北の国境付近へ!
特訓六日目以降もキャサリンが用事でいない日が何日かあり、その時はジェーンが二人の相手をした。
マシューはどちらからも厳しく指導されたが彼の飲み込みは早く、二週間が経った頃にはヴァージニアは完全に置いて行かれていた。
(もともとのスタート位置が違うから仕方ないにしろ……ここまで成長速度が違うなんて……)
マシューはキャサリンかジェーンに連れられ魔獣討伐の依頼を受け始め、順調に討伐数を増やしていっている。
もちろんヴァージニアは居残りだ。
(たまに荷物運びするけどね……)
年末が近づいて来ているからか急ぎの荷物が増えているのだ。
おかげで懐が暖かくなったなったヴァージニアである。
「はぁ……」
今日もヴァージニアは塩水を転移魔法させている。
少しずつ距離が伸びてきてはいるものの、十五センチほどしか移動出来ていない。
この距離なら手に水をつけて投げ飛ばした方がよい。
「これ、意味ないのでは? うん、絶対に意味ないよ」
ヴァージニアは日に日に独り言が増えていた。
最初、彼女はキャサリンとマシューが出かけている間はギルドの部屋を借りて練習していたが、彼女の独り言は他のギルド員に不評だった。
なので彼女はマシューをキャサリンに預けたら帰宅していた。
「やっぱり塩水じゃないと移動出来ないみたいだし……」
ヴァージニアはいくらやっても、ある程度塩が入った水でないと転移魔法させられなかったのだ。
これでは彼女には塩水を敵の体内に移動させるなんて技だか術だかはどう頑張っても出来そうにない。
ヴァージニアはキャサリンやジェーンが期待したような魔法が出来なさそうだと落胆した。
「出来ると信じても……ね。限度ってものがあるんですよ。ははは……」
ヴァージニアがぶつぶつと言いながら昼食を作ろうかと思って冷蔵庫に近づくと、彼女の通信機が鳴った。
彼女が手に取って画面を見るとギルドからだったので、仕事の依頼が入ったのだろう。
「はい、ヴァージニアです。……人を目的地に送るんですね。分かりました」
ヴァージニアはすぐに身なりを整えてギルドに向かった。
ヴァージニアがギルドの受付に到着するとコーディが近くに立っていた。
彼が彼女に向かってよろしくと言ったので、どうやら彼を目的地まで連れて行けばいいようだ。
「ここだ。この北の国境近くの町だ」
コーディは地図を指さしながら言った。
ヴァージニアは少し距離があるので、塩水の転移魔法の練習で無駄に消費した魔力残量を考えた。
「行けそうか? 」
「はい、大丈夫です」
海に近い町なので魔力消費量は少なくなると思われる。
現在のヴァージニアの魔力残量でも問題ないだろう。
「助かる」
「では行きましょう」
二人は転移魔法で北の国境近くの町に到着した。
空気が明らかに冬のもので、ヴァージニアはもう少し暖かい服を着ればよかったと思ったが、すぐに帰れるので問題ないだろう。
どうやら漁港があるらしく、遠くに漁船がいくつか見えた。
「うわ、もう着いた。すげーな」
「ふふふ、では書類にサインしてください」
ヴァージニアが書類を鞄から出そうとしたら、コーディに止められた。
また別の場所に行かないとならないそうだ。
「ティモシーから応援に呼ばれたんだ。だからあいつを探さないと」
「ティモシーさんって探知系の魔法を使うんですよね」
ヴァージニアとマシューが鑑定魔導具であちこちを調べ回っていた時に出会い、彼女はその時にティモシーの得意分野を知った。
見つけるだけでなく魔物や魔獣の捕獲もするそうだが、ティモシーはコーディと違って戦闘をメインにしていない。
それなのに応援とはどういうことかとヴァージニアは疑問に思った。
「ああ、探していた生き物がかなり狂暴らしくて困っていたら、別の奴等が討伐の依頼を受けていたらしく合流したそうだ。んで、依頼主に報告したら生け捕りだったのが生死問わずに変更されたらしい」
何やら不穏な気配がしたのでヴァージニアは一刻も早く帰りたいと願った。
「……コーディさんは討伐の手助けのために呼ばれたんですね」
「そういうことだ。どうやらティモシーが合流したのは俺の知り合いらしい」
二人が歩いて町の中心まで来るとティモシーを発見した。
「町の入り口にいて欲しかったな」
「すみません。今向かっていました。ヴァージニアもすまないな」
ヴァージニアはお金を貰えれば大丈夫、とは言わず大丈夫ですとだけ言った。
「ここの緯度と経度に俺が合流した人達がいるからここに転移魔法してくれるか? 」
ヴァージニアはティモシーから数字が書かれた紙片を受け取り確認した。
数字だけではどのくらいの距離か分からないが、おそらく近いのだと思われる。
「分かりました。一人ずつですけどどちらを先にしますか? 」
ヴァージニアは二人の顔を見ると、コーディはあからさまに顔をしかめた。
「俺は誰がいるのか分からないのに先に行くなんて嫌だぞ」
