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ヤドカリ!


 スプリガンは咆吼するも、今までより遥かに迫力がない。

 魔力の減少で大分弱体化したようだ。

 マシューはそれでも念のために、スプリガンを魔法で厳重に拘束した。


「ヤドカリさんありがとうございました」

「これくらい構わんよ。お主には眷属が世話になったしな。見栄えのする良い物をくれたのだろう? 」

「ああ、あの綺麗な小瓶ですね」


 小瓶とはヴァージニアが幼い頃に気に入っていた綺麗な色と形をした物である。

 元は何が入っていたのか不明だが、道ばたで拾って以来、彼女はとても大切にしていた。

 そしてある日、彼女は貝殻を奪われて裸になってしまったヤドカリを見つけたので、この瓶をプレゼントしたのだった。


「調べてみたら、あれは人間が作った秘薬が入っていた物のようだ」

「ほう、最上級の回復薬か何かでしょうかね」


 最上級の回復薬なんてヴァージニアには無縁のものだが、リチャードならよく目にしているだろう。


「かもしれん」

「それなら、ガラスの原料も上質な物を使っていたでしょうね」

「とても頑丈でな、今も使われている」


 綺麗な小瓶は別のヤドカリに引き継がれているそうだ。


「デザインも洒落ていますから人気なのでは? 」

「ああ、争奪戦だ」


 最初は戦いに負けて貝殻を奪われてしまったヤドカリのためにヴァージニアが贈った小瓶だったが、今では強い者の象徴になったようだ。

 ヴァージニアは不思議なことがあるものだなと感心した。


「ところでヤドカリさんは強いけど龍さんではないの? 」

「龍は羽があって角があって尻尾もある者の事だろう? 後は牙と爪だったか。まぁ、爪はあるが他のはないから私はヤドカリだ」


 ヤドカリは大きなハサミと足を動かしてみせた。

 足の爪はかなり鋭く、これでひっかかれたら大怪我すること間違えなしだ。


(あれ? 火の鳥とか雷鳥って今のに該当しないのかな? ……あれだ。きっと鳥は鳥だろって言われるんだ)


