変な言葉!
※2020/11/12加筆修正しました。
「マシューは自分で乾かせるでしょう?」
風呂から上がったマシューはヴァージニアに髪を乾かしてくれとせがんだのだ。
今日はちゃんとシャンプーで洗ったらしく、髪はキシキシしていない。
「ねぇ、ジニー。ぼくのかみのけってへんなの?」
マシューは今にも泣き出しそうだった。
虹色の目がより光って見える。
「変じゃないよ。髪の毛が長いだけでしょう」
あと量がとても多い。
羨ましく思う人も一定数いるだろう。
「おとこなのに、ながいのはへんっていわれた…」
嫌な奴に言われたのを気にしているようだ。
マシューは怒っているような悲しいような、そんな表情をしている。
ヴァージニアはどのように元気づけたらいいのか考えた。
「男の人でも髪の毛長い人は沢山いるよ。王都でも何人か見かけたよ」
「ほんとう?」
マシューはそう言ったものの、まだ悲しそうな顔のままだった。
「本当だよ。この町にも髪の毛が長い男の人が来たことあるよ」
「そうなの?」
「そうだよ。魔導師に多いかなぁ?」
剣士にも武闘家にもいただろうか。
だが、やはり魔導師に多いなとヴァージニアは思った。
「ふぅん…」
「納得していないの?」
「ジニー…。じゃあなんで、あのとき、かみをきるのかきいたの?」
ヴァージニアはあの時とはいつだろうと思い出していた。
「ああっ!遺跡からこの家に来てからすぐか。そっか、それで余計に気にしちゃったんだね。ごめんね」
「ジニーもへんだとおもったから、いったんじゃないの?」
マシューは今にも泣き出しそうな顔になっていた。
「え?違うよ。変じゃないよ。うーん…、正直に言うと手入れするのが面倒だからかなぁ。だけど、マシューは自分で手入れ出来るでしょう?」
「うん!ぼくはじぶんでできるよ!」
「マシュー偉いね!今日は私が乾かしてあげるけど、明日からは自分でやるんだよ」
そう言って、ヴァージニアはマシューの長い髪の毛を乾かし始めた。
マシューの髪の毛は水を含んでいるのでズシリと重かった。
「わかったよ。じぶんでやる!」
髪を乾かすのも、三つ編みするのもマシューが自分で出来るようになればヴァージニアの負担はかなり減る。
そう言えばメイクオーバーの本にヘアセットについても書かれていたはずだ。
「あっ!本!」
「ほん?」
「この町の図書館で借りた本って5冊だよね」
「そだよ」
「しまった。王都で予約しちゃったから一週間以内に返さないと」
「ぼくは、ぜんぶよんだよ」
「ん?子ども魔法入門とのんびりさんとせっかちさん?」
マシュー用に借りたのはこの3冊である。
「せつやくと、えいようのほんもよんだよ」
「えっ…そうなんだぁ。楽しかった?」
マシューならあり得ると思い、驚きの表現を最小限にした。
ヴァージニアが読んでも難しい単語があったと思ったが、マシューなら最初に会った時にヴァージニアに使った術かなにかで内容を取り込んだのだろう。
「たのしかったよ!こんどジニーのために、おいしいごはんつくるね!」
「ありがとうね」
マシューはヴァージニアより優秀そうだ。
虹色の目は高い魔力を有する証しのようだから、マシューもきっと高い魔力を持っているだろう。
今はまだ子どもなので、はっきりと表れていないのだろう。
(魔族か魔力が高い両親がマシューをあそこに封印した…っていうのでいいのかな?やっぱり理由が分からない。育児放棄なわけないし)
いくら考えても分からなかった。
「ねぇ、ジニー。あしたは、がっこうにいかなくていいよね?」
「え?体験って今日だけじゃないの?」
「みっかかんだよ。あしたとあさってもあるんだって。あと、ふつかもいくのかぁ…」
マシューはため息をついた。
「他にお友達出来たんじゃないの?」
「…いないよ」
ヴァージニアは今の間は何だろうと思い、ちょっとからかってみる事にした。
「本当かなぁ?女の子が沢山寄ってきたって話を聞いたよ」
「う、うわきじゃないよっ!」
マシューはとても慌てている。
(どこでそんな言葉を覚えたんだ…)
「ジニー!うわきじゃないからね!ほんとうだよっ!」
「あ、はい」
(いや、だから何でそんな言葉を…)
翌朝、ギルドに寄ってからマシューを学校に送ることにした。
マシューの昨日の昼食代を払おうと思ったのだ。
「がっこういやだなぁ。いきたくないなぁ」
「よし、嫌な奴に言い返してやろう。言い返してやるために行くんだ」
言い返すと案外怯む奴もいるのだ。
お坊ちゃんなら尚更だろう。
「おおぅ…ジニーってば、かげき…」
「…マシュー、ギルドにいると変な言葉を覚えるねぇ」
「そうかなぁ?」
マシューは首を傾げた。
「それだけ変な言葉を覚えたなら、ちゃんと言い返せるね」
「えー、なんていえばいいの?」
「うるせぇ、このボンボンが!とかは?あとは…お家に帰ってママのおっぱい吸ってな!とかは?」
「…ぼく、ジニーをおこらせないようにするよ」
マシューに真顔で言われのだが、美少年からだとかなり堪える。
そもそもそんなに怖い言葉だったろうかとヴァージニアは首を傾げた。
そんな話をしている間にギルドに到着した。
「おはようございます。昨日のマシューのお昼代を払いに来ました」
「あら、いいのよ。泣いているマシューのためにってみんながご飯分けてくれたんだから」
今日も看板娘はにっこりと笑顔で出迎えてくれた。
そんな事より驚きに事実を聞かされた。
「ええっ?!マシューそうだったの?」
「うん。コロッケとコロッケとトマトとにんじんとゆでたまごとコロッケもらったよ」
「いや、コロッケ貰いすぎでしょう!」
ちゃっかり3つもコロッケを貰っている。
ギルドのコロッケはなかなかの大きさだったはずだ。
「びみだったよ!」
マシューは頬を赤くしている。
よっぽど美味しかったのだろう。
(てか、なんだ?その言葉遣いは?!)
