封印解除開始!
キャサリンがため息をついた数秒後、ヒューバートが後ろを向き建物の中を見た。
「あ、噂をすれば」
ヴァージニアがヒューバートの視線の先を見ると、彼の上司が歩いて来るのが見えた。
ちなみに彼の上司とは王立魔導研究所の局長のヘンリエッタである。
「な、なんでそっちから来たの? 」
「坊やが出たのは別館の裏口です。この本館とは渡り廊下で繋がっているんですよ」
マシューは大回りをして本館の正面まで来たらしい。
「この子が迷惑をかけたみたいで、申し訳なかったわね」
「いえ、建物の汚損はなかったので大丈夫ですよ」
局長はニッコリと微笑んだ。
前にヴァージニアが見た笑顔と同じである。
「だって僕は逃げてただけだもん」
マシューは相変わらずヴァージニアを盾にしている。
「ふふっ。そうですね。では何故あの場所にいたのか教えてください。そうしたら不法侵入を不問にします」
「いつの間にかいたんだよ。僕もよく分かんない」
マシューはキャサリンの魔法空間から無理矢理出たため座標がずれたとは言わない。
言ったら厄介なことになると分かっているのだろう。
「この子は今転移魔法が不安定になのよ。それで何かしらが作用して別館内に移動しちゃったのね」
「うん。びっくりしちゃった! 」
局長はキャサリンとマシューの話を聞くと、口元に手をやりクスリと笑った。
「そのわりに森の中からここまでの転移魔法に成功してましたよね」
「あー上手くいってよかったなー」
マシューはやや棒読み気味に言った。
これはわざとではなく、マシューが嘘を吐き慣れていないだけである。
「ええ、危険な場所に飛ばされなくてよかったわね。さあ、仕事に取りかかりましょうか」
キャサリンの一言でヴァージニア達は仕事を開始することになった。
流石に局長もキャサリン相手に突っ込んで聞こうとは思わないらしい。
おかげで今回何故マシューがここにやって来たのか聞かれずに済んだようである。
(聞かれたところで勉強のためとでも言えばいいんだけどね。だけどマシューがうっかり何かを言っちゃうかもしれないから、聞かれなくてよかった)
三人が歩き出すと後ろから局長とヒューバートの話し声が聞こえてきた。
「私達の担当は何処です? 」
「一番奥です。押しつけられちゃいましてね」
ヒューバート達に押しつけられたのは事実である。
「はぁ……、どうせ貴方がキャサリンさんに余計なことを言ったのでしょう。そうに決まっています」
「いえいえ、局長のお力を見込んでの抜擢ですよ」
ヒューバートは嘘を吐き慣れているようだ。
「ならば押しつけられたという表現は如何なものでしょう」
「そうですね。何故そんな言葉が出たのでしょうかね。不思議ですねぇ」
マシューはオーラからヒューバートが嘘をついているのが分かっているらしく、彼の話し方に目を丸くして驚いていた。
三人、と言うよりヴァージニアは順調に担当箇所の封印解除を終えていった。
「こんなに簡単でいいんですか? 」
本当にヴァージニアが触れるだけで封印が解けている。
彼女は初めてヤドカリの力を実感した。
「強制的に解除しちゃうのよ。凄いわよね。他の人達はどういう手順で封じられたかを読み解いてやっているから、まだ一つ目のところもあるかもね」
「ジニーすごい! 」
「もしかしてあの島に行く前にも勝手に封印解除してたりは……」
ヴァージニアは何か曰く付きの物を解き放っていないか不安になった。
「それは大丈夫よ。私が見逃すはずないでしょう」
それもそうかとヴァージニアは納得した。
「そうだよ。キャサリンさんは色んな所に目と耳があるんじゃないかってくらい、何処で誰が何をしているか分かるんだもの」
「人を化け物みたいに……って言いたいところだけど、情報網はあらゆる所にあるから否定出来ないわね」
ここで他の人達とペースを合わすために休憩することになった。
いくらキャサリンがやった事にしても早すぎると怪しまれるといけないからだそうだ。
そのためヴァージニアが地面にシートを敷こうとしたら、キャサリンが魔法で椅子と机を作った。
「キャサリンさんより早いんだって! ジニーすごい! 」
マシューは興奮しながら椅子に座った。
「得意だったってだけだよ」
「いいじゃない。得意な物があるって素敵なことよ」
ヴァージニアはキャサリンが優雅に座るのを確認してから着席した。
「ですけど、自分が努力して身に付けた物でないと何だか……誉められても自分の力ではない気がしてしまって……」
「フフッいいわよ才能って。煌めくんだもの」
