ヒューバートの危機!
ヒューバートは局長のヘンリエッタに呼ばれて彼女の部屋に行った。
彼がドアを開けると秘書の先輩達もいたので何か起きたようだ。
彼らは何やら物々しい雰囲気を纏っており、ヒューバートは唾を飲み込み部屋の中に一歩入りドアを閉めた。
誰も喋っていないので、ドアを閉める音が不気味に聞こえた。
彼が部屋の主と先輩達の方を向いた時にヘンリエッタが息を吸い口を開いた。
「こんにちはヒューバートさん」
ヘンリエッタは口元は笑っているが、目元は全然笑っていなかった。
「こんにちは。……皆さんお揃いで何かあったのですか?」
この言葉が悪かった。
「君のせいだよ」
「えっ?」
男の先輩がフフフと声を出して笑っているが怖すぎて、ヒューバートはさあっと青ざめた。
いつも穏やかな人なのにこんな表情をするなんて、一体何があったんだろうか。
「事の重大さを何も分かっていないんだ。へぇ……」
「あ、あの……」
女の先輩は無表情で目の光りがない。
「ハァ……。しでかしてくれましたね。南ノ森町のギルドから抗議が来ていますよ」
「あ、あれはっ!……っ、分かりました。ただちに謝罪に行きます」
ヒューバートは言い訳をしようと口をパクパクさせたが、すぐに悪手だと気付いた。
なので謝罪に行こうと、体の向きを今さっき入って来たドアに向けようとしたが、ヒューバートは男の先輩に腕を掴まれて止められてしまった。
「待ちなさい。ジェーンさんをご存じですよね」
ヒューバートがヘンリエッタの顔を見たら、言い知れない感情が沸き起こってきたのを感じた。
「はい……」
ヒューバートは質問の意図も分からないし、この感情も分からない。
何なのか分からず彼は混乱している。
ただ、彼の顔から血の気がないのは分かっている。
「彼女が何者なのかも知っていますね」
「え、あ……」
もう一つ、冷や汗をかいているのも分かった。
「彼女は顔が広いのです。王侯貴族から各地の有力者、どこを探しても彼女と親しい人がいます」
「ファンが多いんですよね」
男の先輩は笑顔のままで言った。
「ええそうです」
「かく言う私も子どもの頃からファンなのです。雷竜の討伐に行ったのに友になって帰ってきた話はとても面白かったです。毎日、飽きずに友と話をしていました」
男の先輩は童心に返ったかのように、目を輝かせていた。
「あれは驚く以外の反応は出来ませんね。特に雷竜は気性が激しいですから、人と戯れるなど考えられませんよ」
ジェーン一行は雷竜の背に乗って帰ってきたそうだ。
最初は彼女達が討伐に失敗して、雷竜が街に攻めてきたと思われたらしい。
「私はあの話が好きなんです。現国王陛下の産湯に使う水の採集に行ったという」
「ああ、百年に一度咲くと言われる大きな花につく露を取りに行ったやつですよね」
どこに咲くのか分からない花で、栽培も不可能だそうだ。
開花する日もちょうど良く合わないと採集出来ない。
これは国王の直系の長子が誕生する時だけの無理難題の依頼である。
だがこれだけの難題なのに、毎回必ず一組あるいは一人は遂行出来るので不思議である。
八百長を疑われたりするが、随一の実力を持った者達なのでその疑いもすぐに消える。
「他のパーティは花を探し出すことすら出来なかったそうじゃないですか」
仮に見つけたとしても花が咲かなければ意味はない。
「顔の広さがあるからこそ情報収集が出来たのでしょうね」
「あの、その……」
ヒューバートは戸惑うことしか出来なかった。
話について行けないのもあるが、何故そんな話をしだしたのか分からないのだ。
「話が脇道に逸れてしまいましたね。話を戻しましょう。……抗議が来たと話しましたね」
「はい」
「なんと、陛下のところにまで話が行ってしまいました。どうしましょうねぇ……」
ヘンリエッタは相変わらず目が笑っていない。
「あの……申し訳、ございませんでした……」
国の一番上にまで関わって来るなんて一微塵も思っていなかったので、ヒューバートは頭が真っ白になっていた。
それでも謝罪の言葉が出て来たのは局長の圧のおかげだろうか。
「まぁ、もうどうしようも出来ないのですけどねぇ……」
ヘンリエッタが小さく声を出して笑うと先輩達も不気味に笑った。
