ウニ!
翌朝、ヴァージニアはマシューとウニが食べられる港にやって来た。
しかし彼女は無理矢理マシューに連れられてきたので浮かない顔をしている。
(ハァ……)
ヴァージニアは得体の知れない物を食べたくないし寒いので早く帰りたかった。
寒い日は家でぬくぬくしているに限る。
「早くしないと食べられないよ! 」
「うーん、すでに長い列が出来ているようだけど」
皆は朝早くから並んでいるのか、かなり防寒着を着込んでいる。
テレビの効果は絶大だ。
時間になったのか店員が整理券を配り始めたので、二人は慌てて列に並んだ。
しかし店員は二人の所までは来ず、列の中程で配布が終了してしまった。
「あ……」
「あのお客さんまでだって」
マシューはがっかりしすぎで地面を見ている。
そのまま地面にめり込みそうな勢いだ。
「寒いから帰ってあったかい飲み物でも飲もうか」
「他の海の幸が気になるよ。折角来たんだから食べて帰ろうよ」
ヴァージニア的には転移魔法で来たので折角という単語を使うほどではないと思っている。
「他のって? 」
「えー……なんだろう? ハッ! 」
マシューが勢いよく振り向いたので、ヴァージニアが同じ方を見ると、深々とフードを被った人物がいた。
グルメなエルフのリチャードだ。
「リチャードさんだ! おはようございます! 」
「お二人もウニを食べに来たんですか? 」
「そうだけどね、今日はもう食べられないよ」
マシューは整理券を配り終わったとリチャードに伝えた。
「フフフ、ウニを取り扱っているのは、なにもあの店だけではないでしょう」
リチャードの言う通りで、すぐにウニが食べられるレストランが見つかった。
三人はその海産物メインのパスタ専門店で食事することにした。
「僕はウニの濃厚なやつにするよ」
ウニの濃厚クリームパスタである。
ウニを食べに来たのでマシューの選択は正しい。
「私も同じ物にしましょう。ヴァージニアさんはどうします? 」
「えーっと……」
ヴァージニアはどれも美味しそうだから悩んでいるのではなく、腹に余裕がないので食べる気が起きていないのだ。
「サラダにしようかなぁ……」
「サラダと何? 」
「サラダだけだけど……」
ヴァージニアがこう言うと、食べるのが趣味な二人は信じられないといった表情になった。
この二人は顔を見合わせてヒソヒソと話している。
「ジニーはもっと食べた方がいいよ」
「朝ご飯をさっき食べたばかりなのに? 」
「うん。これは間食だよ」
マシューは町は町、森は森のような言い方をした。
それを聞いていたリチャードはクスクスと笑っている。
「食べられなければ残りは我らが食べますので、お好きな物を注文してください」
「すみません……」
ヴァージニアはサラダとサーモンのパスタを注文した。
料理を待っている間、リチャードとマシューはずっと食べ物の話をしていた。
そして料理が運ばれてくるとマシューはすぐにフォークを手に取ってロングパスタを巻き始めた。
「見て! 僕はこんなに綺麗に巻けるようになったんだよ」
「綺麗ですけど、フフッ一口にしては大きすぎませんかねぇ? 」
マシューは彼の拳大のパスタをフォークに巻いていた。
「大丈夫! 」
マシューは口を大きく開けてそれを口に入れた。
彼は一本も残さずに咀嚼している。
(美少年の顔が崩れているよ! )
マシューの頬は大きく膨らんで顔が変形している。
口のまわりにもウニのソースがべったりとついている。
「マシュー、いい匂いがして今すぐ食べたかったのは分かるけど、綺麗に食べないといけないよ」
「それは私も同感です。マナーを守って美味しく頂く、それが出来なければ美食家とは名乗れませんよ」
マシューはいつの間にか美食家になっていたようだ。
「んぐっ……分かったよ。お上品に食べるよ」
マシューはその後大人しく食事をし、サラダもきちんと食べた。
彼はヴァージニアが予め除けておいたパスタも食べ終えた。
そして会計も終えると店員が何かを渡してきた。
「こちらは町内で行われる年末のショーのチラシです。よろしければどうぞ」
「ありがとうございます」
ヴァージニアは何となく受け取り、店外でチラシを見てみた。
どうやら屋外の入退場自由のもののようだ。
ヒーローショーのようなものだろうか。
「この寒い時期に屋外とは……。私は遠慮させていただきます」
「何をするのか書いてある? 」
マシューに言われヴァージニアはもう一度チラシを見てみた。
「特には書いてないかな」
「様々な催しをやるのでしょう」
歌や演奏もあるのだろう。
寒い中大変だなとヴァージニアは思った。
「ふーん……。あれ? もしかしてこのポスターかな? 」
