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何か忘れてる!


 ヴァージニアはマシューを部屋から追い出し、別々の部屋で寝ることになった。

 彼女は彼から解放されて嬉しいが、それよりも疲労感の方が大きいので、ため息を吐きながらベッドに入った。


(もしかして明日もあの調子なのかな……)


 マシューは体の急成長に精神が追いつかず、体は大人、頭脳は子ども状態なのだ。

 おそらく、彼の精神が体に追いけばヴァージニアに懐いてくることもなくなるだろう。


(早くマシューの見た目と精神の年齢が一致しますように)


 ヴァージニアはこう願いながら眠りにつき、そして夢を見た。


「わぁ! ジニィー! 」

「嘘っ! 夢に出てきた! 」


 もちろん青年マシューである。

 彼は笑顔でヴァージニアの目の前にやって来た。


「夢で会えないかなって思って試してみたら出来た! 」


 マシューは子どもの頃と変わらず、目をキラキラとさせ、頬も赤くしてとても喜んでいる。


「えーっと……私の夢にマシューが出てきたんじゃなくて、私の夢に入って来たのね」


 とんでもないストーカーである。

 ヴァージニアはげんなりしているが、マシューは嬉しそうだ。

 それはまるで大型犬が玩具を見つけてウキウキしているようである。


「夢ぐらい一人でいさせてよ」

「えーなんでー」


 マシューは怒られた犬のようにしょんぼりしている。

 これを見てしまうとヴァージニアは少し心が痛んだが、ここできちんと言わないと彼女は一人の時間と無縁になる。


「マシューは違うかもしれないけど、私は一人になりたい時があるんだよ」

「ずっと一緒にいたい僕はどうしたらいいの? 」

「知らないよ……」


 マシューはしょんぼりしたままだ。


「もう大きくなったんだから、甘えているのは控えようね」

「んー大人って大変だね。……分かったよ。ジニーが困るのは僕も嫌だから控える」


 マシューはこう言いつつも、しょんぼり継続中だ。


「うん。ありがとう」


 マシューはヴァージニアの夢から出て行った。




 翌朝、リチャードにこの話をすると大笑いしていた。


「夢にまでって、クククッ」

「そんなに笑わないでよ」

「ストーカーに知られたらいけない魔法ですねぇ」


 リチャードが笑い終わった頃、妖精女王に呼ばれて三人は部屋を移動した。

 どうやら伝え忘れた話があるらしい。


「すみません。大事なことを言い忘れていました」


 今日も変わらず女王は息を飲むほど美しい。

 ヴァージニアはいつものように心を奪われている。


「うっかりさんだね」

「女王陛下は前の世界の記憶を全て持ってらっしゃるので、この千年は大変でしたでしょう。少しくらい忘れても仕方ないですよ」


 エルフのリチャードは数百年分の記憶だけでも忘れていることが多々あるとフォローした。


「体感的に他の生き物達の何倍もの時間を過ごしてらっしゃいますものね」


 実際は千年だが、その間にマシューの両親が何度も時を戻しているので、女王は同じ年月を何度も経験している。


「それで忘れてたことって何? 」

「はい。勇者と魔王がマシュー君のために残した物があるのです」


 もしや伝説の武器のような物だろうか。

 聖剣なんとかとかの。


「美味しい物かな? 」

「え、千年前のもの食べる気? 」

「冗談だよ。やだなぁ」

「うふふっ。それはある教会の地下にあります。ヴァージニアさんはご存じですよね」


 ヴァージニアが最近行った教会は一箇所だけだ。


「黒いサイクロプスの言い伝えがある町ですね」

「ええそうです。彼は人間達のために戦いましたが、同じく人間に殺されてしまいました」


 この人間達とは魔王と魔導師達のことである。


「強い力を持つ魔導師達を恐れた権力側に、でしたっけ……」

「自分より強い者は目の上のたんこぶですから。魔導師達は皆のために星を制御しようと試みていただけなのに……」


 妖精女王によると、彼らは巨大かつ強大な装置を作ろうとしていたそうだ。


「それが出来ていたらマシューを神に作り替えたりしなかったのでしょうか? 」

「と思います」


 高度な技術を持つ魔導師達が命を落としたため、大幅に計画を変更しざるを得なかったそうだ。


「サイクロプスさんとその人達が死んじゃう前まで時間を戻せばよかったんじゃない? 」

「ああそれは、サイクロプスは神の一族ですから、神の生死に関与するなんていくら勇者と魔王でも無理なのです。……ですが、言われてみると、魔導師達がやられる前には戻せそうですよね」