「ちゃんとお礼言ったの?」
「もちのろんだよ!」
ふふん、とマシューは得意気だ。
(また変な言葉を覚えて…)
「そっかー偉いね」
「ふふふっ」
このままの機嫌でマシューを学校に連れて行けたらと思ったヴァージニアだった。
「じゃあ一応学校に行ってみよう。嫌な奴に文句を言い返しに行くよ」
「あら!いいわねぇ。うるせぇ黙れ!このすっとこどっこい!って言ってやりなさい」
(ああ、なるほど…。この人も一因か…)
ヴァージニアとマシューはギルドを出て学校に向かった。
「んーっと…あっちかな?」
「そうだよ。あっちだよ。ジニーもがっこうにかよってたの?」
この国では義務教育なので、7歳から15歳まで学校に通わねばならない。
ちなみに子どもの発育具合で年齢が前後してもいいらしい。
「通ってたよ。今から行く学校じゃないけどね」
「ここのまちのがっこうじゃないの?」
「うん。私はここの出身じゃないんだ。マリリンを覚えてる?マリリンに誘われてこの町に来たんだよ。マリリンと私は別の町の出身なの。マリリンは私の実家の近くに住んでいたお姉さんで、小さい頃に遊んでもらったんだ。それが縁でこの町を紹介してもらったんだよ」
「へぇええ」
ヴァージニアはつい2年前にこの町にやって来たのだ。
その時に子ども達に町を案内してもらったので子ども達の性格を知っていたのだ。
「あれかな?」
「あれだねぇ…」
学校が見えてきたので指を指したら、マシューは残念そうに返事をした。
そんなに嫌らしい。
ヴァージニアは文句を言ったら帰ろうかなと考えた。
「おはようございます」
「おはようございまーす」
校門に先生らしき中年男性が立っていたので二人は挨拶した。
「マシュー君おはようございます。そちらの方は?」
「マシューの保護者です」
「ジニーはジニーだよ」
「そうでしたか。ではジニーさんマシュー君、教室移動してください。マシュー君、昨日と同じ部屋だよ。分かりますね?」
「うん…。わかるよ…」
マシューはとても嫌なようだ。
やはり文句を言い返したらマシューと一緒に帰ろうとヴァージニアは思った。
マシューはトボトボと、ヴァージニアはスタスタと教室に向かった。
「ここだよ…」
どうやら空き教室を使っているらしい。
中にはすでに何人か女の子がいる。
「あっ!マシューくん!」
「マシューくんおはよう!」
女の子達がマシューを見つけて寄ってきた。
どの子もお気に入りであろう感じのお洒落な服を着ている。
可愛いヘアアクセサリーもつけている。
「…みんな、おはよう」
マシューは余所行きの顔をしている。
そのせいか無駄にキラキラして、花や羽が舞っているように錯覚する。
「ん?」
よく見ると、どの子もマシューと同じように後ろで三つ編みにしている。
(マシューが一番髪の毛が長い…)
皆お揃いの三つ編みだが、マシューの髪の毛が一番長くて艶があった。
「おはようございます。マシュー君の髪の毛綺麗ですね。何か特別なお手入れをされているんですか?うちの子のためにも知りたくて」
ヴァージニアに話しかけてきたのは、どうやら女の子の母親らしい。
子のためと言っているが自分のためだろう。
「特にはしていないですよ。遺伝的なものではないでしょうか」
「あら、そうなんですか」
(まぁ、ちょっと高いシャンプー使ってるけどね!!)
他の子の母親にもマシューについて話を聞かれたが、遠い親戚の子としか言えなかった。
それを聞くためにわざわざ教室に残っていたらしい。
そんな時だった。
「フンッ!なんだおまえ!きょうもきたのか?!」
声がした出入り口の方を見ると、如何にもお坊ちゃまのような容姿の生意気そうな少年がいた。
マシューは変な言葉を覚えた!




