マシューの修業!
マシューはヴァージニアが入院している間、ジェーンから武術を教えてもらうことになった。
午前中は稽古で、午後の一時間だけヴァージニアの見舞いに来られるようにしたそうだ。
なのでマシューはやや疲れた表情で病室までやって来ている。
「僕ちょっと強くなった気がする」
「教わった事がちゃんと身についているんだね。すごいね」
普通なら数日稽古しただけだと大した違いは分からないだろうが、マシューの場合は違う。
明らかに動きに無駄が少なくなっていた。
(子どもらしくないと言えばそうなのかな? )
洗練されたとまでは言わないが、身のこなしだけで常人ではないのが分かる。
「ジニーはご飯食べた? 」
「食べたよ。マシューはコロッケを食べたの? 」
「なっなんで分かったの? 」
マシューの口に衣が一つ付いていたら彼と親しい人なら誰でも分かる。
だがマシューは自分の口に衣が付いているのは知らないので大変驚いている。
(いや、衣がついていなくても分かるか。しばらくコロッケを食べていなかったんだしね。きっと毎食食べているのかな? )
マシューはヴァージニア救出のために数日間コロッケを食べなかったそうだ。
別に願掛けではなく、その場にコロッケがなかったからである。
「鏡を見てご覧」
ヴァージニアが棚に置いてあった鏡をマシューに渡すと、彼は自分の口に衣が付着しているのに気付き、ペロリと舐めて綺麗にした。
ヴァージニアはみっともないが衣を床に落とされるよりかは良いと思ったし、叱る元気もないので見なかったことにした。
「はぁ、疲れていたから確認しなかったよ。きっと食いしん坊な子どもだと思われたよね」
(それは事実では……? )
マシューは同じ年頃の子どもより沢山食べるし、なんならヴァージニアよりも食べる。
ヴァージニアはマシューの小さい体のどこに入るんだろうと悩んだことがあった。
「宿から病院までちょっと距離があるのに……。風が収まってきて観光の人も戻ってきているから、その人達に見られたよね」
「そんなに見てないんじゃないかな? 」
人間はいちいち通行人の顔など凝視していない。
マシューの容姿は人目を引くので全く見ていないとは考えにくいが、近くでないと分からない大きさの衣なので問題ないだろう。
「身だしなみも整えられない憐れな子どもだと思われたよ……。きっとそうだ……」
「ねぇマシュー、どうしたの? そんなにネガティブな思考回路になってさ」
マシュー曰く、ジェーンに随分とダメ出しをされたようだ。
それで自信をなくしたらしい。
「ジェーンさんは厳しいんだね。けど愛情がなければ厳しくする労力をひねり出さないと思うよ」
「そうかなぁ。僕がきっと出来の悪い弟子だからじゃないかなぁ……」
マシューははぁとため息をついた。
彼はすっかり影のある美少年になってしまった。
夕日が差し込む窓辺に立たせたらさぞかし絵になることだろう。
「私からジェーンさんにもう少し優しく指導してくれるようにお願いしようか? 」
「けどそうすると、ジニーが入院している間にジェーンさんが知っている全ての流派の型を覚えられないよ」
ヴァージニアは固まった。
聞き間違えでなければマシューは今、全ての流派と言った。
彼女はまさかと思い、聞き返した。
「一つの流派じゃなくて、全ての? 」
「そうだよ」
一つの流派だけだと動きを読まれやすいとのことで、ジェーンの知る全ての流派なのだそうだ。
ジェーンは世界中の武術を体得するために、たまに旅に出るらしい。
ヴァージニアはジェーンが休暇をとった後は近寄り難い雰囲気になっていたので不思議に感じていたが、それはきっと新しい武術を体得をして気が張っていたからだと合点がいった。
「国や地域によって大分戦闘スタイルが違うと思うけど……、それらも覚えるの? 」
「そうだよ。どんな状況でも勝たないといけないからね。すぐに対応出来るようにならないと」
臨機応変に戦うためだそうだが、こんなに一気に詰め込んで大丈夫なのだろうか。
ジェーンは何人も弟子を取りどの人物も各界のトップにいるとの噂なので手腕を疑いたくないが、武術未経験の子ども相手に本当にそのペースでいいのかとヴァージニアは尋ねたかった。
「私は勝ち目がなかったら逃げてもいいと思うよ」
「勝ち目がないって状況を作らないようにするんだよ。常勝だよ」
実にジェーンらしい考えだ。
ヴァージニアは指導役をブライアンにすればよかったと後悔した。
しかしどうやらブライアンも仕事の合間を縫ってジェーンに習い始め、すでにジェーンから基礎も応用も出来ているので教える事はないと言われたそうだ。
「へぇ、ブライアンさんは全部出来るようになったんだ」
「そうだよ。元々何種類かは出来てたみたいだけど……。僕の後からジェーンさんに習い始めたのに……」
