妖精の研究者!
ヴァージニアは誰かが走っている音が耳に入ったので顔を上げた。
マシューだったら、もっと軽やかかつ速いので彼ではない。
「ヴァージニアさん……はぁ、はぁ……」
足音の主がよろよろとしながらやって来た。
普段走らないので息が上がってしまったようだ。
「グリーンさん、どうされましたか?」
グリーンは膝に手を付き肩が上下している。
ヴァージニアは彼の息が整うまで待った。
「あの、スライムの柵の中に……魔力を持った生命体が入ったと思うのですが……一体……?」
未確認生物の魔力を検知したので、グリーンはかなり慌てて出てきたようだ。
「はい。先ほど妖精が来ていました」
「んなぁっ!」
グリーンは目を見開き、その顔のままスライムがいる柵内を見た。
「妖精は何処に行ったのですか?」
グリーンは柵内を隅々まで、目を皿のようにして妖精を探している。
「もう帰ったんだと思います」
「み、見たかった……。見たかったです。妖精……」
ヴァージニアは何回も会っているが、妖精はかなり珍しい存在だ。
もういないと分かると、グリーンは長いため息を落とした。
「あ、とうめいの上に乗っていましたよ」
「なんと!では、魔力残渣を採取しましょう。とうめい君、動いちゃ駄目だよ」
グリーンは白衣のポケットからピンセットと袋を取り出した。
彼は見たいと言ったが、調べたい気持ちの方が強いのだと思われる。
「?」
とうめいは覚えたばかりの疑問符を体に浮かび上がらせた。
「なっ!更に芸達者になってる!なんなんだ。今日は驚きの連続じゃないか……。いや、今は妖精の魔力残渣を……」
グリーンは困惑しながらも、とうめいの上の何かを採取して袋に入れた。
ヴァージニアは目を凝らしてみたが、一瞬の出来事だったので何も見えなかった。
(魔力残渣って採れるの?……あれ、綺麗な妖精さんって前にマシューの魔力を……ってそんなわけないか)
仮に持ち帰ったとして、綺麗な妖精はマシューの魔力残渣をどうするのだろうか。
研究者ように調べるのだろうか。
「その魔力残渣をどうするんですか?」
グリーンはスライムの研究者なので妖精について調べるとは考えにくい。
「知り合いの妖精の研究者に渡します。採取出来たのはごく僅かですが、喜ぶでしょうねぇ。妖精なんて滅多に出会えませんから」
グリーンはニコニコとしている。
先ほどからグリーンの表情がころころと変わっているので、マシューみたいだとヴァージニアは思っていた。
人は誰しも自分が興味を持つ物事を目の前にすると子どもに戻ってしまうのだろう。
「と、言う訳でヴァージニアさん」
「はい」
「この施設まで届けていただけますか?」
仕事の依頼だ。
グリーンが研究施設の住所を見せてくれた。
「喜んで、と言いたい所ですが魔力が遮断されていないと転移魔法を失敗しちゃうんです」
「!」
とうめいがあの袋かとアピールし、よっぽど嫌だったのかとうめいは少々潰れている。
「とうめい君は知っているんだね。では研究室にあるので取ってきます……」
グリーンが疲れているようなので、ヴァージニアは代わりに取ってくるか聞いてみた。
しかし、現在は重要な物を扱っているそうなので外部の人間を入れてはいけないらしい。
「研究所まで送りますか?」
「お願いします。午後に足腰の痛みで仕事が出来ないのはまずいですのでね」
ヴァージニアはグリーンを研究所まで送った。
数分後グリーンが出てきて、魔力を遮断する袋に入った配達物をヴァージニアに渡した。
「マシュー君には伝えておきますね」
「お願いします」
ヴァージニアはグリーンからの依頼物を届けるために転移魔法した。
ヴァージニアは北の町にやって来た。
この町にも民間の研究所があるようだ。
(可愛い町だな……。古そうな建物が沢山ある)
牧場や博物館よりも妖精に似合いそうな場所だ。
だが実際は出現しないのだろう。
でないと、わざわざ妖精の魔力残渣を送ったりしないと思われる。
(えーっと、あの建物かな?)
ヴァージニアが町中を歩いていると、研究所らしき建物を発見した。
他の建物よりは少々厳つい雰囲気のある建物だ。
彼女は受付を済まして、教えてもらった研究室に行った。
「失礼します。お届け物です」
「はーい。どうぞー」
中から女性の声がした。
グリーンと同じくらいの年齢だろう。
「失礼します」
ヴァージニアが研究室内に入ると、思わず息を飲んだ。
恐ろしいものがあったからではない。
妖精が出てくるおとぎ話を読んだことがあるなら、誰もが心ときめかせるものが沢山並んでいたからだ。
「ごめんなさいね。色んな物がぎゅうぎゅう詰めで驚いたでしょう」
「いえ、その……。ああっ、これが荷物です」
ヴァージニアは顔がにやけるのを我慢しながら、袋から取り出して女性に荷物を渡した。
「グリーン君からでしょう。ついさっき連絡が入ったの。あの牧場に妖精がやって来るだなんて……。私もあそこに勤めればよかったわね。ふふっ」
女性は茶目っ気たっぷりに言った。
彼女はグリーンと同様に穏やかな性格をしているらしい。
「中身を確認するわね」
女性は笑顔で袋を開け、綺麗な妖精の魔力残渣を虫眼鏡で見た。
「……っ!待って、これは上位の妖精のものよ」
女性は穏やかな表情から一変して、やや険しいものになった。
綺麗な妖精は綺麗なことだけあって、妖精の中でも上の立場だそうだ。
(もっと丁寧な言葉で接すればよかった……)
ヴァージニアはもし今度会うことがあれば、今までの言動を詫びようと思った。
人当たりがよい妖精だったので、ヴァージニアはつい気安く接してしまっていたのだ。
「上位の妖精がフラッと牧場に行くわけないわよね……」
「あ、あのすみませんが、書類にサインをお願いします」
「あらごめんなさい。……しかもスライムの上から採取ってどういう事なの?」
女性はグリーンからの連絡の時に聞いたようだ。
(伝えた方がいいのかなぁ?)
「実は私、その場におりまして……」
「ええっ?!」
ヴァージニアは見たこと聞いたことをそのまま女性に話した。
「妖精がスライムの上に寝る……。聞いたことない……」
女性は驚きを隠せず、ポカンとした表情になっている。
「妖精の国ではスライムがいないんですね」
「スライムは魔物だから、結界が張ってある妖精の国には入れないんじゃないかしら?……それにしても争奪戦って、よっぽど気に入ったのね。他に何か言っていたなら教えてくれる?」
もちろん、ヴァージニアは妖精達との出来事はしっかりと覚えている。
「ええっとですね、いつも突然現れていつの間にか会話に参加しているんです」
「え?前にも会ったの?」
ヴァージニアは学園都市の研究所の噴水前と、博物館内での体験を話した。
「ああ、悪戯好きの妖精がいるのは知っているわ。被害者が多いのよ」
「見えない人を狙っているそうですよ」
思い出しただけで腹が立つというか、呆れるというか、とにかく思い出したことを後悔してしまう。
取りあえず、ヴァージニアは心の中でださい妖精を殴っておいた。
「それで悪態を吐くって……もはや悪戯とは言えないわね」
「しかも度々脱獄するので大変だそうですよ」
ヴァージニアはださい妖精が脱獄の常習犯であるのも教えた。
「そうなのね。それにしても危険ね。早いうちに元に戻さないと……」
確かに人間や妖精を困らせているのなら、さっさと元に戻してしまえばいい。
「元に戻すとは、人間で言う受精卵みたいな状態になるのでしたっけ?」
「ええそうよ。大昔に悪さをしすぎた妖精が化け物になってしまったそうでね。それ以来化け物になる前に元に戻すんだそうよ」
生まれる前からやり直させるのだ。
それとも別の個体になるのだろうか。
「スプリガンでしたっけ?」
「ふふっ、よく知っているわね」
女性はにっこりと微笑むと書類に書かれているヴァージニアの名前を確認した。
「……貴女、……ヴァージニアさんは何処から来たの?」
「南ノ森町です」
女性はヴァージニアに興味を持ったようだ。
「じゃあ、この町の涼しさにビックリしたでしょう」
「はい、少し涼しいですね。もう秋になったのかと思いました」
この町は北にあるだけあって、ヴァージニアが普段生活している町に比べたらかなり涼しい。
植生も違う様で見慣れない木々が生えていたし、建築様式も雪国のものだ。
「冬は寒くて大変よ。この町に来たばかりの頃はよく風邪を引いていたわ。酷いときには兄には看病に来てもらったわ。……そうだ、兄は南ノ森町で学校の先生をしているんだけど、ヴァージニアさんは教わってないかしらね。レディントンって名字なんだけど」
先ほどのサインの時に女性がレディントンと書いていたのでヴァージニアは名前を覚えていた。
(グリーンとレディントン、レッド……。グリーンとレッド。覚えやすい……)
「すみません。出身地は別なんです」
「あら、そうだったのね。確か、今は校長をしているんだったかしら?思い出したついでに後で連絡してみようかしらね」
女性は手元の紙に、兄に連絡とメモをした。
(ん?校長?)
校長と言えばジェイコブの伯父が小学校の校長をしている。
ジェイコブの伯父の妹なのだろうか。
「あの、もしかしてお兄さんは小学校の校長先生ですか?」
南ノ森町の小学校は1校だけだ。
「そうだけど、知っているの?」
性別が違うからかジェイコブの伯父とは似ていない。
顔もだが、女性は表情が豊かだ。
「知り合いの義理の伯父さんだそうです」
ヴァージニアはマシューとの関わりは言わないでおいた。
「お義姉さんのご兄弟の、……へぇ。世界は狭いのねぇ」
「狭いですねぇ」
この後、ヴァージニアは女性に研究室内の妖精に関する品々を見せて貰った。
ヴァージニアは満足して牧場に戻った。
とうめいは芸達者と言われて喜んでいる!




