もふもふを堪能!
ティモシーとダヴィードが人間用に買ってきた夕食はコロッケだった。
彼らが何にするか悩んでいたときに、コロッケが並んでいるのが目に入ったからだそうだ。
ちなみに狼人達はコロッケに玉ねぎが入っていたので食べなかった。
狼人達は少量ならネギ類も食べられるが、ケンタウロス討伐に向けて体調を万全にしたいので食べなかったのだ。
そして夕食後、人間から順に風呂に入った。
「あー、普通のコロッケもだけど、カニクリームコロッケとエビクリームコロッケも食べてみたかったなぁ」
ヴァネッサは風呂上がりにベッドに寝転がっている。
人間だとすでに湯冷めしていそうだが、ヴァネッサは毛の保温力が高いのか薄着のままだった。
「食べ慣れないものを食べて体調を崩しちゃいけないんですよね」
「そうだよ。だからお肉だけなんだぁ」
狼人は肉だけでなく人間と同じ食事も食べるらしい。
しかし人間の食べ物は体調が悪くなったりするので、大切な用事がある時は口にしないそうだ。
「お肉に味付けするんですか? 」
「私は塩やスパイスはちょっとだけ使うけど、調味料は使わないかな? けど人それぞれだよ。なんの調理もしていない生肉が好きな人だっているしね。お店で買わずに狩りをしてそのまま食べるって人もいるんだよ」
そう言う狼人は虫下しを服用するそうだ。
「ねぇねぇ、人間について聞いていい? 人間って毛が全然生えてないけど寒くないの? 」
「寒いですね」
今、ヴァージニアは下半身を布団に入れ、肩にコートをかけているが寒かった。
湯冷めしないようにすぐに足を布団に潜り込ませたのにだ。
風呂の順番もあるが、現在のヴァージニアとヴァネッサの格好は違いすぎた。
「やっぱり寒いんだ! 」
ヴァージニアがヴァネッサに体毛を除毛や脱毛する人がいると伝えると、ヴァネッサは大変驚いていた。
「頭に毛がない人間っているでしょ? あれって絶対に寒いよね。まぁ、首元にないものだけどさ」
首元に毛が生えている人間なんて余程毛深い人間でなければいない。
なお、狼人の女性の間でモテる人間はやはり毛深い男性のようだ。
「帽子を被ればいいんですよ」
「そっか! 人間の耳は横についてるから被りやすいもんね! 」
ヴァネッサは頭の上にある三角の耳をぴこぴこと動かした。
耳も短い毛が密集していて触ったら気持ちが良さそうだ。
「首はマフラーを巻けばいいですし」
「沢山色や柄があるから、お洒落も出来て一石二鳥だよね。けど暑くなったらどうするの? 」
「外しますけど、それを忘れてきちゃう人もいますよ」
冬の時期によく見かける落とし物である。
「えー、そしたらまた買ったり作ったりするんだよね。大変だぁ」
「毛だと忘れたりしないからいいですね」
「いいでしょ! 暑すぎると服みたいに脱げないから大変だけどね」
夏は夏毛でも暖かい地域には行くのは避けるが、どうしても行かねばならない時は命がけだそうだ。
ヴァージニアだって夏は嫌なのに、毛が豊かな狼人達が嫌でないはずない。
「冬の間はずっとこの国にいるんですか? 」
「依頼がある場所に行く、って感じかな? それでこの地域で花が咲き始めたら帰るの。その頃には大体吹雪かなくなってるんだよ」
ヴァネッサの国だと冬季は雪深く家に籠る事が多く、野生の生き物達も活発に活動しないので討伐の仕事が激減する。
なので出稼ぎのために雪が少ない国にやって来るのだそうだ。
「この地域で花が咲いたら、ですか? 私が住んでいる場所と比べたら遅いですよ」
「みたいだねぇ。私に言わせるともう花が咲くんだってビックリしちゃうよ。あー、今年はどんなお土産にしようかなぁ? ヴァージニアは何かいいの知ってるー? 」
「すみません。そういうの疎くて……」
ヴァージニアは一年中節約生活なので必要最低限の物しか買わない、いや買えない。
よって流行りの土産や特産品を知らないのだ。
「そっか、んーマスカラ買って帰ろうかなぁ? 」
ヴァネッサによると狼人や他の獣人にとってマスカラは大事だそうだ。
「私も人間みたいに毛がなかったらアイシャドウとかチークとかするんだけどね」
人間のように顔にも毛の上からメイクする獣人もいるそうだが、化粧落ちしないように特殊な接着剤が必要になるため毛が傷むのを嫌ってマスカラだけの人が多いそうだ。
「……ではカラーマスカラはどうでしょうかね」
「どんな色があるの? 」
ヴァージニアは買うつもりがないので詳しくないが、雑誌で見かけた色を言ったらヴァネッサは大喜びした。
「暖色系だけじゃないんだ! 睫毛以外にも使えそう! キラキラしてるのもあるなんて買うしかないよ! 」
ヴァージニアはヴァネッサにとても感謝された。
ヴァネッサはヴァージニアのベッドに移動し、ヴァージニアの右手を包み込むように握った。
(肉球だ! )
ヴァネッサの手の平と指には肉球がある。
もちろん他の狼人たちにもあるが、彼らの肉球を見たらガサついていたが、ヴァネッサの肉球はそうではない。
それにヴァネッサは爪も割れておらず綺麗に整えられている。
「わぁ、教えてくれてありがとう! ジニーって呼びたいけど、ヴァがつく同士だからなぁ。ふふふ」
「お役に立ててよかったです」
