聞いてみた!
第3話です。
ヴァージニアが目を覚ますと、目の前に少年がいた。
不思議な色の目がヴァージニアを見ていた。
「うわぁっ」
「わぁ!」
ヴァージニアが出した声に驚いて少年も声を出した。
「そうだ。子どもを拾ったんだった…」
目覚めたものの、眠たくて目が閉じていく。
頭が追いつかない出来事が起こりすぎて現実逃避したい。
「ごはんもらったよ」
「ごはん?誰から?」
枕に半分顔を埋めながら返事をする。
「さっきのひとたち」
「んー…そっかお礼言わないと」
「ぼく、かわりにいっておいたよ!」
少年は褒めて欲しそうにしている。
「そっか、ありがとうね」
「えへへ…」
少年は照れているようだ。
眠くなかったら可愛いと思っただろうが、眠気には勝てない。
「うーん…お腹空いたけど、眠気が勝つ…」
ヴァージニアの瞼は重くなっていた。
「おなかからおとがするよ」
薄く目を開けると、少年は小さな手で腹を押さえている。
「…食べてないの?」
「うん」
多分少年はヴァージニアと一緒に食べようと待っていたようだ。
「…仕方ない。食べるか…」
まだ寝ていたいがベッドからテーブルに移動した。
テーブルの上にはサンドイッチが置いてあった。
「ああ、飲み物…何かあったかな…。水でいいか…」
ヴァージニアはひとり言をブツブツ言っている。
「おみず!」
「そうだよ。お水だよ」
少年は目の前に置かれたグラスを不思議そうに見つめている。
「おみず?」
「これから注ぐんだよ」
ピッチャーから水を注いだ。
「おおー!」
「え、そんなに驚く?」
「すごい!」
「そっかーすごいかー」
水を注いだだけで褒められるなんて思わなかった。
「じゃあ、サンドイッチ食べようか」
「うん!」
「いただきます」
「いた?」
ヴァージニアは気にせず食べ始めた。
それを見て少年もサンドイッチを口に入れた。
「おいしいね!」
「そうだね」
食べながら寝そうになった。
寝ないように必死に咀嚼をする。
「ぷはっ!」
少年は水を飲んだようだ。
「喉に詰まらせないようにね」
「うん!」
少年は本当に美味しそうに食べている。
「…ねぇ、あなたの名前は何て言うの?」
ずっと気になってきた。
聞けずにいた。
「わかんない」
「何か覚えていることある?」
「んー…ない!」
「ないのかー」
「ないよ!」
少年は事の重大さに気付いていないのか明るく言った。
ヴァージニアは少し恐怖を感じたが、子どもだからと言ってしまえばそれで納得してしまうとも思った。
「記憶喪失なのかな?」
「きおく、そ…?」
少年は首を傾げた。
「記憶を思い出せないのかなって」
「ヴァージニアがきたときはおぼえてるよ!」
「来た時?あなたが目覚めた時じゃなくて?」
「ちがうよ。きたとき!」
少年はとても嬉しそうだ。
「遺跡に入った時?それともあの部屋に入った時?」
「へやだよ!」
「んー、あの中にいても分かったの?」
「うん!」
「すごいね」
「んふふ」
少年は嬉しそうに笑った。
やはり少年は迷い込んで閉じ込められたのではないようだ。
「私の前に会った人は覚えてる?」
「おぼえてない…」
「そっか。そうだよね。何度も同じようなこと聞いてごめんね。ほら、残りのサンドイッチも食べよう」
「うん!」
二人は残りのサンドイッチを食べた。
ヴァージニアの眠気はなくなっているのに気が付いた。
(サンドイッチに治癒のまじないがしてあったのかな?)
