ジェーン退院する!
「ジニーは新しいことに挑戦してたんだね! すごい! 僕も新しいの覚えなくちゃ! 」
マシューが目をいつものようにキラキラとさせて、リチャードに早く教えてくれとせがんだ。
リチャードは楽をしたかったらしいので少し残念そうだが、マシューの気迫に負けて魔法を教え始めた。
(魔法を打ち消すって……すごいなぁ。ところで私のさっきの魔法は消されてなかったら成功してたのかな? )
ヴァージニアはもう一度やってみたかったが、二人の邪魔するのは気が引けたので諦めた。
なので彼女はハンドタオルと自分の位置を交換するのに再挑戦することにしたが、何度念じても上手くいかなかった。
これは彼女が頭のどこかで出来るわけないと思ってしまっているからだろうか。
(ん? )
そう考えているうちに、ヴァージニアは違和感を覚えた。
彼女の全身に何かまとわりついた感じがしたのだ。
さらに二人に見られている気がしたので視線を向けると、やはり二人はヴァージニアを見ていた。
「……何でしょうか? 」
「いいからやってみて! 」
マシューに促されヴァージニアが魔法を発動すると、何の苦労もなく彼女とハンドタオルの位置が入れ替わっていた。
先ほどまで何の変化もなかったのが嘘のようだ。
「やった! 成功したよ! 」
「マシューが何かしたの? 」
今のはどう考えてもヴァージニアの手柄ではない。
マシューによるとヴァージニアの魔法の効果を上昇させたらしく、その結果場所の入れ替えに成功したそうだ。
なお、攻撃魔法だと威力が増すそうだ。
「効果を……。リチャードさん、一時的に私の魔力量を上げたんですか? 」
ヴァージニアは魔法を発動させる前、いつもより力が漲るのを感じたのだ。
「それもありますが、魔法にマシュー君の魔力を上乗せしたんです。マシュー君はいつもヴァージニアさんといるので、すぐに出来るだろうと思いましてね」
「となると、単純に魔力量が乏しいから成功しないんですね……」
ヴァージニアは分かっていても悲しいものは悲しかった。
「僕がジニーの側にいれば大丈夫だよ! 」
そんなヴァージニアとは違い、マシューはンフフと笑いとても機嫌がよい。
「心強いですねぇ。うんうん」
リチャードも微笑んでいる。
ヴァージニアは苦笑しながら、そうですねと返しておいた。
「……それで、先ほどのリチャードさんが打ち消した私の魔法は成功していたのでしょうか? 」
高い確率で成功していないだろうとヴァージニアは考えた。
「驚いて反射的に打ち消したのでなんとも……。ああそうだ。ヴァージニアさんは物を移動させるのが苦手だと思っているようですけど、自分以外を移動させるのが苦手なのでは? 」
「あ、そう言えばジニーって人間も触れてないと駄目だもんね」
「うっ言われてみれば……」
ヴァージニアは出来ることが増えることなく、この日の特訓を終えた。
マシューはここ最近はリチャードに魔法や食について教わり、ずっとご機嫌だった。
だが、ジェーンが退院する日が決まり、それによってキャサリンも町に戻ってくることになったため、リチャードがこの町に滞在する理由がなくなった。
よってリチャードによるマシューの指導は終了したのだった。
「えー、もう少しお芋のお話し聞きたかったなぁ」
ヴァージニアは心の中で芋かよとツッコミを入れた。
なお現在はギルドでジェーン達が戻って来るのを待っている。
「私もマシュー君とお話ししたかったですけど、こちらの町には宿がないのでねぇ」
「えー、今までみたいにジェーンさんの家に泊めてもらえばいいのに」
リチャードはジェーンの家の子ども部屋を借りていた。
彼は魔法で部屋を綺麗にしてきたそうだ。
「嫌ですよ。あの二人と一緒だなんて。恐ろしい」
リチャードは言った後でジェーンとキャサリンがいないか確認していた。
その二人はまだ到着していないので彼は安心していた。
「しかしまぁ、二週間で退院だなんて流石ですよねぇ」
ヴァージニアはジェーンが皆を安心させるために無理していないか心配だったが、キャサリンがついているので大丈夫だと思うことにした。
「お菓子のおかげかな? 」
「大いにあり得ますね。食べ物の力は素晴らしいですからね」
ちなみにリチャードの収入源は食に関する書籍の印税らしい。
