の机の上に弁当を置いた。それも飛び切りの笑顔で。背中まである髪が風で少しなびいた。ちょっとつり目気味な目と、左右耳の辺りに小さなリボンが付けられていて特徴的だ。


いたずらっぽい笑顔は男なら絶対に目を奪われる。一度見たら彼女を目で追ってしまう。髪の艶が輝いているのか、彼女自身が輝いているのか、アイドルが目の前にいるとしたら、きっとこんな感じだ。


この学校では、可愛いと人気の女子が3人いる。「(スリー)スターズ」なんて呼んでいるやつもいる。


その2人が2年生で、僕の同級生だ。あと一人は3年生の先輩。そして、同級生の方の一人が、隣のクラスのこの五十嵐天乃さんというわけ。


対して、僕は特に特徴もない一生徒、高幡流星(たかはたりゅうせい)。ゲームで言うならモブキャラで十分だろう。「欠陥」を抱えていることを考慮したら、モブ以下だ。


友達が一人もいないほど尖っていないし、目立つほどの精神強度はない。目立たないように目立たないように平穏に高校生活を送っていくだけの静かな存在だ。



「どういたしまして」



にこやかに片手を軽く上げて「じゃ、私はこれで」みたいな感じで教室を去っていく五十嵐天乃さん。


途端に音を取り戻したかの様にザワザワし始める教室。まさか、学校のアイドルみたいな存在の彼女が僕に弁当を作ってくれるとは……



「流星、どうした、どうした」



そう言いながらいつものように机を寄せてきたのは、本村貴行。僕の数少ない友達。僕とは不釣り合いなほどイケメンだ。


普通、物語のイケメンは嫌なやつだと相場が決まっているのだけど、貴行に関しては心もイケメン。実に気持ちのいい人柄なのだ。物語だったら主人公だな。



「なあ、なにがどうなったら、わが校のアイドル五十嵐さんが弁当を作ってくれるようになるわけ!?」


「私も気になる!」



同じように机を付けてきたのは、鏡日葵(かがみひまり)。笑顔が気持ちいい、ショートカットのクラスメイト。イケメン貴行と仲が良い……いや、絶対好きだろ。


そして、貴行も満更じゃない様子。もうここ付き合えばいいのに。彼女は物語ならヒロインだろう。僕的には、学校の3美女に加えて四天王にしてもいいと思っているくらいだ。



「いや、話せば長くなって……」


「あ、お前が一週間休んでいたことに関係している?」


「まあ……そうなるね」


「いやー、超気になる―!」



日葵は好奇心を前面に押し出している。そこに嫌みが全く感じられないのは彼女の性格故だろう。それはいいけれど、周囲の席の連中を中心に教室中が耳をダンボにして聞き耳を立てているような錯覚すら感じる。



「流星、五十嵐さんと付き合ってんの!?3スターズの一人だぞ!?」


「まさか……これは、同情的な?」


「なぜ疑問形?」



貴行もまた好奇心100%の顔で聞いてきた。もし、少しでもそういった可能性があるのならば物語的に面白くなることが期待できるのだけれど、僕が天乃さんと付き合うことなど100%あり得ないのだ。無い可能性について想像するのは単なる時間の無駄というもの。



「流星くん、五十嵐さんが好きなの?あ、お弁当を作ってくれたってことは逆?五十嵐さんの方が、流星くんのことを好きってこと?」


「いや、どちらもあり得ないよ。ちょっとだけ僕の事情に巻き込んでしまっただけで……いわば被害者?」


「えー、被害者はあんな笑顔でお弁当つくってこないでしょー!それより、開けてみてよ!五十嵐さんのお弁当♪」



確かに気になる。天乃さんがどんな弁当を作ったのか。弁当を包んである布をほどいて、弁当箱を取り出す。僕は玉手箱でも開けるかのようにゆっくりとフタを取った。



「わあ!豪華!」



日葵が思わず声を上げたように、弁当のおかずは実にレパートリーが豊富だった。


弁当の定番からあげ、ハンバーグ、アスパラベーコン巻き、ブロッコリーにプチトマト。色とりどりですごく華やか。


そして、そのどれもが手作りで冷食ではないことくらい、料理がほとんどできない僕でも理解できた。


ただ、一番目を引いたのは、ご飯の部分で錦糸卵の黄色の下地にピンクの桜でんぶでハートマークが描かれていた点だ。



「おまっ、これ!」



貴行が指をさして驚きを表す。日葵は乙女の目で、瞳がキラキラとしている。


対して僕は、テンションが下がっている。それは、これが彼女の手の込んだいたずらだと知っているからだ。



「なあ、やっぱり!ちょ、今度、放課後遊びに誘ってみようぜ!」


「あー!私も五十嵐さんと仲良くなりたい!」



二人はノリノリだけど、果たして彼女が僕と一緒に出かけてくれるのか……僕の記憶が確かならば、彼女はその容姿とは裏腹にあまり遊び歩いたりするタイプではなかったはず。


噂では告白されることも多いらしいけれど、彼女が誰かと付き合っているというのを聞いたことがないことからOKしたことはないのではないだろうかと思う。まあそれは、彼女の問題であり、僕には関係のないことだった。


僕としては、ただでさえ一方的に迷惑をかけている身なので、さらに彼女の負担を増やすことに負い目を感じ始めていた。



「なあ、流星、さっそく今日はどうだ!?」


「え?何が?」


「五十嵐さんだよ!流星から声かけてみてくれよ」


「おねがーい」



貴行はともかく、日葵に片目ウインクでかわいくお願いされてしまった。そんな可愛い顔は貴行にだけ向けてくれ。僕には眩しすぎるよ。



「分かった。一応、申し出てみる。ただ、期待しないでくれ」


「分かった。弁当食べたら言いに行く感じか?」


「私たちも一緒に行こうか?」


「いや、普通にLINEでメッセージしてみる。僕みたいのが会いに行くと迷惑かかるといけないし」


「ちょっと待て、なぜアイドル五十嵐さんのアカウントをお前が知ってる!?」



しまった。「迷惑かけない」の方に意識がいって「アカウントを知っている」の方が抜けてた。とりあえず、騒ぎが大きくならないように火消しの方向で動くことにした。


天乃さんには、メッセージを送ったことにして「また今度」と言われたとか言って肯定でも否定でもない、やんわりしたお断りの内容を貴行と日葵に伝えればいいだろう。



「それにしても弁当うまそうだな」


「ホント、色も色々あって華やか」



二人とも絶賛している。確かに弁当はうまい。天乃さんは料理が上手なのだ。可愛い上に料理も上手とかチート過ぎる。全方位隙なしだ。そりゃあ、モテるわ。


そして、この弁当1個が僕の学校生活を変えてくことになることに、僕はまだ気づいていなかった。

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