「お腹いっぱいになった?」
「うん!」
「じゃあ食器を片付けようか。流しに持って行こう」
「わかった!」
もしかしたらこのまま同居しないといけなくなるかもしれない。
なので今のうちに家事などの手伝いを覚えてもらおうと考えた。
ヴァージニアが食器を洗い始めると少年は興味深そうに見てきた。
「なにしてるの?」
「グラスとお皿を綺麗にしているんだよ」
「…ふーん」
あっという間に綺麗に出来る魔法もあるが、ヴァージニアはその魔法は使えない。
前にやってみたらお皿を割ってしまったので、それ以来試していない。
「乾かすのは魔法で…」
ヴァージニアが洗い終わった食器に手をかざすと、食器に付着していた水分はなくなった。
「すごいね!」
「すごいだろう。…まぁ、大体の人は出来るんだけどね」
これが出来ると洗髪後の髪を乾かすのも楽になるので、長髪の人には必須の魔法である。
お年頃の少女達が真っ先に覚える魔法だ。
(髪か…)
「…少年、髪の毛はそのままでいいの?髪の毛切ってあげるよ?」
「…やだ」
少年は自身の三つ編みを触っている。
「……長いままでいいの?」
「このままでいい」
少年は少し頬を膨らませている。
よっぽど長髪が気に入っているようだ。
毎日三つ編みをしないといけなくなるのだろうかと思うと気が重くなった。
(いや、覚えさせよう。絶対に)
ヴァージニアが握り拳を作ったら、ドアをノックする音が聞こえた。
「ジニー起きているか?」
声の主はご飯を持って来てくれたと思われる男性、ジェイコブだった。
「うん、起きてるよー」
ドアを開けるとジェイコブとその隣にマリリンがいた。
「よかった。元気になったみたいね」
マリリンが笑顔で抱きついてきた。
「詳しい話を聞きに来たんだが、今大丈夫か?」
「うん。あっ、サンドイッチありがとう。今さっき食べたよ」
「坊やが取りに来てくれたの。いい子ね」
マリリンは少年の目線に合わせるためにかがみ込んだ。
「……」
しかし少年はヴァージニアの後ろに隠れてしまった。
ヴァージニアが褒めると喜ぶのに他の人だと違うらしい。
人見知りなのだろうか。
「ほら、ありがとうって言わないと」
「ありがと…」
少年は小さな声で言った。
「その坊主の親はどうしたんだ?つか、どこで会った?」
「話すと長くなるけどいいの?」
長かった。
遺跡の中も、遺跡からの脱出も、複数回の長距離転移魔法も。
転移魔法は一瞬だが、疲労度からするとそう思えた。
「今日の仕事はなしだから問題ない」
「あっ!仕事どうなったの?私がいなくても大丈夫だった?」
「大丈夫だったが、相手方は心配してたぞ。さっき帰宅したと知らせておいた。あと少しで捜索隊を出すところだった」
「え、まだ明るいのに?」
外を見るとまだ明るい。
ヴァージニアが転移魔法を失敗したのは朝だった。
今は夕方ぐらいではないだろうか。
「本気で言ってるのか?ほぼ丸一日いなくなってたんだぞ?」
「え?」
遺跡から転移魔法して着いた場所では日が暮れていた。
だが、ここからかなり距離がある場所だ。
(あれ?なんか変…?)
