図書館へ!
「勘か…。確かに危機に瀕した際に直感で動いたりするな」
「ですよね!」
隊長は納得してくれたようで安心した。
「失礼します」
グレーヘアの女性が部屋に入って来た。
前髪は眉で、横や後ろ髪は顎のラインで切りそろえられていた。
「本日は荷物を運んでいただきありがとうございました。魔獣の角は現在調査中です。出来れば調査結果を教会へ持って行って欲しいので、調査が終わるまでお待ちいただいてもよろしいでしょうか?おそらくですが、夕方頃になると思います」
「はい、分かりました」
女性の目を見るとマシューと同じ虹色をしていた。
(ああ、でもマシューの方がずっと綺麗だね)
贔屓目でなく実際に綺麗だ。
マシューの目の方が色が濃いし、透き通っていると思う。
「何か私の顔についていますか?」
女性は少し微笑みながら言った。
「いえ、その…綺麗な目の色をしているなって思いまして」
実際にそう思ったので嘘ではない。
ただ、マシューの方が綺麗なだけだ。
「ああ…。これは魔力が強い人はこの色になるのだそうです。昔はそれで迫害された人達もいたそうですよ」
「迫害ですか?魔力が強いならやっつけちゃえばいいのに…」
「ふふっ」
「あっすみません…」
「いえ。反撃した人達もいたそうで、その人達は魔族と呼ばれたそうです」
「え、魔族って元は人間なんですか?別の種族かと思っていました」
魔族の多くは角が生えていたりするらしいが、後から生えたりするのだろうか。
それとも恐怖のイメージが先行して角が生えているとされているだけなのだろうか。
「この色の目の人間は魔族の先祖返りという説もありますね」
「元から魔族と、先祖が魔族で先祖返り…ですか」
「…どなたかお知り合いに私の目と同じ色の人がいるのですか?」
「前にどこかで見かけたんです。旅の人だったでしょうか?」
ヴァージニアはそれっぽく嘘をついた。
あまり喋りすぎるとボロが出て怪しまれるので、これ以上は言わない。
「そうでしたか」
女性はまた少しだけ微笑んだ。
ヴァージニアはこの女性も探りを入れてくるなと思った。
もしかしたら、ケリー兄弟からマシューの目の色を聞いているのかもしれない。
「やはり、王都にはその色の目をした人が多いのでしょうか?魔導師もエリートばかりですよね?」
「確かに王都には魔力が強い人が多くいますが、その人達の全員が私と同じ色をしているのではありません」
この女性はさっき、魔力が強い人はこの色、つまり虹色になると言った。
(さっきからハッキリしないなぁ)
「色の濃さではなく、色自体が違うのですか?」
「はい。貴女のように青かったり隊長のように黒かったり、様々ですよ」
だとすると、やはり虹色の目の人は先祖返りなのではないかとヴァージニアは考えた。
あるいは先天的に魔力が高いと目が虹色になるのとかだろうか。
しかし、さっきはこの色になると言い、後天的になるみたいな言い方をしていた。
(言葉の綾かなぁ?)
「へぇ、そうなんですか。勉強になります。あっ、そうだ!さっき隊長さんとも話をしたのですが、合成された生き物はどうなったのですか?何か手がかりは掴めましたか?」
隊長から散々聞かれたが、あえて自分から話題に出してみたのは、相手がどんな反応をするのか見たかったからだ。
「…遺骸とケリー兄弟の証言から合成生物の絵を描いたのですが、こちらであっていますか?」
「はい。これで大丈夫だと思います」
「そうですか。ありがとうございます」
「私がこの部屋で待たされたのは、外見を聞くためだけでしょうか?」
実物を見たのだったら、ヴァージニアに確認する必要はない。
もしかしたら、さっきの会話は録音なり録画されているかもしれない。
「ええ、そうです。ご協力ありがとうございました」
ヴァージニアはとても不愉快に思いながら建物を出た。
結果が出るまでの暇つぶしに図書館に行こうとしたら、案内を付けると言われた。
恐らく見張りだろうと思い、申し出を断った。
(多分だけど誰が魔獣の角を運ぶか身元調査をされたんだ。それでケリー兄弟の報告と同じ人間だと分かったんだろうね。…もしかしたら、移動履歴も調べられているかも。あの島について何か情報を持っているのかなぁ。それとも海に落ちたのに生きてるのは何故だとか?)
色々考えてみたが、結局分からなかった。
(頭がいい人達が考える話なんて分かるはずないか)
あれこれ考えているうちに、道に出ている案内標識を頼りに図書館に到着した。
(新しい魔法を覚えたいなぁ。マシューの目の色を変えるやつか目立たせなくする魔法はないかな。変身系かな?後は…古代文字、かなぁ?)
マシューがいた遺跡の壁などに書かれていた文字を調べたかった。
一体なんと書かれていたのだろう。
分かればマシューが何者でどんな目的であの遺跡にいたのか分かる。
(あ、でも何語か分からないや…)
変身の魔法から調べようと思い、魔法のコーナーに行った。
単純に出入り口から近かったからである。
(変身する系の魔法は何処だろう?)
