緊急事態!
ヴァージニアは夕食前後で、のんびりさんとせっかちさんを読み終えた。
この本は子どもの頃に読んでいないらしく、とても新鮮な気持ちになった。
(同じシリーズの他の本は読んだはずだけど、何を読んだんだっけ?……ハンバーグを作ってたかな?)
次にヴァージニアは節約レシピの本を手にとって、パラパラとめくってみた。
(もやしがいっぱい出てくる……)
ヴァージニアがベッドで寝ているマシューに目を向けると、彼は気持ちよさそうに寝ていた。
(またお腹出して……)
マシューは寝相がよろしくないので服がめくれるのは日常茶飯事だ。
ヴァージニアは立ち上がってベッドまで歩いて行き、マシューのめくれたTシャツを直してあげ、タオルケットをかけてあげた。
「すぅ…すぅ…」
マシューは相変わらず睫毛が長いし、よく整った顔をしている。
肌だってとてもきめ細やかで、何のトラブルも起きていない。
(羨ましい。女の子だったら着せ替えて遊んでいたかもね。主にマリリンが)
ヴァージニアは小声で笑いながら椅子に座り、節約レシピの本を読み出した。
ヴァージニアは節約レシピと栄養の本に一通り読み終え、就寝しようとベッドに行った。
マシューと暮らすようになってから寝るのが早くなった。
以前は日付が変わってから寝ていたが、最近は日付が変わる前に寝るようなったのだ。
マシューの世話で疲れているのもあるだろうが、もともと一人で過ごすのが好きなので、人がいると気疲れするのだ。
(マシューが寝ているから明かりを付けっぱなしは良くないしね)
部屋の紹介の際に1DKだと言われたが、元は1Kで後から壁を付け足して部屋を増やしたようだ。
ヴァージニアは明かりを消し、マシューをベッドの端に寄せて、彼の隣に横になった。
ヴァージニアが眠りについてから3時間ほど経った時だった。
町中に、けたたましくサイレンが鳴り響いた。
「っ!!」
ヴァージニアは慌てて身を起こした。
突然の大音量に心臓はドキドキとしていた。
「んあ?」
マシューも目は閉じたままだが、もぞもぞと起き上がった。
「魔獣か何かが出たんだ」
「まじゅう……?」
サイレンが鳴り終わり、ギルド員にギルドまで来るように放送が入った。
近くの町でかなり危険な魔獣が出没したらしい。
「私、行かないと。マシューも着替えて」
「わーった……」
マシューは目ぼけながら服に着替えた。
ヴァージニアは持ち物を確認してから着替え、転移魔法でマシューと一緒にギルドに飛んだ。
ギルド内に入ると、化粧をバッチリしている看板娘が出迎えてくれた。
中には厨房のおじさんと、昼間見かけたギルド員が何人か来ていた。
怪我をしている人と、ヴァージニアとそんなに変わらなそうな実力の人達だ。
「このギルドが魔獣が出た町から一番近いから私達が先発で行く事になったわ」
町に駐在している兵士が避難させているが、逃げ遅れて屋内に閉ざされている人がいるそうだ。
「どの町なんだ?」
「教会がある町よ。今は建物内に避難しているそうだけど、いつ破壊して入ってくるか分からないわ」
つい先日ヴァージニアが行った町のようだ。
ヴァージニアは皆は無事なのだろうかと心配になった。
「この町に魔獣が侵入しないように結界を強くするから、その前に私達は出ます」
「ちょっと待ってくれ。他にメンバーはいないのか」
怪我をしている人が言った。
ごもっともな意見である。
このメンバーでは心許ない、なさすぎる。
「有力なギルド員は禁術使いを捕らえるのに出払っているのよ。それは他の近隣のギルドも同じね」
「俺たちに出来るのは応援が来るまでの時間稼ぎか」
「ええ、早速行きましょう。走れば5分で行けるでしょう」
「そりゃアンタだけだ……」
馬でも5分では到着しない距離だったとヴァージニアは記憶している。