マシューは今出た店にカラフルなポスターが貼ってあるのを発見した。
どうやらショーは祭りの一部のようだ。
「そのようですね。おや、同じ会場で屋台が出ると書かれていますよ」
「屋台! 」
興味なさげだったマシューは目を輝かせだし、涎を垂らしそうな表情になった。
今さっき食事をしたばかりとは思えない。
「港町の屋台ですか……。期待十分ですね」
リチャードもニコニコと嬉しそうだが、流石に彼は微笑みだけだ。
だが、屋台の存在を知るまでの彼とは大きく態度が違うので、ヴァージニアは食べ物の力を思い知った。
「屋台、屋台……」
祭りの日になり、ヴァージニアとマシューは防寒対策をしっかりして再びウニが食べられる港にやって来た。
マシューは屋台からする匂いに反応してフラフラとしている。
人が多いので、ヴァージニアはマシューと手を繋ぎ彼が放浪しないようにした。
「マシュー君は本当に食べるのが大好きなんだね」
「マリリンは好きじゃないの? 」
「体型を気にしちゃうのよねぇ……」
マリリンがため息をつくと、ジェイコブは彼女に気にするような体型じゃないと言った。
ちなみにリチャードは行きたかった店の予約にキャンセルが出たとかで不在である。
「今から気にしておかないと、すぐに丸くなっちゃうと思うの」
「いっぱい運動をすれば大丈夫だよ! 今日は気にせずに食べよう! 」
「マシュー君に言われるとそうしたくなるの。不思議ね」
マリリンはマシューにせがまれて早速菓子を買っていた。
「丸くて小さいカステラだ! ジニーも食べて! 」
「じゃあ一つ貰うね」
「ジェイコブも食べて」
「ああ……」
ジェイコブが乗り気でないのは、近くに激辛の食べ物を売っている屋台があるからだ。
彼はマリリンの視界に入らないように体で屋台を隠している。
ヴァージニアもさりげなくマリリンの意識を別の方向に逸らそうとしていた。
(マリリンが食べ物のお金を出してくれるって言ったから来たけど、流石に目の前で激辛を食べられるのは困る)
マシューは前半の理由でマリリンセレクトの可愛い服を着せられている。
彼は服を着たとき裾がギザギザなのが気に入らず、眉間に皺を寄せて意味が分からないとブツブツと文句を言っていた。
(今は機嫌良く食べて忘れてるみたいだけどね。……そう言えばショーは何をやるんだろう)
わざわざチラシを配るぐらいなので力を入れているはずだ。
「おい、ジニー。マリリンの視界をふさいでくれ」
「そうだったね」
ジェイコブとヴァージニアは必死であるが、その努力は実らなかった。
激辛屋台の前で客が悲鳴を上げたのだ。
「ぐああああ! 痛い痛い! ぎゃー! 」
客は辛すぎて騒いでいるようだ。
当然周囲の人々の視線は一気にその客に向き、マリリンも例外ではない。
「やだっ、激辛がある~。買わなきゃ! 」
と言うか言わないかで、マリリンは騒いでいる客を押しのけて激辛屋台の前にいた。
流石の俊足である。
「なんで止めないのさ! 僕がカステラで気を引いたのに! 」
マシューも気が付いていたようだ。
「すまん……」
「マシュー、両頬にカステラを入れて言っても説得力がないよ」
マシューは頬袋にしこたま餌を詰めたリスのようになっていた。
ヴァージニア達は休憩スペースに行き、マリリンが刺激物を食べるのを遠くから見守った。
マリリンは顔色を変えることなく完食し、ゴミをゴミ箱へ入れた。
ヴァージニアはそのゴミに激辛ソースが付着したままなので、次に来た人や清掃係の人が被害に遭わないか心配になり、拾った小枝で更に奥に押し込んでおいた。
「十辛でも大丈夫なの? 真っ赤だったよ? 」
「ちょっと辛かったぐらいだったかしら? 」
ここでジェイコブがコソッとヴァージニアに言ったのは、マリリンがこう言う時は辛くなかったと同じ意味で、後ほど物足りなかったとぼやくらしい。
「辛いのを食べ過ぎるとお尻が痛くなるって聞いたよ」
「今までなった事ないから平気よ」
「ジェイコブは大丈夫? 目の前で食べられたら目とか鼻とか痛くならない? 」
「もう慣れたから問題ない」
前は問題あったらしい。
「もう! 大袈裟だって。……あ! あっちがステージみたい。今は歌を歌ってるね」
「ものまね歌手かな? 」
マシューはものまね歌手を知らないのでジェイコブに説明された。
「ふーん。ものまねされても、元の人を知らないから似ているのかどうか分からないや」
「たまにあるな、それ」
「誇張しすぎとかね」
「えー……。それって何が楽しいの? 」
やはりマシューは食べ物以外興味がないようである。
マシューは美少年のおかげでオマケされている!




