名付ける!
とうとう少年に名前が!
※2020/11/05加筆修正いたしました。
ヴァージニアは食器と少年の顔を洗った。
少年は大人しく顔を洗われていた。
(自分だけでも精一杯なのに…人の世話をするのって大変)
どっと疲れてしまった。
少年に歯を磨くのを教えた。
少年の髪を三つ編みにするのも教えた。
歯磨きは覚えたらしいが、三つ編みはまだ練習が必要だった。
「はぁ…やっと終わった…」
「なにがおわったの?」
「寝る準備かな」
世の中の親の凄さを身にもって感じた。
二人で寝るには窮屈なベッドに移動した。
(今のくらいの大きさなら平気かな?)
ヴァージニアは少年を隣に寝かせた。
「灯り消すよ」
「うん」
魔法で照らしていた灯りを消した。
「おやすみ」
「みー」
ヴァージニアは目を閉じた。
一度眠ったとはいえ、完全に疲労回復をしたわけではなかったので、すぐに眠りにつけそうだった。
だが、少年は違うようだった。
「ねぇ、ヴァージニア…」
「…ん、なにー?」
ヴァージニアは目を閉じたまま返事をした。
「ぼくもジニーってよんでいい?」
「いいよぉー」
「やったぁ!うふふ!」
少年は小さな声で喜んだ。
朝になった。
ヴァージニアは桃の缶詰の残りを切ってヨーグルトに入れた。
他にもパンを焼いて目玉焼きも作った。
サラダを用意しようかと思ったが、いくら冷蔵庫に入れていたとしても購入して数日経過した野菜はしなびていたので止めた。
少年はまだ寝ているので起こしに行った。
「少年起きろー朝だよーおーい」
「んんー」
少年の寝相はよろしくないようだ。
今もベッドに対して横になって寝ている。
なんならヴァージニアは寝ている時に何度か蹴られた。
「朝ご飯出来たよ。桃の残り食べるんでしょう?」
「あっ!」
少年は勢いよく起きた。
やはり桃が好きらしい。
「おはよう」
「ジニーおはよう!」
少年はにっこり笑っている。
(いい笑顔だね)
朝食を食べる前に顔や手を洗わせ、口を漱がせた。
本当は歯を磨いた方がいいらしいが、面倒臭いのでうがいだけにした。
「いただきます」
「いただきます!」
少年はヨーグルトをじっと見つめている。
「もも…」
「…桃が入っているよ」
最初は不満げな顔をしたが、結局美味しそうに食べていた。
パンと目玉焼きもペロリと食べてしまった。
ヴァージニアは本気で食費を心配した。
朝食が終わって食器を片付けた頃、ジェイコブが少年のために服を持って来てくれた。
「ありがと…」
少年はヴァージニアの後ろに隠れて礼を言った。
「お礼を言えるようになったのか。偉いな!」
「ありがと…」
褒められたのでまた礼を言った少年はやはりヴァージニアの後ろに隠れたままだった。
(やっぱり人見知りなのかな?)
ジェイコブが帰り、少年に服を着せる。
男児用の古着のようだ。
マリリンだったら可愛い服を入れてそうだが、ジェイコブが阻止したようだ。
下着や肌着は新品だ。
(パンツは水を通したほうがいいかな?)
下着と肌着を水通しした。
魔法を使えばすぐに乾くから問題ないだろう。
「少年、今日はどの服がいい?」
「ぼくわからないから、ジニーがきめて」
何故か少年は上目遣いをして、もじもじしている。
照れているのだろうか。
「んー、可愛いのにしようかなぁ~」
「や、やだー!」
結局上下とも少年に選ばせた。
(毎日選ばされたらイヤだもんね)
「あ、着替える前に下着を乾かさないとね」
魔法で乾かして、少年に下着と肌着を着てもらう。
「…はいパンツ」
「ぱん?」
「パンツ。下につける下着ね」
「わかった!」
少年がハーフパンツを脱ごうとしたので、ヴァージニアは後ろを向いた。
「できた!みてみて!」
「んーえらいえらい。パンツは見せびらかす物じゃないからさっさとズボンを履こうね」
少年が着替え終わり、少年に髪を梳かさせている間にヴァージニアも部屋着から外出用の服に着替える。
少年がチラチラ気にしてくるので脱衣所で着替えた。
(ませてるのかな?)
「よし、食費を稼がねばならないので出かけるよ」
「うん!」
ヴァージニアと少年はギルドに行った。
ギルドにはピンからキリまで様々な仕事の依頼が集まる。
凶悪な魔獣の討伐や、護衛、運搬、採集などその他様々な依頼が届く。
ヴァージニアは護衛や運搬の仕事が多い。
護衛の場合、賊が出たら護衛対象と一緒に安全な場所に転移魔法して逃げる。
ただし、普通体型の人を一人だけしか出来ない。
運搬だったら、ヴァージニアが手に触れている物だったら一緒に移動出来るので、緊急を要する物を運ぶ。
ただ、質量があると難しくなるのでヴァージニアが背負える荷物までだ。
「おはようございます」
「おはよーございます」
ギルド内に入ると、何人かが掲示板を見ていた。
掲示板には仕事の依頼書が掲示されており、これを見て仕事を受けるか否か決める。
実力に合わない仕事を受けると失敗、最悪死亡するのでギルドに所属する者は等級がつけられている。
依頼書にはギルド側が指定した等級が記されているので、これを見て判断出来るようになっている。
「ヴァージニアおはよう。その子が噂の子ね。ジェイコブから聞いているわよ」
受付の中年女性…いや、看板娘が言った。
ジェイコブが根回ししてくれたようだ。
「遠い親戚の子なんですってね。大変だったのねぇ」
「ええ…」
「?」
ジェイコブは何を言ったのだろうとヴァージニアは思った。
「可愛いわねぇ。お嬢ちゃん、名前は何て言うの?」
「ぼく、おとこだよ!」
きちんと男児用の服を着ているのに、性別を間違えられるのは長髪と顔のせいだと思う。
少年は本当に整った綺麗な顔をしているのだ。
(あ…!)
