魔法の特訓開始!
ジェーンのは修業でキャサリンのは特訓にしました。
まず、キャサリンはマシューに基礎から見せてくれと言った。
早速マシューは日常生活に使う魔法をやってみせた。
主に灯りや洗濯、食器洗い、掃除などでマシューはヴァージニアのハンカチを洗って乾かし、続いて紅茶のカップのソーサーも洗ってみせた。
「……私は基礎って言ったんだけど? 」
「これ基礎じゃないの? 」
マシューが今やったのは小学校でも習うものだ。
基礎でないなら初級か、それとも更に簡単な入門だろうか。
ヴァージニアはそれはないなと思ったので、キャサリンの眉間に皺が寄る理由が分からなかった。
「灯りはともかく、洗い物でいきなり水を出して洗剤も何処かから出して、それで風で乾かしたんでしょう? これの何処が基礎なのよ」
「ハッ! そうだよマシュー。洗剤どうしたの? 」
水は魔法で出したとしても、洗剤はどこから来たのか。
ちなみに本来は水も出さないし風でも乾かさない。
やる人もいるが習うのはこの方法ではなく、念動力で動かすだけなので、水と洗剤は元からあるものを使用する。
これでもヴァージニアには難しいが、一般人でも出来る人はいる。
「洗剤は……作った? あれ? 」
マシューは分からず首を傾げている。
洗剤はいつも使用している物の匂いがしたので、まさか再現したのだろうか。
「はぁ、自分でどうやったか分からないなんて……。貴方は今、洗剤を転移魔法させたのよ。多分自宅からでしょうね」
「と言うことは、マシューがやったのは複合魔法なので応用ですね」
「ええそう。これは複数の魔法を組み合わせた応用よ。まったく……」
水魔法と転移魔法と念動力と風魔法を合体させた物だ。
「ふぅん? けどさ、一つずつやったんだから複合じゃないと思うよ」
「いいえ、ずっと宙に浮かべていたのだから随時念動力をしていたのよ。なので二つずつかしらね」
「お掃除は? 」
掃除は念動力だけではないか、ヴァージニアはこう思っていた。
「念動力でゴミを動かして、最後に光魔法で不浄なものを綺麗にしたのかと思ったけど、ゴミを集めるときに補助で風魔法も使っていたでしょう」
「いつも何となくやっているから、分からないよ」
キャサリンは呆れているのか苛ついているのか、長いため息をついた。
マシューの規格外の行動を見ればそうもなるだろう。
「貴方が家事が得意なのは良く分かったわ……」
「あっ、いつもジニーのお手伝いしているからだね! 」
マシューに嫌味や皮肉は通じない。
彼はキャサリンに誉められたと思っており、明るい笑顔になった。
「ん~、マシューいつもありがとうね」
ヴァージニアはマシューにお礼を言っておいた。
「はぁ、マシュー君がいい子なのもよく分かったわ」
「えへへっ」
マシューはにこにこ笑顔でご機嫌だ。
「この分だと基礎は出来ているのでしょうね。じゃあ、もう攻撃魔法を教えていいかしらねぇ」
流石に急すぎやしないだろうかとヴァージニアは焦った。
「あの……、キャサリンさんはどれくらいマシューについて聞いているのでしょうか? 」
ヴァージニアはマシューが出来る事をキャサリンに説明した。
主にブラシへの属性付与や、豪華客船での人命救助、先日の強風の中での魔法の使用などだ。
森の中で渦から逃げていた時に魔法は魔力で作った玉を飛ばしていたぐらいで、属性魔法を使用した訳ではない。
「それだけ出来るなら攻撃魔法で暴発する心配はなさそうね。本当はこんな小さな子には教えないのだけど、魔力のコントロールが上手いみたいだから問題ないわよ」
「攻撃魔法以外からではダメですか? 」
攻撃魔法は失敗したときの被害が大きいので、他の魔法からではダメなのだろうか。
「え? だってブラシに出来たんだったら、人間への付与魔法も出来るんじゃない? ほら、彼女の防御力を上げてみて」
「んーっと、こうかな? 」
ヴァージニアは何が起きたのか分からず困惑していると、いきなりキャサリンに腕を掴まれた。
彼女は腕に圧迫感こそあるが痛みを感じなかったので振り払わずにいたら、キャサリンに驚きの言葉を言われた。
「何もしていなかったら、貴女の腕は折れているわよ」
「ええっ! 」
ヴァージニアは先ほどマシューがマッチョなおじさんと言ったのを思い出した。
マシューはケヴィンとブライアンを見ているので、マッチョと言うなら彼らと同じかそれ以上だろう。
ヴァージニアは無事にキャサリンから解放されたものの、少しだけ恐怖が残ったので腕を擦った。
「攻撃魔法が嫌なら防御壁を作る魔法にしようかしらね」
「結界とは違うの? 」
マシューはいつぞやの魔獣襲来時に結界を張ったのを覚えていたようだ。
「似ているけど違うわね」
とても簡単に説明すると術者に害をなす物を拒む点では同じだが、防御壁は短期で結界は長期だ。
「悪い奴を入れないのと攻撃を受けないようにするのは一緒なんだね」
「ま、そうね。どちらもマシュー君ならすぐに出来るようになるでしょう」
キャサリンは言い終わった後に右手の人差し指を立て、そのまま指だけマシューに向けた。
するとキャサリンの指から何かの魔法が飛び出て、マシューはきゅっと目を瞑った。
「わっ」
「まずはこの風を防げるようになってね」
マシューはいきなり顔面を攻撃されたので少しむくれている。
そんなマシューには気にもとめず、キャサリンは再び人差し指を立てた。
マシューは風を防ぐために自身の顔の前に防御壁を作った。
「あー、言い忘れていたけど防御壁をしたままなのはなしね。私が指を動かした瞬間に発動させて」
マシューは不満げなまま魔法を解いた。
(いきなり難しくない? )
ヴァージニアは最初から難易度が高いと感じた。
そもそもキャサリンはマシューに防御壁の作り方を教えていない。
(それでもマシューは防御壁らしき物を作れていたけどさ)
ヴァージニアが表情に出さずに心の中でブツブツと考えていたら、今度は彼女の顔に風がぶつかった。
驚きすぎてヴァージニアは声が出なかった。
確かにキャサリンはマシューだけに当てるとは一言も言っていない。
「ジニーを狙うなんて酷いよ! 」
「何甘いこと言ってるのよ。自分以外が襲われるのを黙って見ている気? 」
キャサリンは集中しろとマシューに言った。
マシューはいつキャサリンが攻撃するか見極めるために睨みつけている。
ヴァージニアもいつ自分が狙われるか気が気でない。
「わっ、足に来た! 」
ヴァージニアは気が付かなかったが、いつの間にかキャサリンの指は立てて動かされていた。
それだけキャサリンは素早く指を動かしたのだ。
マシューはテーブルで足元が見えないので魔法の発動に気付けず悔しそうだ。
「甘いわねぇ。マシュー君の周りにはいい大人しかいなかったのね」
「むぅぅ。悪い大人第一号だ」
実際にはヴァージニアと同郷の青年が一人いるが、マシューは忘れているらようだ。
嫌な出来事は忘れるに限る。
「二号さんじゃなくてよかったわ」
キャサリンは怪しげに笑った。
ヴァージニアは意味が分からなかったので、後でジェーンに聞こうと思った。
その後もマシューはキャサリンからの風を防ぐ練習をした。
十分ほど経過したあたりからマシューはキャサリンの攻撃を防げるようになってきた。
しかし完全ではない。
キャサリンの攻撃が巧妙なせいでもあるが、マシューはとても悔しげだ。
「午前中でここまで出来れば上出来よ」
「お腹空いたぁ」
ちょうど昼食の時間だ。
キャサリンはマシューに食事の注文を伝えるように言った。
「分かった。コロッケ定食二つと、ミートソーススパゲッティだね」
マシューは軽やかに走って行った。
「はぁ、まったく……。待てど暮らせど来ないから何でだろうと思ったら……」
「え? 」
「魔力がこれしかなかったら来るわけないわよね……」
マシューについて言っているのかと思ったが、これはヴァージニアのことのようだ。
キャサリンは大きくため息をついて、ヴァージニアをジトリと見つめた。
伏し目がちになったキャサリンは長い睫毛とキラリと輝き色鮮やかなアイシャドウが印象的だった。
「休みの日にジェーンのところに遊びに行ったらいるんですもの。驚いたのなんのって、もう……」
「ああ、私に解毒魔法を教えてくださった時の話ですね」
キャサリンの話は繋がっていないと思うが、ヴァージニアはこの部分だけは分かった。
「急に辞める訳にはいかないから大変だったのよ? 任期云々で」
「ええ、はい。それは大変でした、ね? 」
ヴァージニアは何のことかさっぱり分からない。
「何も覚えてないのね。んまぁ、私も覚えていないんだけど……」
「覚えるって何をでしょうか?確かに私は地名や人名を覚えるのが苦手ですけど、自分の身に起きたことは全てではないにしろ、大体は覚えていますよ」
ヴァージニアだって流石にそこまで記憶力は悪くない。
「は~、地名と人名ね。他は何となく覚えているの? 」
聞けば聞くほど意味が分からず、ヴァージニアは少々苛ついてきた。
「質問を返すようで申し訳ないのですが、何となく覚えているとはどういう意味でしょうか? 」
「前に起きたことよ」
「前? 」
ヴァージニアは心の中ではっきり言ってくれと叫んだ。
さっきからキャサリンが何を言おうとしているのか何も伝わってこない。
「前は前よ、まーえ。本当に何も覚えてないのね」
ヴァージニアはキャサリンだって覚えていないのだろうと思い、目を細めて睨みつける手前の表情になった。
ヴァージニアはジェーンから二号さんの説明をされて苦笑した!