二人は明日、朝一番で動き出さねばならないので早めに眠ることになった。
しかし、ヴァージニアは寒くてなかなか眠れなかった。
(うう、こんなに寒いなんて……)
ヴァージニアは足が寒くてもぞもぞと動かしたが何も変わらなかった。
彼女がどうしようかと絶望していると、ヴァネッサがむくりと起き上がったので、ヴァージニアは起こしてしまったのかと申し訳なく思っていた。
「ヴァージニア、こっちに来な」
ヴァネッサは先ほどより声が低く、暗がりであるがどうやら表情もキリッとしていて格好つけているようだ。
「すみません。失礼します」
ヴァージニアは枕を持ってヴァネッサのベッドに移動した。
「人間にはこの気温は寒いよね。しかもヴァージニアは泊まる予定なかったんだし、あったかい装備を持ってないでしょ」
「もう少し準備をすべきでした。ついつい、すぐに転移魔法帰れるからって荷物を少なくしちゃうんです」
ヴァージニアは最近遭難したこともあって少し食料を増やしたが、替えの衣類は自身が住む地域の気候に合わせていた。
「次から気を付ければ大丈夫だよ。……どう? 暖まってきた? 」
「はい。とても暖かいです。ありがとうございます」
狼人は元々人間より体温が高いのに加え、ヴァネッサの毛のおかげでヴァージニアの体はすぐに暖かくなっていった。
翌朝、人間達の朝食は昨晩の残りのコロッケで狼人達は肉を食べた。
これらは昨晩と同じメニューである。
「よし、腹ごしらえが終わったから出かけるか」
ヴァージニアは朝一番の馬車に乗るために、他の皆はケンタウロス討伐のためにログハウスを出た。
この時間の馬車なら夜になる頃には南ノ森町につけるらしいのだが、あくまで運が良ければである。
だが住み慣れた場所の近くに行けるのは心が楽になるし、何より現在地より寒くない。
ヴァージニアはいざとなったらジェーンに迎えに来てもらおうかと考えていた。
「町までの道は俺が送ることになった」
白い毛のイサークがヴァージニアを町まで送ってくれるそうだ。
ダヴィードが昨日ティモシーの護衛で町に行ったとき、顔の傷で怖がられたから交代したらしい。
「お願いします。皆さん、討伐頑張ってください」
ティモシーがケンタウロスの居場所を特定したので、逃げられないうちに討伐するそうだ。
相手は足が速いので常に探知をしながらになるだろう。
「ありがとな。いやぁ巻き込んで悪かった。これは俺達からだ。馬車代の足しにしてくれ」
ヴァージニアはコーディからお金を受け取った。
彼女はお金が足りるか不安だったので、心の中でガッツポーズしながら彼らに礼を言い健闘を祈った。
「ヴァージニアまたねー! 」
ヴァネッサが手を振るのでヴァージニアも手を振りながらログハウスをあとにした。
町までの道中、イサークからダヴィードの顔の傷は幼少期に転んで出来たもので、戦闘で怪我したのではないと聞かされた。
「あいつは目つきも悪いから特に人間には怖がられちまうって嘆いてたよ」
ヴァージニアにはヴァネッサ以外の三人の目つきの違いがよく分からないが、そうなんですかと相槌を打っておいた。
「敵を威嚇するのにはちょうど良いですけど、普通の生活では不便なんですね」
「一長一短ってやつだな。その点俺はこの白い毛のおかげなのか人間に怖がられないんだ。けどなんでだ? 人間は白色が好きなのか? 」
イサークの父方の祖父母は最北の国の出身だそうだ。
ヴァージニアは他の三人に比べたら耳が小さく鼻が低いので可愛く見えるのではないかとイサークに伝えた。
「おー、言われてみればそうだな。やっぱり人間に聞いてみるもんだ。謎が解決してよかったよ。お、馬の鳴き声が聞こえて来たから、着いたみたいだな」
二人が話をしているうちに馬車の乗り場が見えてきた。
ヴァージニアは乗せて貰うために近寄ろうとしたが、なにやら様子が変だ。
馬達がヒヒンと嘶き暴れている。
二人が来る前から騒いでいたようなので、イサークに驚いているのではないだろう。
ヴァージニアとイサークが首を傾げていると、御者が衝撃的な言葉を言った。
「ああ、こんなに怯えてどうしたんだ。これじゃあ馬車を出せないよ」
ヴァージニアがそんなまさかと焦りながら御者に確認すると、馬が落ち着くまで馬車を出せないし落ち着いてもしばらく馬車を出せないと言われた。
「すみませんが、隣の町からも馬車が出ているのでそちらを利用してください。隣町までは歩いて一時間もかからないと思います」
「分かりました。教えてくださりありがとうございます」
イサークはヴァージニアを隣町まで送って行くと言ったが、彼女は彼にすぐに討伐隊と合流してくれと言った。
きっと馬達が怯えているのもケンタウロスのせいなので、一刻も早く退治すべきだからだ。
「この道からはあの嫌な匂いはしないが……。本当に大丈夫か? 」
イサークの嗅覚が反応していないのに馬が暴れているのは変だが、恐らく馬同士には分かる何かがあるのだろうとヴァージニアは勝手に解釈した。
「大丈夫ですよ」
ヴァージニアは彼らの能力を信じているからこう言ったのだが、彼女は三十分後にケンタウロスの能力も考えるべきだったと後悔するのだった。
ダヴィードは少しへこんでいる!




