練習だ!
マシューは家に帰ってからも受け身の練習をしていた。
家の中でゴロゴロ転がられると音が出てうるさかった。
それに加え、彼の服や髪も汚れるから嫌だった。
ギルドから帰るときに彼の髪の毛や服についた草や土を払うのが大変だったのだ。
その時よりはマシだろうが、汚いものは汚い。
「マシュー、埃がたつからやめて」
ヴァージニアはマシューが転がるのを横目で見ながら、家にある食材で献立を考えていた。
「ならったものは、そのひのうちにふくしゅうしないと」
実に真面目な答えだ。
「それもそうだけど、もう夜だから動き回ってたらうるさくて近所迷惑だし、興奮状態だと眠れなくなるよ」
「そうなの?」
「そうなの!分かったらお風呂に入ってきてね」
「わかった!……ジニーもいっしょにはいる?」
マシューはふふっと笑っている。
ヴァージニアをからかっているようだ。
(なんでそうなる!)
「私は後で入るよ」
「えんりょぶかいなぁ……んしょ、これとこれとこれ」
マシューはタンスを探り、パジャマの上下とパンツを手に持って風呂場に向かった。
「マシュー、タオルを忘れてるよ」
またビショビショで出てこられた掃除が大変だ。
「まほうでかわかすからへーきだよ」
マシューは脱衣所から、ひょこっと顔を出して言った。
「ああそう」
マシューが日常生活で出来ない物はあるのだろうかとヴァージニアは思った。
マシューが風呂から出てくると、いつものように髪の毛がツヤツヤサラサラだった。
おそらくブラッド達と同じような原理でツヤサラになっているのだろう。
自分の魔力でやっているなら尚更だろう。
(羨ましい。櫛やブラシにオーラをコーティングすればいいんだよね……。うん、私には無理そうだな)
ヴァージニアは自身のオーラを纏わせてみようと、いつも使っているブラシを見つめてみたが、何の変化もなかった。
そもそもヴァージニアはオーラが見えないのコーティング出来たとしても分からない。
「ジニー、どうしたの?」
「え?このブラシいつから使ってるかなって思ってね」
ヴァージニアはつい嘘をついてしまった。
「いつからなの?」
「子どもの時からかなぁ?」
実家で使っていたの物をそのまま持って来た。
「ジニーのこどものころ?」
「……何の変哲もない子どもだったね」
マシューと違って。
普通の子どもで、そのまま普通の大人になった。
ちょっと珍しい魔法が使えるぐらいだ。
「いつからシュバッといどうできるようになったの?」
「えー?どうだったかな?」
いつの間にか出来るようになっていたはずだ。
「……今のマシューよりかは大きかったかな?」
「ぼくもれんしゅうしたら、できるようになるかな?」
「なるんじゃない?」
ならない方がおかしいだろう。
ヴァージニアはマシューが日用的な魔法以外でも出来ない事はないと考えている。
つまり何でも出来るだろうと考えているのだ。
「うーん、でもジニーといっしょにシュバッとできなくなるのはイヤだなぁ」
(私はいちいちマシューを運ぶのは嫌だなぁ)
マシューはこれからどんどん大きくなるだろうから余計にだ。
マシューの重量が増える分、ヴァージニアの魔力の消費量が多くなるだろう。
「転移魔法、出来たら便利だよ」
「いろんなところにいけるもんね」
「魔力が強すぎる所には行けないけどね」
人以外が住んでいる所、秘境やら魔境やらと呼ばれる場所だ。
「ふーん?そうなの?」
「そうだよ。人間以外が住んでいる地域には行けないよ」
「おじゃましまーすっていっても?」
残念ながら挨拶でどうこうならない。
「うん、無理だねぇ。巨大な魔力に弾かれて変な所に飛ばされちゃうかも」
「へぇ~。こわいねぇ」
マシューはあまり怖がっているように見えない。
(あれ?あの島に飛ばされたのは何かに弾かれたからかな?いや、違う。それなら弾かれた感触があるはずだしね。だから普通に失敗したんだ。そうだ、魔水晶のトラブルか何かせいで失敗したんだよ)
あの日は魔水晶のトラブルで魔力の流れに乱れが出来ていたそうだ。
恐らくそのせいで転移魔法を失敗したのだ。
でなければ隣町に行くのに転移魔法を失敗するはずがない。
「砂漠に飛ばされちゃった人とか、空の上に飛ばされちゃった人もいるんだって。後は水の中とかね」
ヴァージニアも島が出ていなければ海に落ちていただろう。
「そうなってもすぐにシュバッとすればいいんじゃないの?」
「魔力が削がれている場合もあるから難しいかもね」
ヴァージニアが失敗したときも、隣町へ行く分の魔力消費ではなかった。
「おおう、それはこわいね……」
これは本当に怖がっているようだ。
少し怯えているようだ。
「転移魔法覚える?」
「ジニーにおんぶしてもらって、シュバッとはこんでもらうからいい」
「おんぶしないから」
「そんなぁ……」
マシューはがっくりと肩を落としている。
彼の髪の毛もダラリと垂れている。
「手を繋ぐぐらいならいいよ」
「ほんとう?!」
「本当だよ」
マシューは即座にヴァージニアの手と彼の手を繋ぎ合わせた。
「ふふふ、ジニーのては、おおきいね」
「そう?普通じゃない?」
「ぼくからしたら、おおきいんだよ」
「それもそうだねぇ」
マシューはすぐにヴァージニアの背を抜くし、当然手足も大きくなるだろう。
「こうして、こう……」
(おいおい……)
マシューは二人の手の指を互い違いに組んでいる。
「できた!こいびとつなぎだー!」
(どこで覚えた!)