看板娘は身体強化で脚力を強化すれば行けるのかもしれないが、今ギルド内にいる人では無理だ。
「ぼくもいく!ぼくも、じかんかせぎする!」
「ダメよ。エイミーに魔法を教えてもらっても、何も上手く出来なかったでしょう?」
てっきり、ケヴィン達はマシューと遊んでくれていたのかと思ったら、魔法を教えてくれていたようだ。
(マシューが魔法を使えないはずないんだけど……)
「ああ、坊主はギルドで待ってろ。結界を張る人の手伝いをしてくれ」
「……」
マシューはとても不満げな表情をしている。
眠いのもあって余計だろう。
「マシュー、手伝うのも立派な仕事だよ」
「わかった…。みんながんばってね」
結局ヴァージニアが一人ずつ町まで運んだ。
最初に看板娘で、次は厨房のおじさんだ。
この二人に遠距離から攻撃して魔獣の注意を引きつけてもらう。
最後に怪我をしている人で、他の人はこの町の警備だ。
まだ魔獣の侵入の検知はされていないが、小物が侵入しているかもしれないので見回りをしてもらう。
「フンッ」
ヴァージニアは看板娘と怪我している人の後ろについた。
看板娘は小石に魔力を込めて魔獣に投げている。
魔獣に当たると鈍い音がした。
(うわぁ、力技だぁ……)
「逃げ遅れた人は何処ですか?」
「あいつ硬いわねぇ…。直接殴りに行きたいわね。フンッ」
看板娘はまた小石を投げ鈍い音をさせた。
さっきのは直球、今のは変化球だ。
「それは歴史的建造物が壊れちまうからやめてくれ。最終手段にしよう」
それで魔力を込めた小石を投げているのかと納得した。
大きい石だと外したときに建物が大破してしまうのだろう。
直接殴るのも魔獣との戦闘の際に巻き添えで破壊しかねないと考えられる。
「…今魔獣がいる場所が逃げ遅れた人がいる場所ですか?」
「ああ、そうだ。俺は手頃な石を拾ってくる」
怪我をしている人は茂みの中に入っていった。
「あ、こっち見たわね」
「え?こっちに来そうじゃないですか!」
魔獣がドスンと一歩踏み出した。
しかも、こちらを見ているような気がする。
「逃げましょうよ!」
「大丈夫よ。ホラ」
看板娘が指を指すと、何処かからか火の玉が飛んできた。
飛んできた先を見ると、厨房のおじさんが見えた。
「ここは大丈夫だから、早く助けに行って。フンッ」
あまり賢くない魔獣のようで、あちこちから攻撃が来れば気が逸れてしまうようだ。
「行ってきます」
ヴァージニアは魔獣に気付かれないように、遠回りをして建物に近づくと、だんだんはっきりと建物の外観が見えてきた。
(ここって教会じゃないか!暗くて気付かなかった。出入り口は正面だけなのかな?)
ヴァージニアは教会の裏側を見てみたが、どうやら扉はないようだ。
(倉庫は別の建物だったからなぁ)
正面の扉しかなかったら中には入れない。
転移魔法では建物の中には入れないのだ。
魔獣が扉を壊そうと何度も叩く音がしている。
その度に中の人々の怯える声が僅かに聞こえてくる。
(どうしたらいいんだろう。正面の扉から引き離せればいいんだろうけど…。もう少し引きつけてもらうとかどうだろう?)
看板娘の足は速いらしいので、そちらに可能な限り引きつけた所で厨房のおじさんに火の玉を撃ってもらうのだ。
近づきすぎても看板娘なら走って逃げ切れるだろう。
それを続けて町の外に出すなり、広場なりにおびき寄せる。
そう思ったが、厨房のおじさんがあと何回火の玉を撃てる分からない。
(いや、待てよ。責任者の人を転移魔法で運んだ事があるから、まだ私の魔力が残っているかも。それなら引き寄せられて中に入れるかもしれない)
一か八かだがやるしかなかった。
(責任者さんが中にいるか分からないし、上手くいくかも分からないけど転移魔法だ!)