「キャサリンさんと一族の人は青い炎の精霊さんに力を貸して貰っているんだよね」
精霊に気に入られるのも才能だ。
「ええ。かなり昔からね」
キャサリンは何代前からなのかは分からないそうだ。
「ふーん。才能と言えば、キャサリンさんの筋肉も才能? 」
「……まぁ、そうね。ジェーンに会うまでは魔導師なのに筋肉まみれで嫌だったの……」
「どうして嫌だったの? 」
マシューは持参したお菓子を食べている。
ヴァージニアがお弁当を渡すと、彼は喜んで食べ出した。
「当時は筋肉質な魔導師はいなかったからよ。それに前にも言ったけど、理想の体じゃなかったのもあるわね。どうしようか悩んでいたらジェーンに変身しちゃえば? って言われたの」
「それまでは変身してなかったの? 」
「真の姿を隠していたら悪者みたいでしょう」
「えー? ヒーローは変身してるよ」
マシューは流石に変身ポーズを真似たりしないが、技名を呟いている時がある。
自分の魔法の技名の参考にしようとしているのだと思われる。
「そう。ちょうどその頃にそういう作品が世に出始めたのよ」
キャサリンは何処かからかティーセットを出した。
(え、それってかなり前だよね……)
ヴァージニアはティーセットよりキャサリンの年齢を気にしている。
彼女は気にするわりに、ジェーン達が活躍した年代を調べていないのだ。
「ふぅん。……キャサリンさん、僕とジニーにもあったかいお茶ちょうだい」
「自分でやりなさいよ」
「カップがないから水筒の蓋でいいかな……」
マシューは自身の物とヴァージニアの物二つ置いた。
「んーっとこうかな? 」
マシューは少し悩んだ風な顔をした。
「おお! 」
二つの蓋にいい匂いのするお茶が入った。
湯気も出ていて美味しそうである。
ヴァージニアはマシューが家から茶葉を転移魔法させたのかと考えた。
しかしこんなに高級そうな匂いがする茶葉は彼女の家にはないので、彼女は疑問に感じて眉間に皺を作った。
「貴方ねぇ、ちゃっかり盗むんじゃないわよ」
「バレたかー」
キャサリンはマシューが素直に言うことを聞いたのでおかしいと思ったらしい。
マシューの先ほどの顔は演技だったようだ。
「すみません。お返しいたします」
「そんな使用済みのコップから戻されたのなんかいらないわよ」
ヴァージニアとマシューはキャサリンのお茶を美味しく頂いた。
初日はそのまま何事もなく終了した。
王都に居住していない人達はホテルに案内された。
ジャスティン邸に引き続き、今回もヴァージニアとマシューは同じ部屋だそうだ。
現在はキャサリンも来て三人で雑談中である。
「こんなに沢山封印されるまで気付かないものなんですね」
単独犯ではないので出来るといえば出来るが、それにしても多すぎである。
「封印されたら困るのに見張りがいないのは変だよ」
「本当に封印されて困るものは、ちゃんと厳重に管理してあるから問題ないわよ」
直ちに影響が出る物はきちんと管理されているのだ。
「なぁんだ」
「ここは観測機器が多いのよねぇ」
なので一々見張りを置けないそうだ。
「観測出来ないとどうなるの? 」
「ちょっとした異変に気付けないでしょ」
ほんの少しの異変から何が起るのか予測を立てる。
これの有無でかなり被害の大きさが変わる。
「そっか。……ハッ! 僕は大事なことに気付いちゃったよ」
「王都のホテルだから美味しい物が食べられるかもって? 」
食いしん坊なマシューあるあるだ。
「違うよ! 僕はもう嗅覚を使って何が出るのか調べ終わってるよ! 大事なことはね、こちらに人をおびき寄せて、本当に狙っている場所を手薄にするつもりだってことだよ」
「もう配備しているから大丈夫よ」
マシューが思いつくのに、経験豊富なキャサリンが思いつかないはずがない。
「陽動作戦……」
「思いついたのね。偉いわね」
マシューはもっと誉められると思っていたらしく残念そうな顔をしてる。
「むぅ……。ところでさ、キャサリンさんが泊まるスイートルームって何? 甘いお菓子が出るの? 」
「そのスイートじゃないわよ。そうね、ここよりずっと良い部屋ってことよ」
ヴァージニアはそんな豪華な部屋なら見てみたいので、招待してくれればいいのにと思った。
(まさか私達を部屋に入れたくないからここで話を? )
キャサリンの性格だと十分にあり得そうだ。
マシューも察したのか微妙な表情になっている。
「……貴方達もさっさとそういう部屋に泊まれるようになりなさい」
マシューはコロッケの匂いがしてなくてがっかりしている!




