表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御曹司のお料理スキル養成生活  作者: 浮雲たっくすまん
フルコースⅠ バスケ部からの華麗なる転身
15/33

調理その十四 二人の胸中

約10秒間。

藤島さんの長いお辞儀をしている間、沈黙が流れた。


やがて藤島さんはそっと身体を起こし、真剣な眼差しでじっと俺を見つめている。


確かに背景を聞いて、彼女の願いを、夢を叶えてあげたいと思わない(はず)もなかった。

だが、ここで俺も「そうですか」とすぐに納得して要求を受け入れる素直な人間でもなかった。

「お、俺だって、今の部活でやりたいことはある」

「それって…この前言ってた主将になるってこと?」

俺は「そう」と頷き、続けて答えた。

「去年男バスの大会の成績は3位で終わった。逆に言えばそれ以上の頂点には進めなかった。毎年大会に出場しているような強豪校ではないからこそ、油断しているとあっという間に全国への切符が途絶えてしまう。先輩たちが血と汗、涙の結晶で繋いでくれた(たすき)を守り続ける。俺はその先導役に立ちたい」

「うん」

「そのためにはエースである俺が、来年度までに主将(キャプテン)になって部員を導いていかないと厳しいと思っている」

「…私に目指したい姿があるのと同じように、あなたにも目指したい姿があるのね」

藤島さんは(うつむ)きがちに言い、俺の返答に納得した姿勢を見せているようだった。

「ああ、そういうことだ」

落ち込んでいく姿を見るのは心苦しいところがあるが、

「だから、すまん。俺は藤島さんの思いには応えられない」

心を鬼にして、俺は彼女からの勧誘を断った。


今度は俺が約10秒にわたって、頭を下げる番となった。

45度まで深くはないが、断腸(だんちょう)の思いを含んだお辞儀はそれなりに重いと思っている。


「そう、わかったわ」

一方の藤島さんは理解を示したような姿勢を見せているが、内心俺のお断りを聞いて、何を感じているだろうか。


ようやく(つか)み取った、大都会の料亭で修行することへの履歴書がビリビリに割けてしまったのだから。

もしかしたらこの後一人で嗚咽(おえつ)を漏らしてしまうかもしれない。

そうだとしたら今後一生、この罪悪感を背負って生きることになってしまうかもしれない。

あーあ、何考えてんだろな俺。

でも駄目だ。自分の目標のためなんだから、仕方のないことなんだこれは。

そうだそうだ。これは仕方ないんだ。

気まずさを抱えた中、俺はおずおずと顔を上げ始めた。


そこには…。


「いいえ、わからないわ!!」

予想を軽く飛び越えた藤島さんの姿があった。

その声は、今までの藤島さんの中で、一番大きかった。


「私だって…」


「私だって、この夢を諦めきれないの!!」


藤島さんは、両手を胸に当てて力強く叫んだ。

そして真っ直ぐな双眸(そうぼう)が俺を鋭く(にら)む。

その眼力は、さっき見せた時よりも遥かに強かった。


「私には、どうしても結城君が必要なのっ」

それは、一見誤解を招くような言葉にも聞こえるが、彼女の勢いに気圧(けお)された俺は、そんな余計な事を考える余裕もなかった。


悲しいほど優しく、そして閃々(せんせん)と光り輝く夕日。海岸沿いに伸びているバイパスから聞こえる自動車の颯爽(さっそう)なエンジン音、

ざぶんざぶんと力強く音を立てていく波。

それらが、俺たちの少し張り詰めた沈黙に、更に拍車をかけていく。


やがて、先に沈黙をかき消したのは藤島さんの方からだった。

「正直言って、()()()()()()()()()()()()()()

「え!?」

藤島さんは「いきなりこんなこと言ったら、そりゃ驚くわよね」と言いかけた後、言葉を続けた。

「クラスではいつも頂点に立っていて、そのくせ勉強だって運動だって頂点にいる。才能に恵まれていることを自慢げに語っている。大抵はさ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、自分の才をひけらかすあなたが、端から見て嫌いだったの」

彼女は、一度も()むことなくスラスラと喋り出した。

だけども一番主張したいところには、抑揚(よくよう)をつけてきちんと強調している。

これは本心だったんだなと、改めて思い知らされる。

「う、それを言われると何も言い返せない…」

御曹司であるが故の気付かなかった部分だった。

恵まれた家庭、恵まれた知性、恵まれた素質であることを(ねた)む人は、この世に一杯いるというのに。

だが藤島さんは「でもね」と言葉を付け足した。


「ある出来事から、表面だけで人を嫌うことを止めるようになったの」


そして藤島さんは、


「こんな私を変えてくれたのは、()()()()()()()()()()()()()()()


優しい眼差しでそう教えてくれたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