仕事だ!
※2020/11/05加筆修正いたしました。
翌朝、マシューはご機嫌でコロッケパンを食べた。
その後、ヴァージニアとマシューはギルドに行った。
マシューはもちろん、昨日マリリンから貰ったセーラーカラーの服を着ている。
彼のために作られたのではないかと思うぐらい、とてもよく似合っている。
「おはようございます」
「おはようございます!」
「はい、おはよう。マリリンから話は聞いているわよ。マシュー君、今日はヴァージニアと別々よ」
「しょうがないよね…」
マシューが嫌がらないのは、昨晩必死に言い聞かせたからだ。
「そうよ、しょうがないのよ。お仕事だからね」
看板娘はにっこりと笑顔を作った。
皺が増えたとかは思ってはいけない。
ヴァージニアもいずれそうなるのだから。
「そうだね、しょうがないよね…」
マシューは残念そうに床を見ている。
明らかに落ち込んでいるようだ。
(何度も言わなくてもいいでしょうに…)
「はい。マシューをお願いします」
「ええ、任せておいて。マシュー君は学校行ってみたくない?」
「がっこう?」
「そうよ、今はちょうど体験入学をやっているのよ」
「へぇ…」
いいですね。とヴァージニアは続けようとしたが、すでにマシューは魔法を使えるようになっている。
それがバレたらどうなるだろうか。
お偉方の子どもなら幼い頃から家庭教師を雇って魔法を習っているが、マシューは違う。
変な注目は浴びたくない。
「いえ、ここで預か――」
「ぼく、いってみるよ!」
マシューは明るい顔で言った。
「え」
「あら、いいお返事ね。連絡しておくわね。連れて行くのも私がするから、ヴァージニアは安心して仕事に行ってらっしゃいな」
「えっと、あの…」
断れなくなってしまったので、ヴァージニアは焦った。
「大丈夫よ。マシュー君にもいい気晴らしになるんじゃない?」
(ああ、そんな設定だったね…。ジェイコブが大変な環境で育ったとでも言ったのかな?)
「じゃ、じゃあお願いします」
「おねがいします!」
相変わらずマシューは元気いっぱいだ。
「マシューちょっと…」
ヴァージニアはマシューと一緒に部屋の隅に移動した。
昨日も同じ事をしたなと思った。
「なぁに?」
「マシュー、魔法はあんまり使っちゃ駄目だよ?みんなは多分使えないだろうから、魔法を使ったら目立っちゃうと思うんだ」
「めだつのダメなの?」
マシューは容姿がいいので、すでに十分目立っている。
ギルドに来るまでも道行く人達の視線の的になっていた。
「もしかしたら一緒に暮らせなくなっちゃうかもしれないよ」
「…わかった。ぼく、めだたないようにするよ」
「約束だよ。他の子と同じようにするの。先生に教わった以外の事はしちゃ駄目だよ」
「わかったよ。やくそくだね」
「マシュー、いい子だね」
ヴァージニアはマシューを抱きしめて背を撫でた。
「ジニーいってらっしゃい!」
マシューはいい笑顔だ。
「遅くても夕方には戻れると思うから、学校の体験入学が終わったらギルドにいるんだよ」
「わかった!」
マシューを預けて、依頼先の教会に行った。
もちろん転移魔法でだ。
「すみません。ギルドに運搬依頼をされたのはこちらの教会でしょうか?」
小さな教会だが歴史がありそうだ。
ボロいわけではなく、昔の建築様式で建てられているようだった。
「ああ、貴女がヴァージニアさんですね。私はここの教会の責任者です。早速ご案内いたします」
「はい。お願いいたします」
責任者に案内され倉庫に行くと、ヴァージニアがギリギリ背負えそうな大きさの箱が置いてあった。
その箱には兵士が立って見張っている。
(角って言うからそんなに大きくないと思ったのに…)
「これがその荷物ですね」
「はい。魔力封じがなされておりますので、魔法を使用する際に妨害されないと思います」
「それは有り難いです」
パッと見ではただの古い箱だった。
それなのに王都で調べなければならないほどの、怪しい物が入っている。
「こちらが通行許可証です」
「分かりました」
王都は結界が張られているので門の外に転移魔法しなければならない。
当然、身元を調べられるので身分証が必要だ。
それに加え、何の用で訪れたのかも言わねばならないし、今回のヴァージニアのように大きな荷物を持っている人物は通行許可証が必要なのだ。
「では箱を背負って頂こうと思うのですが…大丈夫でしょうか?大きさもですが、重さもあるんですよ」