翌朝、二人はギルドに向かった。
ヴァージニアへの依頼が入っていないかの確認だ。
ついでにマシューへの依頼も確認する。
「どちらにも入っていないわね」
「そうですか」
「えー……」
マシューは残念そうだが、ヴァージニアは休みたかったので良かったと思った。
「では、近くの森にいますので何かあったら知らせて下さい」
緊急の輸送があるかもしれないので、居場所を教えておくのだ。
「さいしゅうするの?」
様々な薬の材料になる実や葉はいつでも売れる。
「も、するけどたまには練習しようかと思ってさ」
「あら!いいわねぇ。頑張ってね~」
ジェーンに見送られ二人はギルドを出た。
「れんしゅうって、シュバッのれんしゅう?」
「そうだよ」
二人は帽子を被り、いつしかの合成生物が出た場所ではなくアリッサやブラッドが巡回した付近に来た。
ここならブラッドの匂いが残っているので安全だろう。
「マシューも練習する?」
「してみようかな?」
「上手く教えられるか分からないけど」
「やってみなきゃわからないよ」
というわけで、ヴァージニアはマシューに転移魔法を教えることになった。
「さて、マシューさん。どうやって転移魔法するか分かるかな?」
「んー……もくてきちをイメージする!」
「正解です。では早速やってみて」
マシューはヴァージニアと一緒に転移魔法で移動した経験があるので、感覚は掴みやすいのではないだろうか。
そう思ったのでヴァージニアはあまり教えずに実戦させようと考えた。
実際、ほとんど感覚なのでどう説明したらいいのか分からないからでもある。
「ジニーのとなり、ジニーのとなり……」
二人は1mほど離れているので練習にはちょうど良い距離だろう。
「ジニーのとなり、ジニーのとなり……」
「……」
「ジニーのとなり、ジニーのとなり……」
「……?」
なかなかマシューは転移魔法をしない。
まさか出来ないのだろうか。
「ぬぬぬ」
マシューは力を入れすぎて顔が赤くなっている。
「一旦休憩しようか」
「はぁ~……。シュバッとできない……」
「出来ないねぇ」
マシューなら簡単出来るだろうと思っていたので不思議で仕方ない。
(どんなに魔力があっても出来ない人もいるって聞いたけど、マシューがそうなのかな?けど、始めたばかりだから、考えすぎかな?)
マシューは首を傾げている。
ヴァージニアも首を傾げたい。
「マシュー、力みすぎなんじゃない?もっとリラックスしないと」
「ジニーのとなり……ジニーのとなり……」
(間隔を空けただけじゃない……?)
マシューはゆっくりと呼吸をしている。
「……」
「……ジニーのとなり」
「まだかな?」
「できない……」
マシューはしょんぼりしている。
「初めからすぐに出来る人なんていないから、そんなに落ち込む必要ないよ」
と言いつつもマシューならすぐに出来てしまうだろうと思っていたので意外ではある。
「ジニーってすごいんだね」
「得手不得手ってあるからさ」
「なんか、むずかしいことばもいうし……」
マシューは可笑しなところで不貞腐れている。
「得意不得意って意味だよ……」
「じしょかわなきゃ……」
「買わなくてもお店の辞書に教えてーってすればいいんじゃない?」
辞書は値段が張るので購入したくない。
「え?それってどろぼうじゃない?」
「うん、そうだね。忘れて……」
「そうだ!ねぇねぇ、転移魔法!っていったらできるかなぁ?」
技名を叫んだら気合いが入って成功するかもしれない。
「いいね。やってみたら?」
「ジニーのとなり……ジニーのとなり……転移魔法!!」
マシューは張り切っているようで、とても大きな声で言った。
マシューは技名を叫んだ!