逃亡する!
ヴァージニアとマシューは先ほどとはさらに町から離れた木の上に居た。
ここならばいくら軍でもすぐには気付かないだろう。
「悪いことなんてしてないのに隠れないといけないなんて変なの」
「うん、そうだよね」
ヴァージニアはつい最近南方軍のトップが変わったと聞いていた。
前に居たのはジェーン達の愛弟子であるゴールドバーグ陸軍元帥が信頼を置いている人物だったそうだが、その人が体調を崩したらしく人事異動があったそうだ。
(だからあの時、えーっと火の鳥と炎竜が町の上空を飛んで急激に気温が上がった時にわざわざ王都から応援が来たんだ。元帥の師匠のジェーンさんがこの町にいるから。だけど今は逆に狙われている)
ヴァージニアはこの人事異動に嫌な予感しかしなかった。
これは彼女の思考がネガティブ寄りだからであるが、次々に起きている事件を考えると偶然だとは言えない。
「ねぇねぇ、軍ってこの程度の魔法、見破っちゃうのかな? 」
マシューは心配というよりワクワクしたような声で言った。
「見つからないために、今はどんな魔法をかけてるの? 」
「見えなくするのと気配を消すのと防音と熱感知を遮断するのと匂いを消すのと、後は近くに誰が来たかの察知する奴」
「……それだけやっていれば十分だよ」
「フフッ、捜査物のドラマを見ててよかったよね」
思わぬところでとても役に立っている。
二人は寄り添いながら、夜明けを待った。
夜が明けても軍が帰る様子がない。
マシューによるとジェーンやジェイコブはまだ帰宅しておらず、キャサリンも戻って来ていないそうだ。
「皆大丈夫かな? 」
「きっと大丈夫だよ……」
ヴァージニアは大丈夫と言いつつ、ずっとゾワゾワとした気持ち悪い感覚が消えない。
これは捜索されているので、その意識を感じ取ってしまっているのだろう。
「僕達は何も悪いことしていないんだから、面と向かって言えばいいんじゃないかな? 」
「そうはならないと思うけどなぁ」
ドラマでも主人公が容疑者扱いされたら弁明の余地なく、全力で逮捕されそうになる。
「なんで? 別に軍は僕達を探してないよね? 僕達を探しているのはマスコミだよね。軍に保護して貰おうよ。僕、コソコソしてるのやだよ」
コソコソするのも嫌なのだろうが、彼はちゃんと食事を摂れない方が嫌なのだと思われる。
「校長先生が言ってたでしょ。調べられちゃうかもって」
「局長さんが止めてくれない? 」
「多分だけど軍の方が権力があるんじゃないかな。……それにこの地域の軍のトップが悪い人だったら? 」
まだその人と組織との繋がりは分からないが可能性はある。
いや、ヴァージニアは本当に何となくだが、繋がりがあると思っている。
もしかしたら、彼女は前の世界の記憶が頭に残っているのかもしれない。
「そうなの? 悪い人なの? 」
「少なくともジェーンさんとは関わりのない人なんだってさ」
「それだけで悪い人って思うの? ジニーはそんなにジェーンさんを信頼してたんだね」
マシューは不満そうに目を細めた。
「うん、そうだね。仲が良いのは良いことだし……」
「歯切れが悪いなぁ」
「ごめん……」
「ジニーってさ、何か隠してるよね」
マシューは目つきが悪いまま口を尖らせているので、美少年度が下がっている。
「何かって? 」
「何かって何かだよ」
マシューは鋭い。
「悪い状況が重なってるから過敏になっちゃってるのかもね」
「ふぅん。今はこれ以上追及しないでおくよ」
マシューこう言ったものの、まだ不満そうで唇が尖ったままだ。
周囲は大分明るくなり、鳥達の鳴き声も聞こえるようになってきた。
「ん……なんだか知らない強そうな人が近づいているよ」
「え? ここに? それとも町に? 」
「町だよ。軍の人かな。大きな町じゃないのにあんなに沢山の人を連れて来るなんて変なの」
「……もしや事件の処理だけじゃなく、森の中にいる私達を探すつもりなんじゃ……」
確かに不可解な事件だが、派遣する人数が多すぎる。
それに事件発生から増員を決定、派遣するまでの時間が短い。
予めこうなると分かっていたかのようだ。
「うーん、ジニーの言う通り悪い奴なのかな。悪い奴なんだったら探さずに森を燃やすだろうね。そして逃げ出てきた所を捕まえるんだ」
「じゃあ早くここから脱出しないと」
森を燃やさせてはならない。
考えすぎかもしれないが、可能性を思いついたのなら阻止するために行動すべきだ。
「けど何処に行くの? 僕達、行く当てなんてないよね」
「分かってるよ。それに出たとしても私達が森から出たって気付かせないといけないし……」
ヴァージニアが奥歯を噛んで悩んでいると、マシューが彼女の鞄を指さした。