「陛下、おそらくですが、権力者側にも魔導師はいましたから、何らかの方法で時を戻す魔法を禁じたのでは? 」


 静かに話を聞いていたリチャードが補足をした。


「そっか。んで、これからその教会に行けばいいんだね」

「マシュー君、まだ数日はここにいないと体が安定しないと思いますよ。安定していない状態でここから出たら何が起きるやら。ああ恐ろしい」


 リチャードが怖がる仕草をした後で、それにと付け加えた。


「マシュー君が指名手配まがいのことをされていましてね。ヴァージニアさんも同様です」

「え? 」


 ヴァージニアとマシューは目を丸くして驚いた。

 マシューの姿が変わっているので大丈夫だろうとのことだが、用心するに越したことはない。


「実は魔導生物はマシュー君が作ったのだとされてしまいましてね。もちろんキャサリン達が抗議していますが、覆りそうにありません。当然一般人にも疑問視している人々は大勢います」


 自分が暮らしている町を壊そうとするだろうか。

 遊びのつもりでやったとしても、指名手配までされないだろう。

 せいぜい事情聴取や説教ぐらいではなかろうか。


「軍の人達は何をしているんですか? そこまで侵食されているんですか? 」


 やはり異動してきた軍人は組織の息がかかった人物だ。


「でしょうねぇ。そもそも前の南方軍トップの人の体調不良もなんだかねぇ、怪しいんですよねぇ」

「誰かの手によって病気に? 薬とか呪いとか……」

「今は療養されて健康になったそうですけど、その前は急激に体調が悪化したとか」


 軍では年に一回健康診断がある。

 ましてや幹部なのだから健康には気を使っているだろう。


「ジェーンさんを町から遠くに行かせたのは新しく来た人? 」

「関係はあるでしょうね。適当に断ればよいのに、彼女は人が良いから引き受けてしまったのですね」

「ジェイコブもですか? 」

「ええ。彼の評判を聞いての依頼とのことですが、こちらも怪しいですよぉ。彼ほどの実力者がするような仕事ではなかったようですから。なのに無駄に長引かせて時間稼ぎのようだったと」

「誰がこんなこと……」


 一同が暗い表情でため息をついた。

 誰が黒幕なのか、これだけ大がかりのことが出来るのは誰なのか。

 伝説のパーティと言われた人々でさえも手玉に取る。

 もしや国の中枢にいる人物か。

 だが、国王ではないだろう。

 彼はジェーンのファンのようなので彼女を困らせるようなことはしない。

 では彼に近い人か、いや、そんなまさか。


「こほん、お二人は数日後にその教会に行ってください。それまではここでゆっくりとしていてください。ここには人間の手は及びませんから」


 妖精の国の門番を脅して無理矢理案内させても邪心があると入れないそうだ。


「分かりました」


 こう言いつつも、ヴァージニアは何かを忘れている気がして首を捻った。




 部屋に戻り、ヴァージニアは何を忘れているのか思い出そうとした。

 しかしモヤモヤと何か浮かびそうになる度に、それは霧散していく。


「ジニー、どうしたの? 眉間に皺が寄ってるよ」


 テーブルを挟んでヴァージニアの正面にいるマシューは、自分の眉間を指さして言った。

 彼の指は綺麗な顔と異なり、少々ゴツゴツとしている。

 成人男性ならこんなものだろうか。


「ねぇマシューは何か忘れている気がしない? 」

「忘れるって何を? コロッケは食べたよ」


 マシューは大きくなっても変わらず食いしん坊である。

 大きくなった分、さらに沢山食べるようになった。


「違うよ。何か……何かを……」

「んふふ、ジニーが思い出せるまで見てていい? 」


 マシューはテーブルに肘をつき、手に顔を乗せて微笑んでいる。


「なんでそうなるの。一緒に考えてよ」


 マシューが何も感じていないので、ヴァージニアは一瞬だけ気のせいかもと思った。

 しかし、彼女の脳はモヤモヤとボンヤリと何かが浮かびそうになっては消えるのを繰り返しながら、どうにかして思い出そうとしている。

 これは多分だが彼女には前の世界の記憶が僅かに残っているからだろう。


「ああもうっ! 何にも思い出せない! 」


 何かを忘れていると感じたときは大体本当に忘れている。

 しかもそれなりに重要な内容だったりする。


「ふふっ、ジニーが思い出せるように祈っておくね」


 マシューはヴァージニアが困っているのにあまり真剣でない。

 これは彼が自身の方があらゆる点で長けているので、彼女の気のせいだと思っているからだ。


「うん、ありがとう……」


 マシューが祈ってもヴァージニアは何を忘れているのか全く思い出せなかった。




 マシューはヴァージニアの夢をこっそり覗くことにした!

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