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ジャスティンの○登場!


 日が暮れてきたので、ヴァージニアとマシューは屋敷に戻った。

 マシューは夕食の臭いを嗅いだようでソワソワしている。


「コロッケ……。僕のコロッケ……」

「風船は皆に見てもらったから部屋に置いておこうね」


 マシューは風船よりコロッケに気を取られているらしくすぐに了承して、部屋にあった椅子に風船の紐を結びつけた。

 二人が部屋を出て歩いていると、廊下の先に見慣れぬ服装の若い女性の横顔が見えた。

 女性の年齢はヴァージニアと同じかちょっと下ぐらいのようで、どうやら階段に向かっているらしい。


(え、誰? もしかして……幽霊なんじゃ……)


 それにしては生きている人間みたいだなとヴァージニアは思った。

 ヴァージニアはどちらだろうかと思いマシューに視線を向けると、彼はいつもと同じだった。

 マシューは生きている人間でも幽霊でも同じような反応なので仕方ない。


「お姉さん! 」


 マシューが大声で女性を呼び止めると、女性は二人の方に顔を向けた。

 やはり年齢は若く、髪や服装は屋敷に合ったきっちりとしたスタイルをしていた。


「あ! 」


 女性の表情がパッと明るくなった。

 そしてずんずんと二人に歩み寄ってきた。


「ねえ、きみがマシュー君でしょ? 」

「そうだよ! 僕はマシューだよ」


 ヴァージニアには女性が幽霊には見えなかったので少し安心した。

 そしてヴァージニアが女性をよく見てみると、彼女が着ている服は学校の制服のようなので、ヴァージニアより年下なのが分かった。


「やっぱりそうだ。お父さんから聞いてた通り、綺麗な顔に黒髪おさげの男の子! 」

「え、お父様ってどなたですか? 」


 ヴァージニアは女性の父が誰なのか分からなかった。


「へ? お父さんに依頼されて屋敷に来たんですよね? 」

「お父様ってジャスティンさん……ですか? 」


 マシューに仕事を依頼した人はジャスティンだ。

 弟子の男性二人は若いので父ではないし、使用人の娘が一人で屋敷をウロウロしないだろう。


「ハッ! キャサリンさんと同じだ。きっと……ふごふご」

「マシュー……」


 ヴァージニアはマシューの口を押さえて種付けと言わないようにした。


「やぁねぇ、マシュー君。今何か変なことを言おうとしたでしょ~」


 ヴァージニアが声がした方を見るとジャスティンがいた。

 ジャスティンはちょうど娘が来たと聞いて迎えに来たそうだ。


「あ、お父さん。久しぶりー」

「ドロシーどうして来たのよ。お母さんと喧嘩したの? 」


 ヴァージニアはマシューがふごふご言わなくなったので彼を解放した。


「してないよ。巷で大人気のコロッケが食べられるって聞いたから来たの」

「ドロシーさんもコロッケ好きなの? 」

「好きだけど、どっちかっていうと美味しい物が好きかな」


 マシューはふーんと言い、ジャスティンとドロシーの顔を見比べた。


「ううーん、顔は似てるような似ていないような? 」

「小っちゃい頃は似てたわね。特に女の子は成長すると変わるのよ。子役だった子に久しぶりに会ったら全っ然違う人になっててビックリしちゃうんだから」


 女性は化粧をする人が多いので余計にそうなるだろう。

 髪型でも印象が変わるので尚更だ。


「コロッケ、お母さんにも食べさせたいからいくつか貰っていってもいい? 」

「いいよ! 」

「ですって。よかったわね」


 ドロシーが何故マシューが返事をしたのか分からず首を傾げたので、ジャスティンはコロッケはマシューのための物だと言った。


「そうなんだ。ケイトさんから今日ここに来たらコロッケが食べられるってだけ聞いたから、理由は知らなかったよ」


 ドロシーにコロッケのことを教えたのは弟子のケイトだそうだ。


「ねぇ、ドロシーさんとお母さんはジャスティンさんと一緒に暮らしてないの? 」


 マシューの直球の質問にドロシーは苦笑した。

 ジャスティンも彼女と同じような表情をしている。


「二人は離婚しちゃったからねぇ。私はお母さんについて行ったの」


 ヴァージニアはジャスティンとドロシーの会話からそうだろうと推測していた。

 質問したマシューはふーんとだけ言った。


「けど仲が悪い訳じゃないからお母さんもたまにここに来るよ」

「そうよ。私がまだ世間一般の意見に囚われていた時の話よ。ああっ彼女には申し訳ないことをしたわ……」


 ジャスティンは頬に手をやり、長いため息をついた。

