帰宅!
2話めです。
「わぁっ!」
「ひゃっ!」
二人は無事に陸地に到着出来たようだった。
岬なので目の前は海が広がり、さっきまでいた島の景色とあまり違いはない。
しかし反対側は陸地が続いているのでこれは大きな違いだ。
なんならペンキを塗り替えたばかりと思われる展望台もある。
これもフジツボがついていた遺跡とは全然違う。
「ここどこだろ…。看板とかないかな?」
「あれは?」
少年は走って、看板に近づいて行った。
少年の後を追い、ヴァージニアも看板の前に行った。
「んー、読めないなぁ…。別の大陸だもんね。仕方ないか…」
日は暮れ始めている。
「…宿を探すか、薬を買うか……。野宿はないな…」
ヴァージニアは看板を見ながら考えた。
「のじゅくってなぁに?」
少年はヴァージニアを見上げる。
「建物の中じゃなくて外で寝るんだよ」
「たのしそう!」
そりゃずっと柱か棺の中にいたら、そう思うかもとヴァージニアは思った。
「…安全な場所なら楽しいかもね。…お店探さないと閉まっちゃう。ほら早く行くよ」
ヴァージニアは少年と手を繋ぎ、街に向かって歩きだした。
少し歩くと、少年は時々ヴァージニアの顔をチラチラ見ていた。
「どうしたの?」
「あし、いたい…」
少年はしょんぼりとしている。
「え?ああ、そっか、靴履いてないから…」
立ち止まって少年の足の裏を見てみると、砂利がめり込んでいた。
ヴァージニアは砂利を払ってあげた。
「んー、仕方ない…おんぶするか…。はい、背中に乗っかって」
ヴァージニアは背中を少年に向けた。
少年が乗りやすいように身を屈めた。
もうくたくたなので、正直嫌だが痛がるのだったら仕方がないと言い聞かせた。
「だっこがいい」
少年は上目遣いでヴァージニアを見つめてきた。
こんな眼差しを向けられて断れる人はいるのだろうか。
「それは無理だね。抱っこだったら自分で歩いて」
しかし、ヴァージニアは自分の意志を貫いた。
「うー」
少年は唸りながら渋々ヴァージニアの背に乗った。
「うっ…よし、行こう……」
歩けなくはないが、かなり辛い。
もう少しの辛抱だと思い、歩き続けた。
ふらふらしながら、何とか街まで辿り着いた。
「お…店…探さなきゃっ!」
街に着いたところで少年を降ろすわけにもいかず、よろよろと歩き続けた。
その様子を心配そうに見てくる通行人達だった。
「おみせ、あっちにあるよ!」
「え?…ああ、反対側か…」
ヴァージニアの目は虚ろになっていた。
ふらふら、よろよろしながら道を横断し、なんとか店の前まで行けた。
「―――!」
店員が笑顔で何か言ったか聞き取れなかった。
「えっと…マジックポーションください」
「?」
店員は首を傾げた。
何言っているんだコイツっという視線を感じる。
「あー、通じないのか…。マジー?マギー?マジーア?マヒア?」
ヴァージニアは知る限りの言語で魔法と言ってみた。
だが、知っているのはその単語だけだ。
他の単語は言えない。
「!」
店員は分かった言葉があったらしく、魔力回復薬を持って来てくれた。
小瓶は世界で統一されたデザインなので、一目で分かった。
「ああっ!あったよかった!いくらですか?」
魔力回復薬の値段は地域や国によってまちまちだ。
「―――!」
店員は指で値段を教えてくれた。
「え、安い…。あっそうか…為替レート……」
ヴァージニアは財布の中身を見せて、この国の紙幣や硬貨を持っていないアピールをした。
すると店員はまた憐れんだ目をしてきた。
店員は電卓を叩いて、換算してくれた。
(少し高いな…。しょうがない…)
ヴァージニアは店員にお礼を言いながらお金を渡した。
「かえたの?」
「うん。これで私の家まで帰れるよ」
「よかったね!」
少年は嬉しそうに言った。
多分顔も嬉しそうにしているのだろうが、ヴァージニアは振り返る気力がないので分からなかった。
「あ」
ヴァージニアは宿屋の料金を見るのを忘れたのに気付いた。
しかし、もう魔力回復薬を買ってしまったので遅い。
「まぁいいや。えっと…一度じゃ帰れなさそうだから、何回か中継しよう」
地図を広げ、正距方位図法にして確認する。
出来れば行った事がある場所がいい。
訪問経験があると魔力残渣が残っている場合があり、それに引きつけられるようになるので少し魔力の消費が抑えられるのだ。
「帰る所がここだから…。あ、ここをこう行ったら二回の中継で行けるんじゃ…」