「やってみます…」
ヴァージニアは人の手を借りて、何とか角入りの箱を背負えた。
マシューより重いとヴァージニアは奥歯を噛んで思った。
「では、行ってきます」
「よろしくお願いします」
「っと…ここは間違いなく王都の前の門だ…」
ヴァージニアは無事に転移魔法に成功した。
何故すぐに王都だと分かったのかというと、人の多さだ。
「中に入れるまで何時間待たされるんだろう…」
門の前には長い列が出来ており、今も列が伸びている。
ヴァージニアは急いで列に並んだ。
急いでと言っても荷物が重くて走れないので、出来る限り足を速く動かした。
若い女が大きな荷物を持っているので周りの人からジロジロと見られて恥ずかしかった。
(…全然動かないじゃないか)
列は全然動かなかった。
動いていなくはないが、数分間に一歩しか進めないので進んでいないに等しい。
(肩は外れそうだし、腰は痛いし…。お昼ご飯持ってくればよかったなぁ…)
このまま並んでいたら、王都に入れるのは昼を過ぎるだろう。
(ん?)
列の前方から屈強そうな兵士達がやって来た。
どうやら列に並んだ人の顔や荷物を見ているようだった。
(うわー不審者を探しているのかな?自分は違うと分かっていてもドキドキするよねぇ…)
ヴァージニアはドキドキしながら兵士達が通り過ぎるのを待った。
「隊長、この人ではありませんか?」
(ん?)
兵士の一人がヴァージニアの斜め前で立ち止まった。
兵士はヴァージニアを見ている。
ヴァージニアは口から心臓が出そうになった。
「少々お尋ねしたいのだが、貴女は――」
隊長はとても鋭い目つきだった。
その目力だけで人を殺せそうだとヴァージニアは思った。
「わ、私は怪しい者ではございません。この荷物は依頼を受けて運んでいるのですっ!」
「…通行許可証を見せてもらえるか?」
隊長の目つきはさらに厳しくものになり、ヴァージニアは汗が噴き出してきた。
「もちろん持ってますよ。ほら、これです。偽造もされてないです。そもそも私は渡されただけですからっ」
言えば言うほど怪しくなるのにヴァージニアは気付かなかった。
それほど焦っていたのだ。
「…落ち着きなさい。我々は貴女を迎えに来たんだ」
「え?」
兵士達についてくるように言われ、列を外れて門を通過した。
百人近くもの人を追い抜いて王都内に入れたのだ。
「あの、私が並ばずに入れたのは何故でしょうか」
ヴァージニアが持っていた荷物は兵士が代わり背負ってくれた。
一人で軽々持ち上げてしまったので驚いてしまった。
「それだけ重要な荷物だからだな」
隊長が怖い顔をしているのは元からのようだ。
ジェイコブの顔もなかなか怖いと思っていたが、隊長はさらに上をいく。
「はあ…」
「荷物自体も重要ですが、最近生き物や魔獣の一部が切り取られる事件が起きているので、犯人に奪われないようにするためですね」
荷物を持ってくれた兵士が言った。
軽々と持ち上げただけあって、普通に歩いている。
「合成された生き物…」
ヴァージニアの頭には異形の獣が浮かんだ。
異形にされた獣と言うべきかもしれない。
「貴女も見たのだろう?今回はその時の話を聞かせてもらいたい」
「え、私は荷物の運搬だけだったはずです。それにうちのギルド副長やケリー兄弟が報告しているのではありませんか?」
「証人は多い方がいい。子どももいたそうだが、その子に思い出させるのは気の毒だからな」
腑に落ちないがヴァージニアが断ったら、マシューに聞きに来るかもしれないようだ。
それは避けたい。
「分かりました」
「我々も国民の安全のために仕方ないのだ」
なにやら見るからに堅牢そうな建物の中に案内された。
王都に行くからと少し身綺麗な格好をしてきてよかったとヴァージニアは思った。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
研究員と思われる人に部屋に案内された。
どうやらここでは魔法を使えなさそうだ。
重要な施設なようだから、客人でもこんな扱いをされるのだろうか。
「こちらでお待ち下さい」
「分かりました」
部屋にはヴァージニアと隊長だけになった。
恐らく隊長はヴァージニアの見張りだろう。
荷物を持った兵士はそのまま荷物を置きに行ってしまった。
(何か話をしていたほうがいいのかな?)
