調理その一 ダンディ校長からの呼び出し
今から3か月前の12月、俺は遂に日立山高校バスケ部1年のルーキーとして抜擢され、
WCに出場することができた。
ポジションはPF。護身術で得た瞬発力の高さをウリに、相手チームに圧倒的な速さを見せつけてきた。
結果は3位で優勝こそはしなかったものの、1年としては秀でた成績を収めることができたと思っている。自分としても、高校3年間でIHやWCレベルの全国大会で好成績を残すという目標を掲げていて、1年生の時点で達成するとは思わなかった。
これはこれで、残りの2年間はどう目標を立てるか分からず、途方に暮れていた。
まあ将来的には男子バスケ部の主将として活躍していくのも良いし、後輩を育成してまた新たなエースが生まれれば部に貢献できるし、それで良っかな。
1年生の時の俺は、安易にそんなことを考えていた。
だが、人生というのは全く予想がつかなかった。
歯車は2年に進級した直後、思わぬ方向へ回ってしまったのだ。
3月30日、新しい春を迎える直前の時期。
いつも通りにバスケの練習をこなし、いつも通りの時間に部活が終わって制服に着替えようとしたとき、顧問から一通のNINE通知が来た。
『4月3日、用事空けといてくれ。校長さんが直々に会って話したいようだ』
その内容を見た途端、全身から冷や汗がだーっと流れた。
何せ学校長からの呼び出しなのだ。担任からの呼び出しならまだ理解できるが、学校の長からとなると何を言われるのか全く想像できず、思い浮かぶのは最悪のパターンばかり。退学通知とか受けるんですかね?
思い返せば、学校近くのコンビニで買った野菜ジュースが不味すぎてその場でポイ捨てしたり、近所で食べたラーメン屋が外れすぎて一口で食べるのを止めたりしていたことがあった。
豪邸で育っただけあって、舌が肥えてしまっていたのも理由にあるけど、そんなのは言い訳にもならない。後で反省し、ラーメン屋の店主にも詫びを送った。でもどれも停学や退学するほどのレベルではない。
だとしたら、どんな用件で俺を呼んだというんだ?
解決しようがない鬱屈な不安を抱えながらも、俺は一人帰路についた。
日は過ぎ、あっという間に4月3日。
当日はひどく晴れていやがる。憂鬱な気分だからなのか、せめて今日だけはドシャ降りのほうが都合が良かった。
そして遂に、校長室のドアの前に立った。教室や職員室のような引き戸タイプの簡易的な扉とは違い、一本一本木目がしっかり見えている開き戸タイプの頑丈そうな、古めかしい扉だった。
不安は相変わらず消えてないが、金持ち息子であるが故の威厳も保とうと俺は勢いよく扉をノックした。
コンコンコン。
恐れることなんか何もない。
何かあれば、嶄造のジジイがきっとおとしまいをつけてくれるはずだ。
「結城征一郎でーす。 呼び出しに応じてきましたー」
扉を開けたと同時に名乗る。また同時に蝶番からきいんと鳴る金属音が少し耳障りだった。
「おお、来てくれたか」
窓から校庭を見下ろしていた校長は、声の主に気づき、俺の方に振り向いた。
茶色いサングラス、口元と顎に髭を生やした姿はまさにダンディーな男だった。ベージュ色のジャケットが異様に似合っている。
「すまんなあ、あそこのドアちょっと古くてな。嫌な音だったろ」
校長は苦笑いしながら、正面の木製の扉を指さした。
「まあ、そうですね…」
回答に困るような問いに、愛想笑いを浮かべて返すしかなかった。
「まあ、座ってくれよ。そんな重い話じゃないからさあ」
と不気味に笑いつつも校長は、目の前のソファに座ってリラックスするよう促してくる。
え、何? 校長さん? めっちゃフランクに話しかけてくるんですけど。
退学じゃない? 言葉通り、重い話じゃないのか?
いやいや、そういった重苦しい雰囲気を避けるために、わざと場を和ませようという魂胆か? いずれにしても、前者であることを切実に願う。
俺は、手前の3人は座れる長いソファに浅く腰掛けた。
一方の校長は、「よっこらせっ」とわざわざ口に出しながら、反対側にある1人用ソファにどっかり座ってきた。
そして校長は不意にこんなことを聞いてきた。
「最近、部活の調子はどうだ?」
初対面だというのに、まるで親子のような会話の切り出しに若干俺は引いた。
「良いか悪いかで言えば、良いほうなんですかね」
「特に不満とかは、無かったのか?」
「そんなのあったら1年目でエース出場なんて出きてなかったです。きっと今までの運が良すぎたんです。これからが自分にとって、頑張り時だと思っています」
あくまで自分が下に出ることを忘れない。
「はは、そうか」校長は乾いた笑いを浮かべながら、煙草に火をつけた。「なるほどな。頑張り時ねえ」
「はい」短く肯定しながらも、俺は違和感が拭えなかった。
本当何なんだ、さっきから。今日初めて会ったというのに、随分と心身になって話しかけてくる。まるで俺のことを昔から知ってました、というような態度だ。
更に仮にも生徒の目の前で一服なんてするかよ、普通。
「あの、ここに呼び出したのはどういった用件でございましょうか?」俺は堪らず、こんな堅い室内にいる理由を聞きだす。
「ああ、そうだな。じゃあまず結論から言うか」
そう言って、次に切り出した結論の内容は、俺を黙らせるのには十分な代物だった。
「結城征一郎君、君には男子バスケ部を辞めてもらう」