いくつかの書架をぐるぐるまわったが目的の本は見つからなかった。
正確に言うと目につかなかった。
(しかし!そのおかげで尾行されているのに気付いたのです!)
体格からして兵士ではなさそうだ。
さっきの女性の部下だろうか。
(あんまり意識していると気付いたのにバレちゃうかもしれないから、あまり意識しないようにしないと)
今度は本の背表紙を一冊ずつじっくりと見る。
変身ではないがメイクオーバーと書かれている本があった。
(イメージチェンジの本か…ヘアメイクについて書かれてる。これはこれで便利そうだから借りよう。目の色を変える魔法はないかなぁ…。なかったらサングラスとかになっちゃうのかな?子どもがサングラスしてたら、それはそれで目立ちそうだよなぁ)
ヴァージニアはヘアメイクを魔法で行えるのは楽だと思った。
むしろ何故今までやってこなかったのだろうと思った。
(尾行は…まだいるなぁ。多分男性だから女性向けの書籍があるところに行こうかな)
行ってみたが、尾行者は平気でついてきた。
気付いていないのか、それとも気にしないのか。
少なくとも周りの女性は尾行者から離れていっている。
(目つきがギラついているから尚更だよね。今まで尾行の経験ないのかな?もしかしてトイレに行ってもついて来たんじゃ…)
ヴァージニアは心の中で苦笑いをしながら、たまに本を手にとってパラパラとめくった。
面白いと思った物はあるが、わざわざ借りて読むほどの興味は抱かなかった。
(ん?)
何やら話し声が聞こえるので、声の方を見てみた。
「え、いや、私は、その…」
「ちょっと事務所まで来ていただけますか?」
「いえ、ですから私は…」
尾行者が警備員に捕まっていた。
(そりゃあ、あんなに怪しい目つきをさせていたらそうなるよね。もう少し周囲に気を配れたらよかったね)
尾行者を横目にヴァージニアは古代語のコーナーに移動した。
古代語のコーナーは全然雰囲気が違った。
利用者もだが、書架も先ほどまでと違い重厚感がある。
(場違い感がとてつもなくある!早く目的の本を見つけないと)
だが、どうやって見つけたらいいのだろうと悩んでいたら、ある機械が目に入った。
どうやら手書きで検索出来るらしい。
(おおお!なんて便利な!)
ヴァージニアは感動のあまり走りそうになったが、ここは図書館なので思い直してゆっくりと歩いた。
機械はタッチパネルに書いたらいくつか候補が出て、意味と何語かが分かるようだ。
早速ヴァージニアは遺跡内部を思い出して、いくつか文字を書いてみた。
(どれも接続語だ…。他は何にもわからない。私の頭は接続語の形だけ覚えるようになっているのかな?)
接続語が単純な形をしていたせいだろう。
実際に今ヴァージニアが書いたのは丸や三角や四角に少し手を加えただけの文字だったのだ。
(なんかもっとニョロニョロ~としたのがあったなぁ…。そうマシューがいた柱だか棺だかに書いてあった…)
ヴァージニアは頑張って思い出してニョロニョロをタッチパネルに書いてみた。
思い出しながらなので、該当なしだったり、さっきと違う古代語の名前が出て来た。
何度も何度も書き直して、やっとそれらしい意味が出て来た。
(息子…?)
マシューは男の子なので、まさに彼について書かれていたのだろう。
(じゃあ、マシューは親にあそこに入れられたんだ。だけど何のために?)
他の文字は思い出せなかったので、ヴァージニアは検索機械の前から離れた。
マシューについて考えるのはまた今度にする。
後で尾行者が来て履歴を調べるかもしれないので、履歴を消しておいた。
もちろんフェイクで他の文字っぽい形を書いて検索しておいたので、データを復元しても誤魔化せる。
(我ながら頭いいのでは?)
ヴァージニアは少し得意気になりながら、該当の古代語の辞典を探した。
ゆっくりと歩いて探したがそれらしい本はなかった。
(検索で出てきたのに本がないとかおかしいよ)
そう思いながら、もしかしたら見逃しているだけかもしれないと思い、同じ場所を何回も往復した。
そして違和感に気付いた。
ほんの僅かだが空間がいじられているような気がした。
ヴァージニアは床を見たが変化は分からなかったので、書架を凝視した。
背表紙ではなく、書架自体をじぃっと見つめた。
(木目が本当に少しだけ切れている…。綺麗に繋がっていないというか、なんかそんな感じがする)
天井を見ても床と同じように変化は見受けられないので、この書架だけいじられているようだ。
違和感のある書架と他の書架の長さを比較してみたが、同じ長さだった。
元からいじられる目的で作られたようだ。
(よし。鬼が出るか蛇が出るか…)
ヴァージニアは唾を飲み込んで手を空間の切れ目に突っ込んだ。