 ヴァージニアは火の鳥と雷鳥の姿の詳細を知らないが、図鑑に描かれているものだと先ほどヤドカリが言った内容と合致している。

 だが鳥にしか見えないので鳥なのだろう。


「他に用がないなら帰るが、良いか? 」

「ヤドカリさんありがとう! 」


 リチャードとヴァージニアもヤドカリに礼を言い、ヤドカリが海に潜るのを見届けた、

 三人は貝殻の先端部、殻頂が見えなくなるのを確認して、スプリガンに向き直った。


「君も天に行けるようにしてあげるよ」


 マシューはスプリガンに向けて光魔法を発動した。




 妖精女王は妖精王によって妖精の国から離れた場所に連れてこられていた。

 彼はすぐに場所を特定されないように、魔法で空間を作っていたようだ。

 そこは広いが無機質な空間のため、まるで牢獄のような窮屈さがある。

 そのような空間に美の化身と言っても良い妖精女王と、背骨が曲がり頭髪が寂しくなり顔が皺まみれの男。

 彼を妖精王だと分かる人は存在するだろうか。

 背中の羽を見れば気付く人もいるかもしれないが、それは正常な羽だったらの話だ。

 妖精王のそれは羽化し損ねたような丸まった羽なので、ただの瘤と思われるかもしれない。


「スプリガンが倒されたか」

「オベロン、どうしてこんなことを……」


 妖精王は無表情で魔水晶から情報を得ていた。

 彼は悔しがったりもせず、ただ淡々と魔水晶に映し出される世界中の様子を見ている。


「オベロン、もうやめてください」


 妖精女王は何度も妖精王の名を呼んでいる。

 だが、彼は何も答えない。


「ふむ、アンデッドを増やすか」

「オベロン! 何故、このような非道なことをするのです! 」


 妖精王の相貌は妖精女王の記憶中の彼とはかけ離れていた。

 ただオーラには見覚えがあったので、辛うじて彼だと分かった。


「お願いですからもうやめてください! 」


 妖精女王の叫びに妖精王は呆れたような表情をしながら、視線を魔水晶から彼女に向けた。


「お願い? 何故お前の願いでやめねばならない。私は千年も時間をかけてきたんだぞ」


 妖精王の声はこれまでと違い、やや憎しみが込められていた。

 もちろん表情にもだ。


「何故……」

「この星は活発に動きたがっている。違うか? それなのにあの二人の人間が封じて……憐れだと思わんか? 私はこの星の好きにさせたいだけだ」

「それが星に生きる者全てが滅びることになってもですか? 」

「ああ、そうだ」

「貴方はそんな人ではなかった。他の種族と距離を取っていても決して害そうとしなかった。ただ静かに森の奥で暮らしていたじゃないですか」

「ああ静かでよかったよ。とても心が落ち着く良い場所だった」

「ならどうして! その森も消えてしまうのですよ? 」

「静かだからこそ聞こえるのだ。この星の悲鳴が。あの勇者と魔王のせいで苦しんでいる声が」


 妖精女王にはそのような声は聞こえないので、彼女は妖精王の嘘か幻聴ではないのかと思った。

 しかし妖精王の能力で聞こえるのかもしれないので、彼女は否定しないでおこうと考えた。


「人々の苦しみの声だって聞こえてきているでしょう」

「フッ、私には歓喜に聞こえるがね」


 妖精王は皺まみれの顔をさらにくしゃりとさせて笑った。


「どうして、こんなに変わってしまったのですか? 貴方は誰よりも優しく人の痛みが分かる人だった、傷ついた人に寄り添える人だったのに……」


 今の妖精王とは同一人物とは思えない。

 姿も思想もなにもかも。


「…………だ」

「え? 」

「千年前、あの二人が私を無視したからだ」

「あの二人って勇者と魔王のことですか? ……千年前、あの時貴方は体調を崩していたでしょう? だから彼らは気を使って貴方に声をかけなかったんですよ」


 勇者と魔王は人間からは協力が得られないと分かると、世界中の他種族に協力を求めた。

 二人は山の上にも海の中にも洞窟の奥深くにも行った。

 もちろん森の奥にもだ。


「どうだがな」

「本当です。二人はとても心配をしていました。ですので貴方に負担がかからないようにしたのです」

「よくもそう簡単に嘘がつけるな」

「それは嘘ではなく事実だからです。オベロン、二人との会話を思い出してください。いつも仲良く他愛もない話をして笑っていたじゃないですか」


 勇者と魔王は森に籠っている妖精王に、他の地域の話をした。

 それはおとぎ話や世間話、他国の情勢等様々な内容だった。

 多種族を好まぬ妖精王も二人の話にはいつも興味深げに耳を傾けていた。


「フン、今思えばあいつらは私の容姿をあざ笑っていたんだろう」

「なっ! 本当にそんな風に思っているのですか? 」


 何が原因でここまで妖精王の記憶が歪められたのだろうか。

 妖精女王はショックのあまり目眩がし、ふらついて一歩後退した。


「どうして……」


 元々妖精王は外見にコンプレックスがあり、さらに特出するような能力がなかった。

 それでも誠実で誰からも慕われる性格で人望があったので、彼は王になった。


「私にはお前のように美しい羽がない。他の生き物のような力強さも優れた能力も何もない」

「美醜も特殊な力の有無なんて――」

「それはお前が全て持っているから言えることだ」

「わっ、私だって皆に少しでも良いと思って貰うために努力しているんですよ」


 このことは妖精女王の側近しか知らない。


「そういうのは元から持っている奴が言うと嫌味にしかならんぞ」

「ですがっ」

「私だって色々やったさ。だがな、結局は少しましになったぐらいで、天性のものの足元にも及ばないのだよ。よく天才も努力していると言うが、凡人以下がそこに行くまでどれだけ苦労しているか知っているか? 到達出来たのならまだいいが、ひたすら努力しても近づきもしなかった時の絶望感が分かるか? そりゃ天才も努力するだろう。それは認める。だが、いくらやっても実らなかった時に、上から努力が足りないだの方法が間違ってるなどと言うな。懸命に努力した者を侮辱するな」


 妖精女王は何も言い返せなかった。


「私のような奴は、一体どれだけ時間を費やせばいいのか分からず、先の見えぬ状態を強いられているんだ。その弱者の気持ちがお前に分かるのか? 簡単に、生まれた時から手に入していたお前に」

「……オベロン、貴方の動機は貴方を見下した、と思っている人達への復讐ですか? 」

「復讐? まさか。千年前の出来事はきっかけになっただけだ。さっきも言っただろう。この星を自由にさせたいだけだ。そのために邪魔な者共は排除する」


 魔水晶には骨と骨になりかけの者達が大勢映し出されていた。

 それと同時に人間達の悲鳴も響いた。




 チビヴァージニアは道端でお洒落な小瓶を拾った!

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