再会から再訪!
グリーンととうめいと別れ、二人は牛舎に向かった。
マシューは今日も大きな牛達をブラッシングする。
「お、マシュー君。今日もよろしく頼むよ」
乳牛をブラッシングしたら乳の出がよくなったそうだ。
おかげでマシューは牛達だけでなく、牛舎の人達からも人気だ。
「あっちだね」
マシューは慣れたもので、案内されることなく本日分の乳牛がいる区画にスタスタと歩いて行った。
(職人っぽい……)
ヴァージニアにはマシューの小さな背中が熟練の職人のものに見えた。
(あ、そうだ。そんなことを考えてるいる場合じゃなかった)
「何か私に出来ることはありますか?」
ヴァージニアはずっとマシューの仕事を眺めているわけにはいかないので、何か仕事がないか尋ねてみた。
「それがですね、珍しいことに今日は特にないんですよね」
いつも何かしらあるので本当に珍しいことだ。
「そうですか……」
(ギルドに戻って何か仕事を探そうかな?)
食費を稼がないといけないので、のんびりしている暇はない。
何か依頼が追加されているかもしれないので、ヴァージニアはギルドに行って確かめようと思った。
「教えてくださってありがとうございます。私はギルドに行ってきますのでマシューに伝えておいてください」
「分かりました。伝えておきます」
マシューはかなり集中してブラッシングをするので、途中で話しかけてはいけない。
彼の気が逸れたら牛にも迷惑だろうし、万が一牛が暴れ出したらいくらマシューでも無傷じゃ済まないだろう。
たかがブラッシングと侮ってはいけないのだ。
ヴァージニアが牛舎から出ると、見覚えがある人物と大きめの魔獣がいた。
アリッサとブラッドだ。
「あれ?ヴァージニアさんだ」
アリッサとヴァージニアは目を丸くして驚いているが、ブラッドは匂いでヴァージニアがいると分かっていたのか驚いていない。
「おはようございます。お久しぶりです」
牧場に熊が出没したら騒ぎになりそうだが騒ぎになっていない。
ブラッドは無闇に獲物を襲う危険な魔獣ではないと人間以外にも知られているのだろう。
「おはようございます。……もしかしてマシュー君もいますか?」
「はい、いますよ。奥で牛のブラッシングをしています」
ヴァージニアはマシューがいる牛舎の方を見た。
「ああ!やっぱりブラッシングが得意な男の子ってマシュー君だったんですね」
アリッサはにっこりと微笑み、納得したような顔になったが、彼女の隣にいるブラッドは相変わらず無表情だ。
彼にはマシューも匂いで分かっていたのだと思われる。
「もしかして、噂になってるんですか?」
魔獣使いの間で話題になっていたら、そのうち別のグループにも噂に広まってマシューの存在が知られてしまう。
依頼が殺到したら儲かっていいが、彼が異常なほど魔力が高いと知れ渡ったらマシューを利用しようとする魔の手が伸びてくるだろう。
そうなったらと思うとヴァージニアは不安で仕方なかった。
「いえ、知り合いに聞いたんです。父の知り合いで獣医をしている人なんですけど」
ヴァージニアは名前は分からないが、最初に牧場に来たときにあった獣医を思い出した。
彼はアリッサとブラッドを知っていたからだ。
これを知ってヴァージニアは少し安心出来た。
「その獣医の方に許可を頂いてマシューがこの牧場でブラッシングを始めたんです」
「へぇ、そうだったんですね。牛達の健康状態が良くなっているって驚いてましたよ」
「そうなんですかぁ。ははは」
(あれだ。いつものおまじないかな?元気になれ的な?)