「あの、合成された生き物って今までに何件発見されているんですか?」
後で聞かれるかもしれないが、この話題しか思いつかなかった。
「この1年で5件ほどだが、貴女が遭遇したのはこの国では1件目だ」
そのまま話が進んだ。
「他の国では発見されていたんですね。何人もの人が関わっているのですか?」
他の国で見つかっているのなら組織的な犯行なのだろうか。
「同時には見つかっていないので、捕まらないように定期的に場所を移動させていると思われる」
「設備とか大変だと思うのですけど、そんなに簡単に移動出来るものなんですかね?」
生き物を解体する場所と、禁術を使う場所を確保しなければならない。
「一度アジトを見つけたらしいが、蛻の殻だったそうだ。いや、犯人に繋がりそうな物がなかったと言うべきだな。生き物の死骸はあったらしいからな」
「…生き物の…き、切り方で何か分かったとかは?」
様々な生き物の一部をつなぎ合わせるのなら、体を切っているはずだ。
「ある程度は医術の知識はあるようだが、どうも匂うのだそうだ」
「匂う?えーと、真似ているだけとかですか?本を読んだだけで実践経験はないみないな…」
ヴァージニアは必死に会話を続けた。
「ああ…。見つかった合成生物のつなぎ部分を見ると、だんだん慣れてきているらしい」
「そうですか…。話は戻りますが、見つかりたくないなら燃やしちゃいませんか?それとも見つからない自信があるのでしょうか?」
「燃やす時間がなかったのだろう。実はそれまでのアジトは燃やしていたそうだ」
ヴァージニアは先にそう言えばいいのにと思った。
「捕まえるまで後一歩だったんですね」
「そうだ」
「…早く捕まるといいですね」
「ああ」
「……」
「……」
会話は終了し、部屋が静かになった。
ヴァージニアは必死に話のネタを考えた。
「あ、ケリー兄弟って有名なんですよね。今まで何回か見かけた事はあったんですが、名前は知らなかったんです。いやー、あっという間に倒してくれたのでよかったです」
「ああ、国からも信頼が厚い人達だ。そんな彼らが逃がしてしまったのに、貴女はすぐに察知して逃げられたそうだな」
「え、ええまぁ…」
マシューが先に気付いたと言っていいのだろうか。
「あっ、ケリー兄弟は魔法が上手く使えなかったのではないでしょうか。おそらく普段は強化魔法を使っているのではないですか?だけど、あの時は魔水晶の調子が悪かったそうじゃないですか。それで上手く発動しなかったのではないでしょうか?」
魔力消費量が多い魔法が失敗しやすいのだが、まれにそうでない魔法も失敗する。
特にあまり魔法を使わない戦士などが失敗しやすい。
「ああそうだな。いつもと同じように動いてしまい、逃がしてしまったと彼らも言っていた」
「ああ、やっぱり!」
(これはもしや、ゆるく取り調べされているのかな?)
とても居心地が悪いので、ヴァージニアはこの場から立ち去りたかった。
「どうやって気が付いたんだ?魔力もある程度近づかないと察知出来ないだろう?ケリー兄弟は戦闘後に初めて貴女を見たと言っていた。逃げる所は見ていない。いくら強化魔法を使えなくてもそんなに合成生物と離されないだろう」
「転移魔法したから見えなかったんじゃないですかね?魔力の察知は勘としか言えませんね。…女の勘って奴です!」
ヴァージニアは苦し紛れとも言ってもいい、最後の切り札を出した。
マシューはお留守番です。
他の連載作品も見てくださると嬉しいです!