誰かから通信が入ったらしい。
ヴァージニアは通信機を手に取り表示を見てみた。
「知らない人だ……。出ていいのかな……」
もし軍やマスコミだったらと考えると、ヴァージニアは通信に出る勇気がない。
「出たら? 良い人な気がするよ」
「マシューがそう言うなら……。もしもし……え、メーガンさん? 」
連絡して来た人は、デザイナーのジャスティンと一緒に仕事をしているヘアメイクアーティストのメーガンだった。
「よかった、出てくれた。あのね、ジャスティンさんから伝言を頼まれたの。精霊術のお寺に行ってだって。尼寺じゃない方ね。あとこの伝言の元はキャサリンさんからですって」
「分かりました。ありがとうございます」
西方軍はまだジェーンと繋がりがある人物がトップだったはずだ。
これは南方軍の人事異動の際にジェイコブが調べていた。
それにいくら軍でも寺院に強引に侵入出来ない。
「キャサリンさんの友達のジャスティンさんも見張られてるのかな? だからメーガンさんがジニーに連絡を? 」
「だと思う。よし、西都に行こう」
メーガンを信用するのはマシューが良い人と言ったからだ。
彼が言うのなら大丈夫に違いない。
「僕達がここから移動したって分かるようにしなきゃなんでしょ。どうする? あばよ! って言う? 」
「言わないよねぇ。何かいい手はないかなぁ」
「マスコミは今日もいるのかな? その人達の前に出てすぐに立ち去るとかは? 」
マスコミはいるだろう。
謎の少年が暮らしているとされる町に魔導生物が出たと知って取材に来ないなんて職務怠慢である。
「うーん、見切れる感じでやってみようか」
その後二人は町の近くに行くと、やはりマスコミが来ていた。
しかし彼らは町の中には入れて貰えないらしく、長くて大きなレンズがついたカメラを構えて町内を撮影している。
「どんな感じにするの? シャキーンってポーズする? 」
何故見切れるのにポーズが必要なのかヴァージニアには分からない。
「しないよ。チラッと映ってすぐに転移魔法しよう」
「ねぇねぇ、きっといいカメラだろうから、小さく映ったつもりでも拡大鮮明化されちゃったら僕達の顔が分かっちゃうよ」
確かに顔が知られるのはまずい。
「帽子とマフラーで顔を隠せばいいでしょう」
「歩き方はそのままでいいの? 歩容認証されちゃうよ」
これは歩き方で個人を特定するものだ。
捜査物のドラマのせいでマシューが大変面倒臭くなっている。
「ああもう、行くよ! 」
二人は顔を隠してマスコミから離れた場所を歩いた。
そしてカメラマンが何か言っているのが聞こえたので転移魔法でその場を立ち去った。
「おお、やっと来ましたな」
つるりとした頭の老爺がヴァージニアとマシューの姿見つけて言った。
この人が寺院の最高責任者だろうか。
「遅くなりました。すみません」
「おじいさんも寺院長? 」
「ま、そんなところですかな」
老爺はホホホと笑っている。
皺だらけで何処に目があるのか分からなくなった。
「ところで何故、私達を匿ってくださるのでしょうか。尼寺なら分かるのですが」
「そりゃあ、奴らに貴女達との関わりを調べられてしまったからです。どうやら見張りがついているようですな」
「そんな……」
そんなと言いつつも、目立つ格好して尼寺を訪問したため人々の記憶に残ってしまったせいだとヴァージニアは悔いていた。
「ここには見張りはいないの? 」
「こちらは入り組んだ構造をしているので外からは見えないんですよ。さあ、寒いから中に入りましょう。そちらにもう一人の寺院長が待っとりますよ」
二人が案内された部屋に行くと、尼寺の方の寺院長がいた。
マシューは老爺と寺院長を交互に見て、シワシワ具合を見比べている。
「お久しぶりです。あのぅ、見張られているのにどうやってこちらに? 」
監視しているのなら、出入りする人物も調べるだろう。
「ふふ、尼寺とこちらをつなぐ秘密の通路があるのですよ」
「まぁ精霊の力を借りて姿を見えなくする方法もありますけどな」
精霊達はマシューの髪の毛で遊んでいる。
こちらの寺院にいる精霊達はマシューを初めて見たので珍しいようだ。
ここの精霊達はマシューの長い三つ編みで縄跳びを始めた。
「おお、やはり気に入られているようですな。これだけ集まるなんて今まで見たことがありませんぞ」
「西都は精霊さんが多いね。そうだ、今日は妖精さんいないの? 」
マシューは部屋の中をキョロキョロと見渡した。
「いませんが、お二人には妖精がいる場所に行ってもらいます」
「ええっ? 」
ヴァージニアとマシューは同じ反応で驚いた。
精霊達は二重跳びをはじめた!




