表面張力!
ケヴィン達は南ノ森町には戻らず、灯台近くの町で宿を取ったらしい。
どうやらジェイコブが怒っているのを察知したようだ。
ヴァージニアは沢山の報道陣が来ていたのなら、もしかしてマシューの活躍がテレビに映ったり新聞に載ってしまったんじゃないかと気が気でなかった。
なのでヴァージニアはマリリンに確認してみたが、どの番組でも二人とも見かけなかったそうだ。
そのことが余計にマリリンを心配させたらしい。
(マシューがどこにも取り上げられてないのか。だけど油断は出来ないね。はぁ……。今日は色々と疲れたから考えるのはやめよう……)
ヴァージニアはマシューが寝ているベッドに移動した。
ジェイコブがマシューを背負って家まで運んでくれ、そのままベッドに寝かせてくれたので、ヴァージニアは魔力を消費せず、かつ腰痛にならずに済んだ。
(マシューの魔力はどれくらい回復したんだろう?)
皆はどうやって判断しているのだろうか。
やはりオーラを見ているのだろうか。
(何も見えないから分からないから、いつ目覚めるのか分からない……)
ヴァージニアはマシューがお腹を空かせているだろうと思い、厨房のおじさんに頼みコロッケ定食をタッパーに入れてもらい持ち帰っていた。
そのタッパーは今冷蔵庫の中にある。
マシューは腹を空かせたら冷蔵庫を開けると思うのですぐに見つけるだろう。
「すぅ……すぅ……」
暗くてよく分からないが、マシューの表情に生気が戻ってきたようだ。
ヴァージニアはもう大丈夫だろうと思ったが、やはり安心出来るのは目覚めてからだと考え直した。
(寝よう……)
ヴァージニアが目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。
マシューが目覚めると、隣にヴァージニアが眠っており彼女の手が自身に腹に乗せられていた。
「?」
マシューは自分がベッドに入った記憶が無いので、どこまで記憶があるのか思い出してみた。
皆が移動するどさくさに紛れて一緒に海に行ったのは覚えている。
その後、ブライアンやアリッサの手伝いをしたのも覚えていた。
次から次へと凍えている人が船で運ばれてきたので、病院への搬送の順番を待つ間に彼らを魔法で温めた。
「っ!」
マシューがお腹が空いたと言ったらブライアンが携行食を分けてくれた。
バーベキュー味だったので、コロッケ味はないのかと聞いたらブライアンに見たことないと言われてがっかりしたのを彼は思い出した。
「コロッケ食べてない……」
ここでマシューはお昼に食べるはずだったコロッケを食べ損ねたのを思い出した。
途端に悲しくなりマシューは泣き出してしまった。
「うっ……コロッケ……僕のコロッケ……ぐすっ」
マシューは昨晩からとても楽しみにしていたので悲しくて悲しくて仕方なかった。
彼の涙は目尻から耳の方へ何度も流れていく。
「うっ……うぐぅっ……」
「ぅんんっ……マシューどうしたの?」
マシューの異変に気付いたヴァージニアが目を覚ました。
「どこか痛いの?大丈夫?」
ヴァージニアはマシューに優しく話しかけた。
「ずずっ、コロッケ食べてない……。僕コロッケ食べてないの……」
ヴァージニアはマシューがどこか痛めたのかと思い心臓が痛くなったが、返って来た言葉がコロッケだったので安心した。
正確に言うと彼女は安心と呆れが混じった感情になっている。
「……冷蔵庫にあるよ」
「本当?やったー!」
マシューは泣いていたのが嘘だったかのように、勢いよくヴァージニアの手をはね除けて冷蔵庫に走って行った。
マシューはコロッケを食べてご満悦の表情だ。
「美味しいけど、作りたての方が美味しいね」
「そうだねぇ」
マシューはもぐもぐと元気よく食べているが、ヴァージニアは半分眠っている。
「深夜に食べるコロッケもいいね」
「よかったねぇ」
マシューは新たな楽しみを知った。
「深夜に出来たてを食べるしかないね」
「深夜に食べるのは太っちゃうからあんまりよくないよ」
ヴァージニアは水だけ飲んでいる。
「丸くなっちゃう?」
「なっちゃうよ」
「じゃあ、今日だけにするよ」
マシューは食べ終えたので、食器を魔法で洗った。
「魔法は上手く使えるの?」
「平気だよ。ほら!」
マシューは食器を乾かしてみせた。
彼は仕舞わずにタッパーをテーブルの上に移動させた。
これは自分達の物ではなく借りた物だと判断したようだ。
「魔力はどれくらい回復したのか分かる?」
「んー……?半分ぐらい?」
ヴァージニアはやはり半分の回復で目覚めるのだと確認した。
「完全に回復するまで魔法は使わないようにしようか」
「なんで?」