「ちょ、ちょっと失礼します」
少年と一緒に部屋の隅に移動し、ヒソヒソと話をした。
「名前、思い出した?」
「んーん」
少年は首を左右に振った。
「名前…どうしよう……」
「ジニーがきめていいよ」
「ええっ?そんな人の名前だなんて重大な…」
少年の黒い髪が目についた。
「そうだ。マシュー…マシューにしよう」
「マシュー?」
少年は目を輝かせ頬も赤くさせた。
「えへへ…ぼくのなまえ…」
ヴァージニアは罪悪感を覚えた。
マシューと言うのはヴァージニアが幼い頃に近所の老夫婦が飼っていた黒い毛の犬の名前なのだ。
犬のマシューはとても賢くて優しくていつもヴァージニアを助けてくれた。
人攫いや倒木などから守ってくれたのだ。
「マシュー、受付に戻るよ」
「んふふ、ぼくマシュー」
少年はとても嬉しそうだ。
「すみません、戻りました」
「あら、大丈夫?」
「ええ、この子はマシューと言います。私が仕事に行っている間、預かって下さいますか?」
「いいわよ」
看板娘はにっこりと目尻に皺を作って笑った。
「ぼく、ジニーといっしょにいる!」
「ええっ?」
「あら~、お姉ちゃんと一緒にいたいのねぇ」
「ジニーはジニーだよ!」
まわりからニヤニヤされている。
ヴァージニアは恥ずかしかった。
「ヴァージニア、モテモテだな!」
「将来有望そうな子だからよかったじゃない!」
ニヤニヤしていた人達から冷やかされてしまった。
少年が大きくなる頃にはヴァージニアも年を取っている。
「んー、マシュー君も一緒に出来る仕事だとこれしかないわねぇ」
「採集かぁ…。しかも居住区での採集だから一番下のランクだよ…」
「ねぇジニー、このはっぱでいいの?」
「うん…」
二人はギルドからそんなに離れていない広場で草を刈っていた。
正確には薬草摘みだ。
「実習で使うなら栽培すればいいのにね」
「そうだね!」
(栽培の意味知っているのかな?)
マシューは真剣に薬草を摘んでいる。
摘んでは籠に入れ、摘んでは籠に入れの繰り返しだ。
「マシュー楽しい?」
「たのしいよ!」
「よかったねぇ…」
「うん!」
二人合わせてもお昼代にしかならないだろう。
それくらい初歩の初歩の依頼なのだ。
熱中症にならないように帽子と飲み物を買ったので出費の方が多そうだ。
(どうしよう…)
ヴァージニアはこの先どうするかを考えたが、何も浮かばなかった。
(やっぱり少年…マシューを預けないと…)
チラリと少年を見る。
(身長からして6、7歳ぐらいかと思ったけど、それにしてはちょっと幼い喋り方をするような…)
多分だが、最初に会った時にヴァージニアにした術か何かが完全じゃなかったのだろう。
(一瞬で手を離したから、私の記憶を読み取りきれなかったんだ…多分、おそらく、もしかしたらだけど……)
マシューはヴァージニアを見て嬉しそうに笑った。
「あっ!」
笑ったと思ったら、マシューがヴァージニアの後ろを見て声を上げた。
そしてどこかへ走って行った。
「おーい、私から離れちゃ駄目だよー!」
いくら居住区といえど、はぐれ魔獣が出たりするのだ。
マシューを追いかけると木に何かの果物があった。
「これなに?」
「お!これは!魔力回復薬の材料!」
ヴァージニアの握り拳ぐらいの大きさの赤い実がなっていた。
「たかい?」
「買い取り価格?高いよー。薬草よりもずっと高い」
これを売ればいい値段になる。
色も大きさも十分だ。
「よし、いくつか採っていこう」
ハサミで二人で持ち運べる量を収穫した。
籠も持たないといけないので、そんなに多くはない量だ。
「これで三日分の食費を稼げた」
少量でも三日分の食費になるのだ。
「よかったね!」
「マシュー偉い!」
「やったぁ!」
マシューはぴょんぴょん跳んで喜んでいる。
薬草もまあまあ採集出来たので籠を回収して帰ろうかと思った。
「あ!」
「今度は何?」
マシューが森に繋がる道を見て指さしている。
「なにかくるよ」
「え?」
マシューが指さす方向を見ても、ヴァージニアには何も見えないし聞こえなかった。
しかし、意識を集中して気配を探ってみる。
「っヤバい!!」
咄嗟にマシューの腕を掴んだ。
ヴァージニアは感じた事のない魔力が、もの凄い速さで近づいてくるのを察知したのだ。