「コーディさんが知っている人ですよ」
ティモシーに押され、コーディは嫌々ながら先に目的地に行くことになった。
「んじゃヴァージニアよろし――っておい! もう着いてる! 」
「え、声をかけた方がよかったですか? 」
コーディはヴァージニアが何も言わずに転移魔法したので驚いたようだ。
彼女が謝罪すると彼は気まずそうな顔になった。
「うっ、別に言わなくていいけど……。で、俺の知り合いは何処にいるんだ? 」
「あの建物ですかね? 」
森の入り口近くにログハウスがあった。
二人が近づくとドアが開き、中から人が出てきた。
いや、正確に言うと獣人である。
三角の耳と鋭い目にマズルと言われる鼻口部、大きく開いたシャツの胸元からはもふもふした毛が見られる。
ヴァージニアが視線を下に向けると長い尾がチラリと見えた。
「おー! もしかしてグレゴリーか? 随分太ったなぁ! 」
「違う冬毛だ。毎年このやり取りをする気か? 」
どうやら今のは二人の定番のやり取りのようだ。
二人はがっちりと握手をして再会を喜んだ。
「もう冬になるのか。それでグレゴリーがこの国に来たんだな」
「人を渡り鳥みたいに言うなよ」
コーディの知り合いのグレゴリーは狼人で、冬以外の季節だとより北の国や地域で活動している。
寒くなってきたのでヴァージニアがいる国にやってきたのだそうだ。
「……ティモシーさんを連れて来ますね」
ティモシーを待たせるのは悪いので、ヴァージニアは元の場所に転移魔法した。
彼女が寒いのでさっさと家に帰りたかったのもある。
ヴァージニアはティモシーをコーディ達の元に連れて行き、無事に仕事を終えたと思った。
「じゃあ、失礼しますね」
ヴァージニアはサインされた書類を鞄にしまいお辞儀をして帰ろうとしたが、グレゴリーに止められた。
「嬢ちゃん待ちな」
「っ、なんでしょう? 」
ヴァージニアはグレゴリーに唸るような低い声で呼び止められてビクリとしてしまった。
彼の牙が見えたので彼女が動けずに固まっていると、彼が近寄って来て黒い鼻をずいっと彼女に向けた。
「何だか強そうな奴の匂いがするな……」
ヴァージニアは目を細めたグレゴリーにクンクンと匂いを嗅がれている。
先ほどからチラリと鋭い牙が見えているので、ヴァージニアは噛まれたら痛いじゃ済まないんだろうなとドキドキしていた。
「ジェーンさんとキャサリンさんじゃないか? 今はキャサリンさんもギルドに来てるんだ」
「彼女達には会った事があるから分かるが、他にももっと色んな強い奴らの匂いがする。人間ではない何者かの……」
「んじゃあ、龍じゃないか? 」
コーディが言うとグレゴリーの目は丸くなり、どういうことだとヴァージニアに詰め寄ってきた。
ヴァージニアが強風によって遭難した話をすると、グレゴリーは興味津々な様子だった。
「他の奴等が聞いたら驚くだろうな」
ヴァージニアがログハウスを見ると窓から他の狼人が見えた。
どの狼人も、毛がもふもふとしていて触ったらとても気持ちよさそうだ。
なんなら抱きついたらどんな触り心地だろうかと彼女は想像した。
「えっと、ではこれで失礼しますね」
ヴァージニアは彼らの毛並みが気になるが、寒いので今度こそ帰ろうと思い皆に挨拶をした。
「おう。気を付けてな、って一瞬で帰れるから関係ないか」
「転移魔法が出来るんだって? 俺達の足より速いんだよな」
グレゴリーはティモシーから聞いているらしく笑いながら言った。
「マシューにコロッケ食べすぎるなよって伝えてくれ」
ティモシーも笑いながら言ったのでヴァージニアも笑顔で返事をし、その間にコーディはグレゴリーにマシューの説明をしていた。
「皆さん、討伐頑張ってください」
「おうよ! 」
コーディがこう言ったと同時に、森の方から女性の大きな声がした。
ヴァージニアが悲鳴かと思い驚いていると、声の主の女性が猛スピードで彼女に接近した。
「あー! 女の人だー! よかったぁ、むさ苦しい野郎ばっかりだったからさぁ」
ヴァージニアは声の主に抱きつかれた。
女性も狼人なので毛がもふもふだ。
ヴァージニアは予期せぬ形で毛並みを堪能出来た。
「あれ? だけど魔力は全然だし、筋肉も全然だしどうやって戦うの? 」
ヴァージニアはオブラートに包まれず直接的に言われたが、自覚しているのであまり傷つかなかった。
一々反応していたら身が持たない。
「ヴァネッサやめろ。彼女はコーディを連れてきただけだ」
「えー……なぁんだ。残念……」
ヴァージニアはヴァネッサから解放された。
どうやらヴァネッサは森の中を巡回しに行っていたらしい。
狂暴な生き物の近辺には狂暴な生き物の痕跡はなかったとのことだ。
「えーっと、繰り返しになりますが、皆さん討伐頑張ってください」
ヴァージニアが言い終え、会釈しようとしたときだった。
けたたましい音が周囲に鳴り響いたのだった。
地竜も冬毛になっている!