マシューはすっかりいじけている。
「ブライアンさんは武闘家だから出来て当然だよ。それが仕事なんだもん」
全ての流派に共通する物もあるだろうからマシューが落ち込む必要はない。
「悔しいよ……」
ヴァージニアからはマシューが俯いているので彼の表情は見えない。
「う、うん。マシューはどちらかというと武闘家より魔導師に近いんだからそんなに落ち込まなくていいんだよ」
「けどさ、力も弱いって言われた……」
ジェーンは子ども相手でも容赦しないようだ。
(組手もしてるのかな? )
だが組手で力がいるのだろうかとヴァージニアは疑問が浮かんだ。
「マシューはまだ子どもで筋肉量が少ないから仕方ないよ。これから強くなるよ」
「今強くなりたい」
流石のマシューでもブライアンと比べたら自信をなくすに決まっている。
人は人、自分は自分と割り切れればいいが、すぐに目に入るところにいたらつい比較してしまうだろう。
マシューが明らかに体格と経験の違う人と自分を比べているのは子どもだからなのか、それとも向上心があるからなのか不明だが、ヴァージニアは後者だと思い、彼のやる気を尊重して慰めや励ましの言葉を言うのをやめた。
「うん、そっか。怪我しないように気を付けるんだよ」
「とうめいに治してもらっているから平気だよ」
マシューはすでに怪我をしていたらしい。
何かあってからでは遅いので、ヴァージニアはやはりジェーンにもう少し優しく教えてくれるようにお願いしようと思った。
「回復魔法や薬って使用しすぎると効果が薄くなったり依存症になったりする危険があるけど、グリーンスライムでの治療はどうなの?」
「さあ? 今の所は何も起きてないよ」
ヴァージニアはなるべく自然治癒で治すように言ったが、マシューは平気だとしか言わない。
「それに怪我をしてお見舞いに来たら変じゃない? 診察して貰うなら分かるけどさ」
どの程度の怪我なのかは分からないが、人が怪我をした状態で来たら病棟には来られないだろう。
ましてや傷だらけの少年が病院に来たら大騒ぎになるのは必須だ。
「だから、とうめいに怪我を治してもらってからジニーに会いに来てるんだ」
「ついさっきも言ったけど、怪我しないのが一番なんだから気を付けるんだよ」
「気を付けていても怪我はするよ。ジェーンさんの攻撃はとっても速いから、いつか来ると分かっていても、いつの間にか攻撃が来ているから避けきれないんだ」
ヴァージニアは武術の型について何も知らないが、何かおかしいと首を傾げた。
避けきれないとは何かが接触する時の言葉だからだ。
「型を覚えているんだよね? 」
「うん。実戦形式で覚えるんだよ」
ヴァージニアは止めたが、マシューは強くなるためとの一点張りで聞く耳を持たなかった。
マシューが宿に戻り、病室は静かになった。
ここでは寝ているぐらいでしか時間を潰せない。
(本を買ってきて貰おうかな……。あ、お金ないや)
ヴァージニアは暇になったので、地竜から聞いた話を整理し始めた。
やはり魔王は悪人ではなかったし、魔族の王ではなく魔導師の王であったそうだ。
(魔族はいないんだ。魔族と呼ばれていた人がいただけで、人間だったんだ)
だが、時の権力者が彼らを嫌い、悪者に仕立て上げた。
(迫害されて逃げたのかな? 黒いサイクロプスさんは教会がある町でその人々を守った……のかな? )
ならあの町の住人は魔族と呼ばれた人達の子孫なのだろうか。
しかし、あの町でマシューと同じ目の色をした人間はいなかったと思う。
それとも千年の間に魔力が弱まっていったのか。
(あ、確か先代の……教会の長が強い人だったんだっけ? もしかして子孫かな? 今の長だって長時間結界を張れていたから、それなりに魔力はあるはず。ああ、あの町の出身じゃない可能性もあるか)
ヴァージニアには余程極端でないと魔力の強い弱いが分からない。
(そうだ、魔力が強くても必ず虹色の目になるわけじゃないんだった。……けど、魔力があるならあの魔獣は退治出来たんじゃないかな? )
皆戦わずに逃げ、逃げ遅れた人々が教会に逃げ込んだのだ。
(そもそも魔力量が多いなら魔獣除けに黒いサイクロプスさんの角を置く必要ないし……)
町民に戦う力があるのなら不要だろう。
(昔から非力な人達だったとか? じゃあなんで千年前に戦ったんだろう? 襲われた理由が魔族じゃないから? 別の場所で戦ったけど、何らかの理由であの町に置いたとか? )
ヴァージニアの頭の中は考えれば考えるほどぐちゃぐちゃになってしまった。
もしや町民ではなく教会の地下にある物を守っていたのではないだろうか。
(それなら説明がつくような、つかないような? )
地竜の話を整理するつもりが謎が謎を呼ぶ事態になってしまった。
とうめいは皆が不思議な動きをしているのを見守っている!