 ヴァージニアは彼の表情から本当に後悔しているのが分かった。


「気にしてないからいいって言ってたよ」

「こんな私を今も友と言ってくれるなんて感謝しきれないわ」


 ジャスティンとドロシーの母親は元は友人同士だったらしく、付き合いが長かったので周囲の勧めで結婚したのだそうだ。


「……ん、コロッケはまだかな? 」

「あら、私の話に飽きちゃったのね。まあそうよね」


 だがまだコロッケ店の店主は到着していないらしい。

 マシューが嗅いだのはコロッケ以外の食事の匂いなのだ。


「じゃあ暇つぶしにピアノを聞かせてあげる」


 ドロシーはマシューに目線を合わせて微笑んだ。


「調律してないわよ」

「えー、いいピアノなのに置物になってるの? 勿体ないなー」


 ドロシーは隣の市にある高校の音楽科に通っているそうだ。


「そこの音楽科はこの国でトップクラスなのよぉ」

「そうなの? すごい! 」

「へへっ、すごいでしょ~」


 四人はピアノがある部屋に移動した。

 部屋にはグランドピアノがカバーをかけられて鎮座していた。


「ねぇ、ジニー。ピアノを調律しないとどうなるの? 」

「音程が狂っちゃうんだよ」


 そうすると音楽が耳障りになるとドロシーが続けた。

 マシューがへぇとだけ言ったのは、今まで音楽を聴く機会がなく、よく分からないからであろう。

 町中やテレビから流れる音楽は聴いてたが、面と向かうのは初めてなのだ。


(自作の歌を歌うのにね……)


 ジャスティンとドロシーはピアノを弾くために色々と準備をしている。

 その作業をヴァージニアとマシューは見守った。


「よし、ではどんな感じか確かめてみるね」


 準備が整い、ドロシーがピアノをポロロンと弾くと、マシューの表情が変わった。

 彼女は音を確かめているだけだが、マシューにとってはとても興味をそそられるものだったようだ。


「わぁ! すごいね! 」

「んー、調律されていたらもっとよかったんだけどねぇ」


 ドロシーは気になった音の鍵盤を押した。

 ヴァージニアには何がいけないのかよく分からなかったが、ドロシーには他にも気になる音があるのかいくつかの鍵盤を押して音を鳴らしていた。


「ドロシーは学年で常に上位なのよ。我が娘ながら尊敬しちゃうわ」

「それでも大きなコンクールでは最優秀賞とれないけどねぇ」


 ドロシーは鼻でフンと笑った。


「そうなの? 」

「同じ学年に親子三代ピアニストの人がいるの。しかも同じ地区だから、地区大会でも第一位になれないんだよぉ」


 ドロシーの競争相手も西都に住んでいるそうだ。

 その人は高校は王都にある学校に通っているらしいが、コンクールでは地区大会免除がない限り本籍地の西のブロックから出ているそうだ。


「なによ、子どもの頃に引っ越すかって聞いたじゃない。そしたら逃げたみたいでヤダって言って怒ってたわよね? 」

「言ったけど、あの頃はもっと練習すればいずれ追い越せるかもって思ってたんだよね。甘い考えだったなぁ……」


 親が先生をしているのかは不明だが、その人に優秀な指導者がついているのは間違いないだろう。


「なんだか大変なんだね。ドロシーさんも、その人も」

「ね。あの人も優勝するのが当たり前って思われているから大変だと思う」


 周囲に期待され、それに応えなくてはなくてはと重圧になっているのではないか。

 親達とも比較されると考えられるので、ヴァージニアはその人の境遇を想像しただけで顔が青ざめた。


「別の先生に指導して頂いた方がいいのかしら……。例えば外国の方とか……」

「そしたら海外暮らしかぁ……。お父さんの別荘がある国ってどこ? 」

「学生が別荘に暮らすつもり? 贅沢ねぇ」


 ジャスティンは否定しなかったので外国に別荘があるようだ。


「お金持ちの会話だ。すごい」


 どんなに才能があっても高名な先生に指導されないと力を伸ばしきれない。

 これはどの分野でも同じだろう。

 マシューもジェーンやキャサリンから指導を受けられなかったらどうなっていただろうか。


「マシュー、芸術はお金がかかるんだよ。とくに音楽は技術の他に楽器も重要だからね」

「へぇ。ジャスティンさんこのピアノおいくらなの? 」

「内緒よ、内緒。子どもには刺激が強いわね。うふふ」


 それなのに置物と化していたなんてヴァージニアは目まいがしそうになった。


「さてさて、その高級なピアノを弾きましょう」


 ようやくドロシーのピアノが聴けるようだ。




 ピアノの掃除はされていたようだ!

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