西都!
ヴァージニアとマシューはギルドから帰宅後に明日の仕事のために準備を始めた。
キャサリンが依頼主の相談内容をから判断した結果、一日では終わらず泊まりになると言われたためだ。
「ふふっ、お化けだって。怖いね」
マシューは笑顔で鞄に荷物を詰め込んでいた。
「と言いつつ、全然怖くなさそうだけど……」
マシューは光魔法が使えるので怖くないそうだ。
これは彼は幽霊に遭遇した事がないので怖さが分からないからではないか。
「ジニーは怖いの? どんな霊でも僕がピカーってやれば大丈夫だから安心して! 」
「そっかぁ」
マシューはどんな悪霊でも退治出来るので怖くないのだろう。
そうに違いない。
子どもらしい無邪気さや無謀とかではないのだ。
(幽霊やだなぁ……。ついこの間アンデッドと遭遇したばかりなのに……)
ヴァージニアは幽霊が怖いので本当は行きたくないが、マシューが未成年なので同行せねばならない。
「あ、禁術使いの人って、今まで酷い事をしてきた人や生き物の幽霊のせいでおかしくなったのかも! 」
「おー……そうかもねぇ」
その説もあるなとヴァージニアは納得した。
むしろそうであってくれとも考えた。
禁術使いの体調が悪くなったことに、マシューが関与していないでくれと願った。
「幽霊達がいなくなったら元気になるかな? 」
「元気になったら刑務作業が出来るようになるかもね」
「うん。罪を償えるようになるね。じゃあ幽霊達が天国か地獄に行けばいいんだ」
マシューは被害者の中に元死刑囚もいるので地獄と言ったのだろう。
「よーし、幽霊がいるべき場所に行くようにお祈りしよっと」
マシューは明日の支度を終えたので夕食を作るらしく、コロッケと歌いながら台所に向かった。
(近いうちに奇跡的に回復って報道がされるのかな? )
これはキャサリンに報告すべきなのか。
それとももう調べているのか。
(文句と一緒に言うか……)
ヴァージニアはキャサリンに文句を言い忘れたので、この報告と共に言おうと思った。
翌朝、ヴァージニア達は西都に転移魔法した。
西都は古い建物が多く残っており、海と山が近くにあるので昔から観光地として栄えている。
そのため王族や貴族などの別荘も多くあるそうだが、同じ観光地でも南のリゾート地は全く異なる雰囲気の場所だ。
「あれはお屋敷かな? あれもお屋敷かな? 」
マシューは遠くに見える大きな建物を興味深げに指さしている。
どの屋敷も観光客と景色を見下ろすように、見晴らしの良い場所に建てられていた。
「どれも立派だね」
代々引き継いでいるのかどれも歴史を感じさせられる佇まいだ。
「趣があるね」
「そうだよ。言葉遣いには気を付けるんだよ」
古臭いなどと言ってはいけない。
キャサリンの友人のデザイナーは、言葉遣いや礼儀作法に厳しい人物だそうだ。
ファッション業界は入れ替わりが激しいため、どんなに細かなことにも気を付けねばどんな理由でケチをつけられるか分からないかららしい。
そんな中で長年活躍している人物の屋敷に二人は行くのだ。
「えーっと……、依頼主さんの家は町から少し離れた所にあるみたい」
「んーじゃあ、あのお屋敷かなぁ? 」
マシューは当てずっぽうに指をさした。
「うーん、あれはお屋敷じゃなくて、寺院って言う施設みたいだよ」
ヴァージニアはマシューに地図を見せると、なぁんだと残念そうに言った。
彼は建物の外観が気に入ったらしく、行ってみたかったらしい。
「よし、帰りに見に行こう! 」
マシューは勝手に帰りの予定を決めたようだ。
彼は早く解決しなきゃと言い、屋敷の方角に走っていった。
二人は転移魔法先に観光客がいた場合を考えて依頼主の屋敷まで歩き、数十分後に到着した。
依頼主の屋敷は、どこかのお金持ちの屋敷のように立派な門が二人の前に立ちふさがっていた。
「どこかから見られているはずだよ」
マシューはすぐに魔導具を発見し、それに向かって笑顔で手を振るので、ヴァージニアは慌てて彼を止めた。
「マシュー、お行儀良くしようね。依頼主さん達には丁寧な言葉で話すんだよ」
「分かりましたっ」
二人がコソコソと話しているうちに門が開き、二人は無事に敷地の中に入れた。
そのまま庭園を抜け建物に到着したが、途中見た事のない風景に二人は圧倒されていた。
「植物の自然の姿を活かしたお庭だったね」
「マシュー、丁寧な言葉で喋るんだよ」
「わわっ」
二人は屋敷内に入り使用人に案内されている間も、厳かな雰囲気に圧倒されていた。
ヴァージニアは廊下であっても背筋を限界まで伸ばしていないといけないような錯覚に陥った。
「旦那様、お客様をお連れいたしました」
「どうぞぉ~」
ヴァージニアは部屋の中からの返事で一瞬背筋の伸びが緩んだ。