「そうよ。みんな心配してたんだから!」
「どうりで眠かったはずだ…」
疲労で眠いのかと思っていた。
朝いなくなって次の日の朝に帰って来たらしい。
そりゃ眠いだろう。
「失敗してどこに飛んだんだ?」
「えっと、ここに…」
地図を持って来てテーブルの上に置き、訪問履歴を表示した。
「え?」
マリリンは困惑しており、隣のジェイコブも驚いているようだ。
二人はの反応はヴァージニアがしたものと同じだった。
「は?海の上か?」
「島が出てたみたいで…」
「ああ、昨日は何百年かに一度の大潮だって言っていたから、逆に言えば引き潮の所もあるんだものね」
「うん…」
「それで、その島とその坊主は何の関係があるんだ?」
少年の方を見ると船を漕いでいた。
眠たいらしい。
「眠いの?」
少年は目と口が半開きになっている。
「うーん…」
ヴァージニアは少年を抱きかかえて、ベッドに寝かせた。
少年からは寝息が聞こえてきた。
少年は眠りに落ちたようだ。
ヴァージニアは説明の再開をしようとテーブルに戻った。
「実はね…」
説明しにくいが言うしかないと思い、息を吸って言おうとしたら外からサイレンの音がした。
「え?何?」
ブーと大きな音がしている。
少年が起きてしまうのではないかとベッドを見たが、少年はすぅすぅと寝息を立てて寝ている。
「ああ、魔力の流れが乱れてるらしい。魔力消費量が多い魔法は控えろって合図だ」
「もしかして、そのせいで転移魔法失敗したんじゃない?」
「そうなのかなぁ?」
確かに今までこんな大失敗をした記憶はなかった。
「どこぞの馬鹿が何かの封印を解いたんじゃないのか?」
「えっ!」
背筋がヒヤリとした。
少年がいた場所はまさにそんな雰囲気を醸し出していた。
「違うわよ。魔水晶のトラブルだって役所の人が言ってたじゃない」
「城所属の魔導師達が制御しているのにトラブルって変だろ」
城の所属になるには筆記と実技両方で好成績を出さねばならない。
要するにエリートだ。
「へぇ…魔水晶がトラブル起こしてるんだー」
言葉が棒読み気味になった。
「それにしてもメンテナンス長すぎだろ。やはり、何かの封印が解かれて魔水晶にも影響が出ているんだろ」
「まさかぁ。昔話じゃないんだから」
マリリンは笑った。
ヴァージニアは冷や汗が出て来た。
「ああ、そうだ。その島で何かあったのか?」
「うひぃ!ごめんなさい」
「どっどうしたの?」
ヴァージニアは二人に洗いざらい白状した。
白状と言うのもおかしな気がする。
ヴァージニアは家に帰ろうとしただけだったのだから。
「普段水没している島に遺跡か……」
「怪しい以外の言葉が出てこないわね…」
「だよねぇ…」
三人は地図を見た。
ヴァージニアが昨日行った場所が点滅している。
「こことここに島があったのか」
「そこから一番近い大陸に行ったのね…あれ?ここって今の時期は白夜なんじゃない?」
「えーと、極地方の夏に起きるやつ?」
「そうそう」
「この地図を見ていると、ジグザグに移動しているが、この星を一周したみたいだな」
「あはは…ずっと太陽を追いかけてるね…」
ずっと明るいはずだ。
夕日だと思ったら白夜だった。
一度白夜や極夜を見てみたいと思っていたら、思わぬ形で叶った。
が、あまり楽しめなかったので嬉しくない。
「一体、坊やは何者なのかしらね」
「人間なのだろうか…」
「…今のところ人間にしか見えないよ?」
三人でベッドで眠る少年を見た。
相変わらず寝ている。
「確かにな。だが、人に擬態出来る魔獣や魔族はいくらでもいるだろう?」
「そんなに嫌な感じはしないから平気だよ。多分」
魔獣や魔族が擬態あるいは変身した姿は魔力を持った人間なら違和感を覚える。
だが、高い魔力を持った魔獣や魔族だと限りなく違和感をなくせるのも事実だ。
「まあな」
少年からは年相応の魔力しか感じられないので、それはないと思われる。
「そうね、普通の子どもに見えるわよね」
少年が普通の子どもと言われると違う。
普通の子どもは触れた瞬間に気持ち悪くならない。
恐らく意識せずに何かの術を使ったのだろう。
「魔力も人並みにしかなさそうよ?」
「そうだな…。だが、警戒しておくに越したことはない」
「ん、うん。分かった。警戒はしておくよ」