局長の話!
サブタイトルの通り、ヴァージニアとマシューは登場しません。
※2020/11/10加筆修正いたしました。
「局長、申し訳ございませんでした!」
尾行者はおかっぱの女性に頭を下げた。
「はぁ、専門の者に頼めばよかったですね」
専門の者とは隠密行動を生業とする人だ。
「う…」
「いつ気付かれたのですか?」
局長には笑顔はなく真顔だった。
「分かりません…」
尾行者は捕まえられるまで、気付かれていないと思っていた。
ずっと観察していたが、特に変わった様子はなかったのだ。
「最初は女性向けの書籍のコーナーで確保されたそうですね」
「はい…」
尾行者の返事は小さくて、静かな部屋でなければ聞こえなかっただろう。
「まぁ、偶然ではないでしょうから、その前に気付かれて様子を見られたのでしょう」
「二度とこんな過ちを犯さないように日々精進いたしますっ」
「いえ、貴方は研究だけしてください。今回は私があの人を甘く見ていたようです」
局長は思いっきりため息をついた。
「あの、何を隠しているかは分かりましたか?」
「それを貴方に言う必要ありますか?」
局長の目はそれは冷たいものだった。
「いいえ…」
「そうですよね。では私は他にも仕事があって、貴方を構える時間はないのでもう下がってください」
「っ、失礼いたしました」
尾行者は局長の前から立ち去って行った。
「はぁ…、志願するから自信があるかと思ったのに…」
「そういう行動が苦手だから研究員になる人も多いのですよ」
答えたのは局長の後ろに控えていた者だ。
先ほどの尾行者や研究者より良い服を着ている。
そこそこ魔力があって、ある程度の学力があれば研究員になれてしまう。
実戦が不得意でも研究員になれてしまう、この事が局長は嫌だった。
時には魔法の媒介に使う素材の採集に行ったりするのだが、その際に怪我をする研究員が増えてきたのだ。
「そうでしたね。…それで本の精霊から聞き出せましたか?」
図書館を暮らしている本の精霊から本を受け取った人物がいると連絡が入ったのだ。
誰が借りたか、どんな本を借りたか知りたかったのだ。
「嫌だと言っております」
「機嫌が悪いのですか?」
本の精霊に限らず、精霊は気まぐれなのだ。
「逆です。機嫌が良いのです。なので秘密なのだそうです」
「それでは聞き出しようがないですね。検索データからは調べられますか?」
機嫌が悪ければ機嫌を取って聞き出せば良いが、逆ではそれは難しい。
無理に聞き出そうとして怒らせたら大惨事になる。
本のページを別の本にバラバラに入れ替えたり、図書館ごと隠したり、などなどだ。
「現在復旧中です」
「復旧?何故です?」
「本の精が機嫌が良いのを感じ取った様々な精霊が遊びに来たせいで壊れたそうです。彼らは初めて見る物に興味を抱きますから」
手書きの検索機械は数年前に導入されたのだが、精霊達は知らなかったようだ。
それで面白がって彼らなりに遊んでいたら故障したらしい。
「直せそうですか?いえ、直して下さい」
「はい、現在復旧魔法で直しております」
それも数人がかりでだ。
局長が絶対に直せと言うに決まっているので、復旧魔法が得意な者を呼んだ。
「はぁ…本の精霊がご機嫌なのと、つい先ほどまでいた人が図書館に行ったのが同じ日だなんて偶然なのでしょうか?」
「図書館の職員に聞いたところ、古代文字のコーナーに行ったのは間違いないようです」
「はぁ、もっと問い詰めればよかったですね。転移魔法を失敗した先に何があったのか。少年とはそこで出会ったのではないかとか…」
局長のため息は止まらない。
突然現れた謎の少年の正体を知りたい。
正直に言うと国や世界にとって危険人物ではないかを知りたいのだ。
「届け出によると遠い親戚の子としているようですね。出生届も出されていなかったとされています」
「無理矢理作ったのでしょうけど…それを証明出来ないですし…」
「遠い親戚だなんて嘘でしょう?」
「戸籍がない人なんて沢山いるのですよ。国によっては戸籍自体がない所だってありますしね。状況証拠だけでこれ以上調べるのは無理なんですよ」
明確な理由がなければ調べられない。
ただの勘で調べていたら切りがないのも事実だ。
「かなりブラックに近いグレーなのに…」
「仕方ないですよ。話を戻しましょう。本の精霊に管理を任せている本はかなり特殊な言語が載っている物ばかりです。その古代文字を検索した人物を調べて下さい。そのためには絶対に復旧させて下さい」
局長の目つきは一段と鋭くなった。
「はい。…特殊は言語とは何か伺ってもよろしいでしょうか?」
「有名なのは勇者が好んで使っていた文字です。彼の時代にはすでに古代の言語であったのに、彼は頻繁に使用していたと記録が残されています」
「未だに勇者崇拝者は多くいますから知りたい人は大勢いるでしょう。ですが、勇者が好んで使った文字ならば隠す必要はないでしょう?」
「ええ、使っていたのが勇者だけならばそうだったでしょう。…実は魔王も使っていたと言われているのです。勇者が魔王と交渉するために使用したとの言い伝えもあります」
勇者崇拝者もいれば魔王崇拝者もいるので、迂闊に公表出来ないのだ。
なので悪意のある人間かどうかの判別をしてもらうために本の精霊に管理を任せている。
「魔王が使っていたから、勇者も使ったと?現代に伝わる話とだいぶ違いますね」
「昔話など、その時代の都合によって常に書き換えられるものですよ」
詳細を知りたくて調べたら余計に分からなるのは日常茶飯事だった。
「厄介ですね。局長は一番最初の話はご存じですか?」
「いいえ。数多の話は知っていますが、どれが一番初めの話なのか分からないのですよ。それに一番初めだからといって、それが正確と言えるでしょうか?」
局長はうっすらと微笑んだ。
「最初の時点で間違えていると?」
「真実を知っているのは勇者と魔王だけでしょうね。最後は二人だけで戦ったというのが、どの話にも共通していますから」
「どちらも従者をつけなかったのですね。それで勇者が魔王を倒して世界に平和が訪れたと…」
「相打ちだったとも、二人で消えたとも言われています」
「どちらも遺体は発見されていないんでしたっけ?」
「はい。そうだとされる物は山ほどありますけど、どれもお布施目当ての偽物ですね」
局長は軽蔑の表情になった。
子どもでなくとも泣き出す人がいそうな顔だ。
「他の特殊な言語は何かありますか?」
「…今思い出したのですが、貴方も復旧魔法は得意でしたよね。どうしてここにいるのでしょう?」
「一応、私は秘書ですので…」
秘書はにっこりと笑って見せた。
「私のお世話は結構ですので、作業に参加してください」
「はあ、神経を使うから嫌なんですよね。あの魔法…」
「さっさと行って来て下さい」
「分かりました…」