だがすぐに背筋を伸ばし直して入室した。
「はーい、よく来てくれたわねぇ」
依頼主は白髪交じりのシルバーヘアの男性だった。
髪は一本もはみ出ることなく綺麗にスタイリングされ、髭もピッチリと整えられており、眼鏡も汚れ一つなく輝いている。
依頼主は如何にも仕事が出来る風貌をしていた。
「初めまして。僕はマシューです。隣はヴァージニアです。よろしくお願いします」
ヴァージニアが依頼主の風貌に驚いている間に、マシューはしっかりと依頼主に挨拶をした。
彼は怖じ気づいたりしないのだ。
「ヴァージニアです。よろしくお願いいたします」
「私はジャスティンよ、よろしく。……キャサリンさんから二人の名前は聞いていたわよ、名前は。けどぉ、男の子がこんな小さな子だなんて聞いてないわぁ。可愛い子が来るって言うからどんな子かしらって楽しみにしていたのにぃ。……ねぇ坊や、来るの十数年早すぎじゃなぁい? 」
依頼主のジャスティンは仕事机に腕をついてぐいっと身を乗り出した。
「……え、帰っていいんですか? 」
マシューはジャスティンの発言にきょとんとしている。
「ダメよぉ。まだ帰っちゃダメッ。不思議なことは解決していないんだから。……男女二人が来るのに部屋は一つでいいって言うから、なんでかしらって思ってたのよぉ。まだお子ちゃまだったからなのね」
「僕に不満があるならキャサリンさんに言ってください」
マシューは唇を尖らせている。
彼なりに頑張って我慢しているようだ。
「疑うわけじゃないの、実際強い力を持っているのは分かるもの。驚いちゃったって言いたかったのよぉ。ごめんなさいねぇ。キャサリンさんの言う通り可愛い子だから嘘じゃないものね。とっても綺麗な顔しているわねぇ」
マシューは可愛いと言われてあまり嬉しくないようで、いつもより目が細くなっている。
そんなマシューの顔をジャスティンはじっと見てから、ヴァージニアの容姿を見た。
「貴女は……良い意味で普通ね、もう少しお肉が欲しいけど。そうねぇ、もっと身長があったらモデルしていたかもね」
「そうですか……」
多分、気を使われたのだろうとヴァージニアは思った。
「あの、依頼内容の確認ですけど」
「あらやだっ、そうだったわね。最近何かの気配を感じるのよぉ。それに物の配置がミリ単位でズレていたりするし……」
幽霊が悪戯しているのだろうか。
それとも人の仕業か、ただ単にジャスティンの記憶違いか。
「今、この部屋に幽霊達はいません。僕を警戒してどこかに行ってしまいました」
「えーやだっ、やっぱり幽霊なのねぇ。けどどうして複数いるって分かったの? キャサリンさんには言っていないわよ」
マシューはこの部屋にいないはずの幽霊の数が分かるらしい。
「残されている気配からですね。一体はいつも足元にいて、もう一体は机に乗ったり膝に乗ったりしますね」
「えっ……流石キャサリンさんの教え子ね。すごいわぁ」
ジャスティンは目を丸くして驚いていた。
なんならヴァージニアも驚いている。
「マシュー、その幽霊が物を動かしたの? 」
ヴァージニアはマシューの耳元で言った。
「それはまだ分からないよ……です」
「ふふっ、いつも通りでいいわよぉ。子どもに堅苦しい思いをさせてまで解決して欲しくないもの」
「なぁんだ。いいのかぁ! 」
マシューがにっこりと笑うと、ジャスティンも同じように笑った。
「貴方が着ているそのコート、私の弟子のブランドのなのよ。良いでしょう」
ジャスティンはその弟子が子ども服を作るためだけに服飾の道に進んだのだと二人に教えた。
「うん。動きやすいし丈夫だよ。このコートは知り合いのお姉さんがくれたんだよ。前にも同じところの服をくれたよ」
マシューのこの言葉を聞き、ジャスティンは笑顔から真剣な表情に変化した。
「……貴方達、南の方から来たのよね。たしかその子が、何故か南の地域で売り上げが伸びてるって言ってたけど、もしかして貴方のおかげ? 」
マシューの風貌なら宣伝効果抜群だろう。
「気のせいじゃない? 」
「うーんそうかしらねぇ? ……ああそうだわ。後で二人には着替えて貰うわね」
他にも客が来るので、二人が他の人達と違う格好をしていたら見栄えがしないからだそうだ。
ヴァージニアは自分達の格好が屋敷の雰囲気に合わないからだと思っている。
彼女は依頼主がデザイナーと聞いたので、念のため一番綺麗な格好をしてきたつもりだったので少し落ち込んだ。
そんな彼女を尻目にマシューは何かに気付きハッとした表情になった。
「あれ? 誰かが走ってる足音がするよ? 」
マシューが気付いてから少し遅れてヴァージニアにも聞こえた。
彼女はまさか幽霊が出した音なのではないかと思い身構えた。
ヴァージニアは足音にハラハラドキドキしている!




