長話!
「ヴァージニアさんちょっとお待ちください。検査結果の報告を頼まれているので届けて欲しいのです。届け先は貴女にトカゲのフンを渡した人です」
「分かりました。待ちます」
ヴァージニアはまだ帰れないようだ。
彼女は毒物博士が通信機で連絡が終わるまで待つことになった。
「あ、どうも。先ほどの件ですが。ええ、ええ。そうです。工業地帯の。そうです、そうです。はい。すでに孵化して離乳食段階に。ええ、はい」
ヴァージニアは毒物博士の受け答えを聞きながら、室内を眺めていた。
部屋は整頓されていないが、足場がないわけではないし机にも空きスペースがある。
唯一綺麗に棚に整列させられているのは毒物が入っているでだろう瓶達だけだ。
瓶は色んな形状や色の物があるのだが、それぞれ保存に適した姿なのだろうか。
「そうなんですよ。いやぁ、いくら専門じゃなくたって、これくらいは知っていてほしいですよねぇ」
もしや牧場の研究所の中年男性への文句だろうか。
ヴァージニアは気になったので耳をそばだてた。
「数日の遅れが命取りになるかもしれないのに……。そうです。そうですよー」
命取りと言うことはやはり危険なトカゲのようだ。
人間を襲う危険生物なのだろう。
「ええ。はい。はい。ではまたー」
「……」
連絡は終わったようだ。
「あ、専門じゃなくたっての所は言わないでくださいね。あそこの研究所は優秀な人ばかりだと思っていたので、驚いてしまいましてね」
毒物博士は苦笑いしながら頭をかいた。
「分かりました。……あの、命取りっておっしゃってましたけど、やはり危険なトカゲなんですか?」
「危険といえば危険ですけど、私が命の心配したのはトカゲのほうですよ」
短い時間だが毒物博士と接していたら容易に想像出来たが、ヴァージニアは念のため人間への影響について言ったのではないかと考えていた。
「……大きくてフンに毒もあるトカゲなので強そうですけど、心配になる理由はなんでしょうか?」
野生動物がこのトカゲの毒フンを食べてしまったら死んでしまうし、大きなトカゲなら天敵も少なそうだ。
「単純に私が毒好きなのもありますが、希少価値が高いトカゲなんです。昔は全身が素材に使われてたそうですよ。特に革が綺麗で丈夫なので高値で売買されていたそうです。後は肉です。大変美味だそうですよ」
このトカゲはグリーンスライムのように過去に乱獲がされていたようだ。
「そんな理由があったんですね。てっきり禁止なのは毒のフンをするからかと思ってました」
「それもありますけど、絶滅に瀕しているからですね。あと生息環境です。周囲が毒の場所って人間が住んでいる場所にはないでしょう?ヴァージニアさんはある日突然、今住んでいる環境と大きく異なる場所に連れて行かれたらどう思いますか?」
「私は不快に感じると思います」
勿論、全然違う環境で暮らしたい人もいるだろう。
都会に住みたい人、田舎に住みたい人、常夏、極寒など様々だ。
「でしょう?きっと大きなストレスになります。それが自分が望んでいない場所でなら尚更です」
元々暮らしていた所と異なる場所に連れて行かれたら、ストレスで体調を崩すだろう。
「もしかして逃げ出したのって、子トカゲのためでしょうか?」
先ほど毒物博士が言った大丈夫はトカゲの保護について言っていたのだろう。
人間のための言葉ではなかったのだ。
「かもしれませんね。それで工業地帯に辿り着いたと……。工業地帯の名誉のために言いますが、有害物質を垂れ流しているとかではなく、おそらく廃液置き場とかに暮らしているんじゃないですかね?なので、そこら辺を中心に捜索してくれるそうですよ」
「見つかるといいですね」
「そうですねぇ。……あ、検査結果を書きますね」
毒物博士はカタカタとキーボードで文字を入力した。
文字は魔導具らしき機械の画面に表示されている。
(便利な魔導具だな……。それにしても凄い速さだなぁ)
毒物博士は手慣れた様子ですぐに検査結果の報告書を作成して封筒に入れヴァージニアに渡した。
「後はこれもよろしければどうぞ。私はもう家族と行ったので」
「?……ありがとうございます。展覧会ですか?」
ヴァージニアは毒物博士からチケットを受け取った。
どうやら割引券のようだ。
「ええ、千年前の勇者と魔王の時代の展示品だそうですよ。妻も同じチケットを貰ったので余ってしまいましてねぇ。ここの研究所の関係者は全員貰っているので譲渡先に困っていたのです」
毒物博士には妻がいるようだ。
「そうでしたか。あの、目玉の展示物はどんな物ですか?」
「残念ながらめぼしい毒や薬はなかったです。妻や子ども達は喜んでいたんですけどねぇ……」
毒物博士には子どももいるようだ。
かなり癖が強い人物だが、悪い人ではないので妻子がいてもおかしくないだろう。
「ありがとうございます。博物館は市内にあるんですね」
「そうですよ。どうやら国内の博物館を巡回しているようです」
「へぇ……」
ヴァージニアはチケットに印刷されている写真を凝視してしまった。
これを見せたらマシューはどんな反応を見せるだろうか。
「まだ1ヶ月期間がありますから行けたら行ってみてください。毒物はなかったですが、他の展示物はなかなかボリュームがありましたよ」
「面白そうですね。へぇ、音声ガイドもあるんですね」
「子ども向けのワークショップもあったのですが、人気なのでうちの子は参加を断念しました」
勇者と魔王の時代の展覧会で何を題材にワークショップをするのだろうか。
(まさか古代文字……ではないな。本は隠されてたんだし……)
ヴァージニアは今もあの不思議な体験を覚えている。
隠された書架の中に何者かがいてヴァージニアに本を渡してきたのだ。
「剣や杖を作らせるなんて面白いですよね」
「えっ武器じゃないですか」
少年達が雨上がりに傘を振り回すように、作り終わったらあちこちでチャンバラが始まりそうだ。
「もちろん形だけで飾りみたいなものですが、男の子は大喜びですよ。他にはアクセサリー作りもありましたよ」
格好いい物と可愛いあるいは綺麗な物が用意されたそうだ。
「へぇ。どちらも当時のデザインなんですか?」
「そのようです。まぁ、勇者と魔王が何を使っていたかなんて誰も分からないので、絵画や実物などの資料が残っている物からデザインを選んで組み合わせる仕組みのようです」
「何だかわくわくしますね」
「その要領で、薬の調合も体験させればいいのに……」
毒物博士は真顔でボソリと言った。
「それはとても危険じゃないですか?」
命に関わりそうだ。
「ふふふ、冗談ですよ」
つい最近聞いたような台詞だ。
ヴァージニアは研究者とは皆こうなのだろうかと思い顔が引きつりそうになった。
「ですが、調味料ぐらいならいけそうな気がします」
「謎の味が誕生しそうで怖いです……」
「失敗から学ぶものですよ。ふふふふふ」
味覚がどうにかなるような失敗は御免被りたい。
「さてと……お金はギルド経由で構いませんか?」
「はい。お願いします」
フリーランスだと直接貰えるが、ギルド所属だとそれは出来ない。
しかし、実際は皆隠れてやっている。
(何故って仲介料云々が取られないからね。はぁ、やっと解放される)
「では、失礼致します」
ヴァージニアは漸く毒物博士の部屋から出られた。
ヴァージニアが1階に到着すると、どこかで見覚えのある女性がいた。
しかし誰だか思い出せず、ヴァージニアは悩んだ。
(誰だっけ?研究所にいるんだから……)
「鑑定魔導具……?」
「え?」
ヴァージニアは思わず声が出てしまい、女性に不審そうな目で見られてしまった。
「え、あ、すみません。以前荷物を届けた者です」
「…………ああ!1組だけ生き物のフンに気付いた人!」
今日はフンだらけである。
女性は目を輝かせヴァージニアのすぐ近くまでやって来た。
「はい。気付いた人です」
ヴァージニアは女性が何故目を輝かせているのか謎だった。
「今日も荷物を届けにいらしたんですか?」
「そうです。依頼内容は明かせないのですけど」
「お疲れ様です。あー、なんだか堅苦しくなってて驚いたでしょう?」
女性はうふふと怪しげに笑っている。
どうやらこの話題を振りたかったようだ。
「はい。認証やら鑑定やら一致やらって言われまくりました」
「私達も驚きましたよ。突然報告されたんですよねー。それであっという間にこんなに厳重になっちゃって……」
「あれ?研究所内で何か事件があったんじゃないですか?」
機密情報が盗まれたり流出したり、ましてや不審者が侵入したわけではないようだ。
「まさか。少なくともここの研究所では何も起きてないですね。別の研究所に友人がいるのですけど、そこでも何も起きていないんだそうです」
「へぇ、不思議ですね」
何の理由もないのに、ここまで厳重にするのはおかしい。
「んで!」
ヴァージニアは女性に腕を掴まれ階段の陰に連れて行かれた。
「んでね、だとしたら王都にある研究所しか残ってないんです。やらかしたのは!」
女性はヒソヒソと話しているが、興奮しているのか語気が強くなっている。
心なしか女性の鼻息が荒い。
「王都の研究所が何やらお貴族様を怒らせちゃったんだろうって、もっぱらの噂です」
「貴族を怒らせる?あのエリート達がですか?」
局長のヘンリエッタや彼女の秘書のヒューバートは身なりもよく、見るからに超がつくほどのエリートだ。
そんなに身分も頭もいい人達が何かをやらかすだろうか。
「前から目をつけられていたとかって聞きましたよ!おかげで私達もとばっちりですよ。ずぅっと見張られているみたいで気分が悪いです。実用化に向けた実験だって噂もあります」
頭がいいからこそ煙たがれているのかもしれない。
「研究員さんも毎回認証とか鑑定とか言われるんですか?」
「はい、やられます。なんなら今さっきやられましたし、4階に戻ったらまたその階の魔導具にやられるんですよ。休憩でちょっと外に出ただけでも次々にね!」
「大変ですね……」
訪問客だけでなく研究員達も鑑定されている。
それも1日1回ではないそうだ。
「ちなみに建物から出たらじゃなくて研究室から出る度なんですよ」
「うわぁ……」
以前ヴァージニアが来たときは球体には少し可愛げがあったが、今回のは少々嫌な思い出が残ってしまいそうだ。
「はぁ、前は近くのお店でランチをしていたんですけど、美味しいランチを食べてきて気分がいいのに、戻って来たらすぐに色々と調べられるせいでテンションが下がるんです。だからあんまりお店に行かなくなっちゃいました。それどころが研究室にこもる時間が増えましたよ」
新しい球体は研究員の意欲低下だけでなく、周辺の飲食店の売り上げも下げているようだ。
「気分が下がったら研究の質も落ちちゃうかもしれないですよね」
「ただでさえ、せっつかれてるのに……。はぁ……」
ヴァージニアはこの後も女性の愚痴を聞かされた。
ヴァージニアの足は限界だ!