「どこぉ?」
少年は肩越しに地図を覗いている。
「最初の場所はこの距離だったら、今の魔力の残量でもいけるね。中継場所で薬を飲んで、そこからまた飛ぼう。うん、そうしよう」
「…またぎゅってするの?」
「このままでいいよ。ちゃんとくっついててね」
「わかった!」
少年は腕と脚でしっかりとヴァージニアにしがみついた。
「よし!帰るぞ!緯度経度を意識!」
ヴァージニアは転移魔法を使った。
まず、現在いる大陸からヴァージニアの家がある大陸が見える場所に行った。
「よし、地図で確認して…」
ヴァージニアは地図で現在地を確認すると無事に着いたようだった。
「ついた?」
「まだ。次は前に見える大陸に行くよ」
「すごーい!」
少年から褒められたが、喜ぶ気力もなかった。
「えっと、この街なら前に行ったな…。少し距離があるけど、どうせ薬を飲むからいいか…」
そう言って小瓶をカバンから取り出して飲み干した。
「ちからがみなぎる?」
「うん、漲るよ。よし、また転移魔法だ」
「おー!」
ヴァージニアは少年のかけ声を聞き終わらないうちに飛んだ。
「ぉお?」
「はぁ、さっきよりは楽だった…」
あくまでさっきよりは…なので楽ではなく辛い。
それでも何となく見覚えのある景色が見られて少し安心した。
「そうなの?」
「そうだよ」
「へぇ」
返事を考える気力もなかった。
「よし、今度は私の家がある町だよ」
「わーい!」
ヴァージニアはこんな長距離の転移魔法を連発させたのは初めてだったが、なんだかんだ言って上手くいっているのに感動した。
(あ、最初は失敗したんだったね…)
「転移魔法!」
別に言わなくても移動出来るのに、これで最後だと思うと言いたくなった。
「おぅう!」
「ひゃっ!」
ヴァージニアはとてもよく見慣れた町並みの中にいた。
少年はキョロキョロと周りを見ている。
「着いた…」
「ついたの?」
「うん、帰ってこられた…」
ヴァージニアは安堵から涙が出そうになった。
「よかったね」
「…っうん、よかった」
ヴァージニアは下を向いて鼻をすすりながら言った。
「おい、ジニー?ジニーか?」
男性の声がした。
ヴァージニアが顔を上げると知り合いがいた。
「やあ…」
ジニーはヴァージニアの愛称だ。
ヴァージニアは力なく返事をした。
家の前に飛べたらよかったのにと思った。
「先に隣町に行ったはずなのに、待っても探しても見つからないからみんなで慌てたぞ」
「転移魔法に失敗してね…」
「珍しいな」
「ははは…」
「ん…?その子は誰だ?」
男性はヴァージニアの背に乗る少年に気付いた。
「え?ああ……」
帰って早く寝たいので話しかけないで欲しいとヴァージニアは思った。
「あっ!ジニー!ジニー帰って来てたの?よかった。どこに行っちゃったのかと、みんな心配してたんだから」
また違う人がやって来た。
眠い。
眠すぎる。
「うん…」
「その子はどうしたの?…妹じゃないよね?」
「ぼく、おとこだよ!」
今まで大人しくしていた少年が大きな声を出した。
ヴァージニアは少し驚いたが、眠気が覚めるほどではなかった。
「えっ、そうなの?髪の毛が長かったから…ごめんね」
「むぅ…」
少年はふて腐れたようだ。
「で、その子は?」
「さあ…分かんない…。疲れたから寝たいんだよね。詳しい事は起きてから話すからさ」
「わ、わかった。そんなに疲れているんなら、その子を抱えるの替わるぞ」
「ああ…それは助か――」
ヴァージニアは男性に背を向け、少年を任せようとした。
「やだー!」
しかし、少年は拒否した。
そんなに乗り心地の良い背中だったのだろうか。
「坊主、ジニーは疲れてるんだ。分かるだろ?」
「わかんない!」
少年はまた大きな声を出した。
耳元で大きな声を出さないで欲しいとヴァージニアは思った。
「……もう、帰っていい?」
そう聞きつつ、すでに家に足を向けていた。
議論は無駄だ。
時間の無駄だ。
今すぐ眠りたい。
「心配だから家の前までついて行くのはいい?」
「うん…」
家に着くまで二人はヴァージニアと少年に話しかけていたが、ヴァージニアは疲労、少年は見知らぬ人間と話したくないのか黙ったままだった。
「じゃ…おやすみ…」
二人は何か言っていたが、眠すぎて上手く聞き取れなかった。
家の中に入り、少年を降ろした。
背中がスースーした。
「はぁ。ねむ…ねる…」
ヴァージニアは靴と上着を脱いでベッドに飛び込んだ。