もちろん魔獣の討伐もするそうだが、伝説のパーティの一員だという身分を明かしたくないらしくあまりしないとのことだ。
彼はただ働きはしたくないそうなので報酬はちゃんと貰うらしい。
「ジェーンさんに僕が強くなったのを見てもらわないとね」
マシューはジェイコブを押し出せるようになっていた。
といってもジェイコブは本気ではない。
「ええそうですよね。っとそろそろ立ち去らねば鉢合わせてしまうので、ここらで失礼致しますよ」
リチャードは危機を察知したようだが遅かった。
「は? 鉢合わせって何よ? 私達と会っちゃいけないってわけ? 」
「あああ遅かった。感覚が鈍っているんだ。なんてことだ」
青ざめているリチャードはキャサリンに胸ぐらを掴まれていた。
それをジェーンはあらあらと言いながら見守っていた。
「ジェーンさん! 」
「あらマシュー君、久しぶりね。マフラーと帽子とセーターを身につけて待っていてくれたのね」
マシューはコートのボタンを外してセーターの柄が見えるようにして待っていた。
ジャスティンにコートの前を開けろと言われ反抗していた時と大違いだ。
(室内で暖かいからかな? )
それに西都より南の地域なので気温が少しだけ高いのも関係するかもしれない。
「ねぇねぇキャサリンさん。これは写真撮らなくていいの? 」
「……え、ジャスティンが失神するかもしれないから撮るわけないでしょ」
「ええー? 可愛いのに、ねえ? 」
リチャードとヴァージニアはジェーンとキャサリンの顔を見比べ苦笑して誤魔化した。
「折角だから撮っておきましょうよ」
ジェーンはキャサリンの鞄からカメラを強奪してマシューを撮影した。
彼女の豪腕は怪我から回復したばかりでもキャサリンより強いらしい。
「ジャスティンに送らないでよね」
「娘さんが喜びそうじゃない? 若い子ってこういうの好きでしょ? 」
「ちょっと! ショックでピアノが下手になったらどうするのよ! 」
「そんなに衝撃的ですかねぇ? 」
揉めた結果、要注意と手紙に添えることになった。
ジェーンは受付の仕事復帰が明日からだそうなので、ヴァージニア達と牧場に来た。
マシューがソフトクリームとパンが美味しいと言ったのでリチャードも一緒である。
キャサリンは何やら忙しいらしいので同行しなかった。
「ベリースライムちゃんがいるのよねぇ」
「珍しいですねぇ」
「もう少し歩いた所にいるんだよ! 」
リチャードは人間と違う形の耳を隠すために深々とフードを被っている。
ヴァージニアは耳当てでは駄目なんだろうかと考えた。
(大きくないと無理なのかな? あと邪魔だし、聞こえずらくなるし……)
それとも伝統的な格好なのだろうか。
こうヴァージニアが考えている間、マシューは初めて牧場に来た二人に説明をしていた。
「ソフトクリームとパンを一緒に食べたら美味しいと思う」
「物によっては合うでしょうねぇ」
食事をするのはあとにし、四人はとうめいがいる場所に到着した。
すると柵の前には三人の観光客がいた。
「あら? 」
そこにいたのはケヴィンとブライアンとエミリーだった。
「お、エミリーの占い当たった。すげー」
ケヴィンは目を丸くして驚きの声を上げた。
「でしょ? 」
エミリーが占いでジェーンが何処に行くのか探ったらしい。
彼女達もジェーンの容態を心配していたが、簡単に会いに行ける立場ではないので待ち伏せしたそうだ。
アリッサは従魔のブラッドの健康診断で獣医のところにいるらしい。
「ところでこちらの男性は? 」
「ギルドの方? 」
ブライアンとエミリーは見知らぬ人物がいたら当然の反応をした。
「私は旅の者です。偶然牧場の入り口で――」
「リチャードさんだよ! 」
リチャードが身分を偽ろうとしたら、そんな事情を知らないマシューに見事にバラされた。
「ええっ」
「マジか……」
彼らはジェーンのかつての仲間であるリチャードの登場にも驚いたようだが、年を取っていないリチャードの顔を見て三人はポカンと口を開けていた。
ここでエミリーの鞄が動き出した。
「んんー……、エルフの匂いがする」
魔導生物のスージーがエミリーの鞄からぴょこっと顔を出した。
いつも通り眠っていたらしい。
「リチャードさんはエルフでらしたんですね」
「バレちゃいましたかー」
マシューが黙っていてもどのみちバレていたようだ。
スージーは寝ぼけている!