魔法だったら魔力残渣でマシューが何かしたとバレそうだが、おまじないだと残らないようだ。
ただブラッシングのおかげだと思われているらしい。
(相手に合わせてブラシを魔力だかオーラだかでコーティングしてるから毛艶がよくなるんだよね)
先ほど見た乳牛たちもかなり毛並みがつやつやとしていた。
彼女らは心なしかご機嫌そうにも見えた。
ストレスの有無が乳の出や質にも関係あるだろうから機嫌がいいに越したことはない。
「アリッサさん達は何しにいらしたんですか?」
「ブラッドの健康診断ですよ。たまにお願いしているんです」
アリッサはブラッドの頭に手を置いた。
夏毛なのだろうが毛足が長い。
冬になったらよりモコモコになるのだろうと思われる。
「体調管理は大事ですからね」
「フンッ。何ともないのは自分で分かる。無駄な行為だ」
ブラッドはそっぽを向いた。
「以外と自分では気付かないものだよ」
アリッサはブラッドの頭をもふもふと撫でている。
気持ちよさそうな毛並みなので、ヴァージニアは少し羨ましくなった。
「そうですよね。沈黙の臓器と呼ばれるのもありますし、用心するに越したことはないですよね」
「ええ、気付いたら手遅れだったなんて嫌ですよ」
アリッサがブラッドの頭をワシャワシャ撫でると、ブラッドはアリッサの影に入って姿を消した。
ヴァージニアはじぃっとアリッサの影を見つめてみるが、ブラッドの気配はまるでない。
「照れてるんでしょうかね」
「多分そうだと思います」
アリッサはフフッと困り笑顔になった。
「じゃあ、私はギルドに行って仕事を探しに行くので失礼しますね」
早く行かないと無くなってしまうかもしれない。
ヴァージニアに出来る事を考えたら尚更だ。
「ヴァージニアさんはマシュー君を送りに牧場まで来たんですか?」
アリッサは不思議そうな顔をしているが無理もないだろう。
マシューなら自分で転移魔法が出来るだろうからだ。
彼は出来ないと言っているが、マシューがヴァージニアに甘えたいので出来ないと言っているだけだと思われる。
「いつもはギルドの仕事がなかったら牧場のお手伝いをしてお駄賃を頂くんですけど、今日は何もないみたいなんですよ。なので改めて依頼の確認をしようと思いまして」
アリッサ達のような実力者だったら経験しなさそうな話なので、ヴァージニアは少し恥ずかしくなってきた。
ヴァージニアはアリッサ達のように売れっ子になれたらと思っているが、残念ながら魔力量は生まれながらのものだそうだ。
訓練すれば微増するらしいが極端には増えることはない。
技術を磨こうにも彼女は通常の攻撃系の魔法はまるで使えないし、転移魔法の技術を伸ばそうにも、どの術者も感覚でやっているので指導法や練習法が確立されていない。
転移魔法出来る人は皆何となく自分に合っている方法で練習しているのだ。
「研究員にも聞いてみましたか?」
「何かありますかね?」
無理矢理仕事を作ってもらったのに駄賃をせびるのも心苦しい。
だが、それくらいの図々しくないと食っていけないのは事実だ。
「あると思いますよ。今こっちに白衣を着ている人が向かって来てますから」
「ええっ?」
「おーい!」
ヴァージニアがアリッサの視線の先を見てみると、中年男性が走ってきていた。
牧場なので足場は平らではない。
中年男性は何度か足をとられそうになっていた。
「はぁ、はぁ……転移魔法出来る人ってのは貴女かい?」
中年男性は迷いもせずアリッサに話しかけた。
転移魔法が出来るのは魔力が高い人と相場が決まっているので間違えても仕方ない。
だが、ヴァージニアとしてはどちらなのか聞いて欲しかった。
決めつけられると流石にへこんでしまう。
「いいえ。私ではなく彼女ですよ」
「ええっ?そうなの?」
そうなのとは何だとヴァージニアは思ったが、仕事の依頼者のようなので嫌な顔はしなかった。
「そうなんですよ」
「ふーん……」
中年男性は不服そうにヴァージニアをジロジロと見た。
(魔力が大してなくて悪かったな!)
ヴァージニアは中年男性を睨みつけたかったが、依頼を持って来た人なので営業スマイルをしておいた。
「何か御用でしょうか?」
「ん?ああ、これを届けて欲しくてね」
中年男性はずいっと厚みのある封筒を突きつけてきた。
ただ単にぶっきらぼうなのか、失礼な人なのか。
先ほどの態度を見ると後者だろう。
グリーンの爪の垢を煎じて飲ませたいとヴァージニアは笑顔で思った。
「これの中身はなんですか?」
「何かトカゲ系の魔獣のフンらしいが、毒物を含んでいるのが分かったんだ。ここでは調べきれないから国立の研究所に送って欲しいんだよ」
この牧場に併設されているのは国立ではなく民間の研究所なのだ。
王都にいる局長とは関わりがないようなので、マシューにブラッシングの仕事をさせている。
「毒物ってことは王都ではなく学園都市の方ですね」
「おおっそうだ。分かっているじゃないか。聖マリア・マリアン市の国立研究所の毒物博士に届けてくれ」
「ああ、マリマリにいる毒物博士なら前に私達に毒きのこ採取の依頼をされた方ですね。それでヴァージニアさんに届けていただいたんでしたね」
聖マリア・マリアンは通称マリマリと呼ばれているらしい。
確か母親と娘の名前だったはずだ。
「おお、行ったことがあるなら話が早いな。連絡はすでにしているからよろしく頼むよ」
中年男性に必要書類を書いて貰い、アリッサに行き先の変更をマシューに伝えるように頼み、ヴァージニアは学園都市に転移魔法した。
ブラッドは照れている!