ヴァージニアが転移魔法をしようとした瞬間、ふとある不安が過ぎった。
(結界張っていたら弾かれて入れないんじゃないか?あいつが攻撃してもなかなか壊れないんだから、その可能性があるよね)
その時は転移魔法失敗になるので怪我をする危険がある。
ヴァージニアはより教会に近づき、正面にいる魔獣に聞こえないように小声で話しかけた。
「すみません。助けに来ました。今って結界張ってますか?」
ヴァージニアの声は正面の応酬にかき消されてしまった。
「すみませーん。聞こえますかー?おーい」
聞こえないようだ。
(どうしよう……。私もオーラが見えたら結界があるか分かったかもしれないのに)
凝視してみたが分からなかった。
(考えろ考えろ。何かあるはずだ。ああ、ヤドカリさん助けてー)
水の力を貸してくれているヤドカリに助力を頼んでみたが、何の変化もなかった。
(水の力かぁ。ん?教会なんだから聖水とかあるんじゃない?それを媒介して話しかけられたりしないだろうか?そう……声だけ移動させるんだ。……よし!)
ヴァージニアは何回か深呼吸をし心を落ち着かせて、教会内にあるであろう聖水に意識を集中させた。
「すみません。助けに来ました。今教会の裏にいます」
教会内にヴァージニアの声は聞こえただろうか。
もう一度呼びかけようとしたら、中から声がした。
壁を挟んだ向こう側に誰か来たようだ。
「その声はヴァージニアさんですか?」
責任者だった。
やったことはなかったが成功したようだ。
「そうです。転移魔法で皆さんを移動させたいのですが、結界があると入れないんです。結界を張っているならタイミングを見て解いてください」
「はいっ。分かりました」
「ドスンと足音がしたら解いてください。そして解いたら教えてください」
「分かりました」
ドスンと足音がするまでがとても長いように感じた。
「解きました」
ヴァージニアが転移魔法すると責任者のすぐ隣についた。
中には十人ほどの老若男女がおり、責任者はヴァージニアが来たのを確認してすぐに結界を張り直した。
「おおっ!」
「喜んでいるところ申し訳ないのですが、私は一人ずつしか運べないんです。最初に避難誘導が出来る人を運びます」
「それは本来私の役目だから、私が行こう」
格好からして駐在の兵士のようだ。
どうやら怪我をしたらしく、一緒に教会に逃げ込んだらしい。
「分かりました。手を」
ヴァージニアは兵士の手を取り、魔獣の足音がするのを待った。
「解きました」
ヴァージニアは外に出てすぐに兵士の手を離して教会内に戻った。
連続使用は心身に負担がかかるが、そうした方が短時間で済むからだ。
「結界を張ります」
「ええ。次はどなたでしょう?」
「あの、子ども達をお願いします」
マシューよりも小さな子ども2人だった。
目は赤く腫れている。
「小さな子ども2人なら一度で行けます」
ヴァージニアは子ども達の手を取り、次の足音を待った。
順調に人々を脱出させ、残りは責任者と老婆だけになった。
老婆は若い人に順番を譲ったようだ。
「お婆さん行きますよ」
ヴァージニアはお婆さんの手を握った。
「お嬢さん大丈夫かい?」
「はい。まだまだ大丈夫ですよ」
魔力回復薬は飲んだので魔力はまだある。
距離は壁一枚分なのに、建物の中に入るとなるとかなり魔力を使うようだ。
防犯のためなのは分かるが、緊急時には何とかして解除出来ないものだろうか。
「はぁ…はぁ…」
責任者も何度も結界を張るのと解除を繰り返しているので、疲労が溜まっているようだ。
(それにしても、なんでこの教会を狙っているんだろう?)
だんだん、足音がする間隔が長くなってきた。
看板娘と厨房のおじさんの攻撃が少なくなってきた気がする。
おじさんは魔力切れをしたのかもしれない。
(人を殺すのが目的なら攻撃してくる人を先に殺しに行くだろうに。壊せない扉を攻撃し続ける意味ってなんだろう?)
魔獣の思考なんて考えても分かるわけないが、何か理由があるはずだとヴァージニアは思った。
看板娘は強肩のようだ!