「私はっ!如何なる処分も受けますっ!」
ヒューバートは不気味さや他の負の感情を振り払うために大声で言った。
こうすれば相手の態度も柔和になるのではないかという淡い期待もある。
「処分はもう出ていますよ」
しかし、ヘンリエッタはそんなヒューバートを尻目に淡々と喋った。
「え?」
ヘンリエッタがヒューバートに見せてきた一枚の紙にはヒューバートの減給が記されていた。
あまりに彼らが脅かすのでもっと厳しい処分が下されたのだとヒューバートは思っていたが、内容は拍子抜けするものだったので、彼はこんな物かと思ってしまい僅かに気が緩んだ。
そんな彼の変化を先輩達は見逃すはずがない。
「それでね、なんとヒューバート君以外にも処分が言い渡されたんだよ」
「え?」
「局長と同じように私達秘書も王都から出られなくなったの。外出申請しても無理なの。3ヶ月間って期限があるけどね」
ヘンリエッタを気に入らない者達のせいで、秘書達も危険と判断されたのだ。
「処分は私だけじゃないんですか?」
「連帯責任だそうだよ。ヒューバート君」
「私ね、来週から彼氏と旅行に行く予定だったんだよね。リゾートにね。やっとの思いで予約がとれたのにね!」
「すっすみません」
女の先輩の恨みがこもった顔と言い方に圧倒されてしまった。
「私は再来週です。家族旅行の予定だったのに……。ああ、また子ども達にお父さんの嘘つきと言われてしまう……」
男の先輩はがっくりと肩を落としている。
「もう一人、今休暇中の彼は現在一人で王都に向かっています。せっかく家族との旅行中だったのに……。気の毒に……」
ヘンリエッタの表情は心の底から気の毒に思っているようで、作ったものではなくとても自然な表情だった。
「フンッ、だいたい拘束魔法って何?」
「相手が犯罪者でもないのに許されるはずないだろう。ジェーンさんが怒るのも当然だな」
先輩二人はヒューバートを軽蔑の目で見ている。
今までヒューバートがどんな失敗をしても彼らはこんな表情にはならなかった。
「ああするしかなかったのです。そうでなきゃ少年に近づけませんでした」
「ハハハ、反撃されてのこのこ戻って来たのは何処の誰だろうね?」
ヒューバートは結局少年と会話するどころか、姿を見ることも出来なかったのだ。
「少年を探していたら、急に足場がなくなりまして……その……、おそらく相手の魔法だと思います」
「そりゃ攻撃したらやり返されるだろう?考えてなかったのかい?」
「あの距離だとヴァージニアさんの魔法は届かないと思ったのです」
ヴァージニア自身は長距離の転移魔法が出来るが、自分に接触していない人や物だけの移動は不可能に近いほど不得手だ。
彼女から離れてしまうと何も移動させられないのだ。
なのでヒューバートには攻撃出来ないと思っていた。
「なら少年の魔法だろう。魔力の量が異常に多いのだから何でも出来るだろうからね」
「あ!少年の魔力は感じられましたよ。かなり凝縮された密度の高い魔力でした。あんな魔力は初めてです」
途中で少年の気配が消えたが、魔力の残渣はあるものの漏れ出た魔力を感じられなかった。
膨大と言ってもいいくらいの魔力があるのに、何も感じさせなくするとは恐ろしい才能だ。
「ヒューバートさんが言うのなら間違いないのでしょうね」
「はい。少年の魔力はきちんと覚えました」
ヒューバートはヘンリエッタの言葉が少し嬉しかったが、すぐに打ちのめされる。
「覚えてどうするんだい?」
「相手も覚えているだろうから、警戒されて近寄れないと思うよ」
逆に相手からも探しやすくなり、攻撃を仕掛けられる可能性もある。
「うっ……」
「君は浅慮だなぁ」
「すみません……」
ヒューバートは全くその通りなので言い返せなかった。
「まあまあ……そこら辺にしましょう。彼は自分の能力を過信してしまう自信過剰君なのは前から分かっていたでしょう?」
「ええっ?!」
「ぷぷっ。なんですかソレ……」
「自信過剰君ですか。ククッ……」
ヒューバートは変なあだ名を付けられてしまったので、これを機に普段の態度を改めようと決意したのだった。
ヒューバートは不名誉なあだ名を付けられた!