いつもならマシューは分かったと言っただろう。
だが今日は何故なのか尋ねてきた。
「また倒れたら大変だからだよ」
「日常の魔法なら大丈夫だよ。平気平気!」
彼の魔力の総量からしたら日常生活に使う魔法の消費魔力は微々たる量なのだろうが、塵も積もれば山となるだ。
「回復する前にまた何か起きるかもしれないでしょう?だからね、念のためだよ」
「そっか、念のためかぁ」
マシューは分かってくれたようだ。
「よし。マシュー、歯を磨いてお風呂入ってきな」
「分かった!」
翌日、ヴァージニアとマシューは部屋の掃除をした。
海岸にいたマシューが砂まみれになっていたのに、砂を払わずにそのまま家に入れたからだ。
しかもベッドで横になった。
寝具は昨日のうちにマシューが入浴中に取り替えたが、床は心なしかザラザラしている気がしたので今に至る。
「ふぅ……。魔法を使わないのって疲れるねぇ」
「そうだね」
いつもマシューが魔法で掃除してくれるので、ヴァージニアは少々疲れていた。
昨日の救助活動で普段しない動きをしたので筋肉痛になっているのもある。
「ジニー、失敗したとか思ってなぁい?」
「思ってないよ」
ヴァージニアはふふふと笑顔で言った。
しかしマシューは目を細めてヴァージニアをじっと見て怪しんでいる。
「本当かなぁ?」
「本当だよ」
「んー、本当かなぁ?」
マシューはニヤニヤしているので、怪しんでいるふりをしているだけのようだ。
「秘密だよ」
「なーんだ秘密かぁ」
二人は笑いながら掃除道具を片付けた。
「さて、次は洗濯物を魔法で乾かしてっと……」
ヴァージニアは庭に出て干した洗濯物に手をかざして乾かし始めた。
マシューは窓からその様子を見ている。
「……」
「何、マシュー?」
ヴァージニアは意味ありげなマシューの視線が気になった。
「時間かかるね」
マシューがやればほぼ一瞬で洗濯物が乾くので、ヴァージニアの作業を見ているのは退屈なのだろう。
「他の人もこんなものだよ。自然に乾くのを待つ人もいるしね」
「へぇ、大変だね」
「大変だよ。魔力が少ないってだけで出来る仕事が減るし、しかも給料も少ないしさ」
バカにしてくる人も大勢いる。
何も言わなくてもため息をついている人もいる。
「魔力って増えないの?」
「ちょっとぐらいしか増えないそうだよ」
お気持ち程度の量である。
他の人は増加に気付かないかもしれない。
「ちょっとずつ増やせばいいんじゃないの?」
「生まれつき容量が決まってるんだってさ。容器が小さかったら入れられる魔力も少しでしょ?ちょっと増えるのは表面張力みたいなものだと思うよ」
容器が小さければ表面張力で増える量も僅かだ。
「表面張力ってこぼれるかこぼれないかの奴だね」
マシューはコップに牛乳を注ぐのに、もう少しだけと言いながら失敗したので表面張力を知っている。
「そうだよ。……よし、後は自然の力に任せよう」
衣類の他に寝具丸ごと洗ったので、ヴァージニアの手に余る。
なので乾く時間を早めるだけになった。
「器は大きくならないの?」
「器を大きくするより、回復を早めた方がいいかもね」
エミリーがマシューにかけた自然回復促進の魔法は便利そうだ。
「そうなの?」
「分からない。どっちが体に負担がかからないんだろうね」
「実験する?」
ヴァージニアはマシューの目が少し輝いたのが見えた。
彼女は怖い事言うなぁと思った。
子ども特有の無邪気さからの発想なのだろうか。
「やだよ。器を大きくする方法なんて知らないしさ。大人の身長が伸びないのと同じじゃないかな?」
「大人って身長伸びないんだよね」
「年を取ったら縮む一方だよ。あ、手術をすれば伸びるんだったかな?」
骨延長手術と言うそうだ。
「手術?なんだか痛そうだね……」
「ふふっ。骨をね、切るんだそうだよ」
「骨を切る……。ジニー、怖い話しないでよ」
本当に怖かったようで、マシューの顔色は悪い。
「ごめん。だけどこれくらい危険が伴うんじゃないかな?」
「危険なのはよくないね」
「でしょ?んー、だけど子どもだったらどうなんだろう?魔力の容器は大きくならないのかな?」
子どもの頃から鍛錬したら少し容器が大きくなったりしないだろうか。
「容器を柔らかく出来ないのかな?風船とまでは言わないけど、紙パックならちょっと膨れるよ」
「おー、確かにねぇ。容器が膨れるのかぁ」
これなら容器を大きくするよりかは簡単なのではないか。
「あっ!けど破裂しやすいかも……」
形が変わりやすい物の強度はあまりなさそうだ。
「こっちも危険だね」
結局、回復を早める方が良いと決着がついた。
マシューはコロッケは出来たての方が美